皇子と婚約者の日常 上
ルミアとは結構仲良くなったと言ったが、所詮ちょっと仲良くなっただけ。
そう。俺たちは婚約者なのだから、もっと仲良くなる必要があるのだ!!という言い訳で、ルミアに魔法を見せるために外に行くことになった。
もちろん護衛を何人か連れてだけれども。
「やった!これでリオル君が魔法を見せてくれるの?」
「ふふん、その通り。楽しみにしててね。」
「うん!!」
可愛らしい笑顔を浮かべて、俺の手を握りながらブンブン振り回してくる。
マジ可愛いルミアちゃん。
ぽわ~と周囲の大人&俺が和んでいると――――――――
「む~っ!!」
もっと幼くて可愛らしい声と同時に、服の裾をグイッと下に引っ張られた。
こちらも可愛い。
引っ張ったのは俺の自慢の妹、メア=シルヴェリア。
サラサラな銀髪のロングヘアーで、右眼が金色、左眼が銀色というこの世界ではそんなに珍しくも無いオッドアイだった。
「兄さま兄さまっ!
今日は私と遊んでくれるんですよね!?」
ムギュ〜と効果音の付きそうな強さでお腹のあたりに抱きついて、顔をスリスリと犬のようにこすりつけてくる。
と言うか、この歳で流暢に言葉を使いこなせるあたりに、頭の良さを感じる。
「あぁ!もちろんメアも一緒に遊ぼうなぁ〜。」
「やったぁっ!!」
ルミアとは逆の手を持って、またも頬をスリスリとしながら甘えてくる。
マジ可愛い。
妹の可愛さにリオルがホワーと緩んだ顔でいると、右腕にルミアが抱きついてきた。
「あ、あの。どこでリオル君は魔法を見せてくれるんですか?」
流石に恥ずかしいのか、頬どころか顔をほんのり赤く染めながら聞いてきた。
そんな彼女とは対照的に、リオルの顔には変わらなくだらしない緩み顔が浮かんでいるだけだ。
そんなリオルの反応を見て、何故か恥じ入るように更にカアァっと朱色に染まる。
「う〜ん。安全面とかを考えたらお城が一番なんだけど…」
チラッと二人に目を向けるとメアはつまらなさそうに首を振って、ルミアは何かを言いたげにしていたが、迷惑を掛けるかもと遠慮している。
「それはつまらないから、無料開放の訓練場に行こうか。
昼間ならそんなに人も居ないだろうし、お金を払えば貸し切りにも出来たはず。そこで大丈夫かな?」
ここで言った無料の訓練場とは、国が冒険者、非番の兵士、運動不足のお年寄り等の為に作った簡易運動施設である。
鍛錬のための機器が常設され、ちょっとしたスポーツ用品も揃えられている。
冒険者ギルドが管理している為、ギルドから近くにある事が多い。
「はい。そこでよろしいですよ。」
「大丈夫!!早く行こ!!」
二人とも元気良く返事をする。
「よし。じゃあ出発だ!!」
俺達は意気揚々と偽装馬車に乗り込んで、ギルドへ向かうのであった。
馬車で冒険者ギルド近くへ着くと、ギルドの外では昼間なのに依頼も受けずに多数の冒険者達が騒いでいた。
何事かと思い、髪の色を変えて覗いてみると、いつも素材を卸してくれるおっさんのパーティーメンバーと偉そうな顔した金髪ロン毛が睨み合って言い争いをしていた。
茶髪の彼は今にも殴り掛かりそうなほど、鬼の形相で金髪ロン毛を睨みつけていた。
「ルミア様。私が訓練場を全て貸し切って来ますので、少々お待ち下さい。」
そんな喧騒を意にも介さず、そう言った護衛隊長が行者席から降りる。
彼はイルタニアの護衛で一番腕が良く、あらゆる人に丁寧に接するので、問題を起こす心配は無い。
そういう心配をするのならそれはむしろもう一人の方だ。
私服で変装した護衛隊長が剣も何も持たずに、喧嘩の見物人の間をスルスルと抜けて、三分程で貸し切れたのか戻って来ようとした。
その時、言い争っていた茶髪君が遂に金髪ロン毛を思いっきり殴った。
「おっと。」
何故か急に引いた人混みに取り残された護衛隊長は、倒れ込んできた金髪ロン毛を咄嗟に支える。
やってしまった、と慌てた顔で茶髪君が駆け寄ってくるが、急に起き上がった金髪ロン毛に同じ様に頬を殴られて、後ろへと倒れる。
「どけ!!いつまで俺の肩を掴んでやがる!!」
金髪ロン毛が喚きながら護衛隊長へと無造作に殴りかかる。
護衛隊長はその拳を頬に当たる瞬間、首を捻りながら顎で手首を挟んで拳の勢いのまま引っ張った。
