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想いと願いと夢と

作者: 栄治

1


「あっつ」

吐き出すように呟き、気だるげに身体を起こした。

午前4時32分

睨みつけるようにスマートフォンの画面を見る。

連日の猛暑により、ついにイカれた冷房機を一刻も早く直すと心に誓った。

家を出るにはまだ早すぎる。

ふぅ

溜息に似た吐息を漏らして

風呂場へ向かう

少しぬるめの温度のシャワーを浴び汗を流す。

浴室と隣接して設置されている洗面台で歯を磨く

「ひどい顔だ」



作業着に着替えて準備をし、戸締りをして家を出る。

4階から階段で降りて駐車場に出ると

友人が運転席で大あくびをしていた。

「おはよ」

「悠一、今日は俺の勝ちだね」

寝坊が得意技だ。

と豪語するこの友人にとってこの出来事は相当嬉しかったのか顔を輝かせる。

「そうだね優斗。できればこれが週に3回はほしいけどね。」

おもいっきり真顔でそう切り返してやると

それは無理だろ〜とまた嬉しそうにわらう。


車の中での会話はいつもお決まりだ

今日も暑そうとか

あそこの飲み屋の子がかわいいとか

もぉおっさんだぜ〜とか

他愛のない話

会話と言うよりは優斗が一方的に話す絵面なのだけど、俺はこの時間が好きだった。

「そういえば」

思い出したように優斗が言う。

「悠一今日誕生日じゃなかった?」

「愛子さんとデートか!くそう!」

心の奥が鈍く傷んだ

「いや、昨日別れたよ。」

優斗が息を飲むのがわかった。

「え、な、なんで?え、ちょっと、は?」

「落ち着けよ。大丈夫だって。よくある話だ」

なだめるように笑いかけた。

自分に言いかけせるように。




話したい事がある。

低いトーンで電話の向こうからそう聞こえたのは3ヶ月も前の事だった。

気になる人ができた。

泣きそうな声でそう呟いた愛子さんに

俺はまたあの痛みを思い出していた。

それからずっとぎこちない関係のままついに昨日、1年付き合った恋人から別れを告げられた。

辛かったはずなのに、信じていたはずなのに、不思議と責める気にもなれず、涙もでなかった。



「だってお前あんなに、、、!」

「もぉいぃんだ。ありがとう。優斗」

それっきり優斗は現場に着くまでなにも話さなかった。






2

その日の仕事帰り。

「いいじゃん!今日土曜だぜ?!」

優斗が元気づけようしてくれてるのか、しつこく飲みに誘ってくれる。

この友人はほんとに優しい。

「気分じゃないんだよ。ほんと悪い。」

極力いつものように笑おうと意識する。

「まぁ悠一は一人好きだもんなぁ

今日はさすがにゆっくりしたいかぁ、、、」

「あぁ。ほんとにありがとうな。」

友人が照れくさそうに笑う。

「なんだよ!お前からそんな事言われるとなんか背中が痒くなる!」

ほんとに優斗は良い奴だ


いつも通り家の近所のコンビニでおろしてもらう。

「じゃあな!月曜寝坊すんなよ!」

「あぁ、気をつけるよ。」

なんだよそれ、と笑いながら優斗は何か言いたそうだった。

「優斗、俺は大丈夫だ。ありがとう」

きっと喉のすぐ近くまで出できていた言葉を飲み込んで、友人は少し寂しそうにわらった。

「またな」

「あぁ」


友人の車を見送った後、今晩の食料を調達しにコンビニへ入る。

いつものようにカゴを手に取り

ビールを2本入れる。

いつものサラダを手に取った瞬間

よぎってしまった。

あぁ、もういぃんだ。

愛子さんから言われていた。


ご飯をコンビニで済ませてしまうのは仕方ないのだけれど、せめてサラダを食べなさい。

本当に心配なの、お願い。


あぁ、心配してくれる人などもう誰もいないのだ。

手に取ったサラダを棚に戻して、カップ麺をカゴに入れる。

適当に目に入った弁当もカゴに入れ、レジに並ぶ。


タバコはやめてほしい。

少しづつでいいの!

お願い。

だって、、、、少しでも長くいたいもの。


禁煙は1年続いた。

レジで番号を告げて一年ぶりにタバコを買う。


心が、壊れそうだった。

痛みに、押しつぶされてしまいそうだった。

なんで?

それだけが頭の中を駆け回った。


家に着くなりビールを煽った。

タバコに火をつける

むせた

あぁ、もういぃんだ。

俺は1人なんだ。



1人が大嫌いだった。

仕事が早く終わる日は、決まって近くの書店で時間を潰した。

真っ暗な家に帰ることが嫌いだった。

ただいまを言う事自体がおかしい気がして、

おかえりが聞きたくて

虚しさが自分を包み込むような気がして

心が休まる気がしなかった。



一年前

いつもの書店で本とにらめっこをしていた。

好きな作家さんの新刊と初めてみる作家さんのデビュー作、どちらを読もうかと思案していた。


「どっちも読むという選択肢はないのですか?」

その女性はおかしそうに笑いながら話しかけてきた。

これが自分に投げかけられた質問だということに気付くのに少し時間がかかった。

知らない人から話しかけられる事などあまり経験がなかった。

「あの、聞こえてます?」

その女性は、愛子さんは、またおかしそうに笑った

「あ、え、いや、2冊買うともう一方が気になって集中できないので、、」

「あ!それわかります!!

わくわくしてしまって、先に読んでる方がなんとなく内容入ってこないかも!」

続けて愛子さんは言う。

「じゃあ私がこっちを買います!

読み終わったら貸してくださいね?」

そう言って有無を言わさずレジに連れていかれた。

「読み終わったら感想言う前に貸してくださいね?

