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それから


 城を占拠し、これからについて話し合った。レナードにとって無二の親友、ブライアン・サテュルヌ。カトレア領の公爵となるべくして生まれてきたブライアンは、レナードに「任せてくれないか」と言った。よく知った王宮という場で、自分なら国を作り替えられると。

 レナードは任せた。全てを任せ、王宮から退いた。

 死を何度も覚悟したが、それでも生還できた。戻ったときのフェリシアの顔が、忘れられないものとなった。

 フェリシアは、

「赤ちゃんができたの」

 と、はにかみながら言った。そして、じわじわと国王を斃したのだという実感が湧いてきたのだった。子供は、魔導士の苦しみを味わうことなく育つことができると。デリクの息子であるイアンや、カトレアの東で出会ったルークのように、常に飢えているような子供も居なくなるだろうと。それが、ただただ嬉しかった。


 そして、半年が経った。厳しかった冬が終わり、春が過ぎ、夏となった。

 穏やかな空気が流れる隠れ家の中。一通りすべきことを終えて談話室に行くと、セオドアが居た。

「ねえ、レナード。君はルーク君のこと、どう思ってる」

 唐突に尋ねられて、レナードは首を傾げる。

「どう、って……。まあ、良い子だよな」

 それ以上の感想は無い。あのときはカトレアの東に居たが、春になれば戻ると言っていた。今頃は、ギデオン達の居る集落にいることだろう。満足な食事が摂れていれば良いが。

「いや、さ。君も晴れて冬には子持ちになるわけじゃないか。女の子だったらあの子、一応婚約者でしょ」

 言わんとすることがわかって、レナードは少し笑った。

「お前、ライラちゃんの未来の婿に嫉妬してるのか。早すぎるだろう……」

 セオドアにも、娘が生まれた。親であるセオドア夫妻は兎も角として、叔母であるコーデリアの甘やかしっぷりがすさまじい。とはいえ、やはり親も親だ。

「ああ、そうだとも。僕の可愛いライラがそのうちお嫁に行ってしまうかと思うと、もう今からその男が憎くなってくるね」

 当たり前のように言い切ったセオドアに、レナードは苦い笑いを返すことしか出来なかった。

 足音がして、振り向く。フェリシアだ。先程までコーデリアやセオドアの妻と楽しげに話していたと思ったが、それは終わったらしい。

「ふっふっふ……安心してレナード、多分女の子だから」

 何が「安心して」なのかは分からないが、一応頷いておいた。フェリシアがレナードの横に座ると、身体ごと肩にもたれ掛かってくる。少し増した彼女の重みが、どうしようもなく愛おしい。

「なんで女の子だと思うんだい?」

 セオドアが当然の問いを投げる。

「女の勘」

「そ、そうかい……」

 くすくすと笑うフェリシアが、

「ねえ、レナード。まだ私、オリーブの木を見に行ってないわ。連れて行ってくれる約束だったのに」

 言われて、思い出す。王都での件の頃はそれどころではなく、戻ってきた頃にはフェリシアは悪阻で苦しんでいた。そのうち、忘れていたのだった。

「子供が生まれたら、三人で。どうだ」

「そうね。私、考えてたのだけれど」

 フェリシアは、そっと腹を触った。

「子供の名前。オリーブの木に因んで付けたいなって」

「そんなに気に入っていたのか? 見たことも無い木だろう」

「うん。魔導士と人間の間に生まれる子よ。平和、なんて花言葉ぴったりだと思わない?」

 理由が、実にフェリシアらしい。無意識に笑みがこぼれる。

「そうだな」

「女の子だったら『オリヴィア』、男の子だったら『オリバー』とか。素敵だと思うわ」

 最初から覚悟の上だ。たとえ国王を斃し、今の王政を終わらせたとしても、魔導士の差別の目が消えるわけではない。魔導士が、人間への恨みを忘れるわけでもない。

 魔導士として、人間として、二つの血を引くこの子が。何不自由なく生きられるように。そう、強く願う。

「……王都の方は、どうなっているんだろうな」

 ふと頭に過って、レナードは呟いた。

 ブライアンを含む数人の魔導士達と別れた日から、早半年だ。定期的にあった連絡も、ここのところは来なくなった。

 ――最後は、半ば喧嘩別れだったのが、心残りだった。

 カトレアへの輸出禁止。魔導士に対する法的な差別。その二つをすぐさま無くすのだ、と話し合ったところまでは良かった。

 ――目指す先が全く違っていたのだ。

 レナードは、魔導士が人間と同じように生きられる国を望んだ。

 ブライアンは、魔導士に優位な国を求めた。

 似ているようで、その二つは全く違う。何度も何度も話し合った。摺り合わせられるように、悔恨が残らぬように。良き友であったブライアンと、あれほど感情をぶつけ合ったのは、初めてだったかもしれない。

