第二十五話
犯人の狙いは『幸せ者』。
言われてみて、改めて被害者リストを見直す。
第一の被害者、デート中のカップル。
第二の被害者、夜遅くまで宴会をしていた男三人。
第三の被害者、警官五人――ただしこれは自己防衛であるため除外。
第四の被害者、新婚の夫婦。
第五の被害者、警官六人――ただしこれは自己防衛であるため除外。
第六の被害者、夕食帰りの男。食事所は高級料亭だったらしい。
第七の被害者、最近スキルリングを入荷して商売繁盛だった商人。
なるほど、確かに被害者は幸せ者だらけだ。
少なくともデート中、宴会、新婚、高級料亭、商売繁盛と殺された時の一面だけ捉えれば幸福の最中にあっただろう。
でも……。
「……確かに、共通点として被害者が幸せ者だったっていうのはあると思うけど……犯人の狙いを断定するには足らなくないですか?」
ユニがそんな尤もな疑問をソニアちゃんに投げかける。
この場にいる皆、ユニと同じ疑問を抱いたようで視線がソニアちゃんに集まっていた。
……ただ一人、彼女の連れである凶夜さんを除いては。
「ふん、《邪神》の加護を受けた我には『邪な気配』を感じ取る能力があるんだよ。
少し前からこの町に強い《嫉妬》を持つ化け物が住み着き始めた……それは殺人事件が始まり出した時期と一致する」
偶然じゃあ、無いだろうな、と。
赤毛の幼女はやけに格好いい口調で言い放った。
邪な気配を感じ取る、能力。
ユニの持つ他人の怒りを感じ取れるとかいうあれと同じ系列の能力だろうか。
スキルとは別に、加護はそんな能力も付与してくれるのか。
……そういえば私も誰かがサボっているとそれが何となく分かったりするなぁ……活用方法が無さ過ぎて普段意識してないけど。
さっきゅんはムラムラしてる人のことを感じ取れたりするのだろうか。
今度聞いてみよう。
「《妬み》、ねぇ……ていうかそんな能力があるなら犯人の位置を特定できたりしないの?」
「それは無理だな。奴さん、かなりモチベーションに強弱があるタイプみたいで、気配は出たり消えたりで安定しねぇ……それに」
「それに?」
男口調の幼女は、言いながらこちらを見た。
私と、ユニを交互に眺めた後――ニヒルに笑って口を開く。
「《怠惰》と《憤怒》の香ばしくて濃厚な気配が、さっきからえげつないほど肌に突き刺さってくるもんでね……能力が万全に働いてくれない」
「…………」
「…………」
「んん? なんだその顔は。《嫉妬》も《怠惰》も《憤怒》も、かの有名な七つの大罪に数えられるくらい《邪なるもの》だぞ?
しかし、この痛いくらいにえげつない邪なる気配……どれだけ悲惨で、どれだけ特異な人生を送ればそこまでの大罪を背負えるんだ? くくく、今度茶でも飲みながら語ってくれんか?」
…………。
………………いや。
私は分かる。
私は、怠惰が具現したかのような人間だから、怠けることが悪だというのなら私は《邪な気配》とやらを発しているに違いないから。
でも、ユニはどうだ?
この子は私の知る限り最も普通というか……一般的な感覚を持ち合わせた子だ。
悪いけど、可愛い後輩を邪なもの扱いされて黙ってるほど私も温厚じゃ……。
「っ……」
幼女の放った暴言に、大人らしく冷静な口調で論理的かつ理論的に反論してやろうと口を開きかけた、そのときだった。
「! ユニちゃん!」
私が反応するよりも早く、ナオミが叫んだ。
ユニが無表情のまま、ソニアちゃんに向けてハンマーを振り上げた!
ちょっとちょっとちょっと!
何でそうなる! どうしてこの程度で怒る!
《憤怒》――!
「ソニア!」
凶夜くんが死神の鎌みたいな武器を取り出しながら、ソニアちゃんを庇うように前に出る!
果たして。
その男らしい行動は空振りに終わる――ナオミがどうにかユニの動きを止めることに、間に合った。
「…………」
「…………ユニ、ちゃん……! 落ち着け……!」
鉄製の鎖が地面や天井から植物のように生えてきて、ユニの身体に絡みつく。
《鉄神》の加護を受けたナオミのスキル、である。
鉄を司るという特性を利用して彼女は普段町で鍛冶屋を営んでいる――とかそんなこと説明している場合じゃない!
「ゆ、ユニ、落ち着きなさい。こんなの怒るほどのことじゃあないわよ」
「…………マコさんが、そう言うのなら……」
鎖を引き千切ってでも動こうとしていたユニを宥める。
どうやら聞き入れてくれたようで、
ナオミが鎖による拘束をそっと解くと、これ以上暴れることなく席に座りなおした。
「くくく、沸点低すぎだろ。面白いな《憤怒》のお嬢ちゃん」
「ソニア」
「……そう睨むな凶夜。ほんの戯れだよ……ごめーんね♪」
そんな。
謝罪の意が全く籠もって無さそうな……しかも男口調の時とは随分と違う甘えるような幼女ボイスで一応謝罪の言葉を放つソニアちゃん。
「アナタみたいな幼い女の子に、お嬢ちゃんなんて呼ばれたくありません」
「くはっ! そういえばそうだな! 『ユニお姉ちゃん』って呼んでや――むぐ」
「……ツレがすまないな、皆。いい加減話を元に戻そう」
楽しくなって来たのか、挑発的な言動をやめないソニアの口を凶夜くんが手で塞いだ。
……ありがたい。
流石にそろそろうざくなってきたところだ。
温厚で怠惰な私ですら、ちょっと頭に血が上ってきたくらいに。
「貴方たちは話を脱線させるプロなの?」
イケメンちゃんが、呆れたような表情でそう言った。
シリアスに真面目な話し合いとか無理だしね仕方ないね。