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16:もしもの話


 俺は梓に話しかけるチャンスを伺った。梓は相変わらず公園の方を眺めて、たまに溜め息をついている。そんな梓をチラチラ見つつ、最初になんて話しかけるか考えた。


 しばらく考えた。でも、出て来なかった。やっぱ、台詞は作るもんじゃなくて、自然に出てくるもんだよな。


 しかし、それはただただ思いつかなかった言い訳にしかすぎなかった。俺は、勇気を振り絞って、梓にゆっくりと聞いてみることにした。


「……あのさぁ」


 沈黙が長すぎたのか、梓の体がビクっと動いた。


「あのさ、今さらなんだけど、これ……どうする?」


 カリフォルニア・ポピーのオレンジ色の花束は、寒空の中で凍ったようにピンとしている。


「ああ、どうしようね。もらっちゃったから植えるしかないんだろうけど、受け取ったっていうことは、やっぱりその気持ちを受け取った、受け入れたって言うことになるのかな? だとしたらどうしよう、ちょっと困るなぁ」


 ということは、大の気持ちを受け入れたくないっていうことか。

 だとしたら俺には好都合だ。さっきまで心配していた大への気持ちは、もう心配しなくても良い。

 これは大きな朗報だ。


「でもさ、なんでカリフォルニア・ポピーなんだろうね」


 その時だ。梓が、ちょっと不思議なものを見るような顔で、こっちを向いた。


「……なんでこの花がカリフォルニア・ポピーだって事、知ってるの?」


 しまった!

 そう言えば俺はその後に梓を見つけた設定で、そこのやりとりを全く聞いていない事になっているはずだった。まさに詰めが甘かった。


「……えっ? あぁ、オレさ、実は、さ……小さい頃、花屋になりたくて。それで……色々な本読んでさ。それ、見てすぐに分かったよ! あ、カリフォルニア・ポピーだ。……ってね!」


 俺はとっさに浮かんだ嘘を次々と並べた。正直、小さい頃からプロ野球選手になるのが夢で、だからこそ毎日のように、この公園で梓とキャッチボールをしていた。それが急に花屋になりたかったとか言っても、絶対に信じてもらえないだろう。


「えっ、そうなの? 小さい頃からキャッチボールばかりしてたから、てっきりプロ野球選手にでもなりたいのかと思ってたよ」


 さすが幼なじみ、ぴったり当たってるや。しかし、バレずに済んだ。俺は軽く苦笑いしつつ、心の中では安堵して小さく息を吐いた。


「あぁ、プロ野球選手兼お花屋さんみたいな感じで!」


「そりゃ無理だよ。球場の中で、みんなユニフォームなのに、一人だけエプロン姿なんて」


 なんとなく頭に浮かべてみる。

 俺の名前がウグイス嬢によって場内に響き渡り、球場が一気に歓声に包まれる。

 ネクストバッターズサークルで何回か素振りをし、グリップに滑り止めスプレーをかけて、ゆっくりと打席に向かう。

 ピッチャーをじっとにらめつける。

 足場をスニーカーでならしながら、自慢のエプロンを思い切りきつく縛る。

 ちょっときつく縛り過ぎたようで、もう一回やり直す。

 そして、バットではなく、固そうな桜の木の枝をしっかり握っている。


 これは……無しだな。


「想像してみたけど、駄目だこりゃ。変だよ変!」


「笑えた?」


「笑えた!」


「やっぱり無理だよ。プロ野球選手兼お花屋さんは」


「いや、あえてプロ野球選手の格好をしたお花屋さんかもしれない!」


 梓はさっきまでの俺と同じように、頭の上にムクムクムク……と雲を浮かべて、想像の世界に入っていった。しばらくすると、急に笑い出して、なんだか微笑ましかった。


「どんな感じ?」


「えっとねぇ……まず、電光掲示板に昨日の売り上げが高い順に発表されていくの。一番、前から二段目、薔薇。二番、一番はしっこ、桜……みたいな! で、野球のボールを花束で打ち返して、当たった花が買えるの。オバチャンが必死に鬼の形相しながら花束を振り回してさ……!」


「それめちゃめちゃ面白いな! あったら行ってみたいけどなぁ!」


 梓とは小さい頃から『もしも話』をよくしていて、公園で銀杏を拾いながら『もしもこうだったら』と言うフレーズで始まっていた。

 『もしも銀杏1億千万円分貰えたらどうするか』とか、『もしもショートケーキのイチゴが銀杏だったら』とか、今となっては意味が分からない内容ばかり話していた記憶がある。

 1億千万円って。そんな単位無いし。

 ショートケーキのイチゴが銀杏って。デザートにならんし。


 意味不明な懐かしい記憶を辿っていた時、梓は何か迷っていそうな顔をしていた。


「ねぇ……潤?」


「ん? どしたん?」


 その時、梓はとんでもない事を言い出した。



「もしも……もしも、あたしが潤を好きだったら、どうする?」



 梓はニヤニヤとモヤモヤが混ざったような表情で語りかけた。オレは、一瞬だけ時間が止まったような気がした。


「……ん?」


 上手いことその場を逃れようと、何でもないような顔をした。


「だから、小さい頃よくやったやつだよ! ほら、十秒以内に答えないと罰ゲームだよ!」


 ……忠実に再現しすぎ! 


 十秒以内に答えないと罰ゲームと言うのは、小さい頃決めたルールだった。まぁほとんど頬っぺたをつねるとか、デコピンだったが。

 早くも梓の右手は、デコピンの構えをしていたので、俺は小さい頃みたいに、本能で焦って答えるしかなかった。


「ぇえ? いやぁまさかねぇ。まぁ……いいんじゃ、ない? 分かんないけど」


「え、本当? 困らないの?」


 梓は真面目な顔で俺をじっと見つめている。その瞳は、まるで光が灯ったかのように、希望に満ちている。まさかとは思ったが、かといってこのまま素直に受け取っても良いのか分からず、目を反らした。


「まぁ……もしもの話だろ?」


 その瞬間、梓は夢から目覚めたような顔をした。


「そうだよね。もしも話だもんね」


 さすがに鈍感で有名な俺でも分かるような反応の仕方。

 ということは、もしもの話だけど、もしもの話ではないということなのか。

 これはもしかして、梓からの告白?

 そう捉えてもおかしくないのかもしれない。


 俺から告白する前に、梓から告白されるなんて思ってもみなかった。

 だからなのか、どう答えたら良いのかわからない。

 ここで俺から告白しても良いのかもしれないが、このまま待っていればもしかしたら梓から本気の告白があるかもしれない。

 

 そう考えたら、自分の口から告白しようという気にはならなかった。

 むしろ、どう告白させようか、脳内ではどんどん計算が始まっている。

 俺はちょっとそれも意識しつつ、フォローしてみた。


「まぁ……別に嫌いじゃないし。いいやつだと思うし。何より、一番分かってそうだし。俺の事をさ。幼なじみだしね」


 また梓の瞳に光が灯り始めた。本当に分かりやすいやつだな。

 このままこの調子で行けば、もしかしてチャンスがあるかもしれない。

 大逆転が出来るかもしれない。

 目の前にいきなり光が差し込んできたみたいで、ワクワクしてくる。


「そっか」


 梓は自転車のかごに置いてあるカリフォルニア・ポピーの花束を、優しく抱きしめるように見ていた。


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