実験
森に入って探知魔法を発動させると、直ぐに狼の魔獣が見つかった。
そしてその魔獣を調教しているのか、背中に跨っている魔物、ゴブリンの気配も捉えた。
ゴブリンは前世の価値観どおり最弱の魔物だ。
その弱さは子供でもが石を投げたらゴブリンの頭に当たって死んだ、と言われるほどだ。
しかしゴブリンの脅威はその数と繁殖力にあり、1匹見かけたら30匹はいると言われていて、その数故に特殊な個体の発生、つまり人間で言う勇者や英雄のようなその種族の限界を突破した個体が生まれやすいのだ。
過去にはゴブリンキングと言う高い知能を持ったゴブリンが率いた軍勢に国1つが滅ぼされたという記録も残っていた。
「あれ?どう考えても狼‥‥‥ウルフ型よりゴブリンの方が弱いのに、調教出来てるんだ?」
その記録にも上位種でもない普通のゴブリンはウルフに乗っていてゴブリンライダーと書してある。
しかしゴブリンは最弱の種族。
ゴブリンが進化して、上位種に進化したしても人間の一般的な大人にすら劣る。
だからゴブリンがその大人を簡単に食い殺すウルフを無理矢理従えられるのは不可解なのだった。
「いや、調教というより利害関係の一致で一時的な協力関係なのかもしれないな。」
そう呟くが現状で確かめる気も方法も無い。
しかしそうしたちょっとした疑問が原動力となるので、心の中にメモしてゴブリンとウルフの首を狩る。
ゴトリと首が落ちる音を聞いてハッと我に返る。
「しまった!!魔法で倒すの忘れてた。」
剣も極めたわけではないので鍛練はするが、今は魔法優先だった。
空気を固めて剣状に形作る。
それで飛び掛かってきたゴブリンライダーをヒラリと躱して、狼に跨がっているゴブリンの首に叩き込む。
「グギャェッ!!」
ゴブリンの首にめり込んだものの、切れ味は無く、鈍器で殴る感触と変わらない。
ゴブリンは絶命したが狼は未だ生きていて、敵意‥‥‥と言うよりは殺意を滾らせていた。
より空気を擦り合わせるようにして鋭く研ぎ澄まし一瞬で近付いて空気の剣を振るう。
骨に引っかかった気もしたが、そのまま振り抜き左右に両断する。
「ん〜これは鉄の剣と同じくらいかな?
漫画みたいに超振動させようとしたけどちょっと難しくて失敗だね。」
空気の剣は普通の鉄で作られた剣と強度と切れ味は変わらない。
けどまぁ、この剣は相手に見えない事や形状を自由に変えられる事など利点が多い。
「ギャルァアアっ!!」「グルァアガガァッァァ!!」「ギィィギャギィァァッ!!」
やはりゴブリン。
一匹見かけたから30匹はいるだろう。
俺はニヤリと笑う。
「ちょうどいいところに実験台が来たなっ!」
片手で持った【空気剣】を振るう。
風魔法で縦横無尽に木を飛び回りながら、近付いて来るゴブリン共を斬り伏せる。
一匹斬っては空気剣を修正、改良し、最適化していく。
戦闘中に魔法を改良するのは高難度だが、それは産まれてからずっと続けて来た魔力操作の賜物だ。
一匹のゴブリンの前に降り立ち、耳、目、首、内脇、内腿を一息で突き、背後から短剣を振り上げて迫るゴブリンに向けて持っていた眼球に魔力を通す。
「ギィィィッッ!!??」
ピキピキとゴブリンの身体が脚から腹、頭へと石へと変わっていく。
そして出来上がったのは醜悪な顔を恐怖に歪めた石像だった。
「良しっ!眼球に流す魔力波のパターンと濃度の解明に苦労したかいがあった!」
石化の魔眼
おっさん達から買い取った物を研究して、俺でも使えるように解析した改良版だ。
この世界の人間は視神経を通して視覚を得ている訳では無いようなので、もし俺の眼球が潰れたら移植してみるのも良いかもしれない。
まぁ、そんな事にならないのが一番だけど。
「「「ギィィィッッ!!!」」」
少しは学習する脳があるのか、今度は一匹一匹ではなくてタイミングを合わせて一度に襲いかかって来た。
「なら次はこれだ!」
俺が取り出したのは、小瓶の中には薄紫色の粉末が入っていた。
それを無造作に周りに振り撒いた。
「グギィ!?」
顔に粉末を食らって、低い声で呻いたと思うとポトリと最初に粉末を浴びたゴブリンの口から歯が落ちた。
そして新しく鈍く鉄色に光る歯が新しく生え変わっていた。
他のゴブリンにも同じようなことが起きており、仲間を盾にしたゴブリン達はそんな仲間の様子を意にも介さず、俺に飛びかかろうとしたところで、粉末を浴びた個体に押し倒された。
