魔導士の大地(1)
秋口とはいえ、カトレアは北の奥地。予め服を着込んではいたが、身体にぶつかって砕ける冷たい風は容赦なく体力を奪ってゆく。白い息を吐きながら進むレジスタンスの一行の足取りは重い。振り返れば、色の無い世界に人数分の足跡がくっきりと残っていた。
「さみいな……昔は平気だったんだが。ここに来る度に、年齢を実感するぜ」
デイモンが呻くように口を開く。そんな様子に苦笑を漏らすのは、自身の少し後方の風下を確保して歩く幼馴染。
「隊長も、私みたいにレナードを風除けにすれば良いのよ。無駄に大きい図体もこういう日だけは役立つわね」
あまりの言い草に、レナードは幼馴染――コーデリアに非難の視線を送る。だが、コーデリアは何でも無い顔でそれを受け流した。鳶色の髪に海青の瞳――幼馴染の贔屓目を抜きにしてもそれなりの美人だと思うのだが、この性格はいただけない。
「コーデリアちゃん……レナードで遊ぶのも、程々にしてやれよ」
そう言って、デイモンは哀れむような目でレナードを見た。レナードは、鼻から息を吐く。
「それはそうだけどね、コーデリア。君、ちょっとこの辺りの気候を舐めてないかい? 見てるだけで寒いよ、その格好」
諫めるような発言をしたのは、コーデリアの姉の夫、即ち義兄であるセオドア。こちらも、年は多少離れてはいるがレナードやコーデリアの幼い頃からの友人の一人であった。
「あら、そうかしら? お洒落は忍耐なのよ、義兄さん」
そう言いながら服の裾を持ち上げて、くるりと回ったコーデリアに、思わず苦言を呈する。彼女が薄着で耐えられるのはレナードが風除けになっているからであるし、彼女が身軽なのはレナードが荷物を預かっているからである。彼女の荷物は、夜逃げでもするつもりなのかと疑うほど大きく、重い。今すぐ投げ捨てたい気分だった。
「周りに迷惑を掛けないのが大前提だろうが……」
普段は胸元や腿を大胆に見せつけるような服装を好んで身につけているコーデリアに対して「目のやり場に困らない」と感じるような服装であるだけ、本人も気を遣ってはいるのであろうが。
「うるさいわね、レニーちゃん。女の子には優しくしなさいよ」
自身よりも三つばかり年上のコーデリアは、思い出したかのように昔のレナードの渾名を持ち出す。負けじと、
「誰が女の子なんだ、誰が。もうじき三十路だろうが――ぐっ」
脛を思い切り踵の高い靴で蹴り上げられて、レナードはそれ以上この恐ろしい女幼馴染に言及することを諦めた。
「レナード。この姉妹は怒らせない方が、身のためだと思うよ」
じっとやり取りを聞いていたセオドアは、彼にとっての妻にも思い当たる節があるのか、妙に説得力のある声で囁くのだった。
こんな、他愛の無いやり取りに――不意にルイスの娘が頭を過って、レナードは苦い気持ちになった。自身にはこれだけの友人がいて、幼少の頃から寂しい思いをすることも無かった。だが、今は違う。魔導士に対する弾圧が強まった今、現状でさえ魔導士達はやっとの思いで生きている。これに輸出の禁止などと言う、死の宣告に等しい布告が加わるとすれば――
子供が増えれば、それだけ口が増えるのだ。魔導士の中でも重要な意味を持つ一族達――直系一族と呼ばれる者達を除いて、多くの魔導士が子供を持つことなど許されない、という事態も起こりかねない。
「なに、難しい顔してるのよ」
コーデリアの問いには答えず、レナードはそればかりを考えていた。
外の世界の一切を拒むように、堀と壁でぐるりと囲まれた集落。デイモン達の姿を認めたようで、見張り台から名も知らぬ魔導士から声が降ってくる。
「……故郷を捨てた者どもが、魔導士の土地に一体何の用だ」
答えるのは、警戒するようなデイモンの低い声。
「長老に会いに来た。例の布告の件だ」
魔導士は考え込むように間を置くと、手元の縄を操作した。跳ね橋が耳をつんざくような音を立てながら降りてくる。
「……入れ。騒ぎは起こすなよ」
ずしん、と音を立てて橋が完全にこちらと繋がる。乾いた丸太で出来た粗末な橋は、数人の重さを受けてぎしぎしと悲鳴を上げた。
「お前らにとっては、ここは『帰る場所』じゃないんだよな。来る場所なんだよな」
