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決別と決着

 ただ、闇雲に走ったのは覚えている。だが、目を覚ましたときには、どうやって生還したのか分からなかった。気がつけば、ここに立っていた。殆どの魔導士が、怪我は多少あれど無事にたどり着いている。

 長く放置していた、王都西に存在するローゼ山脈に構えた隠れ家。王都からはそれなりに距離がある。よくここまで戻ってきたものだ、と漠然と思った。

 ――しかし、そこにデイモンの姿はない。

「レナード、レナード」

 一番聞きたい声で呼ばれて、レナードは我に返った。

 フェリシアに抱き締められる。

「レナード、平気?」

 そう問われて、反射的に答える。

「大丈夫だ。なんでもない」

 分かっていたことだ。デイモンは一番危険な役割についていた。たまたま自身にとってそれが父親だっただけのことだ。覚悟をしていたはずなのだ。

「あのね、レナード。教えてあげるわ」

 フェリシアは、そう言ってレナードの唇を人差し指で押した。

「『大丈夫』って言葉はね。大丈夫じゃないときに使うものなのよ」

 意味が分からず、救いを求めるような気分でフェリシアの翠玉を見た。

「本当に何ともない人に『大丈夫?』って言うとね、そう聞いた理由(わけ)を聞き返されるのよ。だって、全く問題が無いのだから、何でそんなことを聞かれるか分からないでしょう」

 そう答えられて、レナードは言葉に詰まった。

「ね。だから、今のレナードは()()()()()()()の」

 フェリシアは、レナードをそっと抱き締めた。その気遣いが、どうしようもなく嬉しかった。半ばすり寄せるように、フェリシアを抱き締め返した。

 少し冷静さを取り戻して、セオドア達に尋ねた。

「親父は、今」

「……今頃、どうなっているか分からない」

 引きずるような声で、セオドアが言った。

「すまない。僕が、矢を防ぎきれなかったんだ」

 レナードは首を振った。抑も、あの状況ではセオドアへの負担が大きすぎたのだ。それは主導していたレナードが判断を誤ったのであり、敵の攻撃を避けられなかったこともレナード自身のせいだった。

「俺のせいだ。セオドアは悪くない」

 自分の不甲斐なさで眩暈がする。椅子に倒れ込むように座った。

「こんなことを言いたくはないが」

 デリクが重い口を開く。

「恐らく、今頃捕虜になっているだろう。……人道に反する扱いを受けていても、不思議ではない」

 デリクは、レナードを気遣って相当言葉を選んでくれたようだった。内心で感謝して、考えたくもないその事実へ頭を働かせる。

 人道に反する扱い――拷問。レジスタンスの目的を、残党の場所を、隠れ家の位置を、吐かせるために。

 レナードは無意識に唾を飲み込んだ。

「助けに行くにせよ、見捨てて逃げるにせよ、俺達が判断するわけにはいかない。オズワルド達はいないのか?」

 無事に帰ってきているのは、手当を受けて横になっている魔導士の姿で分かっていた。

 答えたのは、怪我人の看病で疲れた様子のルイスだった。

「彼は、偵察に行ったよ。……ほとぼりが冷めるまでは待った方が良いと、引き留めたんだけどね。そんなに遠くには行っていないはずだ」

 ――こんな筈ではなかった。

 デイモンが敵に屈すれば、ここも襲われる。

 だが、他の隠れ家に移ろうにも、距離がありすぎる。戻れば、デイモンを助けに行くこともできない。レナードは頭を抱えて、そのまま机に肘をついた。余りの自分の情けなさに、ただただ腹が立つ。頭に爪を立てると、力を込めて頭皮に小さな傷を作る。

