決闘(ゴブリンキングvs果物屋の店主)
俺が果物屋で店主に勧められるままに、果物シャーベットを堪能している時だった。
ゴブリンの鳴き声が大量に聞こえたと思ったら、また更に犯すだの喰らうだの物騒な言葉が風の魔法か何かで街中に届いた。
「チッ、この声からして囲まれてるな。
おい。坊主。
代金は貰っていくが、さっさとママのとこに帰りな。」
「店長さん?」
突然の店長さんの発言を疑問に思いながらも、取り敢えず代金を渡す。
それを受け取り無造作にポケットに突っ込むと、店の奥から巨大な両刃斧を肩に担いで戻って来た。
「いいか?俺はゴブリンを潰しに行く。
だがな。俺がいくら強いと言っても街ごと囲まれてる現状では、逃げ出す事もできねぇ。
いいか?何でもいいから身体の臭いを消してどっかに隠れてろ。
分かったな?」
「う、うん。」
それだけ言うと店長さんは、舗装された地面を踏み砕く勢いで1番近い門の方へと走って行った。
しばらくポカーンとしてしまったが、直ぐに冷静になる。
「えっと?あのオッサン元冒険者っぽいな。それも結構高位の。」
舗装された地面を走るだけで砕くなんて芸当、もう人間業じゃない。
「でもまぁ一先ずあっちの門は大丈夫だな。」
あのオッサンが行ったのなら、心配するだけ無駄だろう。
それより俺がやることは民の保護だ。
望んで生まれたわけではないが、生まれてその特権を使っている立場なのだから筋を通すべきだろう。
「【空間把握】【振動感知】」
二つの魔法を連続で発動させる。
どちらも探知系の魔法で、瓦礫に埋まった人をすぐに発見できる。
魔法を発動させたまま、オッサンとは反対の方角の門へと向かった。
予想通り、ゴブリンは門を壊して、街の中で暴れ回っていた。
無差別に人へと襲い掛かり、男には噛みつき、女は何処かへ引きずって行こうとする。
「死ね!!」
そんなゴブリンを入念に叩き潰して、人を助けていくが、ゴブリンの数が圧倒的に多い。
エコーとノイズキャストの範囲を広げれば何体いるか分かるが、キリがないという意味では同じなので使ったりはしない。
「ああ!もう!!なんでまだ避難してないやつがいるんだよ!!
避難の鐘は鳴らしたはずだろ!!」
こういった大きな街では、非常事態には鐘を鳴らして住民へと報せる事が多い。
外から来た部外者は避難を呼びかける鐘のパターンを知らない可能性もあるが、普段鳴らない鐘が鳴れば異常事態だと分かるだろう。
「まさか聴こえたあの言葉がゴブリン特有のダミ声だったから避難しなかったのか!?」
冒険者でも無い住民はゴブリンを簡単に倒せると思っている所がある。
その思い込みが、どうせ大丈夫だろうと思って避難しなかったのかもしれない。
ゴブリン達の親玉らしき、街中に響いた声の主はおそらく、俺より強い。
すなわちちょっと腕が立つ程度では、倒せないだろう。
「くそ!!早く礼拝堂に行け!!そこならかなり丈夫だから壊されない!!」
また一人、逃げ遅れた住民を救って面倒臭さに怒鳴る。
昨日みたいに密集して無いから魔法も効率が悪いし、戦える人間がゴッソリ居なくなっていることもキツい。
どうにかして、街が危機なことを知らせているとは思うが、戻って来るまでに時間がかかるだろう。
「くそ!どうにかしてゴブリンを減らすのと人を助ける事を同時に出来ないものか。」
そう愚痴っているとピンっと天啓のような良いアイデアが浮かんだ。
「そうか!この手があったか!!」
俺は袋から薬を取り出し、辺りを見回す。
これは先日、実験で使った好色飢餓薬だ。
効果は知っての通りで、名前の通り。
それを危なさそうだったから逃げたが、おそらく門を壊したであろう一際大きいゴブリンにぶつける。
「グゴオオオオオオッッッッ!!!!」
肌が赤黒くなり、目が充血して血涙を流す。
肉体がブクブクと膨らんで、痛みがあるのか大声量で喚く。
そのゴブリンの目が狂気に染まっていく。
「グギャガガガがっ!!」
笑い声のようなものを上げると、近くに居たゴブリンに噛みつき、そのままグチャグチャにして呑み込んだ。
その光景がグロ過ぎて、遠目から見ていた住人達は辺りに吐くほどの衝撃を受けていた。
「よし。これで多少はどうにかなるだろう。
問題はその後‥‥‥っ!!
