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鉄の人  作者: 糸羽 茂吉
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魚は陸には上がれない

 魚は陸には上がれない



 「どうしてあんなことになってるんだよ!」

 結局、月島さんは俺の問いに答えなかった。ただ見えたのは月島さんが由紀子さんを売ったことだけだ。それなのにどうして立っていられるのかが分からなかった。

 

 月島は夏輝が喋っている間もそこから歩いて姿を消そうとしていた。そこには放心状態の丈と寝ている由紀がいる。それを見ていないかのように逃げるように月島は姿を消した。

夏輝が月島を追いかけようと走り出した。だが走っているうちに泥に足をとられ転んでしまう。見上げたとき、もう月島はそこにいなかった。


 夏輝はそのままずぶぬれのまま青島邸にもどった。その顔は泥で汚れて目ははれている。青島邸には瑠璃さんや小島、小梅が待っていた。青島丈も何とか歩いてもどってきた。由紀子と一緒に。由紀子は気持ちよさそうに寝ている。

 「どうしたの!夏輝ちゃん。酷い顔よ!」

 瑠璃は駆け寄るとそのまま夏輝の顔をタオルでごしごしと拭く。涙があふれてきた。

 なんで?なんで?月島さんは?最低だ。あんな人最低だ。

 夏輝の心にはいままでやさしかった月島が急に信じられなくなった。それと共に急に涙が止まらなくなった。その顔をみて瑠璃は驚く。

 「どうしたの!ねぇどうしたの!」

 「あんな奴最低だ。」

 夏輝がうめくようにして出した声に返事の代わりに返ってきたのは平手打ちだった。

バシンという音が周りに響く。驚く夏輝。涙が止まる。

 「貴方に何が分かるの。彼の何が。」

 平手打ちをしたのは小梅だった。

  平手打ちの後、小梅はどこかにいってしまった。瑠璃さんはただおろおろするだけだった。小島はいつの間にか消えていた。夏輝は少しの間呆然としていた。だが少しずつ考えて腹が立ってきた。

 「どうしてビンタされなきゃなんないんだよ。」

 月島のことはあまり考えていなかった。考えたくなかったからだ。


 そんなことを考えながら夏輝は小梅の部屋に向かっていた。文句を言うためだ。

 「あけろよ。小梅さん。」

 扉を開けるとそこには小梅が窓を開けて立っていた。いや、雨のベランダに出ていたのだ。雨でびしょぬれの小梅をみて少しの間言葉を失う夏輝。

 「何か用かしら?」

 「なんでさっき俺を」

 「腹が立ったからに決まってるじゃない。」

 すべてを言う前に小梅の言葉がさえぎった。そのまま何かを言う前に小梅が有無を言わせずに夏輝のほうを向き質問をしてきた。

 「貴方は戦争が終わってよかった?」

 「そんなの決まってるだろ!そんなことより」

 「そんなことじゃない!私も、月島さんも、尾島君も、終わらなきゃよかったと思ってる。そう思えないのは幸せな人たちだけ。貴方は何も知らない。何も。」

 急に下を向き感極まったように小梅が喋りだした。その顔は雨に濡れて泣いていても分からない。その顔はけれども苦しそうだった。

 「何だよ!なら教えろよ!何がどうなんだよ!勝手に怒りやがって!」

 小梅は思い切り夏輝をにらみつけた。明るい部屋にいる夏輝。暗闇の外にいる小梅。夏輝が小梅のほうに歩いていく。だが小梅は手を伸ばしたかと思うとそのまま夏輝の首を絞め始めた。