 少ししたとき、フェリシアが正面に座った。顔を上げると、スープの入った器を渡される。

「食べよう、レナード。お腹が空いていては、いざというときに動けないわ。自分を責めるのも、悔しがるのも、全部後。今は、頑張りどきだよ」

「俺は、励まされてばかりだな。自分が情けない」

 自身が人間だと知ったときも、フェリシアがいなければこれ程早く立ち直れなかったかもしれない。今も、こうして励まし続けられている。

「ううん。レナードが辛いときは私がいるわ。私が辛いときはレナードが助けてくれるでしょう?」

 そう言うと、フェリシアは食器を取ってレナードの口元に力強く差し出す。

「だから、食べて。少しでも身体を休めて」

 頷いて、レナードは少しずつ胃に入れた。干し肉が浮いただけの、塩辛いそのスープが、乾いた身体に染み渡るようだった。



 翌日の深夜。レナード達は、再び王都に向かっていた。オズワルドの偵察が、結果としてこの行動を起こすことに繋がった。

 ――デイモンの救出に。

 レナードは、悩んだ。余りにも無謀なその選択を。これが盤上の駒に過ぎないのならば、デイモンも、レナードも、魔導士達も、重みが違わぬ駒ならば。一つの駒の為に大量の駒を危険に晒すその行為が、如何に馬鹿げているかは明白だろう。切り捨てることこそが正しく、その行為に躊躇もするまい。

 だからこそ、()()()()()()()()()()。そうであれば、これ程までに悩むことはなかったのだ。

 退くべきと言う自分がいる。見捨てるべきと言う自分がいる。それがどれだけ残酷な事実であろうとも。

 ――しかし、悩んだのはレナードただ一人だった。魔導士の誰もが助けに向かうと迷わず言った。

 如何にあのどうしようもない父親が仲間達から信頼されていたか、今になって知った気分だった。

 そして、デイモンを救出に行くと、一切迷わなかった仲間達だったからこそ――レナードを、主導者に立てた。

「これで、本当に良かったのだろうか。俺は、こんな大層な役目を任されるような器じゃない」

 レナードは、小さくそう言った。ブライアンは、そんなレナードにふっと笑って肩を叩く。

「何で、皆がお前さんを選んだと思う?」

「……いや、わからん」

 首を振ると、ブライアンはだろうな、と呟いて続ける。

「お前さんが、誰よりも優しいからさ」

「そんなことは、」

 言いかけるのを、セオドアが遮る。

「僕は、君の立場だったら間違いなく隊長を助けに行こうと言うよ。たった一人の父親を切り捨てることなんて、できるものか。でも君は、皆に優しいから。皆が最も傷つかない道が、皆が一番苦しまない道が、最善だと思うのだろう。たとえ、天秤に掛けるのが親だったとしても」

「当たり前だろう。それは優しさじゃない」

 くすっと笑う声が聞こえて、振り返る。コーデリアだ。彼女も、今回は一緒だった。

「要するに、よ。あなたくらい()()()()()()()()()判断ができるのが、レジスタンスには他に居ないのだわ。やっぱり、なんやかんや隊長の息子なのかしらね。レニーちゃんは」

 その渾名で呼ぶな、と睨みつけると、コーデリアは「こわあい」とふざけた声を出す。

「それとも、なあに、やっぱりフェリシアさんが居ないのが不満なのかしら」

 フェリシアは、ルイス達と共に、主に使っていたコルチの隠れ家への帰路についた。今この場にいるのは、ごく限られた人数だけだ。

「……コーデリア」

 レナードは、何とも面倒な女幼馴染を短く制す。只でさえ、その件で心が穏やかではないのだ。

 フェリシアは、昨晩急に体調を崩したのである。大したことはない、と本人は言っていたが、そんな中で戦闘になれば命を落とす可能性もある。隠れ家がいつ見つかるか分からない懸念もあって、傷病者と共に王都を離れることにしたのだった。

「悪かったわよ。……行きましょう」

 目指すは、王宮の地下牢獄。

 ――重罪人のみが収容されるという、その場所にデイモンが囚われているという情報を得たのは、(ひとえ)にオズワルドのお陰だった。王宮に正面から入り込むのは、先の作戦の失敗でも思い知ったように厳しいだろう。

