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12:蛇行運転


 キコキコ言わせながらダラダラと蛇行運転する。目の前にある自動販売機についついすがり付きたくなるくらい心が弱っていた。最近の自動販売機って声が出るやつが多い。最も、そういうのはいつも恥ずかしくてなかなか買えないのだが、今日は特別。なんてったって、卒業前夜ですから。何もかも卒業してしまおう。俺は小銭をポケットから探し出すと、それを一枚づつ穴に入れていった。


『いらっしゃいませ。暖かいお飲み物はいかがでしょうか?』


 機械の声が辺りの静まりかえった雰囲気に響き渡る。それがあまりにもミスマッチで、やっぱりどうにかして消したいと思ったが、どうにも出来ず、ただただ辺りを異常に気にしながら飲み物を選び始めた。選ばれたのは、最近のマイブーム、ミルクセーキ。それは、まるでミキサーで液体化したプリンを温めなおしたような飲み物で、冬になったらミルクティーの次くらいに飲まれる飲み物。と言うのは俺の勝手な想像である。


 公園でミルクセーキ飲んで、良い策が浮かんだらそれを実行して、ダメならおとなしく帰ろう。高校生に出来ることはそれくらいしか無い。むしろここまで自分の足で行ったことを褒められても良いくらいだ、そうやって自分に言い聞かせるが、あとに出てくるのはため息だけ。そうやって自転車に跨って、公園を目指した。


 道中、梓のことについてなんとなく思い出すことがあった。あの男っぽい梓がどんどん女の子になっていって、それに対して全然男らしくなれなかった俺。幼なじみだからって梓が何考えているのか分かる気がしていたが、全然そんなことはなくて、むしろ知らないことのほうが多くて。だからどんどん距離ができてしまって、今ではそれも相当な差になってしまった。


 梓は幼なじみであって、それ以外の何でもなかった。でも、梓に彼氏ができたときからなんとなく違和感があって、それがそれなんだって気づいたときにはもう遅かった。今すぐ今の気持ちのまま少し昔に戻ってうまく立ち回れたら、もしかしたら梓と付き合うっていう最高の高校生活が送れたかもしれない。


 高校一年のときに、友達伝いに知った梓の彼氏の存在。それを聞いて、負けられないと思って“好きになれそうな人”を探して紹介までしてもらって、必死になって恋人を得ようとしていた高校生活。梓に負けないようにと思ってはじまった、そんな虚しい高校生活は、むしろ俺の中で梓の存在がいかに大きいかということの証明でしかなかったみたいだ。


 梓と付き合えたら。梓に好きになってもらえたら。梓といつも一緒にいられるがゆえに、その意味を考えられていなかった。いざその隣を別のやつに明け渡すことになって初めて気づいた、ことの重要さ。ふとした瞬間に小さい頃の梓も大きくなってからの梓もアルバムを開くように鮮明に思い出す。自動的に、不意に、勝手に、頭の中に浮かんでくる。


 これが好きっていう気持ちなんだなって気付いたのは、梓がいなくなって、それに負けないように頑張って他の女の子にアタックしようとしていたときに、梓から背中を押されたときだった。なぜかわからないけど、背中を押してほしくなかった。止めてほしかった。あのとき素直に応援してくれたのが、切なくて仕方がなかった。それがなぜなのかしばらくは分からなかったが、梓の噂を耳にするたびに、梓のことを好きだからそうなるんだって、だんだんわかってきた。


 梓に背中を押されて、嫌な気分で呼び出して、結局玉砕した苦い思い出。叶うはずがない恋を傍目に、身近なところで手を打とうとした愚かさ。あんなの恋愛だとは言えない、恋愛だっていいたくはない。だから本当の、本来の意味での告白をしたい。梓以外の他の人を好きになれなかったこと、梓のことを好きだと気づくのが遅かったこと、甘えだとは分かっているけど、叶わないことは知っているけど、伝えることでスッキリさせてほしいこと、全部を梓の目の前で告白したい。


 幼なじみであることを捨ててでも、後戻りできなくても良いのかどうかは正直今の俺にはわからない。ただ、勢いに任せられる今じゃないと出来ないと思った。気づけなかった数年前ではなく、後悔した未来でもなく、今じゃないと出来ないこと。それが、梓への告白なのではないか。今すぐには会えないけど、会えたらすぐに言いたいことが、だんだん形になってきた。


 とはいえその梓が今はどこにもいない。探しても見つからない。卒業式前日だと言うのに、過去の自分を卒業するチャンスすらもらえないのか。そう思うと、虚しくて仕方がない。ミルクセーキだけが身体をほんのり温めてくれた。



 だんだん公園についている真っ白い蛍光灯に近づいてきた。この辺には、公園は一つしかなく、いつもは夜になると少年球児が素振りをするために公園に集まる。しかし、こんな夜中なので、少年球児の姿はどこにもないだろう。いつもの岩に座って、ゆっくりとミルクセーキを飲み、休憩しよう。そう思って、ゆっくりと公園内に入った瞬間、俺の死んだ魚のような目は、生き返ったのを通りすぎて、飛び魚のように飛び出そうになった。


「……大?」


 混沌の暗闇から少しずつ姿を現したのは、大だった。大が、ベンチに腰掛けている梓の目の前に立っていた。一体どういう状況なんだ、なんで二人がここにいるんだ、そして俺はどうすればいいんだ。とりあえず見つからないように岩場に身をかがめ、二人の様子をじっと観察する。表情は暗くてよく見えないがなんだか怪しい雰囲気だ。


 その時、大の左手が、持っていた黒のリュックサックの方に伸びた。とっさに悪い予感が頭をよぎる。


 ナイフか? 

 それとも拳銃?

 いや流石にそれはないだろうが、危ないものかもしれない。映画の観すぎかもしれないが、そんな気がした。

 そしてその一瞬、出されたものは……意外なものだった。


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