絶対ですよ!」

そう言って連絡先も言わず去っていった。

不思議な人だなぁとしか思ってなかった。

もう一度会えるとも、思ってなかった。


次の日の事だった。

仕事が早く終わって家に帰ると

やっぱり居心地が悪くて、シャワーを浴びて昨日買った本を手に取って家を出た。

近くのチェーン展開しているカフェに行った。

アイスコーヒーの大きいサイズを注文して席に着く。

ここのコーヒーは少し濃い気がして苦手だった。

アイスコーヒーをお供に本を読み進めた。

お気に入りの作家さんの新刊はすぐにのめり込める内容だった。

4分の1くらい読み進めて、一息ついた。

心臓が止まるかと思った。

目の前に、昨日の女性が

愛子さんが座っていた。

いつからいたのだろう

彼女もまた、大きいサイズのアイスコーヒーをお供に本を読んでいた。

「あ、あの、、、」

「ん?あ、やっときづきました?ずーーーっと見てたのに気づかないんだもん!」

彼女はまた、おかしそうに笑った





3


「ピーンポーン」

、、、、、

「ピーンポーン」


インターホンの音で目が覚めた。

昨日は結局ビールを散々煽ってそのまま寝てしまったらしい。

頭が痛い。


「ピーンポーン」


もぉ、なんだよこんな朝早く、、

諦めて撤退してくれよ


身体のダルさと昨日の酒のせいで動く気力もなく居留守を決め込むことにして、また布団にくるまる。

何もかもから逃げたい衝動に駆られていた。

この喪失感から

孤独から

絶望から


「ピーンポーン」


、、、、、もぉなんだよ

仕方なく身体を起こし、ボサボサの頭と寝間着のまま

玄関を開けた


、、、、、

そこに立っていたのは新聞の勧誘でも宅配便の爽やかなお兄さんでもなかった。

少女だった。


「おはよ、悠一

ひどい顔ね、それに寝癖がすごいわよ」


思考が完全に止まる

俺にこんな小さな友人はもちろんいない。


「ぼさっと突っ立ってないで早くお家に入れてくれるかしら?

暑くて暑くて立ってるのもだるいのよ

あ、でも悠一の家はクーラー壊れてたんだっけ

まぁいいわ、早くそこをのいてちょうだい」


意味がわからない


「え、あの、、、どちら様、、、?」


やっと出た言葉がこれだった。


「初めまして悠一私の名前はゆめ

あなたの根性を叩き直しにきたわ」




そう言って半ば強引に部屋に上がる彼女に何も言えず、見ていることしか出来なかった。


「あー暑い

それにしても汚い部屋だわ

お掃除くらいしなくちゃ」

そう言ってカーテンを開けてゴミを袋に入れ始める。

「え、いや、ちょっと待ってくれ」

「君は誰?」

うんざりした表情で彼女が振り返る。

「さっき言ったわ」

そう言ってさっさと片付けに戻る。

「いや、そうじゃなくて!」

つい大きな声を出してしまった。

彼女が振り向く

「はぁ、、、」

「いい?悠一

まず大きい声を出すのはやめて」

「そして私のこの綺麗なお顔をよく見て」

「誰かに似てると思わない?」

ごめんともごもご言ったあと

彼女の顔を初めてまともに見た。

自分で綺麗なお顔だなんて、、

先に言っておきたい。

俺に断じてロリコンの趣味は無い。

無いのだが、、

彼女の顔立ちはとても良く整っていて、お世辞ではなく本当に綺麗だった。

似ていた

瓜二つだった

つい先日離れていったばかりの恋人に、、、


「あ、、、、」

言葉が出なかった。

「わかった?」

「もう一度言うわ

私の名前はゆめ

あなたが今頭の中に描いた人は私のママよ」



「、、、、っ」

言葉が出なかった。

子供がいたのか、、、

しかもこんなに大きな、、、



いや、まて

おかしい

目の前の彼女はどう見ても小学生

愛子さんの子供にしては大きすぎる


「当然よ」

俺の考えを見透かしたかのように彼女が言う。

「私は小学校6年生

もう12歳のお姉さんよ」

自慢げに彼女が言う。

「これ以上は言えないわ

言わないんじゃない、言えないの」

「さ、この話はおしまい

お片付けを手伝ってちょうだい

私、お片付けは得なのよ」

ふふふ、と嬉しそうに片付けに戻る。

思考が錯綜していた。

わけがわからない

どぉゆうことだ?

彼女はほんとに愛子さんの子供なのか?

だとしてもなぜここにいる


結論は出ないまま、言われるまま部屋の片付けに参加した。



「さ!お部屋も綺麗になった事だし、シャワーを浴びましょう!」

部屋が綺麗になって気分がいいのか

先程までより随分楽しげだ。

「え、あ、あぁ」

気づけば汗だくだった。

スッキリしよう。

脱衣所で衣服を全て脱ぎ洗濯機に放り込む。

バスルームのドアノブに手をかけた瞬間。

「あ!ちょっと待ちなさいよ!!!」

服を脱ぎながら慌てて彼女が脱衣所に駆け込んできた。

「あ、ごめん!先に入る?どうぞ!」

慌てて下着だけ履こうとする俺に、彼女はきょとんとしながら言う。

「は?一緒に入ればいいじゃない

その方が水道代も節約できて地球にも優しいのよ」

また自慢げにドヤ顔が炸裂した



4


結局押し込まれる形で一緒にシャワーを浴びて

されるがままに髪の毛を乾かされ

彼女が選んだ服を着せられ

万遍の笑みで髪の毛をセットされた。

「完璧だわ

自分の才能が怖いわ

斬新かつ洗練された全く新しいヘアスタイル

どう?すごいでしょ」

例のドヤ顔が炸裂してるのを横目に

鏡をみる


、、、、、

え?寝癖よりひどくない?

爆発ヘアスタイルの自分を呆然と見つめながら少し笑けた。


「やっと笑ったわね。

まぁ私のセンスの賜物ね!」


ふふふ

と嬉しそうな彼女に何も言えるわけもなく

ありがとう。と頭を撫でた。


「さ!悠一!お出かけしましょ!」

え?この髪型で?

は伏せて

「どこに行くの??」

「決まってるじゃない!

本屋さんよ!」


全く気は進まなかった。

あそこには愛子さんもいるかもしれない。

いや、それはないが

全くないとは言いきれない。

腕をひっぱられて家を出た。


今日も太陽はなかなか本気を出していた。



店内は広くもなく狭くもなく

とても静かで冷房もきいていて落ち着く空間だった。

店内に入ってから例の小さい彼女も静かになり、ぴったり横に張り付いていた。

「何を探しにきたの?」

小声で聞いてみる

「えと、その、小説よ」

もう小説を読んでいるのか、と少しびっくりする。

「誰の作品?」

「えと、あの、、、、あっ!」

「ん?」

彼女が見ていた方を見た。

そこにいた。

今は会いたくなかった。

髪型がこんなだからではなく

気持ちが整ってないというか

やっと少し落ち着いてきたばかりだったから



愛子さんがこちらを見ていた。



目線が張り付いたように

外せなかった

心臓が耳についてるように鼓動の音が聞こえた。



「なんなのその髪型」

ぷぷっと堪えきれなくなったように彼女が笑う。

「いや、これは、その、、」

苦笑いしかできなかった。

一呼吸置いて

じゃあね。

と踵を返し出口に向かう彼女

ほっとした。

ほっとしていた。

あんなに会いたかった彼女

求めてやまなかった彼女

いざ実際あってみるとどうしていいかわからなくなって情けなく苦笑いしかできなかった。

離れて行く様を見てほっとしてしまっていた。

まるで苦手な人と遭遇してしまったように。


「悠一、、、、?」

彼女の不安げな声で我に返る

「あ、ごめん、それで?どの本が気になるの??」

それらしい笑顔をなんとか作ろうとする。

「大丈夫?顔色が悪いわ」

「あ、ああ、仕事の疲れが出てるのかな、大丈夫だよ」

それから家に帰るまでの出来事はぼんやりしかおぼえていない。




5


ふぅ。。。。

今日はいつもよりつかれた気がする。

夕ご飯はどうしようか。

お昼は何食べたっけ。

まぁいぃか、お腹もすいてないし。

「ねぇ!!!」

「え?な、なに??」

「聞いてるの?悠一!私ハンバーグが食べたいの!」

彼女が怒ったような拗ねたような顔をする。

「ごめんごめん、帰りにスーパーに寄ろう」

、、、、、ん?