 だが、果たして王宮の立派な門を、そのような罪人がくぐるのだろうか? ――考えるまでもない、否である。

 それが外壁の外側に存在するのを、オズワルドは突き止めていた。厳重な警備網が敷かれているので怪しいと踏んでいたが、魔導士の男に関する噂を零す兵達によって、それは確信に変わったという。

 勿論、危険も大きい。国王の側からすれば、レナード達は進んで罠に掛かる鼠同然だろう。

 やってやろう。窮鼠は猫を噛むのである。そう言って、皆で勝利を誓ったのだった。


 案の定、兵士の数は多かった。だが、迷いはなかった。十人ほどを率いたレナードは、先陣を切って敵を切りにかかった。すぐに援護が入り、敵は瞬く間に減ってゆく。オズワルドを中心に半分ほどを見張りとして残すと、レナードは迷わず地下牢獄の中へと足を進めた。

 空気が重く澱みきった牢獄。灯火器(ランプ)を片手にレナード達は慎重に歩く。見張りに会う度に、音もなく斃した。言うまでもなく既に王宮も騒ぎになっているのだろうが、少なくとも今、この場所で闖入者を探している印象はない。蜘蛛の巣に頭が引っかかって、レナードは思わず顔を顰めた。

「……親父、どこだ」

 幾つかある独房のような空間を虱潰しに探すが、使われているところは一つもない。さびの酷い牢、血のこびりついた手錠、拷問器具、そのようなものが散見されて、美しいとされる王宮の、文字通り光の当たらない闇の部分をありありと目撃した気分だった。

「手分けした方が早いかもな」

 ここまで黙っていたブライアンは、兵の姿がほぼ無いことに対して安心したように言った。

「いや。――敵地の真ん中で、こんなに静かな筈がない」

 一点に兵力を割いているか、それとも――と、そこまで考えたレナードは、その不吉な考えを振り払うように首を振った。ふと、ブライアンが何とも言えない顔をしたのが目にとまるが、それよりも気になることがあった。

 不意に、つんと鼻に刺さる臭いを感じる。コーデリアが、はっきりと顔を歪めた。近づけば近づくほど、噎せ返るほどの悪臭を放っている。何かがある、と確信を深めて、レナード達は臭いの方へと歩いた。脳に絡みつくような粘着質の臭いに、レナードも思わず()()く。ブライアンは、耐えがたいように口呼吸を繰り返しながら、足を進める。

 行き止まりを確信して、レナードは皆を制した。

「……多分、この先だ。俺が行こう」

 特に辛そうなブライアンやコーデリアが見るには、余りに酷いものがあるのかもしれない。近づけば近づくほど逃げ出したい気分になる。だが、確かめねばならないと思った。レナードの足音だけが、暗く澱んだ空間にこだましていた。もう少し。そう思って、視界の先覗き込んだ。


「――ッッ!!」

 目に入れた瞬間、レナードは口を覆った。臭いなど気にならなくなっていた。衝動的に走り出す。壊れた扉から格子の中に入ると、その()の前で崩れ落ちた。

「――親、父……!!」

 そこにあったのは、明確に父であった男の肉塊。損傷した亡骸に他ならなかった。顔は腫れ、膿み。切り刻まれた足と腕、焼け焦げた背中は血に塗れている。

 自身の中心で高鳴る心臓が、身体中から吹き出しそうなほどの血液を全身に送り出していた。五臓六腑が煮えくり返り、怒りの余り呼吸が乱れる。全身を駆け巡る憤怒が、腕を小刻みに痙攣させた。

