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闇に消えた十億円

作者: 神谷大





 青年期と老年期、その間所謂中年に差し掛かった男、村田慎之助(ムラシンノスケ)は、鉄筋コンクリートの壁に鉄扉で蓋をされた箱の中に居た。

 特有の冷たさを持つ金属製の机を挟んで向かい側には、村田よりもいくらか歳を重ねた男、安藤忍(アンドウシノブ)が座っている。男の着ているスーツの胸ポケットに着いている赤色のバッジを見る限り、どうやら捜査一課の刑事のようだ。

 今の村田の状況は、さながら鳥籠の中の鳥のようであった。しかし、鳥籠の中の鳥は、鳴かなくとも怒鳴られることはない。




 「どうやって一億を掻っ攫った?」鳥籠に容れられてから二日、尋問の時間は合計十六時間。ずっとこの質問と睨めっこしている。その理由は、ここへ連れて来られた理由にある。

 空気の澄んだ野山で日常を過ごしていた中年が、偶然訪れた都会で不幸にも人間に捕らえられてしまった。勿論そんな筈はない。

 遡ること五日前、村田は仲間の五人と共にとある銀行を襲撃、一億円を強奪した。見ての通り、敢えなく御用となったが、警察は送検のために手口を事細かに調べる必要があり、それに手こずっているのが現状だ。

 そして今、二日間閉ざしていた口を開くときが来た。

「残りの五千万は何処だ?」







 「抵抗しなければ誰も傷付かない。」村田は天井に拳銃を一発撃った後、伏せさせた客に念を押すように言った。自分に害があるわけでもないのにわざわざ危険を冒す正義の味方は居ないとは思うが、言っておいて損はしないだろう。この文言は一種のお約束としての意味しかない。

 すると、行員の制圧のために窓口の奥に突撃した若い男、石川智之(イシカワトモユキ)が声を上げた。

「OKだ!」その号令と共に、二人の男が金庫の方へと駆け出した。

 村田は今から四分間、客と行員の相手をしなければならない。黙ってジッとしていると、より詳細な犯人の特徴をテレビで見るハメになる。

 その時、村田は鳴ってもいないガラケーをポケットから取り出し、客の方を向いて口の前で人差し指を立て静かにするようにとジェスチャーをして携帯を耳に当てた。

 「堀内か、何のようだ?今忙しいんだが・・・飯?今日?この後?」村田は大袈裟に身振り手振りを交え虚像と会話を交わす。その一挙一動ごとに携帯に付いたニワトリのストラップが上下左右に揺れる。

「無事に今やってる仕事が片づいたらな。」そこで一旦耳から離し、携帯をしまう素振りを見せるが、再度耳に当てた。

 「浮気がバレそうだぁ?知るかそんなこと!自業自得だろうが!」急に怒鳴り声を上げ、そして再び平常に戻る。こうすることにより、より一人芝居にリアリティが増す。

「言っておくが、どうなっても俺は助けないからな。」そう言って、今度こそ携帯をポケットにしまった。

 そこで村田はしばらく黙った。客の頭の中で、電話相手の想像が膨らむ。全員、村田に視線を向けてはいるが、思考は他所へ。

 そうこうしている内に、金庫組の二人がパンパンに膨らんだボストンバッグを持って戻ってきた。そして、合流した四人は一目散に銀行の正面玄関から脱出。目の前の車道に停まった、ドアが開いたバンの荷台に飛び込んだ。