いやいや、待て

「お家に帰らなくていいの?」

はぁ、、、

とわざとらしくため息をつく彼女

「全部言わないとわからないの?」

むっとしてしまった。

あの人とそっくりな顔で

あの人と同じような事を言う彼女

「わかるわけないだろ」

「いつもいつも君は勝手に、、、、」

言いかけてはっとする

今、何を言おうとしてたんだ

誰に言おうとしてたんだ

そんな俺を彼女はじっと見つめる。

「そうね、帰れないのよ

まだ」


空腹の限界なのか、機嫌の悪い彼女におやつを与えてキッチンに逃げ込む

「5分よ!5分で餓死するわ!!」

クッキーを咀嚼しながらもふもふと叫ぶ彼女

「はいはい、ちょっと待っててね」

そそくさと準備をして先にサラダを出した。

「あら?サラダはやめたんじゃなかったっけ??」

意地の悪い笑顔を浮かべて彼女が言う。

「う、、、こ、子供は好き嫌いしちゃダメです!!」

あれ?、、、、なんでそんなことまで知ってるんだろう、、、、

そんな事を考えながらハンバーグを作ってご飯をよそい

お味噌汁をお椀に入れた。

「はい、お待たせしました」

「わぁ!!!!!」

彼女が顔を輝かせる

「これよ!!このハンバーグよ!!」

本当に嬉しそうに食べてくれる横顔をビールを飲みながら眺めていた。

心が暖かくなる感覚がした。

あぁそうか、今日はひとりじゃないんだ、、



「ふぅ、、、

ごちそうさまでした

とっても美味しかったわ」

満腹になった彼女が満足そうにソファーに沈む

「はい、お粗末様でした」

立ち上がって食器を下げようとした時、

「ママはね、とても後悔してるわ」

「え??」

「あの日のことを、、、今でもずっと後悔しているの、、、、」

急に神妙な面持ちで話し出す彼女。

立ち上がろうと浮かした腰をもう一度椅子に落ち着け、ビールを1口あおる

「後悔、、、?」



6


私には彼氏がいる。

とっても優しくて、私の事を想ってくれる

背は少し高くて、顔もそんなに悪くない、、、と思う。

私にはもったいないくらいだ。


彼は時々優しすぎる節がある。

優しすぎると言うか、、、、

その優しさが私のとても深いところに突き刺さる事がある。

それは私の心に痛みを伴った。

彼は、、、自分の想いを大切にしなさすぎる。




子宮頸がん

最近の違和感の正体はこれだったらしい。

定期検診が早期発見に繋がり

命に別状はないと言う。

元々妊娠しにくい体質だったらしい私は

子供を授かることがとても難しくなると告げられた。

彼の事を想っていた、、、

誰よりも寂しがりで、誰よりも優しく

誰よりも強がりな彼の事を、、、


彼に家族はいない

いや、どこかにはいるのだろう

彼は物心つく前から施設で育った

詳しい事はわからない

しかし、そんな彼が温もりを、家族を、心の底から欲しているのは伝わっていた。

痛いくらいに、、、、


彼はどんな顔をするだろうか

多分、、、

私の事を想って、、、

とても悲しそうに、でも元気づけようと頑張って微笑むのだろう

俺の事はいいんだよ

口癖のように彼は言う。

その度に私の胸はひどくしめつけられた。

その度に私は彼の事を遠い存在のように感じてしまうようになっていた。


どうやって彼に伝えようか、、

そんなことをぼんやり考えながら病院を出た。

歩いて病院の最寄りの駅に向かう途中

スマホが震えた

彼からの着信だった

仕事中のはずなのに、、、

「定期検診どうだった?」

不安気な彼の声が電話の向こうから聞こえてきた。

「大丈夫だよ!いつも通り」

とっさに嘘をついてしまった。

「よかった!じゃあ仕事戻るね!」

「はーい!気をつけてね」

どんよりと嫌な気持ちで胸が埋め尽くされる。

彼の優しさが針のように突き刺さった。

今はそのそれがとても辛かった。

先の事を考えれば考えるほど

彼の悲しそうな笑顔が頭をよぎった。


私はどうすべきだろうか。

彼には幸せになってほしい。

どぉか本当の温もりを手に入れてほしい


心の底からの願いだった

、、、たとえ隣に私がいなくても、、


覚悟を決めた。


せめて今夜はいっぱい泣こう

彼にいっぱい謝ろう

隣にいてあげれなくて

嘘をついてしまって

あなたに温もりをあげることができなくて

ほんとうにごめんなさい


涙が、頬を伝った。



7


「ママはね、、、、」

そう言いかけて彼女はすーすーと寝息を立てて眠ってしまった。

疲れたのだろう。

なんだか微笑ましくて、心が暖かった。


彼女に毛布をかけて洗い物を片付け、明日の準備に取りかかる。

朝着る作業着を用意して、着替えをカバンに詰め込む。

彼女には夕方までお留守番してもらわないといけないな

仕事を休むわけにはいかないし、、

そんな事を考えながら天気予報を見てみると

大雨の予報だった。


朝、優斗からの着信で目が覚めた

こいつはほんとに、、、、

こんなときだけ早起きなのだ

「おい悠一!大雨だぜ、土砂降りだ」

とても嬉しそうだ

「だめだぞ」

「朝だけでも顔を出さないと親方が黙ってない」

俺達の親方は厳しい人だった。

厳しいが優しく、温かみのある頼れる親方

そんな絵に書いたような立派な人だった

身寄りのない俺の事を息子のように思ってくれて、教養と仕事を与えてくれた。

俺にとっては唯一無二の世界一の父親だ。

「ですよねぇ、、いつもの時間に行きます」

しょんぼりと優斗が言う

「あぁ、どぉせ中止だろうからそんなに落ち込むなって」

少し笑ってしまった。

彼女はまだ眠っているようだった

よし、と気合いを入れて起き上がる。

顔を洗い、歯を磨いてから

お米を洗ってお味噌汁を炊いた

卵焼きとウインナーを茹でたものをお皿に盛りラップをする

もし、仕事が中止じゃなかったら、、、

昨日のハンバーグが残っているしサラダもある。

お昼はこれでがまんしてもらおう

メモにその旨を書いて、静かに家を出た。


雨が降っていた。


「うぃ〜」

とてつもなくやる気のない朝の挨拶を友人が投げかけてくる。

