ゴブリンが1匹‥‥ゴブリンが2匹‥‥‥ゴブリンが‥‥‥‥なんだか眠くなってきた。
路地裏に幽体のまま、障害物を気にせずに真っ直ぐ奥へ奥へと進んで行く。
霊体は生身の時よりも死に近い状態にあるせいか、命ある者の気配を生身の時よりも遥かに良く感じ取れる。
そして俺の感覚がゴブリンらしき命の気配を大量に捉えていた。
『マジかよ。』
俺は誰にも聞こえない声でそう呟いた。
ゴブリンの気配はざっと500匹を超えていた。
そしてその中にゴブリンとしては桁違いの力を持つ個体は、上位の魔獣に匹敵する。
『これが一気に攻めてきたらこの街は落ちるかも知れないな。』
感じる気配の多さに、肉体は無いのに冷や汗をかいていると、ふと違和感に気付いた。
『ん?こいつら地下に居るのか?』
俺が今フヨフヨ浮いている状態だから分かりにくかったが、どうやら固まって狭い地下に引きこもっているらしい。
俺はゴブリン達のいる場所の丁度上の場所に行ってみると、豪華な家が建っていた。
どこかの貴族の別荘のようで、保存の魔法が屋敷全体に掛かっていた。
『貴族の別荘っぽいな。
これじゃあゴブリンがいると分かっていても、無理矢理入って調査するのは難しい。』
貴族の屋敷には、基本的に保存の魔法に加えて、浄化が掛かっていて、死霊や呪いは簡単には近づけない。
俺も今の身体は幽体と名付けたように、その類の魔物と似たような性質を持っているせいで、近づけない。
『どうするかな〜。被害が出る前には片付けておきたい。』
ふと、地下に飛ばしていた視覚が1匹だけ違う場所にいるゴブリンを見つける。
肉眼‥‥‥と言うのもおかしいが、取り敢えず観察していると、屋敷の正面門の正反対にあるゴミ置き場からゴソゴソとゴブリンが這い出てきた。
その体は依然汚いままだった。
『ん?浄化は身体の汚れを取る術でもあるのに、汚いな。
もしかして抜け道があるのか?』
ゴブリンは何故か清潔になることをひどく嫌う性質がある。
なので、抜け道がある可能性は高い。
『まぁ、取り敢えず死ね。【業火】』
ボッと音をたてて、生じた炎は瞬く間に全身へと広がり、声を出す暇さえ無く黒い炭だけが残った。
それを確認してから、地下へと侵入させる次の魔法を組み立てる。
『【炎蛇】』
掌から炎の紐が伸びて、その先っぽが蛇の形を表している。
その炎でできた小さな蛇はゴブリンが出てきたであろうゴミ置き場に突っ込んだ。
抵抗も無く、スルスルと炎蛇が地下へと進んで、その頭が広い空洞へ出た。
『よし。これに加えて【巨大化】【焔自爆】』
地下で炎の蛇が10メートルを越える大蛇に変わり、近くのゴブリンを飲み込んでいく。
そのままゴブリンを燃料にするがごとく、更に燃え上がって膨らむと、中に詰まった焔を周囲へと広範囲に撒き散らした。
「ゲギャァ!?」「グギャアアアッ!!??」
地下で炎に包まれたゴブリン達は、悲壮な悲鳴を上げて痛みから逃げるようにバラバラに走り回る。
炎蛇は業火よりも火力が弱いので、すぐには死なない。
おかげで、炎に包まれながらのたうち回る地獄のような光景が出来上がった。
『‥‥‥‥これでほとんど死ぬだろうな。まだしぶとく生きているゴブリンも後5分もすれば全滅してるかな?』
目をつむり、ゴブリンの残りの生命力を確認した俺はそう判断した。
仕事は終わり、と身体に戻ろうとすると、ゴブリンがゴミ箱から燃えたまま這い出てきて、目の前で箱を跳び越えた。
『おお‥‥‥ゴブリンが1匹。』
色も形も違うのにそれは、眠れない時に使う羊が柵を飛び越える様子を連想させた。
そしてそのまま力尽きて倒れる。
そして同じ様に次々とゴブリンが箱を跳び越えては力尽きていく。
『ゴブリンが1匹‥‥‥ゴブリンが2匹‥‥‥ゴブリンが‥‥‥なんだか眠くなってきたな。』
身体の脳は今も休んでいるから問題ないが、精神的には疲れは残る。
その点で言えばもう寝たほうが良い。
『そろそろ帰るか。もう多分深夜2時くらいだろうしな。
ふぁわぁぁ〜〜。』
なんとなく欠伸をして、俺は全滅したかを確認せずに魔法を解いて、そのまま宿で眠りについた。
1匹のゴブリンがいた。
それはゴブリンの中でも、突然変異によって高い知能を持った個体であった。
彼はそれを自覚していて、遥かなる高みを目指す武芸者でもあった。
「ぐぎゃぁぁ(ぎゃあああっ!!熱いっ!!)」
彼はのたうち回りながら炎を消そうと転げ回る。
痛みに耐えながら、なぜこうなったのか考える。
焼ける原因は何か分からない。巨大な燃える蛇が同胞を焼き尽くして、その瞬間膨らんだと思ったら、目の前に炎の壁が現れていた。
誰が攻撃してきたのかは分からない。
なら、原因はこんな場所に居るように命令したあのいけ好かない魔人だ。
殺す。
貴様のせいでこれ程の痛みを受ける事になった!!
殺す
貴様のせいでここの同胞が全て死んだ!!
殺す
そして、俺が高みに至る道を今、閉ざそうとしている!!
彼は殺意を悪意を呪詛を心のうちに滾らせ、生きようともがく。
彼は近くで既に息絶えた同胞の亡骸に齧り付いた。
口の中を炎で焼かれるが、全身が炎で包まれているので、痛みは変わらない。
一心不乱に齧りついて、咀嚼して、呑み込む。
「グギギギギィィィ!!!!(死んでたまるか!!俺は生きる!!そして殺す!!)」
その怨念とも言える生きる執念と、魔人に対する殺意がどう働いたのか、彼の焼けた部分が次々に再生し始めた。
それでも彼を覆う炎は消えない。
リオルの炎は独自のアレンジで、水を掛けようが、酸素が無くなろうがなかなか消えない。
「グギャィアアアァッ!!!!(消えろ消えろ消えろっ!!)」
何時間のたうち回っていたか、分からない。
しかし、そのゴブリンは無限の様に続いた痛みに耐えきった。
幽鬼のように立ち上がった彼は何故か無傷の同胞が何やら慌てて走っているのが目にはいった。
無性にイライラして、その同胞に襲い掛かった上で殺し喰らった。
そのゴブリンが偵察であり、戻って来なければ、リオルも知らない離れた巣から街に総攻撃を掛けることになっていた事など彼は知らない。
しかし、彼は人とゴブリンの争いの引き金を引いたのだった。
ここで書き溜め終了。
どうにか頑張って上げたいと思いますが、基本的に読み専門なので勘弁して下さい。