満たされない空腹
鉄人28号の言葉をよくつかいます。それをご注意を。
鉄の人
「警部。見てください。頭だけが消えちまってる。」
部下の刑事らしき人間が冷たいアスファルトに横たわる人間からビニールシートを取った。そこにはしたい独特の腐乱臭がまるでしない。その代わりに鼻を突くような薬物のようなにおいが立ち込めている。そしてその死体は頭から上が無かった。首から上が解けてしまったような状態だ。
「まったく、上も人使いが荒い。アメリカにばれたらどうするんだ?」
ひときわ若い男がそういいながらタバコを吸った。タバコを吸うのを部下が怪訝な顔で見る。男は困ったような顔をした。
「いい加減なれて欲しいな。俺も好きでこの格好じゃないんだよ。」
男は空をみた。空にはまだ米軍機が飛んでいる。
今は戦後。そう、敗戦直後の日本だ。
満たされない空腹
そこらかしこにまだ敗戦の煙がくすぶっている。事実上未だ配給は機能しておらずいまだに闇市が幅を利かしている。子供たちは盗賊まがいのことをしている。だが、それでも人間はたくましい。ほんの数ヶ月前はただの焼け野原だった場所にもう家が立ち並び夕餉のにおいをさせている。そして、少ないにも人の笑顔が見られる。
「なあ、あのガキを見ろよ。上等にスーツなんか着てる。」
子供たちだけではなかった。その異様に若い若者が終戦直後なのにスーツをきて歩き回っている。それだけで彼らには格好の的だった。そして、それが問題の火種になるのは明らかだった。
「おい、てめぇ死にたくなかったら身包み置いてけ。」
すると若者はため息をつきタバコを投げ捨てた。残りのタバコかすをもとめておとなも子供も群がる。
「悪いがこれでも国の治安を守る役目を担っていてな。悪いがくれてやれないんだ。」
そういうが早いが男はそのまま自分を脅した男を片手で持ち上げた。いとも簡単にその様子に周りが驚きの声をあげる。そしてそのまま空き缶を投げ捨てるような要領でゴミ捨て場に投げ捨てた。
「次はどちらさんだ?」
周りから人はいなくなった。その代わりに男に向けられたのは化物を見るような目だった。男は苦笑する。
「ところで俺以外の化物見なかったか?」
結局、男はなにも自分の聞きたい事を聞き出せなかった。周りが逃げて行ったのでは話にならない。男はため息をついた。
「で、話にならないのはいいんだがお前はどうして俺についてくる?」
さっきから男は自分の後ろについてくる人間に話しかけた。そいつは俺が男を投げ飛ばした辺りからずっと伺うように男の後をついてくる。
「だんまりか。全く。ついてきてもいいが少しは話相手にぐらいはなって欲しいな。」
男の後をついてくるのは年恰好からいったら15、16の子供だろうか。そして、そいつはただ離れるわけでもなく絶妙な位置で男についてくる。
「ぐー。」
男の後ろで盛大におなかのなる音がする。男は少しため息をついた後だんまりをきめてこんでいる子供に聞こえるような大きな声を出す。
「少しおなかがすいたから喫茶店でも入るか。お前もくるならおごってやる。だから何か話せ。このままついてくるなら了承ととるぞ。」
子供はただ何も言わずついてくる。どうやら空腹には勝てないようだ。
男はまたため息をついた。このままだとどうなることやら。
男は喫茶店に入った。大通りの比較的に攻撃されなかった場所でこうして裕福な人間がたまにやって来る。そこにはひげを蓄えた初老の片眼鏡の人間がコップを洗っていた。
「いらっしゃい。おや、可愛いお客さんだ。なにを出す?」
「俺はコーヒーだ。こいつはそうだな。飲み物より食べ物を頼むよ。」
「分かったよ。待ってなさい。」