 「いつ四千万を送金した?」この問いに村田は眉を顰めてみせた。

「ここんところ定期収入のないお前の口座に突然四千万もの大金が送金されれば、誰だって怪しむ。」村田は肩を竦め、首を傾げた。

 「わからんな。銀行から出るところまではほぼ完璧だったにもかかわらず、最後にそんなボーンヘッドをするとは。」

「ほぼじゃない。完璧だ。」村田は安藤の言葉の綾に対して反論した。

「なら、その完璧な手口を教えてもらおうか。」







 「集まりが悪い強盗団だな。」村田は開口一番にそう言った。その言葉の意味するところは、総勢六人のメンバーの内、今このバーに居るのは半数の三人のみということだ。

 「しょーがない。普通の一般人は、この時間何かしら用事がある。」そう言った村田より僅かに年下の男、松本崇幸(マツモトタカユキ)は村田と石川に座るよう促した。

 「前夜祭には参加してもらいたいもんだな。」村田のその言葉に松本は思わず吹き出した。

「前夜祭じゃなくて、試験前日の一夜漬けの間違えだろ。」

「俺は普段から勉強してたんでな。その気持ちはわからん。」村田は松本から視線を逸らし、嫌味っぽく言った。

 松本は自分の学生時代を思い返す。試験前日の一夜漬けの苦労、空白だらけの解答用紙、赤ペンで書かれた赤点ギリギリの数字。松本は髪の毛をぐしゃぐしゃにした。

 「早く始めませんか?」フリーターの石川にとって、平日の昼前は貴重な時間故、松本を他所に村田は話を始める。

 「決行は明後日の十四時五〇分。閉店ギリギリだ。明後日は丁度ルート便が現金の交換に来る。そのため、閉店間際には銀行の金庫はすぐ開けられるようになっている。俺たちはそこを狙う。」村田は円形の筒から丸められた模造紙のようなものを取り出し、テーブルに広げる。石川は、予め松本がテーブルに並べていたカトラリーが入った箱を四隅に置いた。

 広げられた紙には、部屋を表したと思われる線が広がっている。即ち銀行の見取図だ。

 村田はまず正面玄関に指を置いた。

「俺たちはここから入る。」そして指でまっすぐなぞり、窓口に向けた。

「俺はここまで行って客を、石川は窓口の裏までいって行員を押さえる。絶対に警報を鳴らさせるなよ。ここで五分弱待てば、後は正面から出て目の前のバンに乗るだけだ。」石川は、村田のざっくりとした説明を聞いて、うーんと唸り声を上げた。

「だいぶ簡単ですね。」

「憶えやすくていいだろ?」







 「今回は見事に成功だな。」松本は冷蔵庫から青いラベルの缶ビールを大量に運んできた。

「どこがですか?村田さんが捕まったじゃないですか!」就活用に買ったスーツを着た男、高木和真(タカギカズマ)は声を張り上げた。

 それに対して松本は、これ見よがしに缶を開け喉を鳴らした。そして、徐に口を開いた。

「ここまで万事、計画通りだ。」高木は耳を疑った。

「どういうことですか?」

「田口と慎之助がフロアを押さえて、俺とお前が金庫の金を鞄に詰めて、慎之助だけが逮捕される。ここまで計画の内ってことだ。」







 「久しぶりに連絡くれたかと思ったら、仕事ですか?」Tシャツにジャケット、下はジーパンというカジュアルな格好の若い男、坂本誠司(サカモトセイジ)は車のトランクにもたれ掛かってぼやいた。

「悪い、最近忙しくてな。」

「そうみたいですね。僕の手を借りようとするくらいですから。」坂本はそっぽを向いてコーラの瓶を咥えた。

 村田は、わざわざ坂本の視線の正面に移動した。

「何も聞かずに頼まれてくれ。運転手をしてもらいたい。」坂本は再びそっぽを向いた。

「何も聞かずには引き受けませんよ。僕はもう子供じゃないんだ。」坂本はコーラを飲み干し、瓶をトランクの上に置いた。そして、道端の柵に腰かけた。

 「ちゃんと報酬は出す。」

「やばい仕事ですか?」坂本は顔を上げ、捨てられた子犬のような目で村田を見詰めた。村田はそれに気付くと、笑顔で見返した。

「少なくとも俺は豚箱行きだ。」

 それ以上、坂本は聞き返すことをしなかった。決心を固め、村田を残し車を走らせた。







 中年の松本が、独り平日の昼間に大学の学食で唐揚げ丼を食べている光景は、高木にとって異様に写った。素性はよく知らないが、今現在学食で食事をしているということは、少なくともサラリーマンではないだろう。完全に高木の偏見ではあるが、それ即ち無職だ。

