11:深夜徘徊
いつまでたっても梓が帰って来る気配はない。家の前の街灯がぼんやりと白く照らしているが、ポツポツと灯っていた家の明かりも徐々にその数を減らし始めた。
ラジオを切って、音のない夜の世界に梓の影を探す。きっともうすぐ帰ってくる。梓なら大丈夫。そう自分に言い聞かせるが、それが逆に心配の種になり始めた。何かあったらどうしよう、こんな夜に放っておくべきではなかった。俺が守らなきゃ誰が守るんだ。後悔とともに行動を起こさないとと腹をくくった。
もしもの時の為に、胸ポケットに鉄板入りの御守りを入れて、服を何重にも重ね着して、懐中電灯は……やっぱり辞めにして、自転車の鍵を探す。しかしどこをどう探しても見つからない。時間はどんどん過ぎていく。頭の中で秒針がどんどん進んでいく。
……あ、そうか。付けっぱなしだった。
なんとなく頭にスイッチが入ってないことを自覚し、玄関に向かって急いで階段を下りた。玄関につくと、何時間か前に履いていた通学用の軽いスニーカーが脱ぎっぱなしになっていたので、それにもう一度足を入れた。まだ充分に靴に収まってない足を、つま先をトントン言わせながら微調整していく。背中の方で聞こえている親の声を聴き終える前に玄関を飛び出し、自転車にまたがった。さっき梓を載せた荷台に手をやり、よしっと静かに気合を入れる。
ウォークマンにイヤホンを突っ込んで、耳に入れた後、戦闘シーンで流れるような、テンションの上がる曲を選んで漕ぎ出した。このウォークマンも、イヤホンも、曲自体も、梓とのいつもの話に出てきた思い出のもの。気づけば俺の隣にはいつも梓がいたし、俺の周りはいつも梓に影響を受けていた。ウォークマンを買うときには勝手についてきて勝手に色々アドバイスされたし、このイヤホンは梓が前に使っていたお下がり。そしてこの曲は、ラジオで知った路上アーティストのデビュー曲。前奏のテンポに合わせてペダルを漕いで行く。
真夜中の街はもう3月になっていた。頬を切り裂くような風が膜のような塊になって行く手を阻む。そんな中、梓は寒がってないだろうか。温かいところにいるのだろうか。さっきまでの勢いとは反対に、急に心配になってきた。
真っ暗な住宅街はやがて、駅に近づけば近づくほどその様子が変化していき、にぎやかとはいえないが、寂しげな街灯とは違う派手なネオンがどこまでも続いている駅前の通りまで出てきた。駐輪場に自転車を置いて、駅前広場に向かう。
それから三十分。梓の姿はどこにもなかった。
駅前広場はもちろん探した。駅の中も探した。電車の時間も調べて、大の家の方まで行ってないことも分かった。なのに……なんでいないんだ? もしかして、もう帰っちゃった? どこかですれ違った? いや、そんな人影は見かけなかった。では一体どこへ?
色々な憶測が目まぐるしく俺の頭の中を駆け巡る。仲直りして夜の街に消えたのか? そんな大人な場所に行かれたらたまったもんじゃない、想像できないししたくもない。悪いやつに絡まれて拉致監禁された? 確かにここらはそこまで明るくないから悪い奴らのたまり場になっていてもおかしくない。ふたりともまだ高校生だ、こんな夜遅くに出歩いていて、警察に保護されてしまっているのかも? だとしても俺も高校生だからどうしよう。
そんな事を考えながら、範囲を広げて探してみる。何度も同じ道を通って、反対側からも走ってみて、自転車に乗り直してもっと広い範囲を探してみるが、梓も大もどこにもいなかった。
だんだん戦意喪失状態に近づいてくる。もういいや、疲れたし。これだけ外を探していないなら、もう屋内にいるはずだ。本当に家に帰っているのかもしれない。とうとう諦めて、来た道を逆走することにした。自転車にまたがり、無気力のまま進んでいく。耳にかけ忘れたイヤホンが、首からぶら下がっているコードの先っぽでぶつかり合っている。
家の前までついて、ふと梓の家に目をやる。すると、さっきまでは点いていなかった梓の部屋の電気が灯っていた。やっぱり帰ってきていたのか。安心すると同時に、本当に帰ってきていたのかどうか、そしてあの後どうなったのか気になって仕方がなくなってきた。失礼を承知で、『上岡』と書かれた木のプレートの下にある、ボタンを押す。いや、押してしまった。押してから後悔した。こんなに夜遅くに何をしているのかと怒られてしまう。やばい、逃げよう。誰かのピンポンダッシュだったことにしよう。しかしそう考える暇もなく、ドアから急いだ様子で誰かが出てきた。
「え、あ、潤くんか。なんだ、あ、そうだ、梓知らない?」
急いで走ってきたのか、梓のお母さんは息が荒く、後ろから覗き込んでいる梓のお父さんの表情はどこか心配そうな顔つき。やはり家にも帰ってきていないようだ。
「僕もちょっと用事があって探していて。さっきまで部屋の明かりが灯っていなかったから外に出ているんだと思っていたのですが、探しても見つからなくて。で、今見たら明かりが灯っているので、急ぎの用事だったもので、ついピンポン押しちゃいまして。あ、夜分遅くにすみませんでした」
声は細かく震えて、両手は背中の後ろで血が出るくらいギュッと握って、緊張しているのが自分でもよく分かる。
「そう……実は、どうも帰りが遅いから、本当は先に帰ってきて部屋の中にいるんじゃないかと思って、明かりをつけたのは私なの。電話しても電源切ってるみたいで。卒業式前日に何してるのかしらあの子。本当、ご迷惑かけてごめんなさいね」
「いえいえ……あ、じゃあもう少し探してみます! 失礼しました!」
俺はもう一度自転車にまたがって、再度戻ってきた道を逆走し始めた。さっきは勢いでそう少し探してみるなんて言ってしまったが、探す宛はない。思いつくところは探したつもりだし、やっぱり大の家の方に行ったか、悪いことに巻き込まれたかのどちらかだろう。大の家は方向だけしか知らないから行きようがないし、悪いことに巻き込まれたなら俺にはどうすることもできそうにない。自分の無力さに愕然とする。何のための幼なじみなんだ。仕方がないから、近所を少し回って、探したというアリバイ作りをすることにした。その過程で見つかれば儲けもんだ、そのくらいの気持ちでいた。