「グギィィィッッ!!??」
「ガァァァッッ!!!!」
困惑の声を無視し、ゴブリンは仲間だった餌へと喰らいついた。
肩の薄い肉を食い千切って、モゴモゴと咀嚼してゴクリと呑み込む。
どうやら顎の筋力も歯の強度も上がっているようだった。
「うわっ!ゴブリンの肉って泥臭いなんてレベルじゃないのによく食えたな‥‥‥。」
俺が振り撒いた粉末は中毒症状を引き起こす泉の水を蒸発させて残ったものと、吸血鬼の血を同じく蒸発させたものを混ぜただけだった。
初めて使ったが、効果は多分同族が餌に見えて、ゴブリンの様子から酷い飢餓状態にもなっているだろう。
「これは数で攻めてくる奴らに使ったらとんでもない事になるな。名付けて好色飢餓薬ってところか。」
人間の軍隊なら直ぐに斬り捨てるからともかく、知能の無い、正にゴブリンの様な魔物だと絶大な効果を発揮するだろう。
と言うかこれは人道的にどうかと思う。
「これは基本的には封印だな。」
空になった小瓶を鞄にしまう。
この中には小分けにしていない粉末が大量に入っている。
少なくとも俺が父と同じ、王様の立場だったら確実に禁薬に指定している。
こんなもんばら撒いたら人食いの化け物が大量に生み出されかねない。
そんな事を考えながら同族を喰い殺すゴブリン共を観察していると、同族喰らいと化したゴブリンの頭を叩き潰してヌゥと一際大きいゴブリンが森の奥から出てきた。
「ホブゴブリン‥‥‥?
何故に?」
通常ホブゴブリンといった進化した上位種は、巣の防衛をしており、進化していない個体が狩って来た獲物を優先的に貰える筈なのである。
しかしこのホブゴブリンはかなり痩せているし、生傷が多かった。
「まさかこいつ等巣から追い出されたのか!?
となると更に上位種がいてホブゴブリンだけで形成された群れがある可能性が高いな。」
確かこの奥にそこそこの大きさの村があった筈だ。
旅の商人や王都に来る貴族達も旅の途中に補給と宿泊のために必ず寄る場所だから多少の情報くらいあるだろう。
俺は周囲のゴブリンに好色飢餓薬を振り撒いて、時にはナイフでトドメを刺しながら村に向かっていった。
「見っけ!」
進んでいるうちに、村の囲いが少し見えはじめた。
どうやらゴブリンはある程度の集団になって、散らばっているのか、ここまでの道中、俺が遭遇した群れ以外にゴブリンはいなかった。
「よし。サッサと行くか。」
人を驚かせたりしないように木の上を飛び回るのは一旦やめて、地面に降り立つ。
村の近くだから魔獣も魔物も少ないはずだ。
普段ならその筈なのだが、今日は違った。
森から出るか出ないかと言ったところで、後ろからゴブリンが何匹も猛然と突進して来た。
「ギャギャギャギャギャ!!!!」
「叫んだら不意打ちの意味はない。」
突き出された短剣を手首ごと捻り、そのまま胸へと突き刺す。
絶命したゴブリンを足蹴にして、怯んだ他のゴブリンを胸から抜いた粗悪な短剣を喉に突き立て、そのままゴブリンの身体を半回転させ、乱雑に短剣を抜いた。
血が噴水のように吹き出し、ゴブリン達の視界を塞ぐ。
その隙を見て、取り出した毒ナイフで次々と投げ、斬り、ゴブリンを絶命させていく。
「はい終了。」
「お、おい!大丈夫か!?」
見張り塔から見ていた衛兵が何人か助けを連れて、駆け寄って来た。
結構大きい村だからか、なかなか良い武具を使っているようだった。
「ふぅ、無事のようだな。この村の子供じゃねえな。」
「ええ。王都から来る途中に道に迷ってしまって‥‥‥。」
「‥‥‥そうか。一人でこんな所まで来たのかい?」
ジトーと疑いの眼差しで見つめてくる衛兵の纏め役っぽい人。
なんとなくで嘘ついたけど追及されたらボロが出そうだ。
そもそも子供がわざわざ一人で村に来る理由が俺にも思いつかないからな。
「はい。そうですが?」
なるべく不自然な様子が無いように振る舞う。
俺の淀みの無い返答にひとまず納得したような素振りを見せた後、俺を村に入れてくれた。
「まぁ、まともな理由で来たんだったら歓迎するが、くれぐれも問題は起こすなよ?
俺もこれ以上仕事が増えるのは勘弁だからな。」
最後に俺に注意を促してから門のすぐ側にある待機場所に戻っていった。
そして俺は情報を集めるために村の中へと入って行ったのだった。