全てを雪が覆う、白い世界だ。それでも、寂れたという印象はさほど持たない。厚い雪を被る建物の一つ一つに灯る明かりは、どこか暖かさを感じさせる空間を作り出していた。
「親父にとっては、今でも故郷なんだな」
「育った場所だ、当たり前だろ。だから、帰ってくる度に拒まれるのが、辛くてな」
刹那、寂しげな顔をするデイモンの顔が、酷く印象に残った。
「俺は別に、魔導士同士で対立してえわけじゃねえんだ。……ただ、黙ってたって魔導士の立場は変わらねえ。それなら、誰かが声を上げないといけねえってだけだ」
極寒の地に追いやられ、食事もままならないほどの現状を強いる人間達が、憎いのだろう。
――普通の人間が無い力を持つというのは、確かに恐怖の対象になるのだと思う。それは魔導士同士でも同じことだ。強大な魔力を持つ者、殆ど持たない者、そして――全く持たない者。
レナードは魔力を持たない。父であるデイモンも。魔導士の中でも、土の一族と呼ばれる家の者――そして、その従属たる一族の出の者。これらの血を引く魔導士達は、余りに大きな魔力を得たが故に、数百年以上前から、他の魔導士達の力を以て封じられているのだ。
結局のところ、国にとって、人々にとっては力の有無でなく――生贄が存在すること自体が重要なのだ。
魔導士を迫害することで、自分達はそちら側ではないのだと安心するために。差別すべき魔導士達が消え失せたとき――自分達も同じ役割を担うことになるかもしれないというのに、それを理解しない。しようとしない。
「そうやってカトレアを飛び出して二十数年――外に出て、魔導士に対する風当たりの強さだけは思い知ったけどな。そこら辺の貴族を相手に戦ってるだけじゃ何も変わらなかった。俺が生きてる間には、無理だろうなあ……」
「安心しろよ、俺が継ぐ。親父の孫世代くらいになれば、少しは変わるかもしれないだろう」
強制されたわけではない。だが、この父の元で育ったレナードは、漠然とそう考えるようになっていた。だが、それを伝えれば父がレナードに気を遣うと分かっていて、言う気も無かったのだ。
だから、気まぐれだった。何時になく弱気なデイモンを奮い立たせるように、柄にも無くそんなことを言った。レナードの内心を知ってか知らずか、デイモンはいつもの調子でレナードをからかう。
「ぷっ。お前は先ず、嫁さんを見つけるところから始めろや」
「うるさいぞ、くそ親父」
――杞憂だったのかもしれない。普段からこの調子なのだ、このどうしようもない父親は。とはいえ、口にした言葉の強さと比べれば、レナードはそれほど憤慨しているわけではない。
「……コーデリアちゃん、うちのくそ息子を貰ってやってくれやしませんかねえ」
「考えておくわ」
コーデリアとデイモンの勝手なやり取りに、レナードは思わず肩を落とした。デイモンが、話題を変えるように、
「さあて、長老は元気してるかな。あのじじい、あと百年くらい生きてても驚かねえけどな」
と、呟いた。
いつしか目的の屋敷に到着して、レナードは頭を上げた。城郭めいた頑丈そうな門の前に、一人の魔導士が控えている。招かれざる客の出現に、門番は静かに槍を構えた。一見隙のあるように見えるその構えは、即座に魔力を使う体勢に切り替えることを意識した魔導士特有のもの。穂を間違いなくデイモンの方に構えた男は、此方の出方を静かに窺っていた。
「おいおい、物騒だな」
「……騒ぎの渦中にいるのは、必ず貴様なのだがな。デイモンよ」
門の奥から、嗄れた老人の声が響く。視線を投げれば、見覚えのある顔がそこにある。――「長老」と呼ばれる男だ。奇妙なほど湾曲した背骨も、変形した指も、間違いなく記憶の老人と一致する。前に見たのは子供の頃であったが、それでも痛烈に記憶に残っている。濁った瞳を持つ、どこか不気味で恐ろしい老人……。
「――何の用だ。招かれざる客よ」
「大方、目星はついてるんだろ? 布告の件だ」
「……貴様と話すことなど何も無い」
地底を這うような低い嗄れ声で、老人は言う。
「俺はお前らと話すことがある。それだけだ」
不意に、「くどい!」と近くで声がした。門番の男が、勢いよく槍を突き出す。だが、デイモンはそれをあっさりと躱すと槍を掴んで手繰り寄せ、そのまま男を地面に叩きつけた。
