第二十四話
「我が名は《†凶夜†》。
《死神》の加護をその身に受けし冥府魔道の《世捨人》。
――遅れてすまない、闇に生きる死神には天照の光が眩しすぎて、な」
そんな強烈な自己紹介と共に酒場へ入ってきた男には、当然だが今会議に参加している全員の視線が注がれた。
私、ユニ、アロン、ナオミ。
全員、女性である。
だからかどうかは不明だが、凶夜くんとやらは気まずそうに私たちから視線を逸らし、若干頬を赤く染めた。
なるほど、童貞か。
「き、君が凶夜くんか……男性プレイヤーがこの町に定住したって噂は聞いていたけど、会うのは始めてだね」
ナオミが苦笑いを浮かべながら、はじめまして、と常識的な挨拶を口に出した。
彼女はかなり大らかな性格をしているが、流石に許容範囲外だったようだ。
笑顔が完全に引き攣っている……まあ、仕方ない。
「それで、そっちの女の子は?」
「女の子?」
あっ。
ナオミが指を差してくれたおかげで気付いたが、凶夜くんの背後に幼女と言っても差し支えないような年齢の女の子が立っていた。
ユニより幼いであろう、女の子。
凶夜くんの髪の色と瞳の色を反転したかのような、真紅の髪と黒い瞳が特徴的な、白いワンピースを着た美幼女だ。
怪我でもしているのか、左目に眼帯をしている――待て、眼帯? 何か嫌な予感が……。
「…………」
そんな私の予感など知る由も無く、クールな無表情で幼女は一歩前に出る。
そうして凶夜くんと肩を並べると――身長差がかなりあるからこの表現は些か間違っているかもしれないが――彼と同じようなポーズを取った。
「我が名は《ウルティウス・マキナ・ゼルディエンド・メガレスソニア》。
《邪神》の加護を受けし邪龍魔眼に目覚めた《夢想人》。
……ぐっ! 左目が疼く……おい汝ら、始めに言っておくが我は貴様らと馴れ合うつもりは無い……だが町に潜む殺人鬼の情報を得るべく貴様たちを利用しに来ただけだ。
そこのところ勘違いしないで頂こうか」
眼帯を左手で抑えながら、幼女は凶夜くんと大差ない――どころかより酷い、かなり尊大な態度で自己紹介を終える。
《死神》と、《邪神》。
随分と物騒な加護を持ったコンビだ。
……やばいな、キャラが濃いぞこいつら。
キャラが薄味の私なんかは、出番が食われてしまうのではないか?
「いやどういう心配してるんですか……ていうかマコさんのキャラはぶっちぎりで濃いですよ。濃厚ですよ」
どうやら地の文を声に出してしまっていたらしく、ユニに冷静な口調で突っ込まれた。
濃厚って……そんなわけがあるまい。
さっきゅんの方が百倍は濃いだろう……いや、あいつを比較対象にしたら大抵のやつはキャラが薄くなってしまうだろうが。
「え、ええっと……名前長いね、ソニアちゃんって呼べばいいのかな?」
「ふん、好きに呼ぶがよい。名前などただの記号にすぎぬ」
「そ、そう……じゃあソニアちゃんに、凶夜くん、とりあえず席に座ってくれる?」
さらに引き攣った笑みを浮かべながらも、ナオミは大人の対応で二人を席へと誘導した。
さて、これでこの町在住のプレイヤーは全員だ(垢BAN中のさっきゅんを除いて)。
些か女性比率が多いが、これはわりと何処の町でもそうらしい。
男は定住を求めずに冒険の旅を楽しんでいるプレイヤーが多く、女はむしろさっさと何処かの町に根を下ろして冒険よりも安定した生活やコレクション要素を楽しむプレイヤーが多いとか……。
「それじゃあ、今度の今度こそ会議を始めようか。議題はこの町に潜んでいる連続殺人魔をいかに退治するか、よ」
ナオミの一声で、ようやく会議が始まった。
いやここまで長かった……既に一つの大きなことを成し遂げた気分にもなってくるが、まだ何も始まっていない。
スタートラインに立っただけである。
私は腰掛けた椅子に改めて座りなおすと、ナオミが配り始めた資料に目を通し始めた。
「犯人は女。包丁を武器にしている他、炎を操っていたという目撃情報から《炎神》の加護を受けたプレイヤーだと推測されている……背格好は中肉中背で眼鏡をかけていたそうよ」
なんだ、人物像はもう割れているんだな、と資料に添付された写真を見る。
茶髪のボブカットに、大きな眼鏡。
森ガールみたいなふわふわした服装が特徴的な可愛らしい女性である。
…………。
うーん? この子どっかで見たことあるような……。
(……ていうか、この子目つき悪っ!)
