第二十九話
-tips-
「《戦闘不能》と《死亡》について」
プレイヤーに設定されているHPが0になると、《戦闘不能》状態になる。
その状態で一定時間以上放置されていると、《死亡》状態になり通常の手段では二度と生き返ることはできない。
また、頭蓋や心臓など、生存において重要な部位が破壊されると《戦闘不能》になった後即座に《死亡》状態になる。
昔々。
一人の嫉妬に狂った少女が居ました。
少女は自分より少しでも勝っている存在や、自分が持っていないものを持っている存在を見ると嫉妬してしまいます。
殺したくなるくらい嫉妬してしまいます。
妬んで妬んで妬んで。
嫉んで嫉んで嫉んで。
嫉妬。
それこそが彼女の全てであり、彼女そのものでした。
そんな彼女が最も特異だったところは、彼女には何も無かったことでしょう。
悲惨な過去も。
悽惨な悲劇も。
可哀想な出来事も。
何も無い。
極々当たり前の、一般家庭に生まれて両親や周囲の人間に愛されながらもこんな人間に育ってしまったことこそ彼女が最も特異とするところです。
生まれながらに嫉妬の悪魔でした。
最初から狂っていました。
生誕したその瞬間、自分より年齢が高い両親を妬み。
保育器に入れられた隣の赤ん坊が自分より大きかったことを妬み。
自分より先に産まれたというだけで兄を妬み。
天真爛漫で誰からも好かれていた幼馴染を妬み。
クラスの中心人物で、女の子に人気のあったイケメンクラスメイトを妬み。
クラスのマドンナで、男の子に人気のあった美少女クラスメイトを妬み。
自身に告白してきた素朴な男子を妬み――殺した。
『他人を愛せるなんて』
『妬ましい』
理不尽なほど圧倒的な嫉妬を周囲に振りまく彼女は――やがて神に魅入られた。
嫉妬の神――《妬神》に。
*****
人は簡単に死ぬ。
犬も歩けば棒に当たるように、人は生きていれば死ぬ。
いつだって、どんな大事な人だって、死ぬ時は呆気なくに死ぬ。
そんなことは分かっている。
だから私が今こうしてユニが死んだ瞬間駆け出したのは、決して仇討ちのためとかじゃなく。
単にユニが死んで数的有利が無くなってしまうから、それを避けるために参戦しただけだ。
「っ……!」
まだ全力状態では無いけれど、平均以上まではステータスが上がっている私の蹴りが女にヒットした。
顔面を狙ったその蹴りは、両腕でガードされたけれど勢いは殺しきれず女は弾かれるように二、三歩後ずさった。
「さっきから……やめてよね、貴方達はあんまり妬ましくないんだから、殺す理由なんて無いんだけど」
「殺す理由は無い?」
じゃあ何で、ユニを殺したんだ。
……いや、そんな馬鹿な質問はやめよう。
殺人に理由なんて必要ない。
弾みで、偶然、たまたま、カッとなって、びっくりして、不運が重なって。
人はそれだけで人を殺す。
だから私がこいつを殺したって何もおかしくないよな?
「――《嫉妬のレヴィアタン》」
女がそう、呟いた。
多分スキル名だろう。
思わず身構えるが、何も起きない。
何だ?
一体何をした?
分からないが、こういうパッと効果が分からないスキルはえてして危険なものだ。
私はさっさと決着をつけるべく、走り出す――。
「えっ?」
想定よりも半分以下の速度でしか走れず、もつれてこけた。
ステータスが落ちている……? いや、これは――。
「《怠惰の極み》が、解除された……?」
「あたしは嫉妬のレヴィアタン。
あらゆるものを嫉み、妬み、焼き尽くす嫉妬の悪魔」
その手に持った包丁に、青い炎を纏わせながら女は私に近づいてくる。
やばい。
これはやばい。こいつの能力は、私の天敵だ。
「……さっきの、《嫉妬のレヴィアタン》は、『スキルを封印するスキル』だな?」
「ええ、そうよ」
あっさりと、嫉妬女は頷く。
色々と合点がいった。
《犯罪者》属性を持っている相手に無類の強さを発揮する警官たちの強さはスキル依存のものだ。
犯罪者に強くなるスキルを封印すれば、警官たちもただのNPCということか。
そして私も、《怠惰の極み》を封印されたら基礎ステータス最低値の雑魚でしかない。
相性最悪。《剣神》とか、基礎ステータスがそもそも高い加護持ちなら大した問題にはならないのだろうけど……。
「正確には、『あたしが妬ましいと感じたスキルを封印するスキル』、だけどね。
そんな条件、あらゆるものを妬むあたしには関係ないわ」
「…………」
……ええっと。
大ピンチ。助けてナオミさん、と彼女の方をちらりと見ると。
ナオミは右腕にドリル状の鉄塊を纏わせ嫉妬女に飛びかかっていた。
「《ドリルアーム》!」
「《嫉妬のレヴィアタン》」
瞬間。
最初から何も無かったかのように、ナオミの腕から鉄塊は消え去った。
「……!」
だがナオミは私のように基礎ステータスが最低値な加護ではない。
そのまま拳を振って、嫉妬女に殴りかかる……!
「《嫉妬の炎》」
青い炎が、ナオミを包み込んだ。
何だコイツ。
スキル封印は勿論強いけど、それ抜きでも普通に強い。
戦闘センスが高い、とか運動神経が良い、と言うべきか。
反射神経も反応も良いし、ステータスとかスキルとか抜きにしても多分こいつは強い。
顔も良くて運動も出来てこんなにも強いのに、どうしてこいつはこんな世界中の全てを妬んでいるようなどす黒い瞳が出来るんだ……?
「さて……」
炎に全身を焼かれ、ナオミのHPが0になったことを確認して嫉妬女はこちらに振り返る。
HP0は、死と同義ではない。
心臓を潰されたり頭を吹き飛ばされたりしない限り、《戦闘不能》という状態異常の亜種のような状態になるのだ。
そのまま放っておけば死ぬけど、然るべき蘇生場所に連れて行けば問題ない。
尤も、ユニは然るべき蘇生場所に連れて行っても生き返ることは無いのだけれど……。
「…………」
ちらり、とユニの死体を見る。
心臓部が貫通していて、赤黒い血が止め処なく流れている……。
痛そうだなぁ。
痛かったかなぁ。
…………。
私は。
両手を挙げて、降参の意を示した。
許してください。
もうアナタを捕まえようとしないから見逃してください。
そんなことを口に出そうとして、私はゆっくりと口を開いた。
「…………許さない」
「ん?」
「よくもユニを殺しやがったな、絶対許さねぇぞ糞ビッチ」
あれ?
私、何を言って――。
「《邪龍波》」
「――っ!」
一瞬で、嫉妬女は飛び退いた。
一息遅れて、龍の形をした黒い波動が私の目の前に着弾。
爆風で軽く転がされながら、私は龍が飛んできた方向へと視線を移した。
するとそこには、幼女が一人。
ソニアちゃんが、住宅の屋根からこちらを見下ろしていた!
「……ちぃ、外したか。良い反応してるぜ」
言いながら、屋根から跳び下りるソニアちゃん。
いや、よく見るとソニアちゃんだけじゃない。
イケメンちゃんも凶夜くんも、彼女の後から続くように屋根から顔を出し、跳び降りた。
ベルの町在住プレイヤー、全員集合である。