 「貴方なんか。」

 だがすぐに手を離す。

 「あの夏。あの灼熱の夏が終わってからだった。私たちの地獄が始まったのは。あの夏で死ねればよかった。そうあの夏から。」


 小梅とであったのは夏輝と出会う少し前。そしてこれは15号と呼ばれた者との出会いの時でもあった。


 「はあ、今度はまたえらい遠くだな。」

 月島は秋月から書類を受け取った。今度のケース0は人魚渕と呼ばれる場所だった。

 京都にあるそこには15号が現れるという。報告書を読んで月島は顔を曇らせる。

 「これまた酷いな。」

 「まだ、まともな部類じゃないか。他のに比べれば。そいつはただのびっくり人間じゃないか。」

 愉快そうに秋月が顔を歪ませればそれとは全く逆に険しく顔を歪ませる月島。

 「確かにこういう解釈もできるしね。さすがは鉄の人計画かな。」

 そういって一冊の漫画を月島に渡した。

 「読んでみるといい。存外に笑えるよ。」

 渡された漫画は「鉄人28号」だった。そのタイトルを見て顔を凍らせる月島。

 そんな!バカな!ありえない!

 いろいろな思いが月島の中にあふれる。

 「良いも悪いもリモコンしだいね。なら僕らはどうなるんだろうね?」

 その声が耳から離れなかった。


 「ここは何も変わらないな。」

 京都。戦時中、アメリカによって爆撃を受けなかった場所。その文化財のために攻撃が加えられなかったといわれる。だが、何も変わらないわけじゃない。いや、変わらないことがいけなかったのかもしれない。戦後すぐのせいか、皆、よそ者をとても歓迎する雰囲気ではない。ただの観光は出来ないみたいだ。

 「いやあ、東京からご苦労様です。」

 俺は先に軍の担当者のほうに向かった。戦争後、警察署や、軍は無くなったことになっている。すべてがアメリカ主導で作り変えられる。だが、そのすべてがいきなり変われるものじゃない。暫定的だが今回は元警察、軍であったものが対応に出ている。

 「しかし、大変ですな。こんな馬鹿げた事件を追ってらっしゃるとは。」

 そこには明らかな侮蔑が含まれていた。恰幅のいい男の担当者は月島をあざけるように見る。出された資料にはここ数ヶ月で出没している怪物と海難事故の記録がなされていた。

うまくも無いお茶を飲みながら月島は資料に目を通していく。

 「どれも人魚淵ですか。」

 どの事件も人魚淵で起こっていた。それを言うと担当の人間は人魚淵について喋りだした。

 「なんでも人魚が生け捕られた伝説があるみたいですな。まあ、迷信でしょうけど。」

 「人魚じゃなくて化物かもしれませんよ。」

 担当者は月島の言葉に笑っていた。月島は全く笑っていなかった。魚は冬うごかなくなると言われている。なら今動く人魚は魚ではないのだろうか。

 月島は人魚淵の近くの今回の宿に向かうことになった。そこも昔、軍の施設があった場所。だが事故によりその施設は崩壊したと資料にあった。事実、到着してみたのは跡地に立てられている民家だった。

 「赤羽、ここか。」

 今回、お世話になるのはこの跡地に立てられた赤羽の家だった。そして、15号の家であり、今は誰も住んでいない。主人のいない家だ。

 「五郎さん!」

 玄関のカギを使いあけて出てきたのは女の人だった。黒髪で着物の似合う女の人だった。だがここは空き家のはずだ。月島は混乱する。

 「どちらさんで?」

 「あなたこそ誰?」

 その言葉には強い不信感がこめられていた。五郎。ここに住んでいた者の名前だ。月島はポケットから名刺を取り出した。

 「月島です。東京から来ました。警察の調査としてここで起こっている人魚淵の事件を調べに来ました。今日からここで泊まりながら数日調査する事になってるんですが貴方は?」