「《炎神》か……確か武器の持てない加護だったと思うけど、包丁は武器扱いされないんだっけ」
「まあ、料理するために必要なアイテムだからね、プレイヤー相手なら兎も角NPCなら軽く殺傷できるだろうよ」
なるほど。
でも、何でわざわざ包丁を使ってるんだ……? 《炎神》の加護を受けているなら、燃やして殺せばいい話だ。
「自分の加護が何かバレないように、じゃないですか? ほら、炎を使ってたら《炎神》の加護だってバレてしまうからとか……」
「うーむ……」
でも、警官を倒す時に炎を使ったことから《炎神》の加護持ちだと思われる、と資料には書いてある。
しかしてその後に起こした殺人事件でも犯人は頑なに包丁を武器として使っているのだ。
何か包丁にこだわりでもあるのだろうか……?
「そんなことはどうでもいいだろ、大事なのは二つ。犯人がどうやって警官を倒したのかってことと、犯人が今何処にいるか、だ」
凶夜くんが誰とも目を合わせないまま、そんなことを言い出した。
言っていることは正論だが、視線が完全にあらぬ方向へ飛んでいるのはどうにかならないものか。
「お? 何よ凶夜。思った以上に周りが女子ばかりで緊張しているのか?」
「…………」
「全く仕様が無い《バキューン!》だな貴様は。これだからそんなものは我で卒業しておけと「わー! わー! わー!」」
からかうような口調で言い放ったソニアちゃんの言葉を、凶夜くんが大声を出して掻き消す。
一部発言が規制によって潰されたが、おそらくは童貞と言ったのだろう。
ていうか、『我で卒業』って……。
「凶夜くん……いや、凶夜さん、《バキューン!》な上に《ドドキューン!》なのはちょっと救いようが無いと思うわよ……?」
「誤解だ! あからさまに距離を取らないでくれ! 物理的にも精神的にも!」
ちなみに私の発言で規制された部分に関しては多分言わなくても分かると思うので言わないでおこう。
ロリコンな上に童貞である彼の名誉のために。
……あ、言っちゃった。
「話を脱線させないでください」
「「「ご、ごめんなさい」」」
目つきを鋭くして言い放ったイケメンの一声に、私と凶夜さんとソニアちゃんは声を揃えて謝罪する。
顔が整っている人ってね、怒ると必要以上に怖く見えてしまうんだよ。
「あはは……でもまあ、ロリコ……凶夜さんの言ったことは間違ってないんだよね。犯人が警察を倒した『手段』と、『潜伏先』。
その二つが犯人を討伐する上で最も重要と言えるでしょうね」
ナオミがそう言って、「何か意見は無い?」とばかりにこちらを見てくる。
怠惰な私に何を期待しているのか分からないが、まあ今日の私は一味違う。
必ず犯人を捕まえて生き延び、イケメンちゃんの家に遊びに行くともう決めているためか、少しばかりやる気に満ちているのだ。
「……『手段』の方はともかく、『潜伏先』は『条件』でも代用できるかもね」
「『条件』?」
「『被害者の条件』、よ。例えばカップルを狙ってるとかだったら、カップルのふりを私たちでして囮捜査が出来るでしょう?」
まあ初犯の被害者はカップルみたいだったけど、その後の犯行はカップルに限っていないからカップル狙いの犯行ではないけどね。
でも被害者をリストにして一致する特徴や、犯人の目的が分かればその条件に合う状況をこちらで作り出すことだって出来るだろう。
「条件、ねぇ……一応今のところ被害者は全員NPCだっていう共通点はあるけど……」
「それだと範囲が広すぎるし私たちは狙われないでしょうね。うーむ……」
資料にある被害者リストを眺めながら、腕を組んで考える。
他に共通点は……うーむ、思い浮かばないなぁ。
これは無差別な連続殺人事件には使えない手だ。
何かしらの法則性というものが無いならば、別の方法を模索した方がいいか……。
「…………《幸せ者》だな」
その時。
ぽつりと、ソニアちゃんがそう呟いた。
自然と視線が彼女に集まる。
「狙われているのは、恋人といちゃいちゃしていたり、何か事業に成功していたり、友達と楽しく遊んでいたり……そんな《幸せ者》たちのようだ、間違いなくな」
と。
幼女は、何故か確信的な口調で言い放つのだった。