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15:詰めが甘い


 ラジオが終わった。番組終了と同時に、またシーンとした三月の真夜中に戻った。春の真夜中と言っても冬や夏の真夜中とあまり変わらないが、どっちかと言うと、まだ冬の冷たい風が耳をかすめる。その冷たい風を遮るかのように、梓がしみじみと語り始めた。


「なんか、『卒業』って感じだね。……意味分かんないけど」


「うん。俺ら、卒業するんだな」


 途端におセンチな空気が流れる。ついこの間までそんなこと意識していなかったはずなのに。みんな受験受験でやっと落ち着いてきてから直面する卒業。やっと気付いた残り少ない高校生活。梓とは進路の話をしたことがなかったからどこの大学に行くのかは知らないが、どちらにしても俺と同じ可能性は低いだろう。


「ついこの間まではさ、そんなこと意識してなかったんだよね。あ、考えはしてたけど。でもやっぱりしっくり来なかった。でもね、さっきのKAIさんとか、塩谷美咲さんの歌を聴いて、あぁ、卒業するんだなぁって思っちゃって」


「うん。意外と塩谷美咲さんのも感動したしな」


「意外とって。失礼でしょ」


 くすっと笑う梓の横顔も、もう何度も見られるわけではない。もっと普段からそれを意識していればよかった。卒業間際になってやっと気付くなんて、遅すぎた。


「あたしね、梅川恵美の『卒業フォトグラフ』が大好きな曲の1つでね、初めて買ったCDも梅川さんの曲なんだ」


「へぇ。やっぱりいい曲多いもんねぇ」


「しかも歌詞がいいのよ、歌詞が!」


「急に熱く語るねぇ! 梓ってそんなに熱いキャラだっけ?」


「あっ……ついついね。好きなこと話す時って、なんか熱くなっちゃうんだよね。ごめんね」


「謝ることないって! オレはそう言うの、いいことだと思うよ!」


 必死でフォローして、やっと梓の機嫌を取り戻したが、お互いその後に話が繋がらず、またぎこちない沈黙が始まった。とうとうボロが出たなぁ。けっこうノリで押し通せたから、このままいい雰囲気になれると思ったけど、甘かったかな。なんでこんなに気まずくなるんだろう。


 不意にある言葉を思い出した。ハナケンから言われたなんでもない一言。


「詰めが甘いなぁ」


 前夜プチパーティーでハナケンからそう言われたことを思い出す。その言葉が、ずっしりと俺にのしかかった。 いくら後悔したって、この沈黙が終わるわけではない。ダメだなぁ、なかなか上手に立ち回れない。ラジオを聞き終わってから全然会話が続かない。その前は一応格好良いところを見せられたと思うのに。


 あ、そうだ。俺は目の前にあるカリフォルニア・ポピーのオレンジの花束を見て、瞬間的に何かを思い出した。なんで梓は公園にいたのか、大とは何を話したのか、そもそも、駅前で話し合うだけって話じゃなかったのか。さっきまであれほど頑張っても話題が出てこなかったのに、聞きたいことが次々と浮かんできた。しかし、心配の方も同じように次々と浮かんでくる。これらを梓に聞いてしまって、嫌な思いはされたくはない。複雑な心境が頭の中で交差して、思わず目を閉じて、眉間にシワを寄せる。


 なおも沈黙は続く。梓は、ぼぉっとしていて、意味があるのか無いのか分からないが、ずっと公園の方を真顔で眺めている。やっぱり梓はなんだかんだ言っても、まだ大の事を想っているのだろう。じゃないと公園の方を見るはずがないと思う。少なくとも、俺にはそれ以外の理由は見つけられなかった。


 公園に取り残された大の幻でも追いかけているのだろうか。あのときは俺が俺のしたいことだけをして、そういえば大の気持ちも梓の気持ちも確認する前に無理やり引っ張ってきてしまっていた。今から戻って大と三人で話す……なんてことできない。勝手に結婚式場から政略結婚させられそうな花嫁を連れ帰ってきたような気分になっていたが、そこから先のストーリーを描き忘れていた。このまま家に帰していつもどおりの二人でいるというのも一つの手だが、その前になんでこんなに遅くまでかかったのかを聞かないと、もしそこに意味があったとしたら不都合なことになってしまうかもしれない。マイナスの想像はいくらでも出来た。


 大は梓のことを引き留めようとしていたように見えたが、むしろ梓がそうさせていたのかもしれない。押しては引いて、ひいては押して、恋愛はその繰り返しなんだとネットかどこかで書いていたような気がするが、その一種なのだろうか。だとしたら梓はものすごく上手に大をコントロールしていることになる。俺の知っている梓はそういうタイプではないから、もしかしたら幼なじみとして知っている梓の様子は単なる表面上の梓であって、もっと深くには色々な梓がいるのかもしれない。


 もしそうだとしたら、俺は色々な梓を知ってみたい。梓のことを知っていたつもりだったが、全然そうではなかったんだ。たくさんたくさん知りたい。でも、どう聞けば嫌われないのかわからない。デリカシーがないとは思われたくないけど、表面上の受け答えをされるのも嫌だ。では、一体どうすれば。


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