それからすぐして食べ物が運ばれてきた。その瞬間ものすごい勢いで食べだした。目を見張る勢いだった。運ばれた食べ物がすぐに空になった。男はその様子をみて少しびっくりした様子だったがすぐに笑い出した。
「ハハハ。そんなに腹がすいてたのか。おい、顔についてるぞ。」
男は持っていたナプキンでごしごしと子供の顔をふく。子供は耐えかねたのかやっと喋りだした。
「いてぇな。俺は女だぞ!もう少し丁寧に扱え!それに子ども扱いするな!俺はお前より年上だぞ。」
それをきいて男はたちまち大爆笑しだす。子供のほうは見る見るうちに真っ赤になる。見かねた喫茶店の老人が助け舟を出す。
「そんなに笑っては酷いですよ。確かに貴方からすればかなり笑えるのでしょうけど。」
「そりゃそうだよ。俺より年上って。仮にも俺は40過ぎのおっさんだからな。」
それを聞いて子供は男を上から下まで眺めたがすぐに小ばかにした表情になる。
「いくらなんでもそりゃ無いだろう。つくならもう少しまともな嘘をつくんだな。」
男は笑うのをやめて少しため息をつく。確かに男はどう見てもこの子供と同い年ぐらいにしか見えない。だが男は自分の手帳を取り出した。
「これでもそう思うか?」
「これ警察手帳?なになに、え、嘘だろ?ほんとに40過ぎ?」
「月島太郎。元陸軍開発部。れっきとしたおっさんだ。」
「嘘!」
子供はぽかんとしていた。ただ月島はタバコを吸っていた。その顔はいたずらが成功したときのいたずらっ子のような笑みだった。
食べ終わって一息ついたのか子供のほうはかなり満足した顔になった。太郎はそれを少しの間眺めるとすぐ喫茶店の店長らしき老人と話し始める。
「ところでなんだが例の件で分かったことは?」
老人のほうは少し考えていたがため息をついて首を振った。
「駄目ですね。目撃証言はほとんどありません。他の被害も。」
「まったく、下手に動けんというわけか。はあ、またどやされるのか。」
太郎はまたため息をついた。それをさっきの子供が怪訝な顔でみる。じっとこちらを見ているのでなんだか変な気持ちになる。
「ん?何だ?ガキ。」
「ガキじゃない!それよりもさっきから何度もため息ついて気持ち悪い!幸福が逃げるんだぞ!」
「うるさいなあ。ガキがいやなら名前は何なんだよ?それに幸福なら大分昔に飛んで逃げてったよ。」
さっきとうってかわってさっきの子供、いや少女はぼそぼそと呟いた。なんだか聞き取りずらい。
「めかけだよ。」
「何だって?」
「め、か、け!」
その名前を聞いて老人と太郎は顔を合わせる。そして真剣にさっきの子供の顔を見る。確かに女の子だ。顔は汚れているが綺麗にすれば小麦色の肌が健康的で大きな目がその愛嬌を引き出すかもしれない。だがその名前はどう考えても誰かの好意によってつけられた名前ではないだろう。
「流石にその名前ではつらいでしょう。どうですか太郎さんが名前を考えては?」
「だが俺は親じゃないしな。こいつはさっきあっただけだからなあ。まあつけろといわれればつけるが。」
そして、太郎はもう一度少女を見て少し遠いめをしたあと頷いた。
「夏輝だ。夏に輝くで夏輝だ。よし、今日からお前は夏輝だ。」
「ちょっと待てよ!何で勝手に話が進んでるんだ?それに俺名前はもう決まってるんだぞ!そんな簡単に変えられないだろ!」
「確かに普通ならな。だけどここのマスター。斉藤 月さんにかかりゃ一発だ。それに今は終戦間際でどこもかしこも大わらわだ。一人新しい人間が増えても気にしないさ。いやならそのままでいいが?」
そのまま少女は考え込んでいた。無理も無いかなりの問題だ。家族だっていきなり名前を変えるといったら驚くだろう。それも見たことも無い他人が名付け親だなんて。
「悪い。忘れてくれ。」
「それでいい。夏輝。そう俺の名前は今日から夏輝だ。月島さん。責任とってくれるか?」
「はあ?」