 丁寧に月島は頭を下げた。だが下げた瞬間に思い切り殴られた。あまりの痛さに頭をさする月島。だが相手は驚いている。

 「何をするんだ!」

 「何で気絶しないのかしら?仕方ないわね。私の名前は赤羽 小梅。五郎さんは私のおじに当たる人よ。それより私は聞いてないわ。ここで寝泊りするなんて。」

 月島は頭をかいた。


それが小梅と月島の出会いだった。


 「えらい目にあった。」

 小梅に月島はたたき出されていた。タバコを口に含む。そして煙を吐き出した。まだ、頭が痛い。ずきずきする。

 赤羽 五郎。それが15号の名前である。軍の研究者であり、そして事故により体が動かなくなった五郎に軍が下した決定は15号として兵器になることだった。実験は成功した。そして五郎は自由にまた体を動かせるようになった。だがそれもある条件付だ。五郎に姪がいた記録は無い。戦時下において拾ったのかもしれない。月島はタバコを消した。そして空を見上げる。雪が空から降ってくる。息が凍えるような白に変わる。

 「とりあえず人魚淵に魚人を見にいくか。」

 月島は湖に向かった。

 

人魚淵は俗称である。小姓が淵が実際の名前である。そこでは昔、男の人魚が見つかったといわれている。そう、男。である。人魚といっても女性とは限らない。

いつだって世間に知られるのはほんの一部である。それが伝説の類であっても。

辺りは雪化粧で真っ白でとても綺麗だった。だがとてもさびしかった。人が作ったものなどほとんど何もなかった。そしてとても静かだった。

 「変わらないんだろうな。ここも。」

 そんな感想がため息と共に月島の口から出てきた。事件はここで起きている。何人もの人間がここで行方不明になっている。そしてそれと共に魚のような人間が目撃されている。だが湖はそんなことを知ってか知らずか静かなものだった。

昔、人魚の肉は不老不死への秘薬と呼ばれたことがある。

 「だが、今回のを食べればただ不幸になるだけだ。」

 月島はそんなことを呟くと周りを探索し始めた。事件現場といっても人が争った形跡など無かった。今は海難事故として片付けられているぐらいだ。周りを探し回ったが何もなかった。もう一度、あの担当者から話を聞くしかないかと思ったときだった。

 「さっきの子?」

 さっき思い切り月島を追い出した小梅だった。ただ何をするわけでもなく湖を見ている。だがそれも少しの間だった。いきなり画面がぶれるようにして彼女が倒れたのだ。湖の岸に倒れる小梅。月島は小梅に向かって走り出した。すぐに駆けつけると彼女のほうに駆け寄った。彼女は顔を真っ青にしている。額もものすごく熱い。そして、その手の細さに驚いた。まるで骸骨のように指が細い。月島はそのまま赤羽邸に彼女を抱き起こして担いでいった。彼女を布団に寝かせた。また医者を赤羽の家に呼んだ。医者は極度の栄養失調だといった。また彼女に触れようともしなかった。それでも点滴をさせ栄養をつけるように言うと帰っていった。

 「何かわけがありそうだな。村の人間は何か知ってるみたいだな。」

 ただの事故ではない。そう思いながら月島は料理の支度をし始めた。なんにせよ彼女の回復が一番だったからだ。

 彼女は数時間後に目覚めた。よほど疲れていたのだろう。そして、俺の作ったスープをものすごい勢いで飲み始めた。食べるまでは全く喋ることができなかった。ようやく口を開いたのは食べ終わって少しした後だった。

