ボアと貴族
外で暮らすようになって既に半年程経った。
最初は結構戸惑ったが、付いてきた数人のメイドと執事がテキパキと働いて解決してくれた。
俺も手伝おうとしたのだが、頑なに「これは我等(私達)の仕事です!」と言っては聞かなかったので諦めた。
家は10人くらいが暮らせる広さで、家からは俺が住んでいたシルヴェリアの屋敷も見える。
いや、あれは最早城だ。
ん?最早じゃなくて本当に城だって?ははは、そうだったら俺は王族ってことになるじゃないか。
え!?マジで城なの?え!?この国の名前がシルヴェリア国?俺は王族だったんだ‥‥‥。
と言う感じで自分の身分を知った。
10歳にして自分の身分の大きさを知るとは思わなかった。
そして俺は冒険者ギルドに仮登録して、討伐した魔物の素材を売っていた。
仮登録と本登録の違いは、仮だと護衛の依頼やパーティー登録が出来ないが素材を売ったり、薬草採取の依頼を受けられる。
本登録出来るのは成人とされる15歳からだ。
王族や貴族は高い権限を与えられる代わりに国を守る義務があるので冒険者として登録は出来ないとメイドと執事に諭されたのだが、素材を売るのは国を守るのは関係無いと頑なに主張してなんとか納得させた。
そして、狩った獲物はなるべく買い取ってもらわずに持って帰って来て、料理して食べている。
「ミア、皆、行ってくるよ。」
「確か今日は冒険者ギルドに依頼が出されてないラージボアの討伐でしたね。
なるべく血を抜いてから持って帰ってきてください。」
ミアがいつも通り送り出してくる。
ラージボアとは、体長約3メートル、体重250キロ前後の猪でBランクの魔獣だ。
通常BランクはAランクが一人で、5人のBランクがパーティーを組んで倒せる強さだが、ラージボアは単体ではCプラスしか無い。
常に群れを成し、仲間がやられると一斉に攻撃してくる性質からBランクになっている魔獣なのだ。
「そうだね。今日は盛大に鍋でもするのも良いな。」
「リオル様と同じものを食べるなど畏れ多いことです。」
「そんなこと言って最後には口にしてるじゃないか。」
「ふふふ、そうですね。それではいってらっしゃいませ。リオル様。」
「うん、行ってきますミア。」
俺はラージボアのいる地域に一番近い、東門を顔見知りなった門番に挨拶して通った。
東側はこの国の特産品みたいなものが集まっている地域で貴族の屋敷も多い。
貴族のトラブルに巻き込まれるのも多々あった。
俺の証言で貴族の不正が発覚して爵位剥奪される事すらもあるくらいだ。
俺は森を進んでいた。
時折冒険者を見掛けるが俺には気付かない。
気配を消しているからだ。
こうして冒険者を観察するのが俺の今の趣味みたいなものだ。
見ている冒険者が危なくなったら気づかれないように倒している。
良い訓練になるし、冒険者の死亡数も減るから一石二鳥だ。
俺がついていこうとすると、角を持ったウサギが現れた。
気配で分かってたが、今日の俺の標的はラージボアだから無視しただけだ。
このウサギは安直に角ウサギと呼ばれている。
そのまま通り過ぎようとすると角を突きだして一直線に攻撃して来た。
魔物は魔力を持った物を食べて成長し、強くなるので魔物どうしや人間も襲って食べようとする。
魔物は生きた年数より、食べた獲物の持っている魔力の量で決まる。
そのため、このウサギのような魔物も魔力量が普通より多い俺を襲ってきたのだろう。
「まあ、俺の敵じゃないけど。」
身体を少しだけ反らしてウサギが通る位置に持っている戦闘用短剣を突き出す。
すると自分から短剣に当たりに行ったように、真っ二つに切れて絶命した。
「やれやれ、欲しいのはラージボアだけなんだけどね。」
愚痴りながら慣れた手つきで内蔵を捨て、皮を剥ぎ取り、血抜きをした。
そして腰のマジックバックに入れた。
父に餞別として渡されたもので、効果は察しの通り、中に入る物が多くなり、時間が止まる。
重さも感じないし、超便利!