月島はこのときこの気軽に言った事がまさかああいった結果を招くとは思わなかった。そのときの月島はただなにを言っているのかが分からなかっただけだ。
「そういえば夏輝さんはどこに住んでいるんですか?ご家族がいるなら困るでしょうに。」
「家族はみんなどっか行っちゃったよ。住むところも無しだ。」
「女の子が住むところもないなんて困りましたね。これから大変でしょうに。」
「いんや。もう行き先は決まってるし。」
月さんは首をかしげたがすぐにあることに思い至ったのか少し苦笑いをする。そして分かっていながら提案をする。
「ここなら住み込みで働きますよ?どうですか?丁度女の子のウェイトレスが欲しかったところです。」
彼女は笑顔で月さんをみた。とてもいい笑顔だった。
「働かせてくれるなんてありがとう。だけど泊まる場所は決まってる。なあ、月島さん?」
「なんだ?どうして俺が出て来る?」
月島はただ困惑しているだけだ。どうにも旗色が悪いのを察したのか月島はそそくさと帰る準備をし始める。
「また情報が入ったら教えてくれ。」
「はい。けどそれどころじゃないでしょうね。」
帰ろうとしたらやけに笑顔な夏輝の姿が映った。だがそのわけを考えないようにして月島は家路に急いだ。
「ここか。以外にぼろいんだな。月島さん。」
楽しそうに弾む声。後ろからそれは聞こえてきた。月島はどうにかまこうとしたのだが巻いたところで月さんが結局場所を教えるだろうと思ってやめた。ただひたすら道中は無視したが。
「なんだ?不服か?なら帰っていいぞ。」
「そんなこと無いよ。」
今まで聞いた事の無いようないい声だ。全くやっていられない。どうにもこの少女は自分の部屋に居候する気満々のようだ。まったくもってこんなはずじゃなかった。少し気を紛らわすために話相手が欲しかっただけなのに。
「ここのアパートは風呂無しだ。近くの銭湯に通うことになる。俺の部屋は二階の一番隅だ。いろんな人間がほかにも住んでるが基本的に相手にすると疲れるから無視しろよ。それだけだ。とりあえず管理人さんに挨拶をするぞ。」
「はーい。」
口笛を吹く夏輝本当に上機嫌だ。まあ、住むところと食べ物に不自由しなくなればそうだろう。今までとは全く境遇が格段に上がるのだから。
「すみませーん。月島です。」
とんとんと玄関をたたく。するとすぐに女の管理人さんが出てきた。その姿は着物を着ているせいかとても清楚な印象を与える。
「あら、どうしたの?月島君。なに悩みならき聞くわよ。」
「ええ、まあ聞いて欲しいんですけどこの夏輝がしばらくウチに住むのでその挨拶をと思いまして。」
「え?そのちっこい女の子が?嘘?」
さきほどまでのものすごい友好的な感じからものすごい空気が険悪な感じになる。一気に高山に上ったみたいに冷えひえとした感じが伝わってくる。
「嫌!月島君がそんなちっこい女の子にしか興味を持てないだなんて。駄目!絶対一緒に住むなんて許しません!」
月島もこれには驚いていた。いつもはいい人なのに確実に今はむちゃくちゃなことを行っている。いつもむちゃくちゃな隣の小島と小梅と同じくらい変なことをいっている。
「月島 夏輝です。よろしくな。」
「嘘!結婚!?」
「してません!」
どうにもこれからの説明がこの日一番の精神力を使う交渉になった月島だった。
「まったく君のせいでえらい目にあったよ。最後なんか塩をまかれたじゃないか。はあ、確かに俺はろくでもないがそれでもこんな理不尽は初めてだよ。」
月島がそういうと夏輝の方はにしししと気味の悪い笑顔を見せた。本当に君の悪い笑顔だったので素直に言ってしまった。
「気持ち悪い。」
「ひでぇよ!まったく!いいじゃないか。俺みたいな若い子が奥さんだぜ!」
「俺はしょたこんじゃない。」