 「一応、お礼をいっておくわ。けど早くここから出て行きなさい。」

 「事件がおわったらな。」

 そういうと俺は先ほどかってきたりんご飴を渡した。

 「なにこれ?」

 「りんご飴だ。風邪を引いたときによくお袋に食べさせられたんだよ。体にいいかどうかはしらないがな。とにかく今日はもう寝ろ。」

 それだけいうと月島は立ち上がった。そして部屋を出て行こうとする。だが腕をつかまれた。 

 「行かないで。」

 消え入りそうな声だった。月島は頭をなでた。


 朝起きるとそこにはとてもいいにおいがした。小梅はその匂いにつられるようにして台所にふらふらと歩いていく。

 「起きたのか。もうすこしで朝飯の用意が出来るからそこで待ってろ。」

 「わかったわ。」

 それからすこししてご飯が出来上がった。卵にシャケ、味噌汁。ご飯。どれも普通極まりない。それをむさぼるようにたべる小梅をみつめながら月島はため息をついた。

 「そんなにお金が無いのか?ここに食材なくて苦労したよ。」

 だが答えは無い。どうやら食べるのに夢中のようだ。どうやら相当の期間この女の子はご飯を食べてはいないようだった。

 「まあいいや。俺は今から仕事だ。またこの事件の担当の人に会わなくちゃならんから。」

 そういうと月島は家を出た。朝から雪が降っている。しんしんと降り積もっている。月島があるくと後ろからも歩く音が聞こえる。振り返るとそこにはがたがたいっている小梅がいた。

 「お前寒くないか?それに風邪なんだ。寝てろ。」

彼女は全く俺の話を気にしないで話を続ける。

 「仕方ないじゃない。これしか服がないんだから。」

 会話がつながっていない。そう月島は思った。

 ため息を月島はついた。ここで放り出したら確実に後ろ指を差される。とくに秋月辺りは爆笑する。君もなかなかやるねみたいな感じで。この冬にワンピースは無い。月島はもう一度家の中にもどった。自分のスーツを貸してやる。

 「男物だが何もないよりはましだ。服買いに行くぞ。」

 「なんで?分かったわ。私に」

 「君をほっといたら後で死んだりしてあとでいやみな奴にいやみを言われるからだ。」

 小梅が喋り終える前に月島はさえぎった。町まで電車でやってきた。ここらで一番大きなデパートだ。ここなら彼女の知り合いもいないだろう。実際、彼女の住んでいる場所からはかなり遠い。彼女は目を輝かせて服を選んでいる。そこにあの担当者がやってきた。月島は小梅に分からないように担当者を連れ出した。

 「いやあ、優雅な身分ですねえ。仕事もせずに。」

 あからさまないやみだった。だが月島にも聞きたいことがある。

 「資料では赤羽五郎の家には誰もいないはずだが?しかも彼女は彼の姪を名乗っているが?」

 彼はすこしの間黙り込んでいた。そしてそこからふと思いついたように喋り始めた。

 「ああ、勝手に言ってるだけですよ。戦時下のごたごたですよ。彼女は正式な戸籍すらないですよ。」

 それでも腑に落ちなかった。そう、この男は何か知っているようだった。この様子では他にも月島に見せていない証拠品や遺留品があるに違いないだろう。

 「それでも喋ってほしかったな。そのせいで俺は彼女の服を選ばざる得なくなったんだ。それにそちらこそいい身分だな。デパートでショッピングかい?」

 そういうとみるみるうちに相手の顔は真っ赤になった。あからさまに格下の相手に言われたと思っているのだろう。それよりも聞かなければならないことは他にもある。

 「ほかに隠している資料も早く出して欲しいな。めんどう事はごめんだ。」

 俺はそういうとまた小梅のほうにもどっていった。

 「屑が。」

 そんな声が後ろから聞こえた。


 「かっこよかったわね。」

 そこには服を選び終えた小梅がいた。どうやらさっきの話はすべて聞かれていたようだった。

 「知っているのか?あのいやみな奴。」

 「もちろん。私に言い寄ってくるからなぐって追い返したけど。」

 どうやら彼女に対しては相当の恨みを持っているようだ。そのとばっちりを俺が受けた形なのだろう。それにしてもものすごい量の服だ。俺はため息をまたついた。

 「領収書で落ちれば良いが。君は一応風邪なんだ。家でゆっくりして欲しいんだが。」

 彼女には家でまっていて欲しかったのだがどうしてもついてくるというので次善の策として俺もついてくることにしたのだ。この大量の服を運ぶのは相当に骨が折れそうだと思う月島は困った顔をした。

