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14:新曲


 梓は一目散に荷台に腰を下ろしてくれたので、俺は何も考えずとにかく力いっぱいペダルをこいで、バランスを取りながら公園を離れた。大は彼女である梓を取り戻そうとしたが一歩遅かったようで、梓が合図を出してくれたところでそれに気付いた。


「もう大丈夫だよ。大の姿はもう見えないよ」


 そこでやっと安心して、息を整えながら我に返った。途端に無だった周りの景色が見え始めた。電信柱、壁、標識、看板、マンション、ビル、電線。なんにも見えていなかったところを、無意識のうちに走り抜けていたのだ。そう考えると背筋がヒヤッとする。しかしそれと同時に背中に梓の体温を感じてドキッともした。


 やってしまった。柄にもない格好つけのヒーローごっこを、好きな人の前で見られてしまったし、さらに巻き込んでしまった。格好つけた台詞で言い捨てて二人で逃げるなんて、恥ずかしい。冷静になった今、荷台の梓とどうすれば良いのか分からず気まずい。


「ありがとうね、潤」


「別に」


 カチカチ鳴る、首から垂れ下がったイヤホンの右耳と左耳。そうだ、とりあえずラジオの話題で場をつなごう。勢いに任せて告白してしまおうとも考えたが、それまでの話の持っていきかたを考えないといけないと思い、とりあえずは思いとどまった。


「今日のラジオ、聞き逃したろ」


「あ、忘れてた! そうだ、今日はKAIの新曲が初披露される日だったのに! 録音もしてないや。失敗したなぁ」


 よし、素直に術中にハマってくれた。実はちゃっかり録音していたのである。こんな展開になるとは思ってもみなかったが、梓ともしラジオのことを話すことになったら使えると思っていたのだ。自転車をゆっくり停止させ、携帯電話をポケットから取り出す。


「録音なら、してるよ。途中からだけど」


「本当に? さすが潤!」


「早速聴かない? オレも途中からは聴いてないから」


「うん!」


 今の梓は、無理してない、自然な笑顔を保っている。さっきの困った顔とは大違いだ。それがとてつもなく嬉しかった。右耳を自分の耳に装着しつつ、左耳を梓に渡した。


『……のですが! なんと! 今日はKAIさんが新曲をリリースすると言うことで、早速ライブ中継をしに来ちゃいましたぁ!』


「すごい、ちょうど良いタイミング!」


「だな! 良かったぁ。どんな曲なんだろうな」


 蛍光灯の下で自転車に座りながら、北風の吹く路上でラジオを聞くことになろうとは。寒いし時間は遅いし髪の毛は風のせいで逆だっているけど、でもたまにはこんなのも悪くない。卒業式前の25時にこんなことをするなんて、もしかしたらすごく青春っぽいのではなかろうか。お互いに耳を邪魔しないように無言で目線を送りながら、中継の録音を耳で追っていく。


『それでは早速歌っていただきましょう! 曲はKAIで、『ノスタルジック・メモリー』です。どぞ』


 前奏が始まった。なんとなくだが、この曲は卒業ソングらしい。弾き語り特有のメッセージ性の強い歌詞と、なんとなく切ないアコースティックギターのメロディが、絶妙なハーモニーを生み出す……ちょっと言いすぎたかな? 思わず音楽評論家になってしまうくらい良い曲だ。


 卒業か。俺はなにかから卒業できたのか。さっきの大から梓を引き離したのは勇気がいることだったから、ある意味梓が大から卒業する手助けになったかもしれないが、でももしかしたら余計な行動だったかもしれない。まだあの出来事について何も聞いてないし、今はまだ完全に過去の出来事として片付けられていない。でもこれがもし梓にとって有益な、大から卒業できる行動だったのだとしたら、多少は俺の株もあがったかもしれない。そう思うとちょっと誇らしい気分になれた。


 曲が終わった。壮大な世界観と言うより、凝縮された身近な世界観が描かれていて、これなら多くの人から共感されてヒットするだろうと直感で感じた。


『……はい、ありがとうございました。えっとですね、この曲の発売なんですが……ちょっと待って下さいね。今ちょっと、パソコンでホームページ開いてますからね』


 そんなんせんでも今から本人に聞いたらいいじゃん!

 この番組を聴いていると、いつもついついツッコミを入れたくなる。


「そんな事してないで本人に聞いたらいいのにね!」


 梓まで同じ事を考えている。ただ単に同じことを考えていたと言うだけで嬉しい。梓とこの空間を共有できていると感じられるのが嬉しくて仕方がない。


「やっぱり梓も思った?」


「潤も? マジか」


 お互い顔を見合って笑い合う。顔が近くて思わず緊張し始める。

 それでもラジオは待ってくれない。いや、厳密には録音だから、操作すれば停止くらい出来るのだが、せっかく顔を見わせているのだから、目線をそれ以外に逸らせたくなかった。ずっと見ていられる顔だと素直にそう思った。


『ありました! 何々? ぁ、今日です。えぇ、今日ですね。3月1日発売です。で、価格の方なのですが、普通に千円ですね。千円です! 卒業シーズンにぴったりの曲、いかがでしょうか? え、あと2分もたせろって? じゃあ……ここで一曲! 塩谷美咲で、卒業フォトグラフです。どぞ!』


 適当だ。やっぱり適当だ。だけど、塩谷美咲さんが即席カバーした『卒業フォトグラフ』は、なかなか上手かった。ここでも梓と一緒にツッコミを入れつつ二人で笑いあった。さっきまでの修羅場が嘘みたいな、幸せなひととき。このままここでこの空間の、時間の停止ボタンを押したい。本気でそう思った。


『お前は、おいらの、宿敵、そのもの……はい、ありがとうございました! それでは今日はこのへんで! シィーユーネクストターイム! バイバーイ!』


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