そういうと彼女は笑い出した。どうやらしょたこんの意味を間違えているらしかった。
月島はそんなことはどうでもよかったが少し困った顔をした。そう、管理人さんの機嫌を悪くしてしまうと後が色々と面倒なのだ。
「どうするんだ?瑠璃さんの機嫌を損ねて?ご飯もあの人がご馳走してくれてたのに。」
そう、彼女の名前は瑠璃、このさざなみ荘の管理人であり、月島にご飯をご馳走してくれるありがたい存在だった。月島も料理は出来ないことはないが正直面倒だった。
「いいじゃないか。俺が作ってやるぜ!」
「料理できるのか?」
「任しとけ!」
腕をまくってアピールする夏輝。本当に大丈夫だろうか?そう思う月島だった。
「おい、出かけるぞ。」
「なんだよお。早いじゃないか。」
なかなか起きようとしない夏輝をそのままにして朝早く月島は出かける準備をし始める。その服はまたスーツだった。真っ赤なネクタイに灰色のスーツだ。そして、新聞を片手に玄関を開ける。
「俺は少し仕事だ。お前の仕事は月さんが用意してくれるらしいから準備が出来次第底に向かってくれ。今日は遅くなるかもしれない。これを渡しておく。戸締りはしっかりしろよ。」
そういって月島は夏輝の横に少しお金と合鍵を渡した。靴を履きそのままは月島は玄関を開けた。夏の日差しがまだ残る残暑の厳しい秋だった。
月島はもう一度現場にもどった。そこは鉄橋の下。そして今もまだ立ち入り禁止の場所である。月島は移動の間に新聞を読んでしまった。犬の失踪に、謎の足跡。ろくな情報が載っていない。現場に着き月島が調査を開始しようとしたときだった。
「すいません。帝都新聞ですが話を聞かせてください!」
そう近寄ってきたのはいつも現場をしつこく聞きまわる若手の新聞記者だった。その目深にかぶった帽子からは男の表情は読み取れない。もう何度も現場で顔を合わせている。
「すいませんが事件のことは何も喋れません。捜査の邪魔です。お引取りを。」
そのまま無視するように月島は通り抜けていく。
「またですか。貴方が関わるとすべての事件はうやむやになる。なにを隠してるんですか?」
月島は無視する。だが男も諦めない。そのまま月島の前を塞ぐような格好で立ちふさがる。
「貴方の経歴もおかしい。その格好で40?そんなわけが無い。それにまさかアメリカの兵器じゃないんですか?」
「またお前か!いい加減にしろ!」
そういって月島の部下が相手を無理やり現場から遠ざける。そのまま男はこちらを睨みつけるような顔でこちらを一瞥しどこかにいってしまった。
「またアイツですよ。全く。あの男、舞鶴って言うらしいですよ。本当にうっとおしい。こっちだって何も知らないのに。俺たちはただ犯人を捕まえるか、無理なら射殺しろって言われてるだけなんだまったく。こっちが聞きたいぐらいだ。」
月島は困惑した。そう、月島は知っていた。どうして自分達が関わる事件がうやむやにされるのか。そしてどうして上が変な命令を出すのかも。そう、知られるわけには行かないのだ。あの計画も。そしてその犠牲者も。
「どうでもいいさ高穂。俺たちは上からの言うとおり仕事をしてりゃいい。それで司法解剖の結果は?」
高穂はスーツから手帳を取り出した。鉛筆を耳に挟み手帳を開く。
「医者の話じゃまるで溶かされたみたいだといっていました。また、被害者の骨らしきものが下流で発見されました。それは完全に骨だけでした。どうやら首の骨らしいんですが。」
そういって高穂は写真を見せる。骨は確かに人間のものだった。だが完全に骨だけで肉がどこにもついていない。それに骨が真っ白だった。まるで白骨のようだ。
「本当にこの被害者のものなのか?白骨化してるぞ。」
大体人間が白骨化するにはかなりの年月を要する。例外的に燃やせばそうなるかもしれないが首から上だけを燃やす理由が分からない。
