第九話
さてイケメンとの素敵な遭遇があって到着が遅れたが、私たちは本来の目的地《モンキーフォレスト》にようやく辿りついた。
魔王軍モンスターは世界中――あらゆる戦闘エリアで出現するようになっているという。
であれば今朝受けたクエストの残り、ゴリラ猿二匹を討伐しがてら魔王軍を探そうという話になったのだ。
日に二度も戦闘エリアに入る日がくるとは思ってもいなかったが、イベントなら仕方が無い。
マイルームの充実……ひいては豊かで怠惰なゲーム内生活を送るための努力はあまり苦ではないのだ。
人間は、楽をするための努力を怠らない生き物である。
「じゃあまずはユニのパワーレベリングからかな」
「ぱわーれべりんぐってなんですか?」
「オンラインゲームの用語で、高レベルの味方に手伝ってもらってハイスピードでレベルアップするってことよ」
私のレベルは二十三。
さっきゅんのレベルは二十一。
そしてユニのレベルは三。
パワーレベリングはあまり褒められた行為ではないが、ここまでレベル差があると一緒のクエストを受けることも難しくなってくるのだ。
「やり方は簡単。このゲームはとどめを刺したプレイヤーにモンスターごとの経験値が十割入って、一度でも攻撃を当てたプレイヤーには五割入る。
だからとりあえず攻撃に参加さえすればいいのよ」
「成る程……」
支援特化の加護を使っているプレイヤーは非常にレベリングしにくそうなシステムだけど、どうやらそういう加護のスキルには攻撃しながら支援を行うスキルが大抵の場合あるらしい。
むしろ問題があるとしたら遠距離狙撃でとどめだけ貰って逃げるプレイヤーがいることだろう。
あれはかなり陰湿で嫌われる行為だ。
一度だけやられたことがあるが、《怠惰の極み》を発動して追いかけてボコして身包みを剥いでやった。
「《怒神》の加護の初期スキルって何だっけ? 遠距離攻撃できるようならそれで攻撃してもらって、私がセクシービームで倒すってのが楽だけど」
「ええと……《怒りを力に》っていうスキルです」
「確かHPが一定以下になると理性と引き換えに基礎攻撃力が大きく上昇するスキルだね。上がるのが攻撃力だけ、しかも理性を失うから回避や防御を出来なくなって低下したHPを回復しようともしなくなる」
つまりは地雷スキルである。
一応攻撃力の上昇値は随一らしいが、当たらなければ意味は無い。
なにより理性を失うというのは通常のゲームと違って文字通りの意味なのだ。
誰だって怖いだろう。
自分の理性が無くなるなんて。
「理性を失う……!?」
「エロい意味じゃない座ってろ」
興奮しだした変態を嗜め、考える。
正直言って弱いスキルだ。
だからスキルに頼らない戦闘をする必要があるだろう。
しかし武器はハンマー。
一撃が重い代わりに鈍重な武器の代表みたいな代物だ。
ユニが一発当てて、さっきゅんがセクシービームでとどめを刺すというやり方は些か効率が悪いように感じる。
うーん。
どうしよっか。
「あ、あの……大丈夫なんでしょうか……やっぱりわたし別の加護にしたほうが……」
「んー? もーまんだいもーまんだい、マコちゃんは怠惰だけど、地味に頭良いし地味にゲーマー暦も長いのよ、何か良いアイデア出すでしょ」
考える私の隣で、変態が安心させるようにそう言ってユニの肩に手を回した。
無責任なこと言いやがって。
ていうか地味にって何だ地味にって。
本当、さっきゅんはいつもいつも……。
…………。
「……思いついた、というか思い出した」
「おっ」
にやり、とさっきゅんが笑う。
期待されているようでなんだが、そんなに大した手では無い。
レベルアップして、新しいスキルを憶えたことを思い出しただけだ。
*****
この世界の戦闘エリアには、《階層》という概念が存在している。
例えば《モンキーフォレスト》ならば、入り口から十分程度歩けば行けるような浅い階層には《モンキー猿》とか《ヤマノテ猿》等の推奨討伐レベルが低いモンスターしか出ず、
そこより先に進んだ中層では、《ゴリラ猿》や《イワテ猿》が出現し、行ったことは無いがもっと奥に進めば前戦った《ボスゴリラ猿》レベルのモンスターが生息しているのだろう。
ようするに、低レベルプレイヤーの狩場と高レベルプレイヤーの狩場を住み分けするためのシステムだ。
なので戦闘エリアに行く際に一番大事なことは、自分に合った階層を間違えないこと。
実力に見合った階層を選ばなければ、あっという間に戦闘不能になってしまうだろう。
『ウキー!』
『ウホッウホッ!』
「ひぃい……」
と、いうわけで三レベルのユニを引き連れて推奨討伐レベル二十の中層へとやってきた私たちであった。
しかも早速ゴリラ猿二匹とエンカウント。
私たちは運が良い。
でもおそらくゴリラ猿辺りに殴られたらユニはワンパンで沈むだろう。
ある意味オワタ式と言えなくも無い状況である。
「そ、それって大丈夫なんですかぁ?」
「多分大丈夫。まあ戦闘不能になっても死ぬ前に蘇生すれば問題ないし」
「多分て!」
「さてじゃあ行くよ……」
流石の私でも、新スキルを使うときはちょっとテンションが上がる。
左手を前にかざして、薄く笑いながら私は新スキルの名前を呟いた。
「――《怠惰な世界》」
瞬間。
私を中心に、半径十メートル程度の空間がドーム状の赤い膜で包まれた。
《怠惰な世界》。
範囲内の敵味方全ての素早さを五分の一まで減らす空間を作り出すスキルだ。
そう、敵味方全てである。
つまりさっきゅんもユニも遅くなる――だが、このスキル最大のポイントは範囲内のというところである。
つまり範囲外にいる味方は――そのままの素早さで動けるのだ。
「――《セクシー☆ビーム》!」
桃色の光線が、地を這って遥か後方から放たれた。
本来なら、高い素早さを持つゴリラ猿はそのビームを避けることが出来ただろう。
遥か遠くから放たれた攻撃なのだから尚更だ。
しかし、今は避けきれず地を這うビームは猿の足を穿った。
これでもう動けないだろう。
《怠惰な世界》を解除して、ユニを促す。
「さ、ユニ、とどめを」
「うぅ……何だか罪悪感が……」
ごめんなさいと謝りながらゴリラ猿をハンマーで潰すユニ。
ユニの低い攻撃力では一撃で倒せないのか、謝りながら何度も何度も叩いている姿が微妙にシュールだ。
ゲームなんだから、謝る必要なんて無いのに。
何はともあれ、作戦は成功した。
この手を使えばパワーレベリングは充分可能ということが判明したのだ。
これは大きな戦果である。
「あ"っ――」
「……ん?」
と。
ようやくユニが一匹目のゴリラ猿を倒したその瞬間だった。
腰まで伸びた、ユニの青い髪がまるで静電気でも受けたように逆立ち始めたのだ。
一体何が――と私が思考するよりも早く。
「あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「!?」
身の丈に似合わない咆哮をあげ、ユニはハンマーをもう一匹の猿に叩きつけ始めた。
おどおどした態度は皆無に消え。
目は血走って赤い眼がより一層赤くなり。
眉間には異常なほど皺が寄っている。
誰がどう見ても――それは《怒神》の名に相応しい《憤怒》だった。
ユニは一匹目の半分以下の攻撃回数でゴリラ猿を仕留めると、興奮のためか息を荒げながら――
――ゆっくりと、こちらを向いた。