 最早死すら救済だったのだろうか。デイモンの無残な死に様に、極限の怒りが熱となって頬を伝った。歯を食い縛っても耐えきれない震えとともに、音もなく涙を流した。

「…………レナード」

 その声に振り向くと、セオドアの顔があった。感情の昂るまま、無意識のうちにレナードの口が動く。

「俺達は……俺達は、こんな扱いを受けなければならないほど、人間に何かしたというのか!? 俺達のことが、それほど憎いか!?」

 殆ど絶叫に近かった。身体の中心から発した熱が、遠くから時間差で耳に飛び込む。

 人間が憎い。忌まわしい。自分の身体の半分を流れると思うと、気が狂いそうになる。

「ぬあああああああああッ!!」

 声を枯らすほど喚いた。ここが敵の本拠地であるなど、どうでも良かった。呼吸が乱れ、肩で息をした。

 許せない。許さない。同じ目に遭わせねば、気が済まない。

「レナード。戻ろう。僕達の生きる場所に」

 セオドアが窺うように言う。彼の顔にも怒りが見え隠れする。それでも今は堪えて、努めて冷静であろうとしているのだ。救出が目的だったのだから。今は感情を殺して、脱出すべきだと。

「俺は行く。国王を殺す。必ず、仕留めて……」

 壊れてしまえ。国ごとひっくり返してやる。力尽くでも、分からせてやる。後悔させてやる。

 二つの足音で、僅かに我に返った。悲しみに満ちたコーデリアが、原型を留めないデイモンの亡骸に息をのんだ。余りにも惨いその最期に、彼女は目を逸らした。

 ブライアンは、レナードの肩を掴んで力強く言う。

「レナード、今は退こう。今のお前さんは、少しおかしい」

「……無理だ。俺は、行く。これ以上黙っていられるか。やられっぱなしになってたまるか。国王を殺す。殺して、認めさせてやる。その愚かさを、魔導士の怒りを、罪を!」

 ブライアンを振り払うと、レナードは来た道を見た。

「落ち着けよ、レナード。なあ!」

「……お前達に迷惑は掛けない。相討ち覚悟だ」

 抑え込まぬほどの、破壊への衝動。十人でも百人でも、相手にしてやる。許せなかった。怒りを静める方法が、他にありそうもない。

「馬鹿言わないで。何のために隊長は貴方を庇ったのよ!!」

 コーデリアは正しい。ブライアンも、セオドアも。だがその正論は、この激情を抑え込むには何ら意味の無いことだった。後ろめたさを振り払うように、剣を抜いて走った。引き留める声から耳を塞いだ。


 隠れようとは思わなかった。鼠の走り回る薄汚い地下を、ただ真っ直ぐに進んだ。いつしか現れた螺旋階段の前には、兵士が二人。武器を構える間も与えず斬り伏せると、階段の続く先を見た。灯火器(ランプ)を叩きつけて捨てると、光が零れるその先へと走った。

 眩しいまでの明かりに目が眩みそうになる。階段の出口からそっと室内を見渡すと、至る所に兵士の姿が見える。進むべき方向――王の居る場所に繋がっていそうな道を確かめて、レナードは一気に飛び出した。

 侵入者に気がついた兵達が、各々槍や剣を片手に向かってくる。容赦はしなかった。父から直々に受け継いだ剣技を以て。二人、三人と骸を重ねる。真っ直ぐ斬りかかってくる兵の顎を打ち、剣を奪い取り、その身を貫く。力の抜けた兵の二の腕を掴むと、背後を囲む兵達へと投げつけた。兵の合間から差し込まれる槍をすんでの所で躱すと、槍ごと兵を引き摺り腕を切り落とす。自身でも驚く程冷静に、この大人数相手に動くことができた。

 できた隙を潜って少しずつ、少しずつ向かうべき方へと足を進める。この身を支配する怒りが力となって、疲れなど感じなかった。だが、切りが無い。余りにも数が多い。いつ斃されるか分からないまま、剣を振るい続けていた。