「おはよう優斗」

「あれ?悠一なんか元気そう

いい事あった?」

どうかな、と言いかけて思いとどまった

「あぁ、あったよ」


いつものくだらない会話をしているうちに現場に到着した。

「あれ?何やってんの?」

優斗が見ている方角をみると親方がもうすでにカッパを来て何やら作業をしていた。

「ほんとだ、行こう」

優斗をほっといてカッパも着ずに親方の元に駆け寄る

「おはようございます」

「おう悠一、はやいな」

怪訝そうな表情の親方

「どうしたんです?」

「いや、いぃんだ

この大雨だし今日は中止だぞ

帰れ」

「なにかあるなら手伝います」

そうか、と親方の表情がこころなしか和らいだように見えた

どうやら足場の最上段に忘れ物をしたらしく上まで上がるのが面倒だったらしい

ビルに例えると3階相当の高さだからだ

そんなに高くはないが

1番上まで登るのは中々しんどい

「あ、俺行きます」

親方の返事も聞かずそそくさと仮設階段を登る

雨は好きだ

雨音を聞いてると心が落ち着く気がした。

雨に打たれながら歩くと自分の汚い部分も洗い流してくれる気がした。

彼女の事、愛子さんのことをずーっと考えていた。

朝起きて準備をしている間も

車に乗ってる間も

ずっと考えていた

愛子さんは本当に気になる人ができたのか?

幸せな妄想だと思う

でももし、違ったら?

だとしてもなぜそんな事を言った?

なぜ離れようとした?

何かが引っかかる

どこかからきた彼女

なぜ俺の元に来た?

なぜ俺の行動をしってる?

本当は何をしに来たのだろうか

そんなことを考えているとすぐ最上段ついた。

1番上はまだ途中で危ないらしく立ち入り禁止の張り紙がしてあったが

親方の忘れ物が目に入って張り紙を無視して上がった。

風が強かった

遠くまでどんよりとした灰色の空

降りしきる雨

なんだか感傷的になってしまった。

その時だった

一際強い風がふいた

ふらついて足を踏ん張ろうとした

雨で足が滑った




雨が降っていた



8


い、、、ち、、、

ゆう、、、い、、、

ゆういち、、、、

悠一!!!!!



「う、、あ、、、っ、、」

誰かが俺を呼んでる

空が見える

雨が顔にあたる

え、ここはどこだろう

地面がとても冷たい


「悠一!!!大丈夫か!!

しっかりしろ!!

悠一!!!救急車!!!はやく!!!」

親方の怒鳴り声が聞こえる


うるさいなぁ

なんだかとても眠いんだ

でも親方が呼んでる

起きなきゃ


、、、、、!!!!!

身体中に激痛がはしった

「が、、、、はっ、、、、」

え、、、

なんだこれは

記憶がこんがらがっている

ここは、、現場か??

あれ、、、俺何をしてたっけ??

寒い、、、

そこで記憶はぷっつり途切れている。



雨が降っていた。



愛子さんの声が聞こえた気がした。


「はっっ、、」

ここは、、どこだ

「悠一?悠一!!!」

「ねぇ、聞こえる??悠一」

「聞こえていたらうなづいて」

愛子さんが隣にいた、目が真っ赤だ

泣いていたの?どうしたの?

声が出ない。

身体がうごかない

あれ?おかしいな、、

「悠一?ねえ、悠一?聞こえる?」

ゆっくりうなずく

愛子さんがすぐ枕元に手を伸ばした。

なんで声がでないんだろう。

ここはどこだろう

愛子さんなんで泣いてるの?どうしたの?

そんな悲しそうな顔しないでくれ


また記憶が途切れる


夢を見ていた気がする

とても暖かくてとても幸せな夢を


目が覚めると意識がハッキリしていた

点滴、、、

ここは病院か

外は真っ暗になっていた。

身体中がだるい

何故か力が入らない

看護婦さんらしき人が俺に気づいた

「秋山さーん、聞こえますか」

ゆっくりうなずく

「意識はハッキリしてますか?」

もう一度うなずく

「ちょっとまっててくださいね」

足早にどこかへ行ってしまった。

記憶が混乱している

なんで病院にいるんだろうか

すぐによく知る人が2人

厳ついしかめっ面と1番の友人

親方と優斗が入ってきた。

「悠一わかるか?」

親方がいつもより穏やかに言う

ゆっくり頷くと

優斗が今の状況と何があったかを話してくれた。

どうやら足場から落ちたらしい。

全身5箇所骨折していて今は麻酔で身体が動かない事、

内蔵も傷つけてしまって手術したこと

意識が戻らなくて心配をかけてしまったこと

友人は泣いていた

「よかった、、ほんとによかった」

すると親方が

「このバカ息子が!!俺のせいで死にそうになるなんてどんだけ親不孝だよお前は!!」

顔を真っ赤にして怒鳴り出した。

「馬鹿野郎が、、、、」

目に涙を浮かべながら


申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

本当に、、


お静かに!!何時だと思ってるんですか!!

と、看護師さんがあわてて入ってきた。


ああ、ごめんなさい

と親方が小さくなる


すこし笑えた。

心が暖かくなった。

ごめんなさい。

本当にありがとう。


視界の端っこに女性を捉えた

愛子さんだ

泣いていた。

静かに、、俺に気づかれないように、

あぁ、、俺が泣かせてしまったのか

「う、、、う、、」

看護師さんが酸素マスクを外してくれた

「あ、、、いこさん、」

「なか、、、ないで、、おれは、だい、、じょうぶ、」

親方と優斗がそっと病室を出ていった


愛子さんがそっとこちらに近づいてきた

すすり泣く声が聞こえる


ごめ、、、

言いかけた時に愛子さんが堰を切ったように

大粒の涙をボロボロと流し始めた。

目を伏せたまま

静かに口を開く

声は震えていた


「どこが大丈夫なの?

全然大丈夫じゃないじゃない

全身ボロボロで死にかけてるじゃない

なんでいつもそうなの?

なんで強がるの?

なんで、、、、」

言いかけて俺の目をみた

「なんでいつも、、、

私の事ばっかり心配するの?

