陰謀
「グガァッ!!」
ゴブリンキングが血だらけになりながら、地面へと転がる。
それに追撃をかけるように両手斧を片手で持つ無傷の巨漢が鬼の形相で腕を振るうと、ゴブリンのすぐ横の地面が斬れる。
「ふん。どうしたゴブリンの王?それで終わりか?」
「グゥ‥‥‥フハハッ!予想外だぞニンゲン。
ここまで我が一方的に追い詰められるとはな。」
頭の血を拭いながら、ゴブリンキングはゆっくり立ち上がる。
その幽鬼のような動きに巨漢は警戒を強める。
いつの間にかゴブリンキングの左手には、ドス黒い剣が握られていた。
ミシミシと無くなっていた右腕が生えてくる。
「まさかニンゲンごとに使う事になるとは思ってはいなかったが、あの御方に授けられしこの黒剣で貴様を屠ってやろう。」
「‥‥‥ふん。確かにその剣は危険かも知れんが使い手が貴様のような愚物ではな。」
「その軽口を今すぐ閉ざしてやる!!」
黒剣を片手に走るゴブリンキングの動きは、少し前とは比べ物にならない程速くなっていて、虚をつかれた巨漢はギリギリのところで両手斧を滑り込ませる。
「確かに速い。」
「まだまだこれからだぁっ!!ニンゲンッ!!」
さらに速度を増した斬撃が巨漢へと襲い掛かる。
それを防御しながらズリズリと地面を擦りながら後退する。
「フハハハハハッッ!!どうした?手も足も出ないか?」
「‥‥‥‥。」
興奮しながら我武者羅に剣を振るうゴブリンキングと冷静に攻撃を捌いて防御する巨漢の攻防は長くは続かなかった。
身体能力に任せた下手くそな突きを両手斧で絡め取って、空中へと跳ね上げた。
「あ‥‥‥っ。」
間抜けな声を上げるゴブリンキング。
剣のおかげで上がっていた身体能力も元に戻り、巨漢の前で無防備な姿を見せていた。
そんなそんな隙を巨漢が見逃す訳もなく‥‥‥。
「フゥっんっ!!」
両手斧を両手で握った巨漢は、ゴブリンキングを袈裟がけに叩き斬った。
血が吹き出し、地面を濡らしていく中、ゴブリンキングは魔物の強靭な生命力で何とか息を保っていた。
「まだ生きているか。しぶとい奴だ。」
虫の息のゴブリンキングを前にしても油断の欠片も見えない。
そんな巨漢の様子に血反吐を吐きながらゴブリンキングは笑っていた。
「クククク。グフッ。」
「何がおかしい?ゴブリンの王よ。」
この生存が絶望的な状況下で笑うゴブリンキングを訝しげに思いながらも遠慮なく近付いていく。
指一本すら動かせないことも分かっているし、何かあっても対処出来る自身があるからこその行動だった。
「我が使命は蹂躙し、壊すこと。それは我がやる必要など無い。」
「それがどうした?貴様以外など一瞬で倒せる程度の存在でしか無い。」
憮然とした様子でそう言い放つ姿は、それが当然と確信しているからだ。
「我はすべてを同時に攻めはしたが、一箇所だけ戦力を薄くした。すると人間はこの状況でどうする?