 最終的に分かってもらえた、とは思っている。実際、ブライアンが真っ先に行ったのは、崩御した王――ロナルドの代わりに、王太子であったリチャードを王として立てることだった。王政を維持することで、宮廷内部から、そして市民からの反発は最小限で済むだろう。そして、ブライアン自身は王の暴走を防げばいい。それが人間と魔導士、双方にとって良いことだろうと、納得しようとした。

 だが、それ以降の音沙汰が、奇妙なほど無いのだ。何か胸騒ぎがして、接触を試みた。だが、どれもが徒労に終わっている。

「……ブライアンに限って、変なことも無いと思うけどね」

 そう言ったのはセオドアだ。だが、フェリシアはゆっくりと首を振る。

「レナードの親友だから、余り言いたくないのだけれど。ブライアンは、昔から得意じゃなかったわ。ほら、フィオーレの歴史で言えば、今の王政になってからは精々数百年でしょう。魔導士が、そう……ブライアンが求めていたように、人間に対して支配的な立場だった時代。その頃は、サテュルヌが全ての頂点に君臨していたから。世が世なら王様だって、そんな風に言っていたことがあった」

 少なくとも政治的な面においては、リブラ家出身のフェリシアの方がよくブライアンのことを知っている。レナードは、親友の知らない一面を垣間見た気がして、少し寂しく思う。

「魔導士が勝ったからと人間を抑えつけても、歴史は繰り返すだけだ。そんなの、間違ってるよ」

 セオドアの言葉に頷いたとき、大きな音と共にデリクが入ってきた。連絡役として、王都に置いていたのである。

「レナード。まずいことになった」

 荒い息を抑えもせず、デリクが言う。

「……ブライアンが。ブライアンが、裏切った」

 思わず、三人の顔が引き締まる。

「王都の隠れ家がやられた。……全滅だ。次は恐らく、こちらを潰しに来る」

「どういうことだ……!」

 デリクが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。何故ブライアンが、魔導士の優位を求めたブライアンが、魔導士を襲うというのだ。

「分からない。兎も角、ここを離れないと不味い」

「それは、レジスタンスを潰そうとしているのか? それとも、魔導士自体を殺そうとしているのか?」

「恐らく、レジスタンスだ。俺達が見張っている限り、ブライアンは好き勝手できないからな。そのためにずっと此方から働きかけているんだ――それが、疎ましくなったのかもしれん」

 レナードは、思わず唇を噛みしめた。長年の友だからと、信頼できるからと残した自身の判断は、間違いだったというのか。王都の隠れ家に居た魔導士達は――自身のせいで、死んだというのか。

 衝動的に、机を叩く。フェリシアが、「落ち着いて」と腕を抱き締めた。

「……セオドア、今すぐ荷物を纏めろ。マリアとライラを連れて逃げるんだ。デリクも、イアンと一緒に。……フェリシアもだ。ルイスにも伝えろ」

「レナード、どういうこと」

 セオドアが、普段では考えつかないほど動揺している。

「カトレアに。親父が、こういうときのために東で話をつけていてくれたはずだ。ブライアンの狙いがレジスタンスなら、カトレアにいる限りは安全だ。俺達は俺達で、どうにかする」

 それは、デイモンの死後知ったこと。デイモンは、最悪を予測した上で――レジスタンスの者を受け容れてくれるよう、頼んでいたのだ。有事のために、そんな伝言まで紙に残していた。全ては、レジスタンスを守るために。仲間を守るために。

「レナード、貴方も……」

 フェリシアの言葉に首を振る。

「レジスタンスを潰しに来ているならば、カトレアを巻き込んでしまいかねない。子供を優先に、お前達だけで逃げるんだ」

「……レナード。お願い、無事でいて」

 フェリシアの顔が、不意に母親のものになる。彼女なら大丈夫だ、と思った。

「ああ。俺達も、ここに片をつけたら逃げる。暫くは、山奥で草でも食う羽目になるかもしれんがな」

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