目覚め
俺は真田 興矢。まだまだ若き高校生だ。
ぼんやり、ふんわかと親に言われるがまま学校に入り、親に言われるがまま勉強していた。
まあ、所謂、無気力男子ってところかな?
そのお陰で彼女も出来ず、同じクラスの奴等には空気的な存在だった。
そんな俺がある1つの物にはまりこんだ。
それは“娯楽”だ!
アニメ、ライトノベル、マンガを読みまくって世間一般ではオタクと呼ばれる次元までのめり込んだ自覚はある。
勿論、厨二病とかじゃない。
幼なじみの西野 遥は、その様子を見て、呆れていたが俺が何かに熱中するのは一切無かったからか、弱冠安心しているようだった。
そして同じ高校に入学し、同じクラスになった。
そして月日は流れて、今に至る。
「あー、ごめんって。ほんとごめん。」
「‥‥‥ふんっ!」
俺は食堂で転倒して、カレーを近くにいた遥のお気に入りの筆箱にぶちまけてしまったのだ。
怒られて当然だし、俺も悪いと思っている。
だからこそ、こうして帰る途中にも謝り倒しているのである。
その様子を見て、遂に破局か!?と学校中へ噂しながらチラチラ見ていたのは悪友(親友)の真壁 達朗。
俺は遥と付き合っていないし、恋愛感情も持っていないのだが‥‥‥まあそれを分かってやっているのであろう。
遂に破局か!?と、同級生どころか、上級生まで言ってくる始末だ。
俺は少し辟易してしまった。
ま~か~べ~!いつの間に広めやがった!?と問い詰めたい思いだった。
そして今の状況に至ると言うことだ。
「もう!構わないで!」
様々な言い訳を並べていた俺に怒ったのか、そう言って赤色の信号を気づかないで渡り始めた。
「あ、バカ野郎!」
丁度そこに大型トラックが突っ込んできた。
俺は咄嗟に遥を突き飛ばした‥‥‥その瞬間、身体全体にハンマーで殴られたかのような衝撃が襲ってきた。
数メートル吹き飛んで地面に叩きつけられた。
いや、何処かの家の塀にぶつかったのかも知れない。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
喉の奥から血がせり上がって来て、変な味がする。
いきなり突き飛ばされて吃驚していた遥も段々と状況が分かってきたらしく、俺に駆け寄って何かを呟いている。
「こん‥‥なに‥‥‥出て‥‥‥。
わ‥‥‥興矢の‥‥こ‥‥す‥‥‥‥だった‥‥‥。
お願い‥‥死な‥‥!」
なに言ってるのか全く分からんが、俺が今、危険な状態にあることくらい分かる。
「ごめん‥‥私のせいで。ううっ。」
身体が熱いが、逆に熱が段々抜けていっているような気がする。
遥の様子を見てみようと思って眼を動かして見ると、俺の前でへたりこんで大泣きしている。
「おいおい、何、泣いてるんだ?何時ものお前らしくないな。つーか痛すぎてヤバイ。」
遥を安心させるため、出来るだけ普段通りの口調と声音で話す。
サッと首を上げて俺を凝視する。
「さっさと救急車呼んでくれよ。今にも‥‥死に‥‥‥そうだ。」
そこでゴボリと血を口から吐き出す。
意識が遠くなっていく。
もう既に痛みも寒気も熱さも無い。
気力だけで持たせている状態だ。
これはもう死ぬな‥‥。
そう確信した俺は最後に言っておきたいことを言うことにする。
「遥、良く聞けよ。母さんと鈴音に‥‥‥ごめんって伝えといてくれ。
それでさ‥‥俺の部屋にある物は別にもう使わないからさ‥‥‥‥適当に‥‥‥よろしく。
俺が死んだらさ‥‥葬式には出なくてもいいよ。
そういうしんみりした空気は俺に合わない‥‥‥。」
ああ、もう持ちそうにないな‥‥‥。
その時見た遥の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、愛嬌のある可愛い顔が台無しだ。
ふと、唇に変な感覚があった、残った気力を総動員して見てみると、遥が俺にキスしていた。
「私は興矢が好きだったのよ!だから‥‥だから死なないで!」
「ごめん。もう眠いから寝るわ。お休み。」
そこまで聞いたときに、俺の意識は消え去っていた。
光が射し込んでくる。眩しい。
俺はパチクリと瞼を動かした。
いつも通りに伸びでもしようと腕を動かしたときに違和感に気付いた。
『何これ?腕がちっこいな。良く見てみれば身体もちっこい。』
動きにくい身体を無理矢理動かして、寝返りをうち、周りを見回す。
『豪華だな。』
見回した最初の感想がこれだった。
しかしそれも仕方の無いことで、そこは金で、できた器や宝石が散りばめられるように、無造作に置かれていたり、高そうなネックレスや指輪やイヤリングが綺麗にコレクションされていたりした。
そもそも、俺の寝ているらしき場所も大きくて、身体の大きさに合っていない。
ん?おや?なんとまあ。
俺の身体が縮んでいるではありませんか。
『これは転生ってやつか?赤ん坊じゃないか!‥‥‥面白いな。』
こう言うときは普通、現実逃避や混乱するべき場面なのかもしれないが、もとの世界に大した未練を持たない俺にとっては正直、どうでも良かった。
道理で違和感があった訳だ。そう納得したところ、誰かが入ってきた。
「坊っちゃん?」
意味が分からない単語が聞こえると同時に、入ってきたのは、メイド服に身を包んだ20代後半位の女性。
それに続いて、数人のメイドが入ってくる。
胸が大きかったり、愛嬌がある顔をしていたり、母性のある顔をしていたり、と特徴を上げれば切りがない。
全員一致の特徴としては、髪の色が黒ではないと言う点だ。
「起きていたのですか‥‥‥。それにしても何と愛らしい‥‥‥。はっ!‥‥‥こほん。」
最初に入ってきたメイド達の纏め役らしき女性が頬を朱に染めて何かを祓うように首を振る。
大丈夫か?この人。
「さて、坊っちゃんのお世話は私がやりますので、貴女方は部屋の掃除、シーツの取り替え、ゴミの処分を任せます。」
「分かりました。」
馴れた口調で命令し、俺を抱える。
反射的に手足を少しバタつかせたが、熟練の動き(?)であやすように左右上下に揺らす。
気持ちが良い。
「あーううあー。」
赤ん坊っぽい声が口から漏れでる。
その声を聞いて、抱き抱えている女性がハァハァと息を荒くしている。
‥‥‥いや、本当に大丈夫か?
少し本格的に心配になってきたが、子供を寝かしつける技能は確かだ。
俺の親は見当たらないが今は自分でも驚くほど眠くなっている。
そのまま今ある疑問や問題を棚上げして、眠気に身を委ねた。
ふぁ〜おやすみ。