大切な人が死にかけたのよ?

泣くに決まってるじゃない

辛いに、、決まってるじゃない

でも、、、よかった、、、

本当に、、、よかった、、、、」


声を上げて泣く彼女

俺の頬にも涙がつたった




9


その後、愛子さんと何でもない話をした。

付き合っている時のように

ごく自然に話が出来た。

やっとゆっくりなら普通に話ができるようになった頃ふと時計を見る

午後7時35分

「あっ!」

彼女のことを忘れていた

「え?なになに?どうしたの?」

しまった。

きっとお腹を空かせている

帰りの遅い俺を心配しているかもしれない

しかし愛子さんには話せない。

「愛子さん、優斗はもう帰ったのかな?」

「んーどうだろう。ちょっと待ってね」

しばらくして

「どした?」

まだ若干不安気な表情の友人が顔を出す

「あ、優斗、頼みがあるんだ」

「ん?着替えとか必要な物なら勝手に家から持ってきたぞ?」

この友人にしては気が利く

いや、失礼だな。

さすがは俺の親友だ。

助かる。

ん、、、、ちょっと待てよ、、

「家に、はいったのか?」

「あぁ、悪いとは思ったけど事が事だったからな

なにかまずかった?」

「い、いや、いいんだ、、、」

「それにしても悠一、朝飯食ったあとの食器ぐらい下げとけよなぁ

ケチャップとマヨネーズも出しっぱなしだったし

悠一がそんなにズボラだったとは、、親近感湧いたけど」

嬉しそうに笑う友人

あ、あれ?

彼女は、、、どこにいったのだろう

帰って、、、しまったのか

「どうしたそんな顔して、具合悪いか?先生呼ぶか?」

「い、いや、大丈夫だよ

少し疲れただけだ」

「そっか、じゃあそろそろ帰るわ

絶対安静なんだから

ゆっくりしとけよ」

そう言って友人が病室をあとにする。

「じゃあ私もそろそろ帰るね」

また来るから、と元恋人も病室を出ていった。


帰ったのか、、、

ありがとうを言い損ねたな

朝ごはん、ちゃんとした物を作ってあげたかった。

心に穴が空いてしまったような感覚に陥った。

その穴から温もりが流れ出していくような、喪失感に似た感覚に、、、

「まだいるわよ」

心臓が止まるかとおもった。

そこに彼女がいた

いつはいってきたのだろう

全然気が付かなかった

「なに?その幽霊を見たような顔は」

くすくす笑う彼女

「なに、帰ったかと思って寂しくなっちゃった?」

意地悪な笑顔を浮かべる

「い、いや、、、あぁ、まぁそうだよ」

力なく笑う

「まだいるわ、大丈夫よ」

よかった

心の底からそう思った

「どこに行ってたの?

悠斗が家に入ってきただろ?」

「え、えと、、、そ、そう!

押し入れに隠れたのよ!

びっくりして」

これでもかと言わんばかりに目を泳がせる彼女

これを嘘だと見抜けない人などいないくらい

でもなぜか聞いてはいけない気がして本当の事は聞けなかった。

質問を変えよう

「なんでここにいるってわかったの?」

ふふふ、と得意気に笑う彼女

「なんででしょうね」

「さ、質問タイムはおしまいよ

もう眠りなさい」

確かにさっきから眠くて眠くて仕方ない。

「でも君は?

家まで帰れる?

先生に事情を話して泊めてもらおうか」

首を横に振る彼女

「問題ないわ!私お姉さんだもの!」

自慢のドヤ顔が炸裂したところで意識が遠のいた。



10

ふあ〜

「ちょっとまだ寝たりないの?

何、その間の抜けた大欠伸は」

あれから1ヶ月

経過は良好でゆっくり歩けるぐらいに回復した。

「いや、、病院ってとても暇なんだよ」

悠斗も愛子さんも親方も時々お見舞いに来てくれた。

悠斗はここに来ると看護師さんと話す機会ばかり伺っているし

親方は大声を出して怒られてから、周りをキョロキョロしてかなり小声で話す

愛子さんは、、、、何やらとても忙しそうで顔を出してくれるが差し入れを置いてそそくさと帰っていく


彼女はなぜか毎日気づいたらここにいる

俺が入院してる病院は家の近所とは言えず

電車で3駅ほど離れた隣町にある

毎日の往復は大変だろう


「毎日来てくれてありがとう

君が来てくれるから心強いよ」

ぶすっとしている彼女の機嫌をとろうと笑いかけてみた

「暇って言ったばかりじゃない」

椅子に座ったまま上半身だけベッドに投げ出しただらけた格好で恨めしそうに俺を見た

「い、いや、それは、、その、夜とか?」

言い訳をしてみた

ふんっと

鼻を鳴らしてそっぽを向く

ふと、顔をあげてこちらを見る

「私、プリンを買ってくるわ

お小遣いをちょうだい」

はいはい、と財布から500円を手渡した。

なぜか急ぎ足で病室を出ていく彼女

そんなにプリンが食べたかったのか

悠斗に頼んで買ってきておいてもらおうか

「調子どう?」

びくっとして声のした方を見る。

病室の入口から愛子さんが顔を出していた。

「なんでそんなにびくついてるの」

と、おかしそうに笑う。

「あ、あぁ順調だよ」

なぜか、本当になぜか

彼女は愛子さんと鉢合わせたことがない

愛子さんと、と言うか誰とも、、、

毎日来てくれてるのに親方とも悠斗とも鉢合わせたことがない。

「今日はね、いちご大福よ

悠一好きだったよね?」

と、白い箱を差し出してくれた

「いつもありがとうね、愛子さん

いちご大福大好きだよ」

「それとこれも貸してあげる」

と、お気に入りの作家さんの新作小説を手渡してくれた。

「新しいのでたんだ」

ふふふ

と、なぜか自慢げな表情を浮かべる

「あ、もうこんな時間

行かなきゃ、、

いつもバタバタしてごめんね

次はゆっくりくるね」

「いや、いいんだよ

ありがとう」

じゃあね、と病室をあとにする。


デート、、、だろうか

メイクをばっちりして

お気に入りのスカートをはいていた

とても、、綺麗だった。

「悪い癖ね」

またビクッとして声がした方を見る

ビニール袋を持った彼女はそこにいた

「すぐそうやって悪い方悪い方へ考える

悠一の悪い癖よ」

「君達は気配を消す訓練かなにかをうけてるの?」

何言ってるの、と早速買ってきたプリンを食べ始める彼女

「ねぇ、悠一」

目線はプリンから離さないまま話し始める

「んー?」

愛子さんが持ってきてくれた本に手を伸ばした。

愛子さんはもぉ読んだのだろうか?