 「とにかく帰るぞ。」

 そういうと月島は大量の服をもって歩き出した。

 家に着くととにかく彼女に薬を飲ませた。彼女は疲れたのかすぐに寝た。熱はもう引いたようだった。それにしても驚異的な身体能力だ。そう月島は思った。

 外に出た。月島はまたタバコを吸う。夜空から雪がまだ降っている。だが外には人がいた。暗闇で顔は見えないが確かに何かがいる。

 「誰だ?俺は何もしないし、話は出来るだけ聞くけどな。」

 「小梅は元気か?」

 くぐもったような声。しゅー、しゅーという音がする。会話のたびに何かが開いたり閉じたりする音がする。ここまで歩いてきたのか。

 「死に掛けてはいたが今は無事だ。それより少し場所を変えよう。水のある場所のほうが良いだろう。」

 「お前は!?」

 その声には驚きが含まれていた。月島は話した。自分がどういう役目でここに来たのかを。そして自分が何者であるのかも。場所はまた人魚淵だった。

 「そうか。君が唯一の成功例。」

 「違う。だがあとからそうなったんだ。最初から成功していたのは27号だけだ。俺はあの灼熱の夏で。それも完全じゃない。不完全だ。」

 もう、あのしゅーしゅーという音は無い。だが代わりに水の中から声がする。何もない。波紋すらない水の中から。

 「僕はあの「鉄の人」にかけたんだ。自分の体を取り戻せるという話を聞いて。だが、僕は失敗した。いや、初めから僕はこうなるようになっていたんだ。」

 こみ上げるように声は聞こえてくる。波紋のように。

 15号。それが赤羽五郎の今の名前だ。軍はあらゆる場所で活動できる兵士を作ろうとした。水の中で魚と同じように活動できるように作られたのが15号だった。だが、魚になるということはどういうことなのか。人のまま魚になれるのか?発想から無理な話だった。

 「僕は体を直したかった。だからこの実験にも協力した。だけど出来上がったのはただの化物だ。僕の研究は化物に利用された!そして僕は外では呼吸が出来なくなった。」

 「そうか。水の中での適応で肺が。」

 二人の間に沈黙が下りた。

 「お前が引きずり込んだのか?ここで消えた人たちは。」

 「違う!それは違う!それはアイツだ。あの薄汚い野口が。」

 「それはあの担当者の名前!どういうことだ?」


 人を殺すもので何が一番多いかといわれれば答えは簡単だ。それは人間自身だ。


 「野口!どうしてお前がここにいるの!」

 「つれないですねえ。こんなにも貴方を愛しているのに。」

 そこにはにやにやと笑いを浮かべた野口が立っていた。赤羽の家で眠りから覚めた小梅はそこで料理の支度をしていた。月島の手紙にはすぐもどると書いてあったので礼もかねて料理の支度をしていたのだった。だが急に扉が開いたと思ったら立っていたの野口だった。

