第十一話
「いやあ、魔王軍は強敵でしたね」
「セクシービーム無双だったじゃないですか。そしてマコさんは何もしてなかったじゃないですか」
「まだ私の本気を出す時ではない」
数時間後。
多少空が暗くなってきた辺りで私たちは狩りを切り上げて帰路についていた。
魔王軍の討伐数は大体四十ちょい。
出現率はそこまで高くないらしく、猿とどっこいといった感じだった。
とりあえずユニのレベルが十五まで上がったので、初日のレベリングとしては満足のいく結果と言えるのでは無いだろうか。
「レベルってわりと簡単に上がるんですね……」
「いやさっきゅんのセクシービームがチート臭いだけで、普通あんなぽんぽん敵を倒せないからなぁ」
低コスト高威力広範囲というぼくのかんがえたさいきょうのビームである。
無茶苦茶スタイル良くて美人かつ他人の目を全く気にしないレベルの変態じゃないといけないという大きな制約こそあるものの、条件さえクリアしてしまえばゲーム中随一のチートスキル……。
いややっぱり制約が厳しいのだから妥当なのだろうか。
「……ん?」
森を抜けて、街道を歩いていたところで、気付く。
薄暗い空の一部が明るくなっている。
何か大きな焚き火でもしているのかと錯覚するほどの光だ。
町でキャンプファイアーか何かしてるのかな、と私が思ってしまったのも仕方が無いだろう。
町が。
町自体が、燃え盛っていたのだから。
*****
魔王軍は非戦闘エリアに侵攻し、その場を戦闘エリアに変えてしまう。
確かにそんな感じの注釈が、イベント説明文にはあった。
でもまさかイベント初日から侵攻が始まるなんて、想定外だ。
あまりよくない乱数を引いたのか、何か条件があったのか。
それは分からないが――兎も角、侵攻が始まってしまっていた。
「よく見るとこの街道も戦闘エリアになってるじゃん……」
「マイルームとかギルド拠点が燃えていたらどうなるんだろ? 侵攻が終わったら直るのかな?」
「の、呑気に分析している場合じゃないですよ! 早く魔王軍を倒さないと!」
「ああそうね、侵攻ってことは魔王軍モンスターが沢山いるってことだし魔素を集めるチャンスだわ!」
「住民の皆さんが危ないとかは考えないんですか!?」
言うてまあ、NPCだし。
どれだけリアルな挙動をしようとAIはAIである。
多少同情なりはするが、そこまで必至に守るものでもあるまい。
むしろ守るべきものがあるとすれば、それはあの町にある我らが拠点やマイルームだろう。
「あ、でもアイテムショップとかの店員が居なくなるとどうなるんだろ?」
「いいから! さっさと行きますよ!」
約一日を共に過ごして、ようやくこのパーティ内で唯一の常識人という自覚が芽生えたのかユニがはりきりながら私たちの手を取って走り出す。
《怠惰の極み》の発動中以外で走るのは久しぶりだった。
数分して、町に着く。
私が結構長い間住んでいるのに名前を知らない町は――燃えていた。
火の海とはこのことか。
街中には骸骨共が当然のように闊歩して、数人のプレイヤーが戦っているのが見えた。
NPCの姿は見えない。
侵攻中は姿を消すのか、逃げたか、それとも殺されたか。
「《セクシー☆ビーム》!」
とりあえず一発、ということでさっきゅんがビームを放つ。
しかし数が多く、散らばっている骸骨を一撃で一掃することは難しい。
火事で既に崩壊しかけている建物は兎も角プレイヤーを巻き込むわけにはいかないし……。
「さっきゅん! プレイヤーを巻き込まないように気をつけて骸骨を殲滅! 魔素を拾うのは後回しでいいわ!」
「おーけー!」
「ユニ! 無理はせずに集団からはぐれている骸骨を狙って一匹ずつ倒していって! 多対一だと貴方は分が悪い!」
「りょ、了解です! マコさんはどうするんですか?」
「私は自宅を警備してくる!」
言って、駆け出す。
ユニが何かを叫んでいるが戦闘音で聞こえなかったことにして、ギルド拠点へ向けて一直線に。
幸い骸骨共の素早さはあまり高くない。
プレイヤーの中でも最低値に近い基礎能力値しか持ち合わせていない私でも骸骨を振り切り、ギルド拠点と辿りつくことが出来た。
マイルームの前には、骸骨兵が一匹。
今まさに私たちの拠点へ火を点けんとばかりに松明を――。
「《聖水》!」
『ぐぎゃっ!?』
アンデッドに対してダメージ効果のある聖水と呼ばれるアイテムを投げつける。
骸骨なのだからアンデッド属性を持っているだろうという予想は当たっていたようだ。
骨が溶けていくように崩れ、骸骨兵は魔素を落としながら死に絶えた。
「ぜぇ……はぁ……っ、あっぶなー……」
肩で息をしながら、松明の火を足で踏んで消す。
魔素を懐に仕舞い、残った聖水を取り出して拠点の周りを囲うように打ち水をした。
聖水にはモンスターを近寄らせない効果もある。
これで一安心、余程のボスキャラでも出てこない限りこの拠点が襲われることは無いだろう。
扉を開けて、拠点へ入る。
一応念のため骸骨兵が拠点の中に侵入していないことを確認して、扉に鍵をかけて、と。
よし問題ない。
と、いうわけで私はソファに深く座り込み、スナック菓子の封を開けてテレビのスイッチを入れた。
え? サボるな?
そんなこと言われても私の加護は《怠神》。
「何もしないこと」に特化した私が――現状できる事なんて何も無い。
経験値がさっきからちょくちょく入ってきているから、さっきゅんとユニの戦闘は順調なのだろう。
それなら何も心配することは無いのだ。
私は明日から本気を出すことにしよう。
そう呟いて、私はタオルケットを頭から被ってスナック菓子を一つまみ、自分の口の中へ放り込んだ。