新品のように綺麗だった

「外出許可は取れないの?」

「どうだろうねぇ」

持ってきてくれたいちご大福の箱を開ける。綺麗に整形されたもちもち達が整然と並んでいる。

後で美味しくいただこう。

そっと冷蔵庫にしまった。

「ちょっと聞いてるの?!」

その時だった

ガチャ、

ノックもなしに突然ドアか開いた

彼女が目を見開く

そこに愛子さんが立っていた。

「ちょっと、私が来る度にそんな驚いた顔をするのはやめて」

くすくすと笑う


鼓動が早くなるのを感じた

彼女の事をなんて紹介しよう

親戚の娘?

俺に親戚はない。

「ちょっとどうしたの?

あ、予定が無くなっちゃって、もう一度来たのよ

迷惑だった??」

愛子さんが不安そうに尋ねてきた。

「い、いや!そんなことはないよ!

嬉しいよ」

しかし、彼女のことをどうやって説明しよう、、、

「あれ?誰か来てたの??」

「え?なんで?」

「なんでって、、、

食べかけのプリン」

と愛子さんは彼女が今まさに食べている最中のプリンを指さす

「え、、、??」

指をさす先には彼女が座っている

今まさに、そこに



彼女の方を見る

とても、、とても寂しそうに笑っていた。

「あ、愛子さん、、、

見えないの、、?」

「は?何が?

ちょっと!怖いこと言わないで」

怒ったように、それでも楽しそうに笑う。

とっさに彼女の方に視線を移してしまった。

笑っていた

とても寂しそうに

笑っていた

なにかに耐えるように

笑っていた

泣いているように



11


愛子さんと何を話したか、いつ帰ったのか

あまり覚えていない。

あの後すぐ病室を出ていった彼女のことを考えていた。

あの悲しそうな笑顔が脳裏に張り付いて離れない、、、

どうゆう事だ

なんで

訳が分からない

彼女はちゃんとここにいたし

話していたし

笑っていた、、


ガチャ


「はーあ!

バレちゃった」

万遍の笑みで彼女が入ってくる。

言葉が、出なかった。

その笑顔は偽物だとすぐわかった。

目が、、真っ赤だった。

「私の事は悠一にしか見えないわ

見えないし、聞こえないし、触れない」

「え、、、?」

「言葉の通りよ」

嘘の笑顔をやめて真剣な顔の彼女が真っ直ぐに俺の目を見つめて言った。

それから彼女はゆっくり語りだした。



12


気づいたらそこにいた。

そうとしか言えない

なぜここにいるのか

自分が何なのかもわからなかった。

長い間1人でさまよった

誰も自分に気づいてくれない

誰も自分の声が聞こえない

産まれた意味もわからない

そもそも産まれていないのかもしれない

ただひたすら時間が流れるのを見つめていることしかできなかった。

ある日の事

雨が降っていた

いつものように

誰にも気づかれず

誰にも見つからず

誰にも認識されないまま

公園のベンチに座っていた

すると隣におばあさんが座った

珍しいことではなかった

認識されてないのだから

よくあることだ

「ねぇ、お嬢さん」

真っ直ぐに私を見ておばあさんがにこやかに言った。

驚いた

私に言われたかとおもった。

「お嬢さん、私にはあなたがわかるわよ」

おばあさんがにこやかにゆっくりと

確かに私に話しかけてきた。

あまりに突然の出来事で

初めての出来事だったので

びっくりして逃げてしまった。

気がついたら知らないとこにいた

知らないお家の前に

とてもお腹が空いていた

「あら、おかえりなさい」

さっきのおばあさんが後ろから歩いてきた

「あ、あの、、、」

「大丈夫よ、今日はね

とびっきり美味しいハンバーグを作るの

手伝ってちょうだいね」

優しく微笑んでくれた。


おうちの中には大きな本棚に本がぎっしり詰まっていた。

きちんと整理整頓され、作家さん事に並んでいた。

本なんて読んだことないけれど手に取ってみたくなるような、そんな魅力を感じた。


周りはぎっしり詰まってて綺麗に並んでるのに

真ん中の列のど真ん中

一際目立つ位置に2冊だけ

背表紙ではなく表表紙がこちらを向いていた。


「ふふふ

私の宝物なの」

嬉しそうにおばあさんは言う

「この世界で1番大切な人との思い出なの」

そう言って優しく微笑んだ。

人と会話したことなんてなくて

なんて応えていいのかわからなくて

「へぇ、そうなの」

と気のない返事をしてしまった。

「さ、ご飯の支度をしなくちゃね」

その前に、と

お風呂へ案内された。

暖かいお湯に浸かると

心まで温まってくるような感覚に襲われる

いつの間にか涙が頬をつたっていた。


お風呂から上がるととてもいい匂いがした。

「あ、あの、お風呂、ありがとう」

にっこりと微笑んで頭を撫でてくれた。

髪の毛をかわかしましょう。

と、ドライヤーを取り出し私の髪を乾かしてくれた。

「綺麗な髪ね

お嬢さん、あなたは私の若い頃そっくりなのよ」

「あ、あの、私、、、」

涙が出た

どうしようもなく

止まらなかった

声をあげていっぱい泣いた

おばあさんは優しく抱きしめてくれて

大丈夫だよ、もう大丈夫

と頭を撫でてくれた。


そしてこう言った


本当にごめんなさい


と、、、




13


おばあさんのハンバーグはとても美味しかった

誰かの手料理なんて食べたことないけれど

多分世界一だ

「おばあさんは料理を作る人ね!

きっとそう!

だってこんなに美味しいもの!」

嬉しそうに微笑むおばあさん

「このハンバーグはね、私の世界一大切な人が初めて作ってくれたんだよ」

「それってあの本の人??」

ふふふ、とうなづく

「ねぇ、どんな人なの?」

おばあさんは少し考えて口を開いた

「とっても臆病で

強がりで

でも本当は弱くて

独りが大っ嫌いで

誰かが隣にいないと消えちゃいそうな

、、、そんな人だったわ」

遠くを見ながらゆっくり話してくれた。

「あら、とっても弱虫さんなのね

私は1人でも平気だったわ!」

お嬢さんは強いね、と頭を撫でてくれた。

でもね、と

「彼は誰よりも優しかった

きっと誰よりも痛い思いをしてきたのに

人が傷つくのを誰よりも嫌がった。」

少し、悲しそうにそう言うおばあさん

続けて

「私もその優しさに甘えてしまった周りの人達の中の一人なのだけどね」

と、ぽつりとつぶやいた。

「ねえ、おばあさん!

私もその人に会ってみたい!