 「戸籍も用意するといったのに。もう、五郎のことは諦め他方が良いですよ。」

 「ふざけるな!この裏切り者!おじさんを、おじさんにあれだけのことをしてよくここにこられたわね!」

 そういって小梅は近くの包丁を手に取った。だがまだ野口は笑っている。いや、さっきよりもさらににやにやし始めたのだ。

 「あれだけの化物になったのに?彼は何人も人を殺しましたよ?もう僕では庇いきれない。」

 「嘘よ!おじさんがそんなことするわけない!」

 大きな声で叫ぶ小梅。それもだんだんか細くなっていく。そしてだんだんと野口が近づいてくる。包丁で身構える小梅。

 「間違いなく彼でしょう。証拠ならいくらでもありますよ?それに貴方の親戚はどんどん湖に引きずり込まれた。貴方を独占するために。本当に彼は化物になってしまった。」

 さらに近づいてくる野口。構えていた包丁は振るえて手から抜け落ちる。

 「嘘よ。嘘よ。」

 小梅は思い切り野口を突き飛ばした。そのときだった。先ほどまであれほどにやけていた野口の顔は豹変した。突き飛ばされ地面に倒れた野口は顔を真っ赤にした。

 「このアマ!やさしくすれば付け上がりやがって。」

 「いやあああああ。」

 小梅は逃げた。それを野口が追う。人魚淵に近づいていた。


 「小梅はやさしくしてくれたよ。こんな化物になっても。」

 小梅はどうやら知っていたらしい五郎がこうなったのも。

 「あの子は働いて、働いて、私のためにいつもご飯を届けてくれたよ。こんな化物の私に。私にとってあの子は娘を同然だった。」

 その声は懐かしむような声だった。だが一気に声のトーンが落ちる。

 「だが野口はそれをよく思わなかった。あいつはどうしても小梅を自分の物にしたかった。だから私をはめた。当時、アイツもまた同じ研究員だった。そしてアイツは知っていた。私がこうなることを。」

 野口は軍での研究内容もそしてそれを五郎が使えばどうなるかも知っていた。だからこそだました。五郎を醜くして、小梅から引き離すために。だが五郎から彼女は離れなかった。

 「それに小梅はとてもやさしくていい子だった。だからこそ親戚も彼女を引き取ろうとした。だけど五郎にとってはそれは私と同じように邪魔者だった。」

 そう、野口は不幸なことに事件の担当者になった。そう、邪魔な人間を殺し、すべての罪を五郎に擦り付けた。そうすることで小梅に諦めさせるために。

 「あの子に私はもう会う気は無い。私のせいで彼女は不幸になる。だから頼む。あの子を。私の娘を。」

 だがそのとき悲鳴が聞こえた。その声はまぎれも無く小梅のものだった。



 「やめて!こないで!」

 「追い詰めたよ。ハハハハ。」

 湖の端に追いやられもう小梅に逃げ場は無かった。そして野口の目は獲物を捉えた動物のように愉悦に歪んでいた。

 「この化物が!」

 後ろを振り返る野口。そこに立っていたのは月島だった。月明かりが三人を照らす。雪が光を反射する。

 「貴様。まだいたのか!ハハハハ。残念だけどここで死んでもらうしかないねぇ。」

 銃の劇鉄を思い切り後ろに引く野口。

 「聞いてくれ!小梅さん。君のおじさんは無罪だ!すべてこの男がやったことだ!」

 「ハハハハ。ふざけるなよ?すべてはここの化物がやったことだ。醜い、醜い化物が。」

 「お前こそ化物だ。醜い、醜い。五郎さんがくれたよ。これを。」

 月島は警察手帳をだした。そこには野口の名前が書いてある。

 「どうしてお前が持っている?」

 「どうしてこれが湖の中から見つかるんだ?しかも被害者の着ていた服と共に!」

 手帳と一緒にぼろぼろの服を放り投げる。それをみて野口は狂ったように笑い始めた。まさに化物のような高い声で。

 「ハハハ。まさかね。あの五郎と会って逃げ出さないなんて。まあ、けどそれがどうしたんだ?あんたを殺す理由が増えただけじゃないか。」

 そのせりふを聞いて小梅は騒然とした顔をしていた。そして絶叫する。

 「岬ちゃんを、玄さんを、孝子さんを、康介兄さんをころしたのは貴方?ねぇ、嘘!返しなさいよ!返してよ!」

 「黙れ!このアマが。お前がおとなしく言うことを聞いていればよかったんだよ。そうすればみんな死なずに済んだんだよ!そして今からこいつも死ぬ。」

 「やめてええええええええええ!」

 そして野口は引き金を引いた。ためらい無く。そして月島は倒れた。胸には穴が開いた。弾の数だけの。

 「ハハハハ。」

 高笑いをする野口。そして小梅のほうに歩いていく。

 「さあ、これに懲りたらいい加減おとなしくするんだ。」

 そういって歩いていく野口。最初は声も出さずにいた小梅に満足していたが次第に驚きに変わる小梅の顔。それに気づき後ろを向いた。


 そこには先ほど撃たれ死んだはずの月島が起き上がったところだった。


 あまりのことに驚く野口。だがそれでもその顔からは余裕が見えた。

 「そうか!お前もあの化物と同じ「鉄の人」か!だがどんな化物だろうが何発も喰らえば同じことだ。しかも今日は崩壊薬も持っている。わかるよなあ。化物!」

 崩壊薬をセットし思い切り撃つ野口。今度も確かに命中した。だが今度は倒れもしない。月島は倒れもしない。

 「一発で駄目でもまだまだあるんだよ!」

 半狂乱になりながらも野口は連続で撃つ。だがまるで倒れない。撃たれているのかさえ分からない。だが傷口から血は出ない。それどころか服の破れたところから撃たれた後がふさがっていく。

