殲滅‥‥‥まだだよ。
村はなかなか人が多かったが、その中でも怪我をしている人が目立っていた。
先程から出会う人が冒険者、村人問わずに一様に身体の何処かに包帯をまいていた。
それでも屋台は何の影響も無さそうにやっているから呆れる。
「ねぇ、おねぇ〜さん。この肉串焼き一本ちょ〜だ〜ぃ。
あれ?怪我してるけど大丈夫?痛くない?」
なるべく10歳児っぽく間延びした言葉遣いで、さりげな〜く怪我について触れてみる。
「あぁ、この傷?最近近くにゴブリンがい〜っぱい出てきて、何処から入ったのか時々村の中にも入ってきてるのよねぇ〜。」
ゴブリンが大量に発生しているのは予想通りだが、この厳重な警備の中、村の中に出没するとなると、どこかにゴブリンが侵入出来る地下通路があるのか、村の警備がサボったりしているのか、と言った可能性もあるが、今回に関しては人が関与している可能性が高い。
「坊やもお外は危ないからあんまり外に出たりしないようにね。
はい。肉串焼き。銅貨3枚よ。」
「そ〜なんだ〜。はい。」
お金を払いながらチラリと路地裏を見る。
奥の方に寝転がっている浮浪者や昼間から酒を呑んでいるおっさんがいる。
結構大きな村のせいか、村の裏側にまでは法整備が届いてなさそうな雰囲気があった。
「これは本格的に調べないといけないかな?」
ボソッと漏らしたそんな呟きは突然吹いてきた風に掻き消された。
王都近くの村の一つ。コロナ村
王都に向かう道に接する為に、行商人達が寄り集まって発展している巨大な村の上空に一つの影があった。
その影は宙に立つようにして翔びながら、眼下に見える村を見下した目で見詰めていた。
上空は風が強いのかバタバタとローブらしき服がはためいている。
「計画は順調だ。」
暗い嘲笑を顔に張り付けながらポツリと愉悦に浸るように呟いた。
しかしその顔には人への嘲りと同時にマグマの様な深い怒りが感じられた。
「フン。たかがゴブリンの様な汚らしい雑魚は精々同じ人間共とともに燃やし尽くせば良いものを。
しかし、たかだかゴブリン如きなどから、我等の駒に成れる個体が現れるなど考えもしなかったな。」
流石はあの御方だ。と深い尊敬のこもる言葉でボソッと呟いた。
視線の先には汚らしい一匹のゴブリンがいた。
その影が手を向け、その手から悍ましい黒い靄がそのゴブリンに纏わり憑く。
するとゴブリンの肉体が膨張して、弾けた。
周囲に肉片と血が撒き散らされ、血の匂いに敏感な獣がそれを貪る。
「失敗か。雑魚が俺の魔力に耐えられること自体が奇跡か。」
その様子を眺めながら影は無感情にそう呟いた。
一際強い風が吹き、木の葉が舞い上がると、その影は跡形も無く消えていた。
「うん!無理。」
路地裏に入って何か証拠になりそうな形跡が無いか調べてみたが、そもそも俺、何をどう調べたらいいのか分からない。
ゴブリンの形跡って言ったって路地裏は汚い。
あちこちに変な液体が溜まっているし、酒瓶やら吐瀉物やらが30~40m歩けば一つは見つかる。
こんな場所、流石に野宿とかに慣れてる俺でも近づきたくない。
だから俺は諦めて普通の道に戻る。
「ふ〜少ししか裏道には入ってないのに空気が新鮮に感じるな〜。」
す〜は〜す〜は〜と深呼吸を繰り返す。
随分と長い時間、路地裏で調べたり、人に話し掛けたりしていたせいか、もう日が落ちかけている。
路地裏と違った心地よい空気を肺に取り込んで、上機嫌になったので、意気揚々と宿でも取ろうと歩きだそうとしたときだった。
「キャアアアアアアア」
と甲高い悲鳴が結構近くで聞こえた。
キョロキョロと周りを見回すと、若い女の人が複数のよだれを垂らしたゴブリンに襲い掛かられていた。
