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9:修学旅行


『塩谷美咲の気まぐれライブ中継は、夜の十時半すぎをお知らせします』


 十時半“すぎ”って。きっと十時半は気が向かなかったのだろう。さすが天下の『塩谷美咲の気まぐれライブ中継!!』だ。気まぐれだ。机の上に置いてある携帯電話から、無理やり音量を上げたせいで音割れ混じりの雑音にも近いラジオ番組が流れている。


 俺はあの後、梓とこっそり前夜プチパーティを抜け出し、誰にもばれないように校門を出た。小高い丘の上にある高校で、周囲には住宅はなく一段降りたところに住宅街が広がっているので、車が急に来る心配もなく、終電ギリギリのバスの横を二人乗りで軽快に駆け降りた。


 はじめての二人乗りでしかも坂道だから心配というか緊張していたのだが、梓ががっしり背中に捕まってくれていたのでバランスを崩すこともなく、思ったよりも安全に進むことができた。時々風に舞う梓の髪の毛が不意に頬をかすめたりしてドキッとすることもあったが、これも幼なじみの特権だと神様に感謝しつつ、背中に当たっている梓を密かに感じた。幼なじみだから、ここまでできている。もしも俺と梓が幼なじみじゃなかったら。こんなこと恥ずかしくてできるはずがない。幼なじみだからという魔法の言葉で実現できている青春ごっこを、俺は卒業間際になってやっと経験することができたのだ。


 坂を下り終えて見えてきた国道と小さな私鉄の駅。その駅前まで梓を送って、そのあと素直に家まで帰った。本当は帰るふりをしてこっそり梓がどうするのか見守ろうと思っていたが、やめた。幼なじみだ、梓だって俺がそうしたいことはお見通しだろう。バレたら気まずいし、梓が来るなというのだから行かないのが梓を尊重するってことになるだろう。観てみたいのは観てみたいのだが、見世物でもないし、プライベートなことだからそっとしておくことにした。


 家に帰ってラジオを付け、自分の部屋からさっき梓と見たように星を探してみる。さっき梓が見つけてくれた春の大三角形がなぜかなかなかみつからなくて、ため息をついた。星探しは辞めにして、隣の上岡家の窓を覗き込んでみた。いつもは明かりが灯っている窓。梓が夜も勉強している証拠で、今日はこんなことにならなかったらいつもどおり電気がついていたはずだ。今頃どうしているのだろう。幼なじみとして心配になってきた。幼なじみとして、だ。


 『塩谷美咲の気まぐれライブ中継!!』は依然としてああでもないこうでもないとトークを繰り広げている。このラジオ番組は、深夜に活動している路上アーティストを塩谷さんみずから足を運んでラジオで放送するという素人参加型番組で、この番組からデビューしたアーティストも数名いる。たまにどこの路上にもアーティストがいない時があるので、そんな時はとにかく街なかで路上アーティストについてインタビューしたりして繋いでいる。そんなラジオ番組だが、実はこれが梓と一緒に聞いた初めてのラジオだった。



 ラジオと言えば修学旅行の夜のこと。修学旅行二日目の夜、隣の部屋で騒いでいたのが先生に見つかり叱られている最中の怒号をBGMに、俺は布団に頭からすっぽりくるまって、梓とメッセージのやり取りをしていた。画面の光が漏れないように、脚でガッチリ掛け布団を包み込みながら。


 なれない布団の香りをかぎながら、こっそり見つからないように。八人部屋で残りの七人が仲良く『第1回好きな人について語る会』を開催している中、俺は寝たふりをしてなんとかその話題から離れていた。


「で、お前は誰が好きなんだよ」

「いや、その……お前が教えてくれるなら……教えようか」

「はっ、ずるいし。教えろや〜」


 なんでそんな恥ずかしいことを大勢の前で発表しなくてはならないのか。修学旅行特有の空気感と言うか、魔物が悪さをしているのだろう。冷めているというか格好をつけていたその頃の俺には、なんだか彼らのハイテンションさについていけなかった。というかついていこうとしていなかった。

 

「じゃぁ、ハナケン、お前から教えて」

「えっ……オレはその…………だよ」

「あっ? 聞こえない」

「くっ……西岡にしおかなずなだっつってんだろ!!」


 ほう、西岡さんか。確かに小動物っぽくて可愛らしい。しかも積極的に前に出ていくタイプじゃないのもあって競争率も低い。しかしクラスでも中心的な人物であるハナケン。目立っていて仲良くしている女子なんてたくさんいるはずなのに、好みは静か系なんだな。なんだか意外。と、なぜか会話を耳が捉えてしまう。梓には一応内緒にしておこう。女子高校生の連絡網をなめてはいけない。


「えっ……それ……まじ?」

「……まじだよ。さあ、教えてくれなきゃね」

「げっ……やっぱ聞くんじゃ無かった」

「えっ? 聞こえな〜い」

「……オレは……井藤……だよ」

「嘘だろ? あれか? あの井藤か?」

「なんか文句あんのかよ!」


 ほう、井藤か。クラスでも人気な方だから、まぁ妥当かな。でもライバルは多いだろうなぁ。それにどう食い込んでいくかですねぇ。ええ、そうですねぇ。と、なぜか耳に入ってしまう雑音に対して、評論家じみたコメント及び実況との駆け引きを頭の中で勝手に進めてみる。背中を向けているぶん誰が誰を好きなのかは声だけでは分かりかねるが、案外こういう話題は聞いているぶんには楽しいかもしれない。


「別に。あ、潤、お前は?」


 突然のことだった。完璧に寝たふりをしていたはずなのに、なんで俺に話を振ってくるんだ?

 そもそも別に好きな人とか今はいないし。ていうか言うわけないし。ていうか寝ている設定だから反応もしないし。

 俺はここでだんまりを決め込んだ。いや、決め込もうとした。その瞬間だった。


「起きてんだろ? ていうかケータイの明かりが布団から漏れてる」


 やってしまった。そういうことだったのか。俺はあえて明るく可愛らしくボケのつもりで「バレた?」と布団をめくり、奴らの輪に入る羽目になった。


「で、潤は誰なわけ?」


 暗闇の中でニヤニヤしている七人の顔がぼぉっと見えて薄気味悪い。もう逃れられないと思い、俺はとっさにはじめに思い浮かんだ女子の名前を適当に言った。

 

「えっ……上岡かな。……って、いや、やっぱ無し。今のは無しで。無しにして。今の。えっと……」


 そんな俺の声を、もう誰も聞いてはいなかった。


「上岡かぁ。良い事聞いた!」


「いや、今のはオレのミスだから。わりいわりい。本当はそんな好きな人なんていないから。気にせんで。な?」


 すでに7人は自分たちの世界に行ってしまったようで、俺は一人、今度は被害という形で独りぼっちになってしまった。


「いやぁ良い事聞いたなぁ。潤は上岡かぁ。いや、良い事を聞いた」


 目の前の全員が敵に見えてきた。彼らは手元に準備してある修学旅行のしおりに何やら名前を書き込んでいる。こうしてお互いがお互いを牽制しつつ応援しつつ全員が付き合えるようにバランスを整えていくのだろう。もちろん、頭の中の妄想として。しかしもしもこれを基に噂が広まったりしたら……悪い方向に向かわないことを祈るしか無いようだ。


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