 何十、何百と繰り返したか分からない。正面から兵の剣を受け止めたとき、異変が起こった。耳をつんざく激しい金属音と共に、何かが落ちる音がした。

 ――剣が、折れたのだ。唐突に武器を失って、思考がぶっつりと止まった。

 万事休す。瞬時に死を覚悟した。

 覚悟の意識とは反対に、無意識的に頭を庇うように二本の腕で覆う。が、予想していた痛みが襲ってこない。

 取り囲む兵達の動きが、一瞬にして止まった。冷たい温度を感じて、顔を上げた。――氷の刃を受けた兵達が、音もなく次々に斃れてゆく。

「無事かい、レナード」

 セオドアだった。ブライアンも、コーデリアもいた。

「……何故、ここに」

「呆れた。本当に君は馬鹿だね」

 続く追っ手を氷の刃で貫くと、セオドアは真剣な瞳でレナードを見た。

 肩の力が抜けるような安心感と共に、仲間の元へ向かう。道中で剣を一本拾うと、腰の鞘に収めた。

「レナード、貴方自分で言ったわよね? 『仲間を一人助けるために、他の仲間を犠牲にしては意味が無い』って。それなのに……なんで、自分から死にに行くのよ。そんなの、助けないわけにはいかないじゃない。たとえ後先考えずに突っ込む馬鹿でも!」

 明らかに怒気が混じった声で――胸倉を掴まれながら――コーデリアに捲し立てられる。

「俺達はフェリシア嬢にどんな弁明をすれば良いんだ? 敵の本拠地に置いてきました、と?」

 ブライアンの怒りも尤もだった。謝ろうとしたとき、増援がやってくる。

「まあ、説教は生きて帰ってからだね。覚悟しときなよ、レナード」

 セオドアの顔が引き締まる。迎え撃つべくレナードが敵陣に走り出すと、全員が続いた。一人では苦しかった相手が、余りにも呆気なく感じた。

「全て倒す必要は無いわ。邪魔者以外は放置して。大丈夫、後から他の仲間も来るから」

 コーデリア達の機転に心からの感謝をすると、レナードは廊下を駆けた。この時間ならば、王は私室だろう。――既に侵入者に対して手を打っていなければ、の話だが。そして、その仮定は恐らく正しい。

 ならば、何処へ逃げる?

 頭の中で、考えが巡る。一番安全なところ――王宮の外? いや、違う。恐らく逆だ。魔導士がどこに、どれだけの数居るのか、分からないのだから。

 であれば、王宮の中だ。それも、一番侵入者がたどり着きにくい場所……。王の間でもなく、私室でもなく、恐らく逃げ場のない行き止まりも選ばない。

 ――中庭だ。

 何故だかは分からない。だが妙な確信があった。

 迷わず走るレナードに、仲間も黙ってついてきてくれる。深紅の絨毯、煌びやかな光を放つ照明、そしてふんだんに作られた硝子の窓。それら全てが、今は只壊したいほどに眩しい。月の出ていない空を窓から一瞥すると、中庭に向けて走った。

 進むにつれ増える兵達も、難なく斃した。石畳の庭に踏み込もうとしたとき、足元を一本の矢が掠めた。

「レナード、上だ」

 ブライアンがレナードを制する。

 一斉に狙いを定める兵が、上の階の窓から目を光らせている。此方の攻撃も読んだ上で、恐ろしいほど真剣な瞳だった。

 目を動かせば、兵に囲まれたその先に――いる。

 国王が、いる。

 この場をどう抜けるか――どうすれば、国王に手が届くか。そのような事を考える暇も与えず、一度目の嵐がやってきた。一斉に放出される矢が襲う。セオドアが全てを塞ぎきるのは多すぎる。咄嗟に身体を前に投げ出して、矢を剣で払う。全員が無事であることを確認すると、レナードは一直線に駆けた。兵達が次の矢をつがえるまでの刹那で、見渡す。