「もっともです。だけどどうやら本当に被害者のものらしいです。形が一致したそうです。」
「そうなると首から上は完全に溶かされたか。それが偶然骨だけが残っていたか、捨てられたか。」
「ええ、医者もいっていました。付近の強烈なにおいの正体は強力な酸のようです。詳しい成分は分かりませんが人間なんかいちころのようです。」
「まるで食われたみたいだな。」
「ええ。謎の酸についてはまた分かり次第連絡します。我々はどうしますか?」
「決まっている。現場検証だ。何か残っているかもしれない。それに周辺の聞き込みもだ。俺一人だとどうにも進まない。」
「分かりました。」
二人は現場の周辺に何か手がかりがないか調べることにした。だが現場はいまだにあの酷いにおいがする。あれからかなりの時間がたつのにいまだににおいは消え去らない。
「このにおいどこかでかいだことがあるんだけどなあ。」
高穂は呟いた。
橋の下や、付近の川を捜索した。かなりの創作をしたがめぼしいものは見つからなかった。長時間探したためかなり疲れたので二人は昼食をとることにした。付近には闇市で栄えた露店街がある。いまだに黒い噂はあるが誰も気にしない。ふと月島は近くの露店に眼が行った。そこには金色のロケットがあった。見た事のある。ロケットが。
「ビンゴ。」
「どうしたんですか?」
高穂が怪訝そうな顔で月島を見る。月島は店の親父をよんだ。店の親父が出てきた。その親父はいかにも愛想のよい顔でこちらを見る。
「何ですか?お客さん。」
「これはどこで拾った?いや、いつ拾った。」
月島は金のロケットを指差す。店の親父は笑顔を貼り付けたまま答えた。
「それは営業上いえませんぜ。どうです?安くしますぜ?」
「死にたくなければ早く言え!」
月島は持っていた拳銃を相手に突きつけた。辺りが騒然となる。男から余裕が無くなる。
「ひぃ。勘弁してくれ!俺は拾っただけだ。これを橋の下で。俺が見たとき化物みたいな奴が何かしていてそれでこっちを見るなり逃げていったんだ。そのときそいつが落としたんだ!」
「そんな!それじゃ貴方が第一発見者。それに重要な証拠を持ち逃げしたことになる!」
「誰も信じないと思ったんだ。化物を見たなんて!俺が本当に見たのは人間が人間を食ってる所だったんだ!それにいいだろ!食い物空にだって困ってんだから!」
月島はため息をついた。そしてそのまま撃鉄に指をかける。
「や、やめてくれぇ。」
「月島さん!もう十分でしょう!」
「黙れ!誰のお陰で今生きてると思ってるんだ!俺たちがいたからだろ!化物だと!貴様らのほうがよほど!」
月島は無理やり高穂が引き離した。男は逃げ出した。月島はしばらく取り押さえられていたがぽつりと言った。
「ケース0と断定。上に掛け合ってくる。」
月島はそういうと一人で歩いていった。
そこは元が軍の施設だった。もと軍人もたくさんいる。戦犯を逃れたものがここには数多くいる。ここは警察の中でも特殊。そう、日本の汚点を隠すための施設。
「なるほど。3号の仕業か。」
「番号で呼ぶな!秋月!」
「上司を呼び捨てとはな。まあいい。これを見たまえ。」
デスクに座っている秋月という男は資料を机に広げた。いまだに秋月と呼ばれる男は軍服を着ている。蓄えられたひげは貫禄よりも近寄りがたい雰囲気を作り出している。
「これも鉄の人計画の出来損ないだ。その副産物。まあ、人を食うのは一番近いからだろうな。効率がいい。」
「人を機械のように言うな!彼らだって。」
「殺してる君が言うのかね?まあいい。三号は強力な身体能力、再生能力を有するために作られた。だが、どうしても克服できなかったことがある。」