近くにいる人達が女性を助けようとしているが、如何せん数が多い。
「この!また出やがったかクソゴブ野郎!!」
近くで剣士っぽい男が必死にゴブリンを切り捨てているが、数に任せた特攻に苦戦して、女性に近づけない。
このままじゃゴブリンによる凄惨な事態が始まると判断した俺は魔法でゴブリンの集団を吹き飛ばす。
「【風圧重】」
女性を中心に上空から風を断続的に叩きつけて、周囲にいたゴブリンを吹き飛ばし、そのまま風で押さえつける拘束用の魔法がゴブリンを這い蹲らせる。
「【時雨風槍】」
上空から叩きつける風を槍状に変化させて、そのまま雨のように大量に降らせまくる。
近くに居る男性や物には極力当てないようにコントロールして、ゴブリンだけに当てていく。
僅か数秒後には、ゴブリンが全滅して普段通りとは言えない血に塗れた道が姿を表した。
「ふ〜一件落着だなぁ〜。」
「糞がぁ!!」
汗を拭う仕草をしながら一息つこうと思っていたら近くで剣を振っていた男性が急に怒り出した。
「ゴブリン共め!!今日という今日は許さねぇ!!
何が起こりやがったかは知らねぇが俺の妻を襲いやがって!!」
どうやらゴブリンに襲われていた女性の夫のようで、いつの間にか女性を気遣ってさり気なく服を被せて、慰めの言葉を言ったりしていたようだ。
「それにしても今日は情報が何も集まらなかったな。」
路地裏の探索なんて専門技術を持ってない俺にとっては無駄だった。
問題が起こってる訳だから既に情報も集まっている筈だ。
「よし!冒険者ギルドに行こう。」
困った時の冒険者。
城にいる宰相は何故か冒険者を利用する事に忌避感‥‥‥と言うか嫌悪感を持ってるから使わないけど、こういう魔物関係の事には冒険者ギルドは役に立つ。
「さて、楽しくなりそうだ!!」
無邪気な笑顔を浮かべながら、宿屋へと向かった。
まだ成人していない子供が一人で宿に泊まるという事を訝しげに思われたが、一先ずは普通の部屋を一室取れた。
俺の立場から言ったらあまり目立たない方がいいかもしれないが、父から送られてくる莫大な金額と自分で魔物の素材を売って稼いでいる俺は、わざわざ野宿したいとも思わなかった。
「ふぅ。やっと外せる。」
部屋に入って人の目が無くなったので、髪の色を変える指輪の魔道具を外す。
亜麻色の髪が魔道具を外した途端に素の銀髪に戻る。
「フゥ〜。まぁ手っ取り早く情報を得るには冒険者ギルドに行くってのが定番なんだが!!
それじゃあ負けたみたいで癪なんだよな。」
俺は宿屋の一室でそう呟く。
そう。俺は負けず嫌いだ。
路地裏で結構な時間探し回ったにも関わらず、ゴブリンも痕跡を見つけられなかったのに路地裏から出た途端にゴブリンが大っぴらに女性を襲っている所を目撃したのだ。
だから‥‥‥
「復讐だ。」
「必ずゴブリンを見つけ出してやるぜ。」
声に出して目的を明確にし、決意を固める。
そして多分この世界で俺にしか使えない魔法を使う。
【幽体離脱】
身体から抜け出して自由に移動できる魔法で、俺がいつの間にか使えていた魔法だ。
最初は夢だと思っていたが、訓練を始めると同時に段々思考がクリアになって身体から出た幽体を自由に動かせるようになっていた。
幽体を動かして調子を確かめる。
足の先から手の指までハッキリと感覚が感じられる。
この魔法は肉体が動かせなくなるという弱点を除けば、疲労も痛み等のデメリットが存在しない。
なので一晩中路地裏を探してゴブリンの手掛かりを見つけ出す。
『待ってろよ!ゴブリン共。
ジワリジワリとゆっくり締め上げてやるからな。』
俺はそう呟いて、夜の村へと繰り出した。