第二十三話
幸せな人が妬ましい。
楽しそうな人が妬ましい。
笑顔の人が妬ましい。
嬉しそうな人が妬ましい。
不幸な人が嫉ましい――不幸を感じられる人は、幸せを知っている人だから。
つまらなそうな人が嫉ましい――つまらなそうな人は、楽しさを知っている人だから。
泣き顔の人が嫉ましい――涙が枯れ果てていないなんて、余程幸せな人生を歩んできた人だろうから。
苦しそうな人が嫉ましい――苦しいのが普通で当たり前なあたしは、今更苦しそうな表情なんて出来ないから。
妬ましい。
嫉ましい。
森羅万象、この世に存在するあたしより一歩でも上位に立つすべての事象が妬ましい。
嫉妬。
嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬。
そう。
あたしは嫉妬のレヴィアタン。
この世の全てを妬むもの。
《妬神》から加護を与えられし、嫉妬の悪魔。
*****
「これより第一回ベルの町在住プレイヤーによる緊急会議を始める」
プレイヤーたちが様々な《クエスト》を受けることができる酒場というその場所は、しかして決してプレイヤーだけのための設備というわけではなくNPCたちが食事や酒盛りをしている姿を普段なら散見できる建物である。
そう、『普段なら』。
今は、閑散としていた。
酒場の中央に設置されている円卓のテーブルを囲んで座る四人のプレイヤー以外に、人はいない。
人払いがされているのだ。
プレイヤーたちによる、大事な会議に使用するからという大義名分によって。
「この町のプレイヤー、これで全員なの? 少なっ」
私は寝癖の付いている自分の髪を手櫛でちょいちょいと直しながら、そんな発言をぶちかました。
プレイヤーによる緊急会議。
そんなものを行うという話を聞いたのは、今朝のことだ。
昼には集合とされていたけど、当然のようにサボろうと寝ていた私をユニは無理やり引っ張って此処に連れてきたというわけだ。
だから寝癖を直す暇も無かった――いや、流石に私も寝癖くらいは直す。
女の子だもん、とそんなことを考えながら、緊急会議とやらの参加者を眺める。
私に、ユニ。
それとイケメンちゃんことアロンと、もう一人。
褐色肌と、金銀のツートーンカラーの髪の毛。
そして何よりも男顔負けの筋肉を持った女性――《ナオミ》の姿が、そこにはあった。
「一応あと二人、招待している筈だけどまだ来ないね」
「ふぅん……」
「ま、酒場を貸しきれる時間も決まっているし先に始めちゃいましょう」
ナオミは私たちがこの町に住み始める前から住んでいたプレイヤーなので、流石に顔見知りである。
メンバーの中で一番この町に詳しいからか古株からかは分からないが、会議の議長を務めてくれるようだ。
「……ていうかマコ、さっきゅんは?」
「死んだ」
「死んだ!?」
説明が面倒なので死んだことにしておく。
今の私は寝起きなのでわりと機嫌が良くないのだ。
「いやいや説明が面倒だからって死んだことにしないであげてくださいよ……」
「だって面倒なんだもん……」
面倒であること。
それはつまり私が行動しないことと同意味である。
それにもうすぐあれから一週間。
そろそろあの変態も帰ってくる頃だろうし。
「相変わらずだわこの子は……大変ね、ユニちゃん」
「もう慣れました……」
何処か諦めたような表情で、ユニが乾いた笑みを浮かべる。
ん? なんかやたらユニとナオミが親しげだけど顔見知りだったのだろうか。
「そんなことより、早いところ会議を始めましょう」
と、雑談の方向に行きかけた話題を、イケメンちゃんが戻した。
正直助かる。
このまま放っておいたら私とさっきゅんが如何に変わり者であるかという話をナオミとユニが始めそうだったからだ。
ていうかさっきゅんは兎も角、私は普通だと思うんだけど。
「イケメンちゃんの言うとおりだよ。さっさと会議を始めよう――ところでこれって何の会議なの?」
「ベルの町で今起こっている、連続殺人事件の対処に関する会議よ」
私が頷きながらも尋ねると、ナオミが真剣な顔つきでそう言った。
呆れた顔じゃなかったのは、どうせ私のことだから事前に通達されたであろう議題について目を通していないんだろうと予測していたからだろう。
ナオミめ、私というキャラクターをよく分かっているじゃないか――いやいやいや、待って、今、
今なんて言った?