資料をたんたんと読んでいく秋月。それをさえぎるように月島はいった。
「エネルギーの確保か。それで人を。」
「そうだ。そして食うためにより三号は進化した。それがあの酸さ。どこまでもすくわれない。」
「似合いますね。」
「そうだろう?やっぱ俺は美人だからな。」
月は夏輝を褒めた。ここの喫茶店、花鳥風月のウエイトレスを夏輝にやらせるための制服を着たところだ。黒と白の服が小麦色の肌をした夏輝に似合っている。
「もう少し、言葉づかいを丁寧にお願いします。一応商売なので。」
「分かりました。ねぇ月さん。月島さんは喜ぶよな?」
少し言葉遣いが直ってなかったが苦笑いしながら月は答えた。
「さあ、彼はほとんどそういうのは疎いですからね。最近だってナンパされてそのことにも気づきませんでしたから。」
「えー。まったく。」
ほおを膨らませる夏樹の姿をみてさらに笑う月。少し大人びているとおもったらこういうところは少女そのものだ。そういう姿を見ていると年を重ねたと感じた。いつもいるのが月島だったから余慶にだ。
「けど私は似合うと思いますよ。」
「ありがとう月さん。」
「腹が減った。」
いつまでも満たされない。俺はいつから腹が減っている?それすら俺には分からない。だけどああ。駄目だ。腹が減って考えられない。早くおなか一杯になって。帰るんだ。俺の家に。
岩が喋った。そう見えた。すくなくとも暗闇では。男はただうわごとのようになんども腹が減ったと呟いている。男は自分が何を食べたのかも忘れていた。そう、考える前に腹が減ってまともな思考が出来ないのだ。男はよだれをたらした。よだれは暗い、暗い真っ暗な男がいる場所でジュッと音を立てた。男の周りはひたすらに暗い。
「報われないな。俺も、俺たちは。」
月島は自分の鏡をみた。何も変わらない自分が居る。そう、変わらなきゃいけないのに。三号。そう、鉄の人計画。終戦前極秘に進められていた計画。今になってそれが現れた。自分の前に。
無言で月島はタバコを吸った。吐き出した煙は丸く輪になる。
「こうすればうまくいくよ。」
それは誰に教えられたのか。考えるまでも無い。俺がまだ若かったころだ。月島は頭を振った。そしてタバコを握りつぶした。
これは自分の役目だ。何もかも俺が背負うべきもの。誰にも渡してはならない。
強くそう念じた。そして三号の名前を自分の頭に刻む。そして、月島は月の元に向かった。自分の預けたものを返してもらいに。
「ここからはただ悲しいだけだ。」
月島は花鳥風月まで歩いていく。ただ、時間がかかるだけだ。そんなの分かってはいる。だが月島はある場合だけはこうして歩く。そうきめている。辺りは雨だが月島は傘を全くささなかった。扉を開いてた。店内には客はいない。
「おい!どうしたんだよ!ずぶぬれじゃないか!」
そこには夏輝が目を丸くして立っていた。月島は少し笑った。
「よく似合ってる。」
「おい。なんだよ?」
少してれながら夏輝は手に持っていたモップをいじる。月島はすぐまた顔を戻した。つきの顔を真っ直ぐにみつめている。月は分かったかのように店内の奥に歩いていった。そして少しして黒い箱を奥から持ってきた。
「あれを頼む。」
「分かっていますよ。いつになったら終わるんでしょうか?私たちは何のために生きているのでしょうか?」
「さあな。だが責務だけは果たさなければならない。」
黒い箱をそのまま受け取るとそのまま月島はずぶぬれのまま外にまた出て行く。見かねた夏樹が傘を渡そうとする。だがそれを月島はそっと払った。
「俺が受け取る資格は無い。」
「おい!」
夏輝をそのままに月島は外に出て行った。追おうとする夏樹を月が肩をつかむ。そして首を振る。
「やめてあげてください。今の彼には。」
そのまま困惑した顔を外に向ける夏輝。外では雨がまだ降っている。降り止む気配はまるで無い。