攻めもせずに逃げ出すのではないか?」
「‥‥‥まさか貴様っ!」
「そこに我が精鋭をまとめて送り込んだ!さぁそれを聞いた貴様はどうする?」
両手斧を一瞬で振り下ろしてとどめを刺して、走り出そうとするも壁のようなものに跳ね返される。
斬撃を四方に放つと全てが弾かれる。
閉じ込められた事を悟った巨漢は、一点を狙って攻撃を繰り返す。
「邪魔だ!!!」
手から血が垂れても、両手斧が欠けようとも手を止めない。
だがそれでも不可視の壁は壊れなかった。
ゴブリンキングの亡骸の近くに落ちていた壊れた何かが太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
街の中央でリオルは人を助けながら首元にチリチリとした殺気を感じていた。
リオル個人に向けてでは無く、この街の全ての人間に有象無象では無いかなりの化け物が殺意を持っている。
リオルはそう確信していた。
「ざっとこんなもんかな?もう逃げ遅れた人はいないな。」
周辺には人の気配は無く、避難が完了したと見ていいだろう。
おそらく住民は領主館か教会のどちらかに籠城しているだろう。
「子供だ!逃げ遅れた子供がいるぞ!!」
もうコソコソ何かをする必要など無いので、流れに身を任せる。
「おい。ここら辺に他に誰かいたりしなかったかい?」
「え?僕‥‥‥ママと離れて‥‥‥ママがっ!ママが迷子になっちゃったの!!」
「そ、そうかい?ママとはいつ離れたんだ?」
「え〜と、デッカイ鐘が鳴ったときだよ!!」
ハ〜、とため息をついて頭を振る騎士。
そしてガバッと頭を上げて仲間と何かを相談し始める。
その会話を身体能力を上げて、聴き取る。
「どうする?親を見つけるのは至難の技だぞ。」
「ああ。もうしょうがない。
王都へと着いた後で母親を探すしかない。ゴブリンが全滅した今が撤退のチャンスだ。この子には悪いが時間をかけてる暇などない。」
なるほど、どこかの方角のゴブリンが全滅したらしく、そこから街の人を連れて王都の方へ撤退する予定だったようだ。
どうやら明日の事は気にしなくて良さそうな様子だった。
「よし!いいかい?迷子のママは今から連れて行くどこかにいるはずだ。
それで、見つけても見つけられなくても、周りの人についていくんだ。分かったね?」
「うん。分かったぁ〜!!」
そして俺は騎士の一人に教会へと連れて行ってもらった。
ちょうど逃げる準備が終わったらしく集団でゾロゾロと王都側の門へと進んでいた。
「どこに向かってるの?」
「あぁ、迷子の子供を保護してるシスター様のところに向かうよ。
多分君のママも見つからないだろうし。」
そう言いながら騎士は俺がはぐれないように手を繋ぎながら、俺に合わせてゆっくり進んでくれる。
ほぉ、なかなか好青年だ。
俺がそう関心していると
「あ、リオ君!?」
宿屋の母娘が騎士に連れられた俺を見つけて、声を上げた。
おや?と騎士が母娘の方へと振り向く。
「この子と知り合いですか?」
「えぇ、最近うちに泊まってくれた子です。」
何か勘違いしたのか騎士の青年は母娘へと話しかけた。
「そうでしたか。実はこの子をシスター様のところまで送り届けようとしていたのですが、お知り合いでしたらこの子を引き受けてくれませんか?」
「えぇ良いですけど‥‥‥。」
「それではお願いします!」
そう言うと直ぐ様どこかへと走り去ってしまった。
俺が急な展開に呆然としていると、後ろからガバァとアリアちゃんが抱きついて来た。
「リオ君だぁ〜。やっぱりいい匂いするねぇ〜。」
「これ。ゴメンなさいね。うちの娘が失礼なことして。
ほらアリア。謝りなさい。」
「はぁい。リオ君、急に抱きついたりしてゴメンね?」
「別に良いけど‥‥‥これどこに向かって歩いてるの?」
そう。今のやり取りをしながら周りがぞろぞろと移動していた。
「ん?知らないの?今からゴブリンがいなくなった隙を見て王都へ向かうんだ。
不謹慎だけど私生まれてからこの街を出た事なかったから少しドキドキしてるんだよね。」
ニコニコ笑いながら俺の頭をくしゃくしゃ撫でる。
そのまま周りに合わせて移動していると騎士に率いられた先頭集団が王都側の門の外に出ているのが見えた。
「よしっ。これで明日の問題は大丈夫そうだな。」
「キャアアアアッ!!」
俺が呟いた瞬間、門の外から甲高い女性の悲鳴が聞こえた。
「‥‥‥フラグだったか。」
自分の浅はかな行動を反省しながら、俺はスッと裏道に入った。
壁キックで屋根の上まで瞬時に登る。
アリアちゃん母娘が、俺が急に居なくなって焦っているが、多分先頭はそれどころじゃないくらいか混乱しているだろう。
「早く片付けるか。」
俺は身体強化を使って屋根の上を飛ぶように走って行った。