第十九話
「さっきゅんさんのせいで霞んでますけど、よく考えたらマコさんも相当……なんというか……アレですよね」
「そんな褒めるなよ……」
照れる。
あの後、結局料理もユニがやることになった。
完全に私の仕事は無くなったということである。
年下に頼りきりになるのは心が痛むが仕方が無い。
掃除も洗濯もちょっと挑戦してみようとしたらユニに「座ってろ」と怒られたので大人しくソファに寝そべっているなう、だ。
掃除しようとしたら掃除機が壊れたり、洗濯しようとしたら洗濯機から異臭がしただけなのに。
怒りっぽい子だ、全く。
「わりと真面目にギルド脱退を考えるレベルで怒っているのですが……」
「何でもするから許してくれ」
今の私なら何しても失敗する気がするけれど。
……ん? 何かユニがにやーっと黒い笑みを浮かべているぞ?
「何でもしてくれるんですか?」
「全年齢向けだからえっちなことはできないぞ?」
「どこぞの《淫神》の加護持ちじゃないんですからそんなもの頼みませんよ。
では、そうですね……」
ユニはにっこりと微笑んで、かすかに頬を赤くしながら言い放つ。
「私とデートしてください」
勿論マコさんの奢りで、と注釈を入れることをユニは忘れなかった。
*****
中学生くらいの女子とデートすることになってしまった。
さっきゅん辺りなら喜び勇んでホテルへと連れ込むだろうけど、残念ながら私の性癖はノーマルオブノーマル。
女性同士の趣味も無ければ少女性愛も無い。
かといって男性に興味があるかといわれたら微妙、というか最近女性でもいいかもとか思えて今この話はやめておこう。
兎も角。
デートと言われても、私的には友達と遊びに行くような感覚だ。
ていうか女子同士で遊びに行くことを冗談めかしてデートと呼称する文化が世にはあるという。
多分ユニもそんな感じで私とデートしようだなんて言ったのだろう。
というわけで翌日。
一緒のギルド拠点で住んでいるというのに何故か噴水前で待ち合わせすることになった私は、朝早くから噴水前のベンチで寝転んでいた。
ユニはまだ来ていない。
それもその筈、待ち合わせ時間まであと一時間はあるのだ。
怠惰たる私がこんな早い時間から噴水前にいることには当然理由がある。
普通にすれば、まず間違いなく私は遅刻する。ていうか待ち合わせというものに私は遅刻しなかったことが無い。
九時集合のところを私にだけ六時集合と嘘の情報が渡され、それでも尚十二時頃に待ち合わせ場所へ向かったことがある女だ。
……ちなみにその時の友達は友達じゃなくなった。当たり前だった。
だが私とて学習する生き物だ。
待ち合わせ場所に時間通り向かうということが出来ない女だということは誰よりも私が知っている。
だから昨日の夕方からずっとこのベンチで寝ていたのだ。
完璧で完全な解決法だ。
毛布と枕も持参しているし、全年齢向けだから暴漢にエロ同人みたいな目に合わされる心配もない。
しかも夕方から眠ることによって朝寝坊することも無い!
我ながら惚れ惚れするほど完璧な作戦だ……。
「…………アナタですか、昨晩からずっと噴水前のベンチを占有している迷惑な人というのは……」
「ん?」
聞き覚えのある声がしたので、首を曲げてそちらを向く。
そこにはミニスカートを履いたイケメンが居た。
……アロン、だったか。《約定》の所為でミニスカートしか履けなくなったのだろうけど普通に似合ってるし可愛いな。
なんて、この言い方をすると男がミニスカートを履いているように聞こえるがアロンは所謂イケ女ンというやつなので問題ないのだ。
「訂正してもらおうか、昨晩じゃなくて昨夕からだ」
「何故そこでキメ顔を……あの女の連れだけあって君も何処かおかしいですよね……」
「さっきゅんよりかは大分マトモだから許して」
さっきゅんは大事な相棒だし、誰よりも心を許している相手だけど同じにされるのは勘弁願いたい。
私はあそこまで頭おかしくないのだ。
「……まあ、いいです。とりあえずそこのベンチは公共のものなので占有するのはやめてくださいね」
「別にもう一時間くらいで退くから安心して。ていうか何でイケメンちゃんが注意を?」
「この町のNPCとは随分と仲良しになりましたからね。個人的な依頼を受けることもあるのですよ」
へぇ、そういう要素もあるのか。
ベンチに邪魔な女が居座ってるからどかしてくれ、みたいな依頼ってことか?
「ま、退いてくれるなら強硬手段を取らなくてよさそうで安心しました。……ところで何故ベンチに?」
「デートの待ち合わせに遅れないように、かな」
「デート……あの女とですか!?」
「いやさっきゅんは今垢BANされてるから居ないよ」
「垢BAN!? 何故そんなことに!?」
卑猥な単語を連呼しすぎたから、と正直に答えるのも何だかな、と思った私はとりあえず「世界の理に反してしまったからサ……」と意味深な言葉を意味深な表情で言っておいた。
「せ、世界の……? 何だか厄介な事態に巻き込まれている感じですか? であればすぐにでも退散したいのですが……」
「それが賢明だね……イケメンちゃんも気をつけることだ。さっきゅんと同じ轍は踏まないでくれよ……」
「い、一体彼女は何をしたというのですか……!?」
「卑猥な言葉を連呼しすぎた」
「同じ轍を踏むわけが無いでしょう!」
本当に弄ってて楽しい子だ。
顔を真っ赤にして怒りながら、イケメンちゃんは何処かへ去っていった。
いい眠気覚ましになった。
毛布と枕を片付けて、朝ご飯を食べるべく近場の食堂に入る。
ちゃちゃっとトーストと目玉焼きという普通の朝飯を腹に入れて、ちゃちゃっと噴水前まで戻ると……ユニが居た。
なんてこった、まさか朝飯を食っている間に待ち合わせ時間が過ぎてしまったのか?
昨夕から待機していても待ち合わせに間に合わないなんて、何かの呪いにでもかかっているのかと一瞬疑ったが、勿論そんなわけはなく。
ユニがただ待ち合わせの三十分前に此処へと到着しただけだった。
「や、ユニ……」
なんだびびって損した、と私はユニへ近寄り、声をかけようとして――言葉に詰まる。
何故なら。
何故ならユニが、明らかに普段着ではないデート服でそこに立っていたからだ。