「腹が減った。ああ。腹が減った。」
腹が減った。腹が減った。男の思考はもうそれだけだった。自分が何か大切なものをなくしたことも分からなかった。ただ腹が減っていた。もう、我慢できない。それだけだった。男は岩のようなからだを動かした。
「辺りは完全に封鎖しました。」
「ご苦労だな。いつもすまんね。」
高穂にそのまま礼をつげる。月島は立っていた。目の前に巨大な穴が口を開いている。中にあるのは真っ暗な闇。ここは今はただの下水道になっている。だが昔はここに軍の施設があった。そしてそのまま終戦と共に忘れ去られた。いや、忘れ去ろうとした。そして忘れた結果が今だ。もう、何人もの人が消えている。辺りは警官たちが辺りを警戒している。だがこの闇に入るのは月島だけだ。高穂もそして周りの警官もそのことを知らない。今はこの国は占領下。自衛隊などありはしないし、警察だって自由など効かない。そう、ばらすわけにはいかないのだ。
「そう。俺たちは俺たちで終わるしかない。救いも何もない。」
月島は一人でただの暗闇に入っていく。それを止めるものなど誰もいない。
中は暗闇だけだった。終戦直後。そのドサクサに紛れ沢山の闇が表れては消えていった。
人身売買、アメリカによる日本人拉致。日本人の奴隷化。だが日本もそれは同じだった。人体実験。在日朝鮮人の奴隷化。戦争反対者の処刑。だが、それは表に出ただけまともだ。おぞましい実験の果てに生まれた者たち。訓練によって生まれた人間機械。細菌兵器。その開発は熾烈を極めた。まるでこの暗闇のように出口など無くただ暗い。そして、その暗闇は日の光に当たることはない。ただ消え去るのだ。そうすべて否定されるのだ。さらなる闇によって。ここはもとよりそのようなおぞましい実験を行う場所だった。下水をぬけていくと広い場所に出た。懐中電灯で辺りを照らす。そこはたくさんの下水の管が集まる場所だった。そしてその中央に巨大な鉄の扉があった。さびていてそしてさらに鎖でがんじがらめにされていた。
厳重に開封を拒んでいた。だが、扉の中央が解けて穴が開いている。
「くさいものにはふたをしろか。だが、忘れることなど出来ない。」
そのまま月島は歩いていく。溶けて穴が開いた扉をくぐるとそこにはあのにおいがした。だが今度はそのどれよりもきついにおいだ。さらに辺りには溶けかけた骨があたりに散らかっている。そして中にはガラス管の中にたくさんの人間の骨が並んでいた。巨大なガラスの中に骸骨たちは皆こちらを向いている。月島は胃から何かが少し上がってきた。だがそれをすんでのところで飲み込む。そしてそのにおいがこの部屋に満ちているにおいと一致することに気づく。
「胃液。これは人間の胃液か!」
渡された資料の中に三号の名前が書いてあった。青島 公平。年齢は33歳。鉄の人計画の実験体第三号としてこの施設に引き取られた。鉄の人。それは頑強な兵士を作る計画。そしてそこで生まれたのが第三号だ。強力な再生能力により不死の兵士を作ろうとした。だが、強力な再生能力は強烈な飢餓感を三号に植えつけた。そして、手っ取りばやい方法として人間を食らい始めたのだ。
「まさしく化物じゃないか。これを読んだかね?最初に生きたまま喰らったのは。」
秋月はさげすむような顔で写真を見て笑った。月島に怒りがこみ上げる。
「ふざけるな!ふざけるなあ!」
「君はどう思う?彼を?化物のほうがよっぽど幸せだろうになあ。」
その言葉は月島に突き刺さった。
そして月島はライトで照らした。そこには夢中で何かを貪り食う何かがいた。からだは巨大だった。そしてその体は肉の塊のようでもあった。確かに飢餓感を生むかもしれない。だがその体は明らかに過剰な栄養の摂取により膨れていた。