「危ねえなあ……。おたくの使用人の教育は一体どうなってんのかね、ギデオン」
調子の良い声とは裏腹に、デイモンは鋭い目で老人を睨みつけている。長老――ギデオンは不快に顔を歪めた。
「……まあ、良いではありませんか。せっかく直系の方々が揃っているのですし、話を聞くくらい」
背後から、鈴のような女性の声がする。声に顔を上げて、レナードは思わず息を飲む。年の頃は凡そ二十であろうか。長く深い艶を持つ銀の髪が、惜しげもなく腰まで垂らされている。翡翠の瞳と目が合ったと思った瞬間、女性は形の良い薄い唇で弧を描いてみせた。
燃え上がるような赤の絨毯、分厚い硝子の窓、天鵞絨の窓掛け。そのどれもが重苦しいほど絢爛で、レナードは眩暈のような感覚すら覚える。言われなければ、ここが迫害を受け続ける魔導士の土地だとは思うまい。魔導士の階級社会は、外の世界の――フィオーレのものと大差ない。これが火を司る直系一族、ハイドラ家の屋敷。魔導士にとってその血が重い意味を持つことくらいは認識しているつもりでいるが、それにしても此処が食糧すらままならない地域であることを忘れそうになるほどの空間だった。
「儂らも暇では無い。此方が譲歩したことを、弁えよ」
直系一族と呼ばれる五つの家が出揃うなど、本来であれば非常に珍しいことだろう。今後の魔導士の身の振り方に――大きな転換期が訪れているのだ。
重々しい両開きの扉を躊躇無く開けると、長老は部屋に踏み入った。デイモンは振り返ると、
「レナードだけ来い。コーデリアちゃんもセオドアの野郎も、待っててくれねえか」
と言った。自分だけ呼ばれた理由も分からなかったが、レナードは二人に軽く手で合図すると、デイモンの後についた。
通された部屋に、二人の椅子は無い。そんなものだろうな、とレナードは苦笑いする。
「……デイモンか。久しいな」
円卓を囲うように、年齢も顔つきもばらばらな五人の男女が椅子に腰掛けている。声を掛けたのは、確か――金の一族の末裔、デリクと言ったか。魔導士の中でも、レジスタンスの活動に一定の理解を示してくれていたはずだ。
ぐるりと円卓を眺める。
金の一族、タウルス家。
水の一族、アクアリウス家。
火の一族、ハイドラ家。
土の一族、サテュルヌ家。
風の一族、リブラ家――そう視線を流したとき、不意にリブラの老人の横に立つ、美しい銀髪の女性が目に映った。屋敷に入るときに助けてくれた女性だ。見つめれば見つめるほど、美しい銀髪が純白の衣服と相まって、あまりにも神秘的。指先に至るまでの全てが美しく、何時までも眺めていられる絵画のようだった。
少しの間を置いて、レナードは我に返る。まじまじと見つめられて、気分が良い人はいないだろう。名残惜しさを感じながら、そっと視線を逸らした。
「……何を話し合ってたのか知らねえが、お前ら、これからどうするつもりなんだ」
この異様な空気で躊躇無く口を開いたデイモンに、皺だらけの顔の皺を更に深めたギデオンが言葉を返す。
「相変わらず、気が早い男だ。――此方の進行の邪魔だ」
「頭の凝り固まった年寄り共の長話に付き合う気はねえ。単刀直入にいこうぜ」
腕を組み、デイモンは真顔で言い放つ。
「それを聞いて、どうする? 魔導士の里を捨てた貴様に、口を挟む余地など無い」
こう言ったのは、リブラの老人だ。ギデオン同様、デイモンやレナードへの不快感を隠そうともしない。
「……どのみち、魔導士に残された道は多くねえ。あんたらがどの道を選ぶのかの確認に来ただけだ。場合によっては――」
デイモンが言い切らないうちに、ギデオンが遮る。
「公を通して、既に何度も異議申し立ては行っている。カトレアに絡む商人達の名前も連名で、だ。それ以上に、何が出来る」
カトレアは、土の一族・サテュルヌの末裔を当主とする公爵領だ。魔導士を追い立てる大義名分に爵位で黙らせたというのが正しいが――兎も角、国王と同等では無いにしろ、本来であればかなりの発言力を持つことになる。
それを完璧に無視していると言うのなら、国王は本気なのだろう。魔導士に余計な権利を与える理由も無い。「冬が来るぞ。今はまだ秋だから良いだろうが、真冬になれば狩猟も不可能になるし、先ず間違いなく餓死する奴も出てくる。今年だけじゃねえ。この先ずっと、そうだ」
