最凶最悪の死地
目の前に広がる森の木々は一言で言うと異形だった。
幹が紫や青に変色していて、一本一本の木が30メートルはありそうなほど巨大で、日の光を一切通さないのか全く先が見えない。
緑色の葉からは毒と瘴気が排出され、8メートル程もある巨大な鳥を溶かして落としたと思うと、根が鳥に絡みついて養分を奪い、そこにはカラカラの皮が残るのみ。
森の奥から無差別に撒き散らされた殺気がピリピリと肌に突き刺さり、獣の恐ろしい唸り声が鳴り止まない。
「何だ‥‥‥ここ。」
そう呟いたものの、恐怖は拭えなかった。
あの投げられた石と同じで本能がヤバイ、逃げろと大音量で警鐘を鳴らしている。
いや、あの時よりもずっと危機感は強い。
気を抜けば気絶しそうな程のプレッシャーが絶えず全身の筋肉を硬直させる。
しかし思考停止した時間は1秒にも満たなかった。
危機感で恐怖を麻痺させ、俺をこんなヤバイ場所に飛ばしたあの黒い外套の男への怒りで恐怖を上書きして、硬直した身体を動かす。
「‥‥‥ヤバイっ!!」
足を動かすも、どこに向かっているのか自分でも分からない。
我武者羅に足を動かしていると、フッと足下の地面が消える。
一瞬で意識が切り替わり、恐怖も一切感じなくなる。
風魔法で身体を思いっきり持ち上げた後、空中に留まって自分が落ちた地点を見ると、そこにはちゃんと地面が見えた。
「幻覚?」
風を使って調べてみるが、ちゃんと俺の体重を支えられる程度の圧力はある。
一応魔法などであの辺りの地面を調べておきたいところだが、藪をつついて蛇を出すような愚かな真似は控えるべきだろう。
そう考え、地面に降り立とうとした時だった。
「痛っ!!」
鋭い風の刃がどこからか無数に飛んできて、俺は感知することも出来ずにまともに攻撃を食らった。
十分警戒して風の探知魔法を発動していたにもかかわらず、何処から攻撃されたのかも分からなかった。
警戒して周りを見回すと、先ほどまで影も形もなかったのに、地面に大量に草が生えていて、今も凄まじいスピードで成長していた。
その草が養分を求めるように、俺の方へ伸びてきたと思うと、その草から先ほどの風の刃が飛んできた。
「くそっ!!」
悪態をつくが、何が攻撃しているのか分からないので、どうにも出来ない。
咄嗟に避けて炎を放って草を焼く。
「ギギギィッ!!」
草から姿を現したのは、指先ほどの大きさしかないカマキリのような魔獣だった。
あの小さな体躯からは想像もできないほどの大きな鳴き声で威嚇してくる。
「鋭断っ!!」
風を圧縮した特別強力な魔法を放つ。
ギャリリッという甲高い金属音がカマキリと魔法が当たって生じた。
音だけで凄まじいほどの硬度を持っていると分かる。
「ギィ!?」
俺が使える中で最も威力が高いはずの魔法を受けても、カマキリの身体は一切の傷を負っていない。
それどころか、怒ったのかさらに攻撃の威力が重く鋭くなってゆく。
「くそっ!?これでも効かないとか、俺にはどうしようもないぞ!!」
悪態をついてカマキリの攻撃から、身を守る。
生き残るためには、一撃一撃が俺の鋭断と同じくらいの威力が込められているという超理不尽な攻撃に当たらず、カマキリを倒す必要がある。
無理難題にも程がある。
「やるしかねぇっ!!」
覚悟を決めると、実行するための勇気が心の底から溢れ出してくる。
倒せないといずれ死ぬという極限状態なためか、何時もよりも感覚が鋭くなっているのを感じる。
剣を前に突き出したまま構えない。
構えている暇が無い。
最小限でカマキリの攻撃を見切って、一気に飛び出す。
「ギィィィッ!!」
近づけば近づくほどに攻撃の密度が上がり、威力もそれに比例するように上がっていく。
それを避けるたびに、視界に映る物全てがだんだん遅くなっていく。死地において集中力が極限まで研ぎ澄まされる。
「っ!そこだっ!!」
攻撃の隙間を抜けて、剣一本分の距離まで近付く。
魔法を使った強制的な方向転換と小回りで、その小さな身体を攻撃圏に収めた。
無我夢中で剣を振るう。
カマキリの鎌と剣がぶつかり合う。
その結果、剣は鎌にガッチリ掴まれる。
カマキリの顔が勝利の笑みに歪んだような気がした。
俺は剣に魔力を流して、剣の全ての能力を一段階上昇させ、それを限界を超えた力で押し込む。
「おおおおっっっ!!!!」
ギシッと筋肉が悲鳴を上げ、鎌にめり込んだ。
カマキリが羽を広げて後ろへと下がろうとするが、それを風魔法を使った急加速で抜き去り地面に押し付けて、足で体重をかける。
だが、その小ささに似合わない硬い身体のせいで押し切れない。
「ギッ!ギィィッ!!ギュルァルルァッ!!!」
奇声を上げて小さな身体をギチギチと揺らして抵抗するが、ガッチリ固定した剣はビクともしない。
「死ねぇぇっ!!」
力を更に込め、地面ごとカマキリを両断する。
カマキリは胴体を真っ二つに斬り裂かれて、力を失い動かなくなった。
あれほどの強敵だったのに見た目がただのカマキリと言うのは釈然としないが、勝ちは勝ちだ。
ふぅ、と一息をつく。
「ギィャッ!!!!」
死んだはずのカマキリが、上半身だけで突然起き上がって鎌を振り下ろしてきた。
咄嗟のことで油断していたせいで、反応が遅れる‥‥‥‥ということもなく縦に剣で真っ二つにした。
俺は【油断しない】というギアスを使って"知覚力"と"反応速度"を大幅に上げた。
ギアスは発動した者に何かを強制させるものと、そうでは無いものがあるが、今回に関しては後者だ。
デメリットが少ない代わりにリターンも微々たるものだが、それでも今のように限られた状況では有用だ。
だからこそ後ろに急に出現した巨大な気配へ咄嗟に反応出来た。
「か‥‥‥っ!!??」
振り向く暇すら与えられずに両腕が落ちた。
油断はしていなかった。
前に跳んだおかげで頭から真っ二つと言う因果応報な結果は回避できたが、凄まじい激痛が襲う。
「ぐがぁぁぁぁうぁぁぁぁっっっ!!??」
痛みで膝を付きながら背後を伺うと、巨大なカマキリが複眼をこちらに向けて、その巨体に相応しい大鎌を振り降ろそうとしているところだった。