「連続殺人……事件?」
「包丁を持った女プレイヤーが、NPCを次々と殺して回っているのよ」
何だそれ。
流石に、目が覚める。目が冴えていく。
そういえば五日くらい前に、ネットの記事で見た事件が、この町での殺人事件だったような――。
確かその事件の犯人は女で、包丁を殺害道具に使っていたとか……。
「それの続きです、マコさん」
ユニが頷いて、タブレット端末を私に見せ付けてきた。
画面には、今この町で起きている連続殺人事件に関する記事が表示されている。
犯人は、今だ捕まらず。
無差別にNPCを殺しまわっていて、おそらくまだ町に潜伏中。
それだけでも驚きだが、何よりも私が驚いたのは――殺されたNPCの中に、警官も含まれていたことだ。
犯罪者に対しては無敵とも言える強さを誇る警官を、この犯人は一人や二人ではなく大勢殺している。
何だよもう、思ったよりずっと深刻な事態じゃないか。
「帰って惰眠を貪りたい――なんて、言ってる場合じゃないな」
「おお……マコさんがやる気になってるなんて珍しいですね」
「流石にこれは、ね」
私とて不本意だが、やる気を出さざるをえない。
一刻も早く行動を開始しなければならないだろう。
「ユニ、急いで帰って荷物を纏め、この町を出るぞ」
「はい! ……って、ええ!?」
「こんな町にいられるか! 私は別の町に引っ越させてもらう!」
私の最強状態とサシで殴り合える警官を何人もぶっ殺せるような殺人鬼がいる町なんかに居られるわけないだろう。
ただでさえ私は不意打ちや街中での戦闘に弱く、さっきゅんも不在な今。
狙われたら絶対殺されるのだから。
この世界はゲームだが――殺されたら死んでしまうゲームなのだ。
「……そう言わずに、知恵くらい出してくれよマコ。戦いはアタシらに任せてくれていいからさ」
「ナオミ……」
「そうですよマコさん! マコさんはわたしが守りますから!」
「ユニ……」
「貴方が町を出て行くということはあの変態女も出て行くということなので私としては万々歳、どうぞ引っ越してください」
「イケメンちゃん……」
ナオミ、ユニ、イケメンちゃん……。
三人ともこんな私を引き止めてくれるなんて……ふっ、そこまで言われたら仕方ない。
戦いに参加しなくていいというなら、頭脳労働くらいは頑張らせてもらおうか。
「特に最後のイケメンちゃんの言葉は心に響いたよ……今度さっきゅんが帰ってきたら一緒に《菓子折り》を持ってアナタの家に遊びに行くわ」
「来ないでくださいお願いします」
心底丁寧にお断りされてしまったがもう遅い。
絶対その内さっきゅんをけしかけてやる――そのために、引っ越すことは出来なくなった。
「そのやる気の出し方は私どうかと思うんですけど……!」
「マコらしいなぁ……まあいいや、では今度こそ改めて会議を――」
「――――待たせたな」
ナオミが資料を配り始めようとした、その時。
酒場の扉が開き、男が一人現れた。
夜よりも暗き漆黒の頭髪に、真紅に近い赤い瞳。
ファーがあしらわれた黒いコートに身を包み、右腕に包帯を巻いている男。
「我が名は《†凶夜†》。
《死神》の加護をその身に受けし冥府魔道の《世捨人》。
――遅れてすまない、闇に生きる死神には天照の光が眩しすぎて、な」
……。
…………。
……いや、初の男キャラがこんなので大丈夫か?