どうやって明日までに帰るか‥‥‥だ。」
明日は婚約者と会わなければならない。
王族である俺の婚約者と言う事は最低でも公爵の令嬢と会う筈だ。
そんな人と会うためには朝から入念にオメカシしないといけないから、少なくとも今日中に王都へ戻らないといけない。
「えぇいっ!!面倒臭いっ!!
夕方までに全部叩き潰せば、夜には帰れる!!」
それに、どんな格上でも当たれば倒せる切り札を持っているし、最悪切り札(二個目)を使えば逃げられる。
「取り敢えず目に付くところから手を付けて行こう。」
俺は一先ず、巨大ゴブリンの惨劇を見ていた人達を避難誘導する事から始めた。
ゴブリン達の王であるゴブリンキングは豪華な椅子に座りながらも苛立っていた。
たかが人間の街を蹂躙するのに、何を手間取る事があるのか。
苛立ちが募って足をゲシゲシと地面に蹴りつける。
そんなゴブリンキングの元に普通のゴブリンの死体が飛んできた。
「グガァッ!!」
右腕を無造作に前を突き出して、飛んできた同胞を握り潰す。
ギロリと飛んできた方向を見やると、巨大な両刃斧を片手で振り回す、武器にも負けないほどの巨漢の人間だった。
その巨漢は凄まじい威圧感と共に、側近のゴブリンをゴミのように蹴散らして、ゴブリンキングへと迫る。
「ハッ!たかがニンゲンが!」
全力で振り下ろされる両手斧をゴブリンキングは結界で斧を防ごうとしたが、一瞬で切り替えて地面を削りながら椅子ごと後ろに避ける。
避けきれずに少し斬られた右腕の傷を睨みながら、ゴブリンキングは口を開く。
「チィッ!面倒なモノをっ!!」
「‥‥‥この両手斧の能力に気付いたか。曲がりなりにも王を名乗るだけはあるようだな。」
「ハッ、ぬかせニンゲン。死ね。」
ゴブリンキングが右手を向けると、ファイアーランスが一瞬で構築されてほとんどタイムラグ無く続いて打ち出される。
それをその巨漢は、両手斧を片手で振り回して、一撃で魔法を掻き消しながらズンズン進んでくる。
「チィッ!忌々しい武器よ。
多重魔法!闇球!!」
黒い靄の塊のような魔法が巨漢に殺到するが、全く焦ることも無く、その靄を全て両手斧で容易く斬り裂いた。
その瞬間だった。
ズンッ!!と音を立てて両手斧が地面へとめり込んだ。
「む?」
突如、片手で支えきれなくなった両手斧を見つめながらも、巨漢は冷静に両手で支えるが、その様子はいかにも重そうであり、両手斧を使いこなせそうに無い。
「厄介な貴様の武器はこれで封じさせてもらったぞ。
それで?武器を失った貴様はどうする?
我に服従し、命を乞うか?それもと逃げるのか?クククどちらにしても貴様は殺すがな。」
「ふっ。薄汚いゴブリン如きに俺は負けんよ。」
ゴブリンキングが嘲笑の笑みを浮かべて、少しだけ巨漢から目を離した時だった。
巨漢が先程まで重そうに持っていた両手斧を片手で投擲した。
油断していたゴブリンキングは慌てて防御をするが、その防御ごと斬り裂き、右腕を肩ごと持っていった。
「グオオオオ!!??ギサマァァ!!!!
さっきのは演技がぁぁっっ!!!!殺す!殺す!!」
「フンッ!!」
巨漢は素速く近付いて、拳でゴブリンキングを殴り飛ばした。
「ガアアアアッ!!」
「ふっ。これで終わりか?ゴブリンの王。」
ギリリッと歯を食いしばってゴブリンキングは大魔法を発動させる。
その日一番の轟音がその場に響いたのであった。
ふん。はこの果物屋のおっさんの口癖です。