 「バカな!この化物がああああああああ!」

 それでも歩みを止めない月島。

 「どんな攻撃にも耐えうる鉄のような不滅の体を身にまとい、圧倒的な力と得たいの知れない恐怖で敵を蹂躙する!」

 どこからか声がする。小梅は湖のほうをから声がするのを聞いた。野口が顔を真っ青にする。

 「バカな完成などしなかったはずだ!」

 そんな野口の悲鳴をむなしく月島は進んでいく。

 「陸であろうが、海だろうが戦う場所を選ばない。」

 「化物があああああああ。」

 そういって銃を諦めナイフで刺し殺そうとするが手につかまれる。ナイフを握っているのに血が出ない。一滴も。その光景にありえないものを見てかのように固まる野口。そしてそれも少しだけだった。

 「「ただ人を殺すためだけに倒れることも無く、死ぬ事も無く動き続ける不滅の兵士。永久に人を殺し続ける兵器。それこそが、それだけが本当の「鉄の人」そしてその完成体こそが28号!」」

 月島と五郎の声が重なる。その光景に震える野口。そして走り出したと思ったらいきなり小梅にナイフを突きつける。

 「来てみろ!こいつの命はない!」

 だが月島は歩みを止めない。ざり、ざりという音が近づいてくる。ざり、ざりという足音が。

 「うあああああああああ。」

 野口は思い切り小梅に向かってナイフを振り上げた。だが振り切れなかった。それを止めたのは魚の化物だった。緑色の鱗が全身にびっしりと生えている。手や足にはひれが生えている。そしてその目は真っ白な目で黒い瞳などない。耳はまだかろうじて人だが口や鼻はもはや原型をとどめていない。そして首には切れ目が入っている。そしてヒューヒューという音共に赤い色が覗かせる。

 「この化物どもがああああ。」

 だが、悲しいことにその言葉どおりだった。化物に人間は勝てない。そうでなければ化物ではない。悠々とそのナイフを折り曲げそしてその化物はその手をまるで飴細工のように折った。

 「ぎゃああああああ。」

 そして、その悲鳴と共に野口は気絶した。そして怪物は振り返った。そこには震えている小梅がいた。その瞳に映るのはいずれも人ではなかった。ただ、ただ小梅は震えていた。化物はそれでもいとおしそうに小梅の頭をなでた。

 「ずっとこうしていたかった。お前と一緒にいたかった。けどもう駄目だな。もうすぐ私は」

 なんども、なんども五郎はおびえる小梅の頭をなでた。何度も、何度も。

 また雪が降ってきた。


月島はタバコに火をつけた。そしてその一本をなでている五郎の口にくわえさせた。

 「おいしいな。久しぶりだ。」

 「そうか。互いにろくでもない境遇だからな。」

 そうやってしばらく五郎は小梅をなでたまま月島とタバコから煙を出した。その煙が負ってくる雪を少しだけ溶かす。

 「どうして戦争が終わったんだ。僕は、終わらなければ、僕は。」

 その呟きには誰も答えない。その問いには答えは無いのだろうか?

