第5話
「・・・ダイスケ?どうしたの?」
「え・・・?」
「ネクタイ、落ちたわよ?」
「あ、ごめん、ごめん、なんか寝ぼけてた。」
「もう、しっかりしなさいよ?受験生なんだから。」
「うん・・・。」
そこは家のリビングだった。今はなかなか会えなくなったお母さんが、僕のブレザーの埃をとってくれていた。僕はというと、ネクタイを結んでいるところだったようだ。・・・ネクタイ、どうするんだったっけ?んーと、ああ、こうして、ああして・・・。よかった、覚えてた。それにしても、懐かしい。我が家だ。僕の家族がそこにいる。
「はい、じゃあ、行ってらっしゃい。」
「・・・ありがと。行ってくる。」
「なによ、気持ち悪いわねえ。がんばっておいで!」
「おう!」
僕はセーターを着て、ブレザーを羽織ると、革靴を履いて家を出た。本当に懐かしい光景だった。今はない朝の情報番組のラストを見て、今では遠く離れた自宅を出る。たった2年前なのに、なんでこんなに懐かしく思うのだろう。
僕はそのまま自転車にまたがった。時刻は8時1分。急げば間に合う。僕は左右に注意して、自転車を漕ぎ出した。
「あら、大島くん。おはよう。」
「おはよう、高木さん。」
「寒いねえ、今日。」
「うん、先週まではブレザーなんかきてられなかったけどね。」
まるで先週まで本当にブレザーをきていなかったかのように、僕は自転車置き場で会った高木さん、上履き忘れの張本人と話していた。この時になって、僕は当時の記憶が次第に、鮮明に戻ってきつつあった。実際僕は息が上がっていた。飛ばせるところは飛ばして、7分で着いた。額に汗をかいているが、まだ寒さが勝る。
「早く入っちゃおっか。」
「そうだね。寒い。」
僕は彼女を先にして、靴箱へ。ええっと、僕のは、と自分の靴箱を探していると、彼女があっと言った。
「どうしたの?」
「えへへ、上履き、忘れちった。」
「上履き?」
冷静に、冷静に。だが僕の鼓動は早まる。
つづく