第五話
この世界には所謂"ファストトラベル"に該当するシステムはほぼ存在しない。
さっきゅんがこのゲームに抱いている唯一の不満点が全年齢ゆえにエロいことができないことだとしたら――私が抱いている唯一の不満点はこれだ。
ダンジョン内から一発で帰還するアイテムなんて無いし、別の町から町へ瞬間移動する術も無い。
怠惰な私としては、これが非常に面倒くさい。
特に今回みたいにさっきゅんが倒れて仕方なく本気を出す場合、私が倒れたさっきゅんを抱えて町まで戻らなければいけないのだ。
なのだが。
「いや、手伝って貰って悪いね『ユニ』ちゃん」
「い、いえ、私も助けてもらいましたし……」
自分より背も年齢も低い幼子に相棒を背負わせ、手ぶらで帰る怠惰な女が居た――というか私が居た。
おっと石を投げないで欲しい。
彼女はNPCではなくプレイヤー……つまり何かしらの加護を受けているのだ。
例え《怠神》のような基礎能力値が最低の加護でも、成人女性くらいなら余裕で運べる程度の体力と筋力を得ることができる。
じゃあお前が運べって? いや面倒だし……。
「あの……マコ……さん」
「呼び捨てでいいよ?」
「い、いえ年上ですので……! えっとその……さっきは曖昧にされちゃいましたが仲間に……」
「私は問題ないけど、さっきゅん……相棒が何て言うか分からないからね、町で蘇生してもらってからその話はしよう」
私の言葉に、青髪赤目の少女――ユニは頷いた。
人見知りする子なのか、マトモに目を合わせてくれない。
それでも仲間になりたいと言ってきた以上、何か理由があるのだろうが……。
(そういう面倒くさそうなところは全部さっきゅんに任せよう……)
我ながらどうしようもねえなあ、私。
「ふぅ……ここまで来れば安心ね」
今モンスターに会ったらどうしようと危惧していたのだが、まだそれほど深いところまで進んでいなかったのが幸いし、無事に街道……つまりは非戦闘エリアまで戻ってくることが出来た。
《怠惰の極み》の「何もしない」カウントは戦闘エリアの中でのみ計測される……なので最早私が怠ける理由は無い。
うん、理由が無いだけなら私は怠けるのをやめないんだけどね。
私を働かせたければ怠けてはいけない理由を持ってこい。
「ユニちゃんはあの町に住んでるの?」
と、いうことで年下女の子に相棒を運ばせたまま、私は話題を振る。
勘違いされがちだが別にお喋りは嫌いじゃない。でなければあんなハイテンション淫乱女を相棒と呼んでない。
「え? あ、はい。とは言っても最近来たばかりですが……あ、でもお二人のことは知っていましたよ」
「へぇ。まあ小さな町だしプレイヤーの数も少ないからなぁ」
「あ、いえ、そうではなく……いや、あの、何でもないです」
「?」
何だか煮え切らない反応だ。
やっぱりまだ緊張しているというか人見知りをしているのだろう。
ここは一つ小粋なジョークで場を和ませようと思ったけど、そんなこと私に出来るわけないということを思い出し却下。
代わりにふと昨日さっきゅんが夜ベッドの上で話していた噂を思い出した。
「そういえばあの町に頭のおかしい女性プレイヤーの二人組が住み着いてるらしいよ。私はまだ会ったこと無いけど……気をつけてね」
「あ、はい……」
あの町に住んでいる先輩としてアドバイスしてあげたつもりだったが、何故か苦笑いを浮かべるユニの姿に疑問符を浮かべていると、私の視界に見慣れた外壁と門が見えた。
結局ゴリラ猿は三匹しか討伐できなかったが、なあにあのクエストの期限は明日まで。
今日はもうダラダラして明日から頑張ろう、と私は未だに名も知らぬ町の門を潜るのであった。
*****
「《怒神》の加護?」
「はい」
ギルド【ふわふわベッド】の拠点内。
さっきゅんの蘇生を終えた私たちは、とりあえず拠点に戻り話し合いをしていた。
リビングに置いてある横長のソファに私が寝転び、対面にあるひとり用の椅子にさっきゅん。
そしてさっきゅんの膝の上にユニが抱きしめられながら座っているという状況の中、私はユニにそう訊き返した。
《怒神》の加護。
これもまた使いづらい地雷加護としてネットでは微妙な評価を受けていた加護の筈だ。
でもユニは……。
「つ、強そうな加護でしょう? わ、わたしのお父さんも怒るとすっごく怖くて強くて……でもお父さんの真似をして酒瓶でモンスターを殴ってみてもあんまし効かないの……わたしはあんなに痛かったのに……」
「酒瓶は武器じゃないからね、仕方ないね」
ユニがテーブルに置いてあるマイルーム装飾用アイテムの全種類揃った《七福神人形》の一つをぐにぐにと弄りながら言う。
その言葉に適当な返事をしながら、私は考える。
そして今の一言で大体この子のことを把握できた。
さてなんと言ったらいいか。
そう私が思案していると、さっきゅんが突然ユニのことをぎゅうっと抱きしめた。
ついでに胸もわし掴んだ。
「随分と複雑な家庭環境で育ってきたようね……でも安心して……今日からこのギルドに入りなさい。大丈夫よ、泣きたい夜は私が胸を貸してあげる(意味深)し何なら慰めて(意味深)あげるから……」
「あ、あの……胸を揉むのをやめてください……」
「女同士なんだから遠慮しない遠慮しない♡ それに触られている感触は無い筈でしょう?」
「で、ですが……」
「…………」
……いや、私が大体把握できたっていうのは彼女の家庭環境のことではないよ?
