第二十一話
「さっきゅん、今どうしてるかねー」
「『全年齢向け』の縛りが無くなったんですから、やらしいことを満喫してるんじゃないですか?」
多分その通りなんだろうなぁ。
ブレないことには定評のあるさっきゅんのことだ。
案外現実の『気持ちよさ』を思い出して、ゲームの世界には戻ってこなくなる……ことはさすがに無いか。
現実なんていう糞ゲーよりも、『神』ゲーの方が万倍楽しいし。
「ていうか、デート中に他の女の話をするなんてよくないですよマコさん」
「あはは、ごめんごめん」
ユニと手を繋ぎながらバザーを練り歩く。
異世界ファンタジーモノでは定番の、露天商が立ち並ぶバザー。
売ってるモノは町ごとにほぼ共通なので、時代背景にそぐわないアイテムも売っているけど、雰囲気はかなり出ている。
例えばパソコンとかの明らかにオーバーテクノロジーなものは《使い道のよく分からない異世界からの漂流物》という体で売っていたりするのだ。
「らっしゃいらっしゃい、最近発明された《スキルリング》を入荷したよー!」
「おっ」
とある露天が目に入り、立ち止まる。
不思議な光を放つ指輪がいくつも置いてある店だ。
《スキルリング》……この前のアップデートで追加された装備アイテムだっけか。
このゲームの戦闘において非常に大きな比重を持つ《スキル》。
スキルリングを装備することによって、リングに設定されたスキルを発動可能になるという便利アイテムだ。
私は戦闘にあまり感心を持っていないが、装備しておくだけ得なアイテムだし見かけたら買おうと思っていたのだ。
「スキルリングだ。見てっていい?」
「いいですよ」
《怠神》に合いそうなスキル、あればいいけど。
まあスキルリングに設定されているスキルは《加護》によって得られるスキルよりも効果は弱いらしいからそんなに期待せず、私たちはスキルリングを物色していく。
《戦意高揚》……何だかやる気が出るスキル。
《ミスタードーナツ》……ドーナツを作るのが上手くなるスキル。
《プチヒール》……味方一人のHPを少しだけ回復させるスキル。
《その時不思議なことが起こった!》……稀に不思議なことが起きるスキル。
……うーん、成る程なぁ、あまりいいのが無い。
「この《戦意高揚》っていうスキルリング付けて常に発動していてくださいよ、マコさん」
「誠に申し訳ないのですが嫌です」
「敬語!?」
そんなに嫌なんですか!? と呆れるユニを無視して、スキルリングを眺めていく。
まあこの中なら《ミスタードーナツ》か《その時不思議なことが起こった!》のスキルリングかな……。
前者は私でもドーナツが作れるようになるかもしれないし、後者はネタ的に美味しそう。
「ん……? この黒いスキルリングは……?」
順に見ていくと、普通は金色のスキルリングの中に一つだけ黒色のものが混ざっているのを発見した。
スキルは……無し?
何だこれ。
「おっとお客さんお目が高い! それはパーソナリティスキルリングと言いまして、スキルリングの中でも特殊なアイテムなんですよ!」
「へぇ、じゃあこれください」
「毎度有り!」
「ええ!? どう特殊なのかは訊かないんですか!? しかも値段も聞かずに!?」
「いや、名前と効果は知ってたから」
流石にどういう風に特殊なのかも知らずに買うほど私は馬鹿じゃない。
ネットで調べて、良さそうな効果だったということを思い出したが故の即決だ。
「な、なんだ……ちなみにどういうアイテムなんですか? それ」
「装備して戦闘を重ねていくと、装着者の個性とか性質に合ったスキルが付与されるっていうリングだよ」
「絶対怠けるためのスキルになるから別のにしましょう?」
「大変恐縮ですがお断り申し上げます」
もう買っちゃったし。
前イベントの余った魔素と交換したお金が全部吹っ飛んだけど、いい買い物ができたぜ。
「私は、楽をするためならあらゆる努力を惜しまない」
「くっ……! セリフがアレなのにキメ顔が格好よくてトキめいてしまうのが悔しい……!」
さて。
じゃあ次は……ユニの分か。
《怒神》の加護に合ったスキルリングか……。
「あ、私はこれにします」
「ん? もう目星を付けてたの?」
「はい」
頷いて、ユニはスキルリングを一つ購入した。
ユニはゲーム初心者なんだから、相談くらいして欲しかったが……まあ何を装備しても弱体化にはならないからいいか。
「じゃあ早速装備を――……」
「いやぁ毎度あり! ところで彼氏さん! 彼女さんの薬指に付けてやらないのかい?」
「えっ」
「ん?」
何言ってるんだこの行商人。
彼氏さん?
……ああ、今男装してるんだっけか。
「か、か、彼氏だなんて……」
「…………」
何故照れる、ユニよ。
……いやまあ、恥ずかしがってるだけか。
別に指輪を付けてやるくらいいいけど、左手の薬指には付けないよ?
「付けてあげようか?」
「ふぇ!?」
とりあえず自分の黒い指輪を右手の中指に付けてから、からかうような口調で言う。
するとユニは顔を真っ赤にしながらも、やがておずおずと左手と指輪を差し出してきた。
ノリノリだなユニちゃん。
指輪を受け取って、彼女の左手人差し指辺りに付けようと手を伸ばし――。
「――――妬ましい」
少女が一人、私とユニを引き離すように間に割って入った。
茶髪のボブカットに、大きな眼鏡。
森ガールみたいなふわふわした服装が特徴的な、見覚えの無い女の子。
身長は、私と同じくらいで可愛らしい顔立ちをしているのに……。
死んだ魚のような目――と表現すると魚に失礼だと感じてしまうほど鬱屈としたどす黒い瞳で、ジロリと私とユニを交互に睨むと……鼻を鳴らしてそのまま立ち去っていった。
「……何? 今の知り合い?」
「いえ……知らない人です……」
じゃあ何だ、通りすがりの非リア充の嫉妬か。
妬ましいとか言ってたし、
男装している私とユニがカップルに見えたから軽い嫌がらせをしてきた、と。
「嫉妬、か……」
呟いて、ユニの左手人差し指にスキルリングを近づけていく。
……ああそういえば何のスキルが設定されているリングなのかまだ聞いてないな。
丁度いいし、今見てみよう、と一回手を引っ込めて、スキルリングの中身を拝見。
「あっ……! ちょっと……!」
「何々……? 《命短し恋せよ乙女》……恋愛運が上昇するスキル?」
「わーっ! わーっ!」
恥ずかしそうに叫び声をあげるユニを、生暖かい目で見つめつつ指輪を付けてあげる。
そして私は、にやにやと微笑みながら言った。
「乙女だねぇ」
「乙女ですよ!」
悪いですか! と怒るユニ。
悪くないよ? と微笑む私。
とまあそんな感じに。
楽しいデートの時間は、刻一刻と過ぎていくのであった。