そこに脚を出して置く陰険ぶりを見せて、金髪ロン毛が顔から思いっ切りズッコケた。
控えめに言っても達人技だ。
護衛隊長は問題を起こさないように、殴られた一般人の演技をしている。
「ぬぅああぁぁっ!!痛てぇぇっ!!」
「あぁ!?てめぇよくもやりやがったなぁ〜!!」
「貴様ぁっ!!ディールさんを馬鹿にするだけでは飽き足らずに一般人に当たるとは、冒険者の風上にも置けぬ男め!!」
茶髪君が金髪ロン毛の襟元を掴んで睨みつける…が、それを無理やり振り払って護衛隊長へと蹴りを放つ。
「ぐああああああぁっ。」
わざとらしく叫びながら、ゴロゴロと俺がいる馬車の前へと転がってきた。
そんな護衛隊長を、同じく一般人の子供のフリをした俺とルミアが駆け寄る。
「あの‥‥‥大丈夫ですか?」
「兄ちゃん。平気か?今の兄ちゃんスゲぇダッセぇぞ?」
「グッうぁっ!うるさいな。」
護衛隊長が痛みを堪えている風に地面に座る。
そんな茶番をしながら、俺達にだけ聞きとれる音量で会話する。
『騒ぎを起こしてしまい申し訳御座いません、ルミア様。』
『いえ、それよりも痛い所はありませんか?』
『はい。全て受け流しましたから痛みもありません。
それで、この事態をどう収束致しましょうか?
リオル様はどうお考えになりますか?』
そう話題を振られて、どう反応するか、頭をフル回転させる。
ニヤッと笑ってあの金髪ロン毛を盗み見る。
『……いい事考えた。茶髪君にも協力してもらうから、説得よろしく。』
『え?は?』
困惑している護衛隊長を置いて、周囲の野次馬に紛れる。
またも言い争っている彼らは、放っておくとまた殴り合いに発展しそうだったので、大人っぽい声を出して周囲の喧騒の中、叫ぶ。
「おい!もう決闘で決着つけたらどうだぁ〜?
そうだそうだ!!
決闘だ!決闘しろ!!」
一言一言声を変えて煽ると、何人かが俺の声に同調して決闘しろと叫び出す。
何をするつもりか、という視線を護衛隊長が、俺に視線を向けてくる。
「あ〜あ〜もう。うっせぇっ!!ギルド員!!訓練場の一区画を貸し切る。」
「うおおおおおっっっ!!!!」
周囲が色めき立ち、もう賭けのオッズ表を取り出している人までいる。
それに慌てたのはギルド員だ。
なにせついさっき護衛隊長が全区画を貸し切ってしまったから、もう空いてる場所が無い。
なので護衛隊長の元に戻った俺が彼に指示する。
『ギルド員に俺達が貸し切っていることを説明させて、条件付きで無料貸し出しすると伝えさせろ。』
『‥‥‥はっ!』
悩む素振りを一瞬見せたが、考えることを辞めたのか俺の指示どおりに動いてくれた。
護衛隊長からギルド員、ギルド員から金茶コンビへと伝言が伝わったようだ。
「条件ですか‥‥‥何かによって変わりますよ?」
「はぁ!?条件だぁ?そんなの先言わねぇと無効に決まってんだろ。」
と、人として当然の要求をしていたので護衛隊長を後ろに配置した俺が出る。
「簡単だよ。決闘の後に俺と戦ってくれるだけでいい。
買っても負けても賞金くらいなら出すよ。」
俺がそう言うと、ニヤリと顔を邪悪そうに歪めながら、ジロジロと身体付きや魔力の感覚を見る。
「ほぉ〜ガキ。そんな事言うくらいならせめて俺と戦れる実力があるんだろうな?」
「なっ!?お前こんな子供と戦う気か!?
いくら子供でも強い子がいるとは言え、戦士としての心得は別だ!!」
「自分でやりたいって言ってんだから構わねぇだろ。
それに俺に金をくれる依頼者だから手加減くらいするさ。
それにな‥‥‥」
金髪ロン毛は持つ槍を巧みに動かして茶髪へと向ける。
それだけの動きで彼がある程度の実力者だと分かる。
「今からお前は俺にボコられるんだ。
一方的な蹂躙だけじゃつまんねぇからそれくらいサービスしてやっても良いんだよ。」
わかりやすい挑発に茶髪君も金髪ロン毛を睨みつける。
「良いだろう。貴様の目に余る暴言、暴行の数々の責任を無理矢理にでも取らせてやる!!」
ギルド員が駆け寄って、準備ができた事を伝えて来る。
金髪ロン毛と茶髪君はギルド員の案内に従って、訓練場へと向かって行く。
あぁ、本当に楽しくなってきた。