助けを求めるような視線を送ってくるユニの眼差しはとりあえず無視して、私は今の話で推測できたことを言う。
「ユニはあれだね、ネットで攻略とか見ないでしょ」
「ねっと……ですか? すいません、わたしぱそこんを持っていなくて……」
「やっぱり」
パソコンやスマホが無くてもゲーム機があればオンラインが出来る系のネトゲでわりと出現し、そうでなくともたまに出現する層。
攻略やSNS、wiki等を一切利用しない勢というやつだ。
オンラインゲームをやるならある程度下調べをしてプレイするのは最低限のマナー……なんて極論を言う気は無いが、そういったプレイヤーは大抵的外れなプレイングをしているものである。
「それで最近は簡単な採取クエストで日銭を稼いでいた、と。……ユニちゃん、改宗屋って知ってる?」
「はい? なんですか? それ?」
「加護を変えられる施設だよ……縛りプレイでも無ければそこで《剣神》や《盗神》の加護に変えた方がよっぽどか楽にプレイできると思うよ」
そんな施設が……、と目を丸くして驚くユニ。
レベルリセットされてしまうだろうが、ユニの言い分だと大してレベルも上がってないだろうし問題ない……。
「いや、ユニちゃんは《怒神》の加護をそのまま使うべきね」
「? さっきゅん?」
が、突如我が相棒が真顔でそう言った。
何か考えがあるのだろうか――なんて思わない。どうせくだらないことだろう。
長い付き合いだしそれくらい分かる。
「マコちゃん気が付かない? 私が《淫神》、マコちゃんが《怠神》……つまり、《色欲》と《怠惰》が既に揃っている……」
「……? あ、成る程」
察した。
ユニは一体何のことか分からず首を傾げているけども。
「そしてユニちゃんが《怒神》……つまりは《憤怒》……ということは……!」
「【七つの大罪】ね」
「それ私の台詞っ!」
七つの大罪。
人間の罪のなんちゃら。……ていうかあんまし詳しくないし漫画の知識としか知らないけど成る程厨二心をくすぐられるネーミングだ。
確か《怠惰》、《色欲》、《憤怒》……《傲慢》、《強欲》、《嫉妬》、《暴食》……だっけ。
七つの内三つが既に揃っている。
コレクター精神の持ち主であるさっきゅんの琴線に触れてもおかしくはないか。
ちなみに今ユニが手元でぐにぐに弄って遊んでいる《七福神人形》もさっきゅんがガチャで揃えたものである。
最後の一つが中々出なくてギルドの共有財産にも手を付けようとしたさっきゅんとマジ喧嘩になったのも今では良い思い出だ……。
閑話休題。
「やれやれさっきゅんのコレクター魂には困ったものだな」
「ダメ?」
「いや是非集めよう」
わりと乗り気で、私はそう言った。
いやだって、私だってそういうの好きだし。
「マコちゃんならそう言うと思ったわ。安心して、大罪に相応しい神の加護の目星はもう付けてあるわ。
《傲慢》は《慢神》、《強欲》は《欲神》、《嫉妬》は《妬神》、《暴食》は《食神》がそれぞれ該当すると思うの」
「非の打ち所の無いリサーチ力だ……実は私が《怠惰》で自分が《色欲》だということに気付いてからこっそり調べてたな?」
「えへへ……ところで七つの大罪っぽい加護を持つ人を集めたらギルド名を【七つの大罪】に変えない?」
「変えない」
即答すると、さっきゅんは落ち込んだようにユニのうなじに顔を埋めた。
【ふわふわベッド】の何処に不満があるというのだ。
「あ、あの……」
と、そこで勝手に盛り上がっていた私たちの会話が終わるのを待っていたようで、おずおずとユニが手をあげた。
「結局わたしはどうすればいいんでしょう……?」
「「《怒神》のままでお願いします」」
私とさっきゅんの声がハモった。
こうして、《怒神》のユニが私たちの仲間になったとさ。
「あ、そうだ、これ訊いておかないと。どうして私たちの仲間になりたいの?」
「それを最後に訊くんですね……ええと、女の人だけのパーティってことで前から興味はあったんですけど、今日実際に会ってみて……その……さっきゅんさんが倒された時に……
――マコさんがすっごく怒ってて。
それで、良い人なんだろうなって。……ああえっと、《怒神》の加護を貰っているからなのか、わたし人が怒っているか怒ってないかっていうのが分かるんですよ」
「へぇー、ふーん?」
「…………」
にやにやするのをやめろ、変態。
「わあ顔が真っ赤。ねえねえユニちゃん、あれって怒ってるの?」
「怒ってないですね」
やめて本当やめて。