でも、私の事に気づくかな、、」

「彼があなたに気づかないなんてありえないわ

だってあなたは、、、」

一呼吸おいて続けた。

「あなたは私達の夢そのものだもの」

「夢?」

そう、とうなづく

「本当にごめんなさい

あなたをこの世界に生み出したのは私達なの」

おばあさんは涙をポロポロ流しだした

「私はあなたのことを夢見ながら

そんな事はありえないと信じれなかった

あなたを守らなきゃいけなかったのに

自分の事で精一杯だったの」

と、、

ずっと知りたかった事がある

一人ぼっちでいつも考えてた

でも答えなんて出なかった、、、

「おばあさん、私は誰??

何をしにここに来たの?」

「あなたは、、、

私達の願いを叶えるために

来てくれたの

あなたは私達の理想と想いが作り出した

私達の娘よ。」

何もかもを唐突に理解した。

あぁ、、、そうだった

私はこの人、、、ママに会いに来たんだ

病気で子供を宿すことが出来なくなってしまったママ

とても辛くて大切な人から離れる決心までして、、

1人で泣いて、泣いて、泣いて、、、

泣き疲れて、それでも泣いて、、、

そんなママのために来たんだった

ママを1人にしないために、、、

「思い出したわ」

胸に熱い想いが宿った。

「ママ、もう泣かなくていいのよ

大丈夫、私がなんとかするわ」

おばあさんを強く、抱きしめた

「ママ、私パパのところへ行ってくる

大丈夫よ、未来は私が変えてあげる!

パパの根性を叩き直してくるわ」

そう言っておばあさんの、ママの涙を拭った。


ママは笑顔で見送ってくれた。

「気をつけてね

いってらっしゃい」

「いってきます!」

ただいまを言えるかわからないけど、

いってきますを言えるのが嬉しかった。

不安はあった

もし、パパに私の事が見えなかったら

きっと大丈夫!

そう自分に言い聞かせた。

気づいたらパパの家の前にいた。

インターホンを押す指が震えた

大丈夫!

きっと大丈夫!

恐る恐るインターホンを押した、、、


何度も何度も押した

お願い、、、お願いします、、

そう願いながら、

ドアが開いた

そこにいた

ボサボサの頭でこの世の終わりみたいな顔をして、、、

でも確かに私を見ていた。

初めて会ったはずなのにとても懐かしくて心が暖かくて涙が出そうになるのを必死に堪えた

「おはよ、悠一。

ひどい顔ね。それに寝癖がすごいわよ。」



14


話し終えて不安げな表情を見せる彼女

「信じて、、、くれる?」


「は??、、、何を言ってるんだ?」

彼女の表情が暗く沈む。

「そう、、よね、、

誰も信じないよね、こんな話、、、」

「そうじゃない!!!」

つい、大きな声が出た。

自分でもびっくりするくらい

「ごめん、そうじゃないんだ」

、、、、いったい

どれほどの孤独だっただろうか

どれほどの痛みだっただろうか

誰にも気づかれず

自分が何なのかもわからないなんて

いったいどれほど辛いだろうか

こんな小さなからだでどれほどの時間を耐えてきたのだろうか

そして

やっと見つけた安息を、、、

ぬくもりを

手放す覚悟とは

想像を軽く越える

彼女を強く、強く抱き締めた。

「悠一、、痛いわ」

誰のために??

、、、、、俺の、、俺のために


俺が1人にならないように、、、


「悠一?なんで泣いてるの?

どこか痛いの?大丈夫?」

「あぁ、痛い

痛くて痛くてたまらない」

彼女がそっと頭を撫でてくれる

「私の事は大丈夫よ」

どこかで聞いたセリフだ。

「ママと悠一の幸せが私の幸せよ」

あぁ

そうか

こんな気持ちになるのか。

「大丈夫なんかじゃない!!!!

君はこんなに傷ついたじゃないか!!

俺のせいで、、俺達のせいで!!!」

「で、、でも!私は、、!」

「いぃんだ!

もういいんだ

もう大丈夫だ

もう傷つかなくていい

もう寂しい思いなんてさせない

俺は俺の未来を、、、ゆめを信じる」

「ほん、、とう?」

「あぁ、約束する

ゆめを独りぼっちになんかさせない」

「こんなに、、、こんなに幸せでいいのかしら

暖かいよパパ」

そう言いながら彼女はとても幸せそうに涙を流した。



15


退院の日

太陽の光も少し優しくなり

吹く風も少し冷たさを孕んでいた。

もう秋だ


彼女は、ゆめは

あれ以来姿を見せなくなった

1枚の置き手紙を残して


また会えるのを楽しみにしてるわ


とだけ書かかれてあった。

不思議と寂しくはなかった。

また会える

そう信じていた。


お世話になった看護師さんに挨拶して病院をでる。

優斗が迎えに来てくれることになっている。

あ、そうだ

親方に連絡しとこう

と、スマホを取り出すと同時に優斗から電話がかかってきた


「もう病院でた??」

「あぁ、今出たとこだよ」

「まじかよ、また遅刻だ」

「いつものことだ、気にしないでくれ」

へっへっへと電話の向こうでなぜか嬉しそうに笑う友人

「もうつくからな!

待っててくれ」

「わかった、飛ばしすぎるなよ」

そう言って電話を切った。


駐車場のそばにあるベンチに座って缶コーヒーを飲む

風が気持ちいい



「悪い悪い!!」

へっへっへと友人が車から顔を出した

なぜか髪型も服装もバッチリ決まっていた。

「いいよ、気にするな

迎えに来てくれてありがとう」

「まだ治ったわけじゃないんだからな!

これぐらいさせてくれ」

照れ笑いする友人

こいつはこんなに良い奴で顔も割といいほうなのになんで恋人がいないんだろう

「なぁ優斗」

んー?とハンドルを切りながら生返事をする友人

「お前なんで彼女いないの?」

「え?俺?いるよ?」

、、、、、

こいつに腹が立ったのは久しぶりだ

「あれ?言ってなかったっけ?」


どぉやら甲斐甲斐しく病院に来ていたのは俺の担当の看護師さん目当てだったらしい

お見舞いはそのついでだ

この野郎は親友の怪我で恋人を作ったのだ

悠斗がにやけながら言う

「今ね、ラブラブ」

殺意すら湧いた


そんなこんなで家に到着した。

「ありがとう、優斗

また詳しくちゃんと聞かせろよ」

「あぁ、また今度な」

じゃあな、と車を発進させ

瞬く間に見えなくなった

デートかあの野郎


鍵を開けて部屋に入る

誰もいない部屋に

「ただいま」

ぽつりとつぶやく

もちろん返事はない

暗く沈みそうな心の中で声がした

「あなたの根性を叩き直しにきたわ」

そうだ、約束したんだ

もう逃げない

今からやるべき事はわかっている


顔をあげる

服を着替えてスーパーへ向かう

必要なものを買い込み

スマホを取り出す


びびっていた

迷惑ではないだろうか

いや、そんな事はどうでもいい!

