第六話
ジャンルをVRゲームに変更しました。
この世界には無数の町や村が存在する。
正確な数は最近確認されたが私は憶えていない――少なくとも百は越えていた筈だ。
だがしかし、そこは流石神のゲーム。
何個あろうとも判子を押したように同一の町村は存在せず、それぞれの個性があるらしい。
例えば水の都とか、和風の町とか。
多種多様な町並みを体感できるということも、このゲームの評価が高いポイントでもあるのだ。
そして私がまだ名前も知らないこの町の特色は――『中世ヨーロッパもどき』。
ただの中世ヨーロッパではなく異世界転生モノとかでよくある中世ヨーロッパっぽい町並みが特徴的な変わった町だ。
レンガ作りの家に、あまり舗装されていない道路。
時代錯誤な馬車や行商人が町を闊歩し、しかして中世ヨーロッパとしてはオーバーテクノロジーなモノもちらほらと見えている。
そんなちぐはぐ具合が、私は好きだ。
だからこの町を拠点に選んだともいえる。
……いやまあ、町名は忘れちゃったんだけどね。
「ここは……?」
そんな町の一角にある、レンガ造りのお店の前に私たちは立っていた。
お店の看板には、『ベル装具店』と書いてある。
「装具ショップね。ここでユニちゃんの装備を整えるわ」
「装備……酒瓶じゃダメなんですか?」
「酒瓶より強い装備をここで手に入れるのよ」
ユニの酒瓶への信頼感は何なのだろうか。
過去のトラウマとかが絡んでいるっぽいけど、問いただすわけにはいかないし……。
……まあいっか。
「ユニちゃんは普通のRPGとかをあまり嗜んでいなかったようだから、基本から説明してあげるわ」
ぴっ、とさっきゅんはどや顔で人差し指を立てた。
「こういうゲームで強くなるための基本は『装備を整える→敵を倒す→お金と経験値を貯める→貯めたお金で装備を強くする』の繰り返しよ」
「成る程……?」
「むむむ、あまり伝わっていない……? 普段ゲームをやらない人への説明って難しいわね……」
「ま、とりあえず入ろうよ」
何と説明したら分かりやすいか、と思案し出したさっきゅんに入店を促す。
いつまでも店の前に立っていたら営業妨害もいいところだ。
店員はNPCだが、AIの精度は人智を超えている。
というか加護こそ受け取っていないものの、普通の人間と遜色が無いのだ、このゲームのNPCは。
なので失礼なことをすれば怒るし犯罪を犯せば普通に捕まる。
何故かこの世界の警官は加護持ちプレイヤーより強いから要注意だ。
しかしそんな警官もモンスター相手には普通に負けているようなので、まあプレイヤーが好き勝手犯罪行為をしないための特例措置なのだろう。
「いらっしゃいませー!」
元気の良い太り気味な男性店員の声を受けながら、店に入る。
これまた典型的なRPGの武器屋といった感じの店内だ。
岩造りの店内に、武具や防具がところ狭しと並んでいる。
ただ一つ、この内装に合わないものが置いてあるがそれは今関係ない。
「《怒神》の加護について色々調べてみたけど、どうやら装備可能な武器種はハンマーだけみたいね」
「ハンマー……そういえば《怠神》と《淫神》は何を装備できるんですか?」
「なっしんぐ」
「素手よ素手」
「…………」
ま、私たちの装備はとりあえず置いといて。
今はユニの装備を物色しよう。
ハンマーと、あと初期装備のままの防具も何とかせねばなるまい。
「あ、でもわたしお金が……」
「のーぷれぐれむ。こういう時のためのギルド共有資産よ」
ギルド共有資産。
ギルドに所属しているプレイヤーがクエストをクリアすると、その何割かがギルド共有資産として貯蓄される。
貯蓄されたお金は、ギルド拠点用のアイテムを買うことに使われたり、新人プレイヤーの装備を整えたりする他様々な用途に使えるのだ。
……まあ、どっかの変態がガチャに使ってしまったからあまり残っていないのだが。
「とりあえず手ごろなハンマーと防具を物色しようか」
「あ、ありがとうございます」
資産の残りは二万円程。
これだけあれば基本的な武器と防具は揃えれるだろう。
ユニのレベルは今、三。
正直このレベルなら初期装備でも問題ないかもしれないが、新米のギルドメンバーをお金でパワーレベリングするのはネトゲの常識である。
ちなみに通貨の単位は国籍によって自動で一番分かりやすいものに変換されるらしい。
「あ、あの。ところでさっきから気になっていたのですけど……」
「ん?」
「あれって何です?」
と、店内を物色しようとした矢先。