 既に国王は兵に連れられて場所を移していた。内心で舌を打ったが、遠くには行っていない。だが、走るにも兵が多すぎる。

「レナード、行って! ここは任せて!」

「早く国王を!」

 コーデリアが駆ける。ブライアンが駆ける。槍を構えた彼女は、レナードを邪魔せんとする兵達へ向かって。レナードの背後を狙う兵は、ブライアンが。

 分散した仲間へ打たれる矢は、セオドアが食い止めてくれている。

 ――やれる。今度こそ、やれる。

「頼んだっ!」

 レナードは、国王の消えた城内へまた走り出した。


 魔導士達の尽力で、最早レナードを塞ぐ兵など残っていなかった。――追い詰めたのだ。

 僅かな兵のみを引き連れた国王の顔は、見えない。顔を覆う布に、レナードはふと思い出す。

 ――国王は神のためにある。神の御声を唯一聞くことができ、その言葉を元に国王は人の大地を治めるのだと。

 神のためにある国王が、卑賤な者に顔を見せることはない。

 そういう風習があるのだと、嘗てデイモンが言っていた。馬鹿げた話だ、と吐き捨てながら。

 ああ、馬鹿げている。神など居ない。魔導士を平気で魔族と呼び、足蹴にし、尊厳を踏みにじる行為が許されるなど。そのような神など、あってたまるものか。

 国王――ロナルド・フリーデン・フィオーレ。

 フィオーレの歴史を紐解いても、これ程までに愚かな王は居なかった。無言で剣を構えると、決死の覚悟をした兵が同じように剣を構えた。

 互いに睨み合ったとき、

「貴様は……一体」

 兵士が動揺したように声を上げた。意味が分からない。国王の近衛と、国王に仇なす者。それ以上の意味を求める意味が。余裕だな、とレナードは内心で毒づいた。

 力強く地面を蹴って、勢いよく距離を詰めた。相手も指折りの実力者。互いの剣が交われば、これまで以上の手応えがある。焦るな、とレナードは自分に言い聞かせる。腰が抜けたように座り込み、不格好に腰を引いて震える国王を一瞥すると、目前の敵に集中する。実力の差は小さい。どちらかと言えば此方が劣勢か。

 ――だが、()()()()()()。そう思えば、何ら恐怖は覚えない。父の仇、ここで果たす。必ず。

 数度打ち合い、少し距離を取る。それを互いに繰り返した。

 埒があかない。どうすれば、勝てる。

 そう思ったとき、予想外の方向から衝撃を受けた。

「……っ」

 驚愕して見れば、そこには国王がいた。腹に鋭い痛みが遅れてやってくる。

 一対一だと思い込んでいた。油断した――

 じわじわと、服が朱に染まってゆく。

「ぐうっ……」

 呻き声が漏れる。その声に、僅かに王は反応したように動きを止めた。今だ。全身全霊で食い縛って痛みを堪えると、国王に剣を向け――刺した。

 目の端に、剣を振りかぶった兵が見える。だが、王さえ殺すことができればそれでよいと、抵抗も何もしなかった。

 死んでも、殺せさえすれば良い。正確に国王の心の臓を貫いた手に満足感を覚えて、レナードは覚悟と共に目を閉じた。

 ドッ、と音がした。我に返って見れば――力なく崩れた兵に、氷の刃が一つ。

 ――また助けられてしまった。危険を冒して協力してくれている仲間を裏切るわけにはいかない。

 このまま死んで良いと思っていた。駄目だ。深呼吸して、レナードは国王に向かい合った。

「その顔を……見せて貰わねばな」

 レナードは胸倉を掴むと、躊躇無く王から布を剥ぎ取る。

 驚愕に染まった顔が見える。ただの人だ。ただの皺だらけの、愚かな男の顔だった。

「俺の親父を……デイモンを……殺した王が、こんな男だとは、な」

 だが、国王から発せられたのは、予想した答えとは違うものだった。

「お前は……お前は! ()()()()()()()()()()()! ()()()()……ッ!!」

 息も絶え絶えに声を張り上げた国王の言葉に、引っかかりを覚える。

「何故、俺の名を知っている!」

「そうか……貴様が、魔導士の……はあ、デイモンとやらの……」

「答えろ!」

 だが、国王は、死にゆく男とは思えないような顔で言った。

「デイモンとやらは……最期まで、お前達が、助けに、来ることを……信じていたぞ。どんな、拷問にも、屈せず……だが、お前は…………ふ、はは」

 そして、国王の身体から力が抜けた。

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