電話をかけた

彼女はすぐに出た

「あれ?今日退院だったっけ??」

「あぁ、さっき帰ってきたとこだよ

あのさ、愛子さん」

「ん??」

「今から会えない?」

「え、どうしたの急に」

心臓が口から出てきそうだった

「どうしても伝えたい事があるんだ」



16


家に帰り夕飯の支度をする

二人分の夕飯の

今夜はハンバーグだ

愛子さんは会って話すことを快く承諾してくれた。

家に来て欲しいと言ったときは少し驚いていたけれど、準備したらすぐ行くと言ってくれた。

ハンバーグの仕込みを終えて炊飯器のスイッチを押す

家の窓を全部開けて空気を入れ替えた。

ゆめが片付けてくれたのだろうか、部屋はとても綺麗だった。

本棚に目がいく

他の本は綺麗に収まっているのに、2冊だけこちらを向いて並んでいた。

愛子さんと初めて会った日に2人で購入した本だ。


ピンポーン

インターホンが鳴る

夕飯にはまだ少し早い


「ここに来るのは久しぶね

もう来ることも無いと思ってた」

すこし寂しそうに笑う愛子さん

「あぁそうだね」

心臓の鼓動が聞こえてしまうかもしれないと思うほど大きかった

「あ、悠一

夕飯はどうするの?なにかつくろうか?」

「いや、今日は俺が作るよ」

「え?!悠一が?!」

「練習したんだよ、俺も」

「ふーん、じゃあ楽しみにしとこ!」

嬉しそうに笑う彼女

バッチリお化粧をして

俺が好きだと言ったスカートを履いてきてくれた

とても綺麗だ

色んな気遣いを今更ながらに感じていた。

愛子さんの優しさに

触れていた。

心を決める

「ねぇ、愛子さん」

「待って、悠一

先に私に話をさせて」

どうやら愛子さんも心を決めて来たようだった。

「悠一、、私ね、、、

子供が出来なくなってしまったかもしれないの

私ね、、、

あなたの夢を叶えてあげられない

あなたに幸せを与えてあげられないの

気になる人なんてほんとはいないわ

あなたはきっとまた自分の事はほっておいて私の事を心配し出すわ

もう嫌なの、私のせいで我慢させるのは

あなたには幸せになってほしいのよ

私じゃだめなの、あなたの幸せにはなれないのよ」

そう言って泣いてしまった。

ぽろぽろと

俺だけを想って

自分の幸せを一切かえりみず

俺だけのために

愛子さんは泣いた。


「愛子さん、俺はね」



怖かった。自分の想いを口にするのが

怖かった。自分を拒絶されるのが

怖かった。独りぼっちになるのが

怖かった。受け入れてもらえない事が



『あなたの根性を叩き直しにきたわ』



あぁ。

ありがとう。ゆめ


「愛子さんのことを愛してる

それは今でも変わらない

確かに俺の夢は叶わないかもしれない

でも俺の幸せは、、、

愛子さんが隣にいてくれることだ

愛子さんが笑ってくれる事だ

愛子さんが幸せだと言ってくれることなんだ」



愛子さんが顔をあげる

涙でぐしゃぐしゃの顔を

「子供が出来ないかもしれないのよ?」


「あぁ」


「悠一の家族を作ってあげられないかもしれないのよ?」


「あぁ」


「悠一の夢が叶わないかもしれないのよ?」


「あぁ」


そっと愛子さんを抱きしめた。

「それでも愛子さんがいる

それが、それこそが俺の幸せなんだ」


「結婚しよう」


声をあげて泣く愛子さん。

ありがとう

ありがとう

そう言いながら、、、




散々泣いて

お腹すいたね、とようやく笑顔を見せてくれた。

仕込んでおいたハンバーグを形成して焼く

料理の秘訣は愛情だ、なんて誰かが言ってたけど

あながち間違ってないかもしれない。

愛子さんがとても幸せそうな顔をしてくれたから。



「愛子さん、でも俺は夢を諦めないよ

俺はね、信じてるんだ

どうしようもなく、ゆめを、信じてるんだよ」

愛子さんは俺のそんな想いを聞いて

もう一度目に涙を浮かべながら

それでも嬉しそうにうなづいてくれた。


必ずもう一度会えると

根拠の無い確信が俺の中にはあったのだ


17


「あっつ」

体を冷やしてはいけないと言われ

冷房を消して寝たのは愛子さんに強く言われているからだ


スマホの画面をのぞき込む

午前4時12分

ゆっくりと体を起こし、洗面所に向かう

「おし、今日も頑張ろう」



作業着に着替えて戸締りをして家を出る。

その時だった

スマホの着信音が鳴った

病院からだった。

電話を切って

急いで階段を駆け下りる

愛子さんのために買った軽自動車に飛び乗り

病院に急いだ



駆け込んできた俺を見た愛子さんが疲れ果てた顔で、でも幸せに満ちた顔で、おかしそうに笑う

「そんなに急がなくても大丈夫

とっても元気な女の子よ」

「よく、、、、よく頑張ったね愛子さん」

涙が勝手に流れた。

「なんで泣くのよ」

そう言って笑う愛子さんも泣いていた。

8年

愛子さんが不妊治療を必死で頑張った期間だ。

優斗の彼女さんの勧めで不妊治療を受けることにした。

それはそれは辛く、実りのない日々が続いたが、愛子さんは1度だって弱音を吐かなかった。

きっとあなたと私の夢を叶える。

それが愛子さんの口癖になった。

「時間かかってしまったね」

そう言って今産まれたばかりの俺達の子供を抱かせてくれた。

胸がいっぱいになる

暖かい、暖かい涙が溢れた

「きっと、

愛子さんに似て少しおませさんな

とっても笑顔が可愛い

誰よりも優しい

そんな子になるよ」

「ふふふ、そうだといいね」

幸せそうに笑う愛子さん



もしも幸せの形というものがあるなら

この事を言うのだろう




「名前、どうしよっか?」


「考えてあるんだ」


そう言って産まれたばかりの彼女の顔を

のぞき込む

やっと会えたね

これからよろしくね

いっぱい遊びに行こう

色んなとこに

3人で

家族で

約束、やっと果たせたよ




悠久なる時を永遠に愛する

そんな誓を込めて

それと、、、、

この子は

俺たち2人の夢

そんな想いも込めて



悠愛ゆめ

と名付けた






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