レナードは、デイモンの言葉に静かに頷く。
カトレアでの食糧は、殆ど全てが他地域頼みなのだ。その生命線を断たれれば、その先にあるのは死のみ。
「……そのようなこと、言われずとも分かっている。故に儂は何が出来ると聞いたのだ」
「――立てよ。立って、声を上げるしかねえだろ。魔導士が束になれば、国王を倒すことだって不可能ではないかもしれない」
「既に、そのような体力はカトレアには無い。かつての国王とて、元よりそのつもりでこの土地に魔導士を追放したのだろうよ。無謀だ」
「カトレアに無くとも、レジスタンスにはある。俺は本気だ。黙っていても立ち向かっても結末が同じなら――戦うべきだ。少しでも、生き残る可能性に掛けるべきだ」
二十年以上掛けて築いてきた、カトレアとは違う生きる術。それを使って出来ること。デイモンが考えていたのは、そんな途方も無い計画だったのか――レナードは、無意識に唾を飲み込んだ。
「何故、国王が考え直すという可能性を潰す? そのような馬鹿げた話に付き合う暇は無い」
「いや。果たして馬鹿げた話なのか? ――長老殿。決断するなら早いほうが良い。少しでも余力があるうちに。我々には、一人でも多くの同胞を守る義務があるのだ」
声を上げたのは、デリク。金の一族の末裔であり、かつてのデイモンの友人であるという彼は、どちらが最良かを図りかねているように、髭の生えた顎を手で擦っていた。
「下手に国王を刺激して、より風当たりが強くなることも考えられるのだ。凪を待つことこそが我々にとっての最善であろうよ」
ギデオンの苛立ちを含んだ声が、部屋の空気を一挙に静まらせる。だが、デイモンの提案に火を付けられたように、デリクは再び口を開く。
「これまでの歴史を鑑みて、魔導士の立場が苦しくなることこそあれ、改善することは無かった」
「当たり前だな。そんなことしてみろ、只でさえ不安定なんだ、今の王政は。ロナルドとか言ったか――あの愚王に出来ることと言えば、精々魔導士を冷遇することで一時の安定を図ることくらいだろうが。
逆に言えば、あいつらは何も考えてねえ。魔導士が反旗を翻すとは、思ってもいねのえさ」
日頃はふざけているようにしか見えない父だが、時折見せる全てを見透かすような瞳に、計り知れない男だと思う。今もそうだ、二十年以上息子として生きてきたにもかかわらず――。
これこそがデイモンを信用し、カトレアを脱してまでレジスタンスの一員として戦いに身を置く者達が後を絶たない所以なのかもしれない。果たして、自身はそのように信頼される人間なのだろうか――そう自問して、即座に「否」と自答する。
「話にならんな。碌な計画も無いのだろう? 儂が、この方針を変える積もりはない」
「……長老殿。いくら貴方の言葉であっても、こればかりは。何故、我々の話を聞こうとしない? 何のために、全員が此処に集まったと言うのです」
ギデオンに臆することなく言い放ったデリクは、覚悟を決めたように唇を結んだ。これまで一度も異を唱えられたことが無かったとでも言いたげに、ギデオンの顔には憤怒が見え隠れしている。口先だけは冷静なように、
「相分かった。ならば、決を採ろうではないか? ――交渉か、それとも反抗か」
直系一族と呼ばれる五つの家――魔導士らを代表する五家全てが揃った今、ここでの決定こそが魔導士全ての未来ということだ。口を挟むこと無く耳を傾け続けてきたレナードは、真剣にそれを見届けようと密かに深呼吸した。各家から一人ずつ――いや、リブラの席にはあの女性が同席しているのだが――即ち、過半数である三票を獲得した瞬間に魔導士の未来は決まる。
「では――魔導士にとって現状こそが最善であると思う者は、手を挙げよ」
長老は、言い切ると静かに手を挙げた。これは、長老としての意見ではない。対等な五つの家の一つとして――ハイドラ家の意見としての、一票。
それを見た瞬間、水を司る一族・アクアリウス家の席から小さな手が挙がる。十に満たないかもしれない幼い少女が、大人と対等に渡り合っていた。
「ほう? 良いのかね、ジャスミン嬢」
試すように目配せした長老に、ジャスミンと呼ばれた少女は子供とは思えぬ力強い目で言い切った。