 

 バンという音がなった。いつの間にか気絶していたはずの野口があの銃をうった。五郎に向かって。胸には穴が開く。崩壊薬を使ったのだろう。穴はふさがらずそこから崩れるように傷口が少しづつだけ広がっていく。

 「だけどこいつだけは、こいつだけは連れて行く。なんで最後がこいつなんだろうな。」

 五郎は歩いていく。少しづつ崩れながら、それでも野口のほうへ野口は逃げようとしたが腰がぬけていたのだろう。立つことができない。

 「やめろ、やめてくれええええ。」

 そして、五郎は野口を湖に引きずり込んでいく。野口の叫びは次第に水の音になり、そして泡の音になる。

 「がぼ、やめ、ごぼ」

 手を伸ばすがその手は何もつかめなかった。震えていた小梅が一緒に湖に入ろうとするのを月島が止める。

 「五郎さん!五郎さん!やめてよ!いかないでよ!放してええええええええ!」

 だが無言で月島はその手を放さなかった。その力は化物そのものだった。

 消えていく五郎。そして五郎は最後に呟いた。

 

 「ああ。最後だけはよかったかな。」


 その声は雪のように溶けて消えていった。


 月島はそのまま湖に飛び込もうとする小梅を殴って気絶させた。五郎から頼まれていたことだった。頼むと。死んだ人間のことなんか分からない。だが生きているときの意志ぐらいは分かる。五郎は小梅に死んでほしくなかった。それだけが事実だ。それ以外には必要な答えではない。そう月島は考えた。だが、小梅が死にたいなら死ねばいいとも思った。それでも五郎は喜んだだろう。結局、誰も一人で死にたくない。


布団に寝かせると月島は置手紙を書いた。そこに五郎の遺書と共に。彼が何を書き残したのかは分からない。知りたくも無かった。そこまで背負いきれなかったからだ。これからも背負い続けなければいけないから。月島は寝ている小梅にりんご飴を枕元においた。

 「これからどうするかは君しだいだ。」

そして月島は玄関で一礼をすると外に出て行った。やはり外は雪で真っ白だった。

 「ここは寒すぎる。あの灼熱の夏が懐かしい。」

 外は溶けることのない真っ白な世界だ。



 月島は外を歩いている。駅に向かうために。だが雪で電車は止まってしまっていた。諦めて買っていた本に目を通す。不意に本を取り上げられた。

 「勝手に出て行くの?こんなものをおいて、五郎さんもいなくなって、貴方は出て行くの!」

 そこには涙を流す小梅がいた。だまって月島は頭をなでた。電車が来てもずっと。


そのあとあの事件はうやむやになった。五郎の死体も、野口の死体も湖からは発見されなかった。そして五郎の遺書は彼女が焼いて捨てた。何が書いてあったのかは分からない。それでも彼女は焼いた。それが彼女の決断だった。電車には小梅も乗った。

「私はついていく。」

「そうか。」

月島は小梅の言葉にそれだけ言った。だが今度は月島が頭をなでられた。月島はただ黙っていた。だが不意に窓の外に雨が降り出した。外は晴れているのに。



 「日本は負けた。原子爆弾を落とされて圧倒的な力で。けどそれが無かったら五郎さんは生きていたかもしれない。そうよ、あの由紀子さんだって。あの灼熱の夏さえなかったら」

 小梅は夏輝をまたビンタした。何度も何度も。

 「私たちは戦争の最中に生まれた。そのためだけに生まれたのかもしれない。そんな人間が終わったらどうすればいいの?月島さんはただ、ただ悲劇を繰り返すのよ!事件が起こるたびに自分と同じ境遇の人たちを殺していく、その最後を見ていく。誰にも教えずにそれなのに最低?ふざけないで!」

 「だったらなんで最後まで隠さないんだよ!どうして中途半端に隠すんだよ!どうしてもっとうまくやらないんだよ!たくさんの人を巻き込んで!どうしてだよ?どうしてこんなどうしようもないやり方しかないんだよ!」

 最後は泣くように夏輝は声を出した。

 それでもと小梅は続けた。

 「それでも彼が一番苦しいのよ。」

まだ外は雨だ。月島は帰らない。


そして、一週間がたっても月島は帰ってこなかった。




物語は過去に。ここまで読んでいただき感謝です。

台詞等 参考 鉄人28号

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