ユニが私の袖をつまみ、店の一角を指差した。
そこにあるのは、このファンタジーじみた店の中で唯一、雰囲気にそぐわない悪魔の集金機。
《ガチャ》と呼ばれる、透明のカプセルがいくつも入った赤い箱だった。
*****
「これは《武器ガチャ》ね。一万円で一個、ランダムで武器を手に入れることができるの」
さっきゅんが赤い箱――《武器ガチャ》をぺしぺしと叩きながら言う。
このゲームにも過去にあったソシャゲーと呼ばれる携帯ゲームでユーザーの財布に猛威を振るったシステム……ガチャが採用されているのである。
とはいってもリアルマネーを使うわけではない。
リアルなんてとっくに捨てている人はリアルマネーなんて持っていないので、その辺は考慮されていてガチャ費用は専らゲーム内通貨である。
「そしてこっちの隣のが《防具ガチャ》値段は同じでこっちは防具を手に入れることができる」
「お店で普通に買うのとどっちがいいんですかね?」
「んーまあ運さえよければ断然こっちだろうけど……」
さっきゅんが今度は隣にある緑の箱をぺしぺし叩きながら言う。
二万ちょいギルド資産があるからそれぞれ一回ずつ引くことこそできるものの、排出される武器種はランダムだし防具も男性用防具が出たりするから今回はやめておいたほうが無難だろう。
最高レアの排出確率は相当低いらしいし。
「特に武器ガチャはハンマー以外の武器が出ても私たちで有効活用とかも出来ないしね、引くなら二分の一で何かしらの女性装備が出てくる防具ガチャにしておきな」
「い、いえ! 共有資産から出してもらってるのに外れを引いたら申し訳ないですし……」
「だってさ、さっきゅん」
「耳と心が痛い」
共有資産から勝手にお金を持ち出してガチャをした変態が耳を塞ぎながら女性用防具のコーナーへと移動していった。
どうやらユニの防具を物色しに行ったらしい。
「じゃあユニ、さっきゅんが防具を見てる間武器を見に行こうか」
「はいっ」
というわけで、数十分後。
「店員さん、おっぱい揉ませてあげるから安くならない?」
「いやそういうのいいんで」
「ふぁっきゅー! エロRPGだったら真っ先に食いつきそうな顔つきの癖にー!」
みたいな変態と店員のやり取りがあったことはスルーするとして、
計一万五千ほどの出費で、ユニの装備の購入は終わった。
《鉄》と銘打たれた、鉄製の真っ黒なハンマー。
それとアンバランスなフリフリが付いたゴスロリのような形状の青い防具。
え? ゴスロリは防具じゃない?
見た目はただの服だろうと、防御力が設定されていればそれは防具として十全に働いてくれるのだ。ゲームだし。
尚コーディネートはさっきゅんに一任した。
ロリっ子がゴスロリ着てごついハンマー振り回すとか最高じゃんとは彼女の弁だが、私にはちょっと理解できない。
「かーわーいーいー!」
「わぷっ」
ドレッシングルームから出てきたユニに、さっきゅんは一も二もなく抱きついた。
だらしなくにやけきった顔で彼女に頬ずりをする姿は紛うことなき変態だろう。南無。
まあでもユニの方も満更ではなさげである。
同性だから許されるスキンシップ……いや、許されるのか? うーん……でも……。
とか、何とか考えてたらふとユニと目が合った。
突然のことで反応できず、彼女の赤い瞳をジッと見つめ返していると、ユニが小首を傾げて……。
「……あ、あれ? マコさんちょっと怒ってます?」
「え? マコちゃん怒ってるの? 何で? …………まさか嫉妬!? 嫉妬なの!? 私とユニちゃんがイチャイチャしてて嫉妬してるの!? のーぷれ! 安心してマコちゃん! 私は3pでも全然問題な「店内ではお静かに」痛い!」
さっきゅんをぐーで殴って、首根っこを掴む。
そのまま店の外まで引きずり出した。
こんな公衆の場で卑猥なことを言わないでくれ、全年齢向けなんだから。
「うぇへへ……」
「何で殴られたのに笑ってんのよ……ん?」
『――《伝神》より、全プレイヤーへ連絡。《伝神》より全プレイヤーへ連絡』
――突如、空から女の人の美しい声が響き渡った。
運営――神様からの通達と聞いて、私たち三人は思わず空を見上げる。
そして、その通達の内容に、思わず目を見開いた。
『期間限定イベントの開始を宣言します。
イベント名、《魔王の軍勢、襲来》。この世界を襲撃に来た魔王軍を倒しましょう。
イベント限定ドロップアイテムである《魔素》を集めることによってイベント限定アイテムと交換することができます。詳細は――』