第二十八話
「NPCは人間じゃないんだから、殺しても《殺人》ではないでしょ」
眼鏡の女のその呟きに、私はまあそうだよね、と同意する。
ゲームのキャラを殺して、何が悪いというのか。
実のところ私が今回の事件にイマイチ乗り気になれない理由というのはまさにそれで、怠惰とかそれ以前に目の前にいる犯罪者を犯罪者だと思えないのだ。
しかしナオミとユニは違ったようで――女のNPCを人と思わない発言を聞いた瞬間、目の色が変わった。
頭のイカれた人を見るような目で、軽蔑の視線を女に送っている。
「例えNPCが擬似的な生命だったとしても、人の形をして、普通に生活しているのならそれはもう――」
「そういう綺麗事が吐けるような人生を歩んできたのねアナタ。妬ましいわ……《――――》」
ナオミのセリフを遮って、女は何かスキル名を呟く。
その瞬間、ナオミの出した鉄鎖が消えた。
砕けたわけでも、切り裂かれたわけでもなく――消えた。
「えっ?」
ナオミが間の抜けた声を挙げる。
どうやら、彼女が意図的に消したわけではないようだ。
だとすると――。
「《嫉妬の炎》」
突如、女の身体が青い炎に包まれた。
彼女はそれを両手に集め、ナオミに向けて放つ!
「っ!? 《鉄壁》!」
スキル発動。
ナオミの身体を守るように、鉄の壁が彼女の前方に現れた。
青い炎は流石に鉄を融解するほどの熱量は持ってはいないようで、鉄壁に阻まれてナオミには届かない。
……いやでも、かなりの威力だぞあれ。
こうして結構離れたところから見ている私にも、熱波が届いてきて若干熱い。
……と、それよりも。
どうやら、女はヤる気のようだ。NPCを狙っているのなら逃げるんじゃないかな……と思っていたのだが、別にNPCじゃなくてもいいのだろうか。
妬ましければ。
嫉妬、ねぇ……。
「即効性の高い拘束スキルに、防壁を出すスキル……いいスキル持ってるじゃない」
妬ましい、と。
呟いて女は両手に包丁を持って駆け出した。
見た目にそぐわぬ俊敏な動きで、ナオミの生み出した鉄壁――五メートルほどの高さがある――を飛び越え、包丁を一本投擲。
「《鉄腕》……!」
しかしそれは腕を鉄に変えるという《鉄神》のスキルによって阻まれる。
金属音を鳴らして弾かれた包丁は地面に突き刺さると泡になって消えた。
「《嫉妬の刃》」
空中でそうスキル名を呟いた女の手には、投擲したはずの包丁が戻っていた。
成る程。包丁はアイテムではなく、スキルによって作り出されたものだったのか。
そんな風に、私は「何もしない」をしながら戦いを観戦する。
後々のために。
そう。今は私が動きべき時ではない。
「マコさん! 現在地と犯人を発見したってことをイケメンさんにメールしときました!
私も参戦しますね!」
「ご苦労様。あの眼鏡女、結構手だれみたいだから気をつけてね」
「はい!」
そう言ってハンマーを持って駆け出すユニ。
これで二対一。
しかも時間が経てば援軍が来る。
これは私の出番なんて無いかかもなーっと私は視線をナオミたちの方に戻して――目を見開いた。
鉄と化している筈のナオミの腕に、深々と包丁が突き刺さっていたからだ。
「ぐっ……ぅう!?」
痛みに唸るナオミ。
何が起きたのか理解できていないのだろう。その表情には混乱が見える。
その隙を逃さずに、女はまた新たに生み出した包丁を振りかぶって――。
「ナオミさん!」
「!」
ハンマーを振り下ろすユニの存在に気付き、女は最小限の動きで間一髪ユニの攻撃をかわした。
本当に、見た目にそぐわない敏捷を持っているようだ。
地面にめり込んだユニのハンマーを手で押さえ、振り上げられなくしてから――
――女は、青い炎を纏った包丁でユニの心臓を貫いた。
「…………え?」
思わず、間抜けな声が漏れる。
え? ちょっと待って?
心臓を? それって――例えゲームの世界だろうと、ていうか、あの、普通に。
死ぬやつ。
「あーあ」
返り血を浴びながら、女は呟く。
お祭りの屋台で掬った金魚を放っておいたら死んじゃったみたいな、どうでもよさそうな口調で。
「こっちでもついに人を殺しちゃったわ」
まあいいか、と。
呟く女の言葉は、私には届かない。
『パーティメンバー:ユニが死亡しました』という、機械的な通知メッセージだけが、何度も何度も頭の中を反芻して――。
そして。
「――《怠惰の極み》」
明日からじゃなくて、今から本気出す、と。
私は敵に向けて駆け出した。
HPというステータスはありますが、頭とか心臓とか大事な部位を穿たれたりすると失血でがんがんHPが減っていって普通に死にます。