「はい。わたくしは、長老様の意見に従うと決めていますから」
ギデオンの顔が卑しく歪む。
「他の者は、どうだ?」
そういったとき、風の一族・リブラ家の席から皺だらけの手が挙がる。外見こそギデオンと同じかそれ以上の高齢に見えるが、厳格な雰囲気は老いを感じさせない。
席の真横に立つ銀髪の女性が、すっと小さく笑った気がした。
「――決まりだな」
そうギデオンが言ったとき、銀髪の女性が口を開く。
「お待ちください。私は、賛同しかねますわ」
「――何を言っているのだ、フェリシア。リブラの当主は儂だ。それに異を唱えるか?」
老人は席に座ったまま、フェリシアと呼んだ女性を睨み上げた。
「次の当主は私です。未来を生きるのも私です。お爺様はそれを無視すると言うのですかっ」
「――フェリシア嬢。此処ではそなたの意見は聞いておらぬ。まだ当主でないそなたが発言を許される場ではないのだぞ」
ギデオンの言葉に、フェリシアは口惜しげに唇を噛んだ。
「これで満足したかね、デリク殿」
ギデオンは、挑発的な顔で言い放つ。負けじと、デリクは言い返す。
「いいえ。私は当主としてではなく、一家の代表としてこの場にいます。リブラとて、次代の当主――フェリシア嬢の意見が当代と食い違っているのなら、摺り合わせる時間が必要な筈です。当主だからと独断で決めて良い問題でもない」
「飽くまで、儂と対立する積もりなのだな。――儂は意見を変える積もりは無い。だが、そなたが独断で行動するというのなら、止めはせんぞ?」
見ているだけで不快になる笑みだ、とレナードは自身の眉間に力が籠もるのを感じた。
「……分かりました。私は、レジスタンスに加わろうと思います」
デリクは、デイモンを一瞥する。父である男は、無言で――だが、深く頷いた。
「――決まりだな。お一方、未だ発言していない方がおられるが」
ギデオンは、唯一ここまで一度も意見を述べなかった男を見た。土の一族、サテュルヌの席だ。
聞くまでも無いだろう、とレナードは思った。彼の息子であるブライアンは、レナードにとっても無二の親友で――即ち、レジスタンスの一員なのだから。
カトレアの一件でここ数日は無沙汰となっているが、幼い頃から父による剣の訓練を一緒に受けてきて、互いでの手合わせも数え切れないほど行ってきた。それら全て、直系の一族でありながらもレジスタンスの活動に好意的なサテュルヌの理解があってこそ。
「今更、立場を明らかにすることもあるまい。だが、三家の意見が公である以上――公爵として……今まで通り、国王への請願は続けようと思う」
所詮お飾りの公爵だ。ブライアンは、そう言って家の役割を揶揄していた。力を封印され、魔導士という存在であるかどうかすら怪しいサテュルヌに課せられた宿命。皮肉なものだ、と思う。
「……では、此処までにしようではないか」
心情の読めないギデオンの言葉で、この場はお開きになった。
屋敷を出たとき、デイモンは複雑な顔をしていた。
「どうしたんだ、親父」
レナードが声を掛けると、「うるせえ」とだけ返ってきた。
「この間も何か考え込んでいたな。悩みでもあるのか?」
「うるせえって。息子に心配されるようじゃ、俺もお終いよ」
デイモンは、何かを振り払うように強くレナードの肩を叩く。はぐらかされたことに若干の不満を覚えたが、ある意味では普段の父らしい行動に、レナードは微笑した。
「コーデリアちゃん達を待たせてっからな。早く行くぞ」
二人は、カトレアに暮らしていた頃のデイモンの家で待機しているはずだ。レジスタンスがカトレアへ来る度、そこを使うのは暗黙の了解事項となっている。
いつの間にか日も暮れかかっていて、先程よりも一層冷たい空気が肌で感じられる。呆れるほど白い世界に、吐く息も白い。両手で二の腕を擦っても、大して気は紛れなかった。前へ前へ足を動かして、とにかく暖炉が働いて居るであろう家へと急ぐ。
「お前に会った日も、こんな雪だったなあ……。乾燥したコルチの方じゃ珍しかったから、良く覚えてる」
デイモンの言葉選びに僅かな引っかかりを感じたが、何時になく感傷的にも見える男に話しかけるのも憚られて、レナードは黙っていた。