解体作業している内に、先程いた冒険者達はいなくなっていた。
近くには生き物の気配は感じられないので索敵の範囲を広げる。
すると今いる場所から700メートル程のところに10体のボアがいるようだ。
複数の人間を取り囲んでいるみたいだ。
これは急がねば獲物を取られる!と思った俺は、全身に魔力を巡らせる。
身体強化で早くなった足はボ〇トも真っ青になるレベルで森の木を足場にしながら最速で進んでいった。
急いだかいがあり、僅か2、30秒でその場に着いた。
そこには横転している馬車とそれを守る兵士、取り囲んでいるボアだった。
俺はボアを狩ろうとして、馬車の側面に描いてある紋章が目に入った。
『あの昇る太陽と雲を描いた紋章は‥‥‥確かイルタニアの‥‥‥。』
イルタニア国はこの国とは仲の良い国で、貴族や商人がよく行き来している。
貴族が落としていく金で、屋台や服屋が生計をたてている。
その貴族らしき人物がこの国に来る途中に命を落としたとなれば、この国に来る貴族が減って、金が入ってこなくなるかもしれない。
そう考えた俺は戦っている兵士を木の陰に隠れながら見た。
1人1人の技量は普通の兵士よりは高い、恐らく一対一ならば、そう時間を掛けずにラージボアを倒せるだろう。
しかし、数で負けている上に連携が上手くとれていない。
このまま倒せるのならば放置しておこうと考えていたが、どうもそうはいかないようだ。
兵士の一人が横転した馬車から誰か2人を助け出しているようだ。
1人は蒼っぽい髪でフワッとしている、優しげな顔立ちの美人、白っぽい肌が不健康と言うほどではなく儚いイメージがある。
着ている服は仕立ての良いベージュ色でやはり貴族のようだ。
同い年位に見える。この年にしては結構胸元が膨らんでいる。
もう1人は、こちらも仕立ての良い服だが、どちらかと言うと地味であったが、本人の美しさとマッチして妖艶な感覚を覚える。
少女の親のようだ。
まあ、結構焦っているようで、印象が薄れているが‥‥‥。
そろそろ頃合いかな、と思い、隠れていた木の枝を蹴って飛び出した。
「助太刀します!」
そう言って取り合えず近くにいたボアを本気で蹴った。
するとボアの身体からバキバキボキボキと骨の折れる音が鳴り響き、陥没しながら吹き飛んでいった。
う
「な!?‥‥た、助かる!」
最初は困惑したようだが、助太刀の言葉を聞いていたせいもあって直ぐに納得してくれたようだ。
一方、俺はと言うと本気で蹴ったは良いが明らかなオーバーキルだったようで少し足を痛めてしまい、片足でピョンピョン跳ねながら長剣で戦っている。
「はあ!」
列泊の気合いと共にばれないように軽い殺気を混ぜて放っている。
元々、3体ほど既に兵士達が負傷しながらも仕留めていたので、そこに威圧感を放つ俺が加わり、これ以上やっても犠牲が増えるだけだと察したのか、退散していった。
「ふぅ、痛たたた。」
戦いが終わり、息をついた途端に足首に軽い痛みが襲って来て、座って休憩していた。
すると兵士の纏め役らしき人が近づいてきた。
「すまない少年。危ないところを助かった。」
律儀に頭を下げてまで礼を言ってくる。
なんだろうこの罪悪感は。
タイミングを見計らって出てきたので何か変な気分だ。
「いえいえ、あなた方だけでも切り抜けられたでしょう。私は少し手伝っただけですよ。」
実際、放っておいても自力で抜け出していただろう。
但し、死人は出たかもしれないが。
俺が座っていると、貴族らしき女性と女の子がやって来た。
女性は堂々としているが、女の子は女性の後ろに隠れておどおどしている。
「助けて頂いたのは、そこの貴方?」
「あ、はい。」
「そう‥‥‥改めて礼を言わせてもらうわね。ありがとう。」
そう言いながら、頭を下げてきた。
俺は慌てて手で制した。
貴族が平民に頭を下げるのは、あまり外聞が良くない。俺は一応王族だが、身分を隠して生活しているので貴族に対する対応は平民と変わらない。
「い、いえ。俺は元からボアを狩りに来たので礼は不要です。」
「メアリ様、彼もこう申しておられるのですから頭を下げるのはお止めください!」
周りの兵士達が必死に止めている。
「あ、あの!」
女性の後ろに隠れていた女の子がやはりおどおどしながら話し掛けてきた。
頬を赤く染めながら恥じらっている少女は普通なら庇護欲を掻き立てられる姿だが俺は特に何も感じない。
何故か転生してから女性関係の事で感情が凍った様に動かなくなるのだ。
「ん?」
「た、助けて頂き有り難うございました。」
「どういたしまして。俺はリオ‥‥‥と申します。以後お見知りおきを。」
そう言ってニコッと笑った。
「は、はいぃ‥‥‥。」
顔を真っ赤に赤面して、顔を反らす。
そこにすかさずフォローが入る。
「ご免なさいね。私はメアリ。そしてこっちが私の娘でルミア。」
何故家名を言わないのか気になったが、自分の家名を自慢するような貴族じゃないのなら面倒じゃなくて良い。
外で活動する時は、髪の色を銀からこの国で最も多い色の茶髪に変えているので、出会う事があっても、多少違和感は覚えても髪色のギャップが激しいのでバレない。
「はい。それではこのボアをどうしますか?1体は俺が貰いますが‥‥‥他の3体はあなた方が倒されたものなのですが‥‥‥。」
周りには兵達によって倒された3体と俺が蹴り飛ばした1体が転がっていた。
「それなら価値が高い魔石と薬としての価値が高い内臓を持っていくとしよう。
それ以外なら君の好きにして構わない。
我等の仕事は護衛なのでそれに邪魔になる要素はすべて排除しなければならない。」
何故か意識高い系アピールしてきた~。
それは置いといて、俺はマジックバックに全部入れられるので要らないと言うのなら貰いたい‥‥‥がマジックバックのことは極力知られないようにと言われているので、素材は諦めるしかないようだ。
溜め息を吐きたい気分になりながらも言葉を返す。
「分かりました。俺が後処理をしますので。
‥‥‥と言うか馬車が壊れてしまっているんですがどうするんですか?
ここらは魔獣の生息域なので長くいるのは危険ですよ。」
そう言うと、既に分かっていたのだろうが考える様な仕草を見せて言ってきた。
「あなた、私達の護衛として雇われなさい!」
「はい?護衛なら既に要るではないですか?俺が1人増えたところであまり変わりませんよ?」
勿論これは方便である。リオルはほぼ万全の状態であり――足は捻挫程度――兵達はボアとの戦いと長い旅路で疲労が溜まっていた。
もし今ここで戦えば十中八九リオルが勝つだろう。
「そうじゃないわよ。私だって子供に兵達が劣るとは思ってないわよ。
それでも兵達は疲れているようだし、ここら辺は詳しい人が1人いるだけで全然違うのよ。」
そうだったのか。
一通りそういう知識を習いはしたが、まだまだ経験が違うと思い知らされた。
「分かりました。ボアの素材を取るので少し待っていてください。」
俺はそう言って一旦そこから離れたのだった。