「お前はまだ人間か?」
「があああああああああああああああ。」
月島の声に三号が叫びでこたえる。そのとき月島は少し微笑んだ。
「よかったな。人間でなくて。」
月島は懐にあった拳銃を抜いた。そして何のためらいも無く三号にぶつける。怪物はその弾丸を体の中央に何発も受ける。三号は叫びを上げる。
「があああああああ。」
だが弾丸は致命傷にならなかった。そのまま傷口が盛り上がり弾丸を押し出し、そしてそのまま傷口を塞いでいく。月島は無駄だと悟ったのかそのまま手榴弾を月から渡された鞄から取り出した。だが三号はその隙に月島に飛び掛った。そして倒れる二人。そして手榴弾が閃光と共に巨大な音を出す。辺りは真っ白になった。
真っ白な世界で男は叫んでいた。 いたい、いたい、いたい。そうだ。これが痛いということだ。いままで忘れていた。いままでなにをしていた。ああ。腹が減った。腹が減った。そうか。痛い。痛い。だけど俺はまだ人間だ。
男はそう思い自分の体をみた。ぶくぶくと太ったからだ。それは自分の手だった。そして男は力なく笑った。
「ハハハはハッハ。」
そうかあの時は、戦っていたときは俺は怪我をした。その痛みが俺を正気に保たせた。そしてあの時は食べ物に困らなかった。いや、食べ物なんか食べていない。俺が食べていたのは人間だ。そうだ、あの時から。俺は。
そして男の目の前にあのロケットが落ちていた。そしてそれは開いていた。そこの写真に写っているのは笑顔の男と優しい顔をした女性だった。
「俺は忘れていたのか!俺はあああああ。」
男が叫ぶ。男の体は腹から大きく裂けていた。だが、その傷口は恐るべき速さで修復されていく。そのたびに男に激しい空腹感が襲う。
ああ、自我が無くなる。ああ、忘れたくない。だけど思い出したくない。ああ、誰か、誰か助けてくれ。
月島は歩いていた。三号、いや、青島 公平の元に体は傷だらけだった。腕を片方庇いながら月島は歩いてくる。かつん、かつんと闇の中を。月島の手には見たことも無い拳銃が握られていた。そしてそこにガラスの薬品のようなものをセットする。銃は黒く長い。そして所々からガラス管のようなものとチューブがむき出しである。その銃を青島に向ける。
「早く、早く、殺してくれ!もう生きていたくない!なぜ戦争は終わった?なぜ俺は彼女を喰らわなきゃいけなかった?どうして戦争は終わった?終わらなければ彼女を喰らわなくて済んだのに。ああ、腹が減った。腹が減った。」
そう、青島 公平は戦争が終わった後真っ先に自分のそばにいた人間を喰らった。遺体はもうどこにも無い。戦争で何人喰らおうがそれは死んだ人間だ。だが生きた人間を喰らったのは、初めての人間はその大切な人だった。戦争が終わらなければ彼女はまだ生きていただろう。
「早く、早くううう。腹が減った。腹がアアアアアア。」
月島は顔を伏せた。だがそれも少しの間だけだった。月島は引き金に手をかけた。
そして無機質な音が暗闇に響く。
「ああ、お腹がいっぱいだあ。俺はいける。俺は。」
月島はその顔を刻み込むように凝視した。その胸に。だがすぐに顔を伏せる。
「くそう。」
周りには誰もいない。
月島は下水道から出ると後の始末を他の人間に任せた。そしてそのままタバコを吹かし雨のなか下水道の近くの橋の下に座り込む。顔も体も濡れきっていた。顔はそのままだったが雨よりも水滴の量が多かった。そのまま座り込んでいると横から傘を出された。
「終わりましたか?」
差し出したのは月だった。それに一言だけ答える。
「ああ、終わった。」
そしてそのままタバコを吹かした。ずっと、ずっと。
一人でも多くの人に読んでいただければ幸いです。初めてですがどうぞご容赦のほどを。
参考 台詞等 鉄人28号