 高木と、同級生の男、宇佐見麗斗(ウサミカズト)の二人は昼休みというラッシュ時にも関わらず不自然に空いた松本の正面の席に座った。

 「席取りしててくれたんですか?」

「これが噂の宇佐見クンかい?」松本は高木の皮肉を完全に無視し、直ぐさま本題に入った。

 「こんな時間に学食に来といて、何を急いでるんですか?」松本は、それを聞いて呆れたように言う。

「あのなー、バーのオーナー(兼店長)ってのは昼過ぎには店の準備を始めなきゃならんのだよ。俺だって君らと一緒で暇じゃないんだよ。」この時、高木は初めて松本が無職でないと知った。

「てっきり無職で金に困ってるから強盗するのかと思ってました。」松本は再び無視し、宇佐見に向き直る。

 仕切り直し、宇佐見は自己紹介を始めた。

「改めまして。宇佐見麗斗、和真と同じゼミ生です。えーとっ、週二で清掃員のアルバイトをしています。」

「聞いてた通り、高木よりまともな学生だな。」松本は満足げだ。

「因みに、何をするかは聞いてるか?」

「はい、銀行強盗でしょ?」すると、松本は高木の方を向いて目をジッと見詰めた。それに対し高木は、何故見詰めているのか意味を理解できなかった。それに気付いた松本は口を開く。

「誰にも漏らすなって言わなかったか?」

 高木は虚をつかれ、慌てふためき弁明する。

「仲間に誘うんなら言っといた方が良いと思って。」松本は思わず呆れ顔になる。

「まだ仲間になるかわからないだろ。」

「はい・・・すいません・・・」

 そして、今度は宇佐見の方を向く。

「とは言っても、聞いてからここに来たんだ。乗るだろ?」そう言って松本は宇佐見に茶封筒を渡した。

「君にやってもらうことはそれに入ってる。」







 村田と松本は、開店前のバーで企画会議を行っていた。

「やっと纏まったぞ。」村田はそう言うと、床に置いたリュックから飛び出した円い筒を引っ張り上げると、中から丸められた模造紙のようなものを取り出した。

 紙をテーブルに広げるが、すぐに元の形に丸まった。

「何か重石はあるか?」

「探してくる。」松本はカウンターの裏へと消えた。がしゃがしゃと金属類を引っかき回す音が聞こえてくる。

 村田は、手で丸まる紙を押さえジッと眺めていた。すると、入り口のドア、その上のベルがカランコロンと鳴り、何者かが恐る恐る顔を覗かせた。

 村田がドアの方に視線をやると、こちらを覗く男とはっきりと目が合った。すると、男は警戒した様子で話し掛けてきた。

 「どちら様ですか?」村田は面食らった。自分から入ってきておいて、中に人が居ると誰かと尋ねてくる。村田の方がよっぽど"どちら様ですか?"と聞きたかった。しかし、男がそう尋ねた理由はすぐに明らかになった。

 「この店の人じゃないでしょ?」男は、このバーの人間を知っているようだ。

「店の人ならそこに居る。」そう言って村田はカウンターの裏を指差した。

 すると、男は村田の近くまで歩み寄った。そして、テーブルの上に視線を落とした。

「何の見取図ですか?」村田は慌てて、且つ平静を装って紙を丸め閉じた。

「質問にはお答えしかねるよ。何処の誰かもわからない人にはね。」二人は睨み合う。男は後ろ手にスマートフォンを操作し、村田はテーブルの下で携帯を開いた。二人とも画面は同じ、110の数字がでかでかと表示されている。男は緑のアイコン、村田は青く光るキーに指を近づけた。

 「あったぞー♪」その時、カウンターの裏から、今にも踊り出しそうなくらい陽気に鼻歌を歌う松本が姿を現した。そして、男の存在に気が付き、手に持っていた箱をテーブルに置いた。

「悪いね兄ちゃん。店は六時からなんだ。」男は慌てて、客であることを否定する。

「俺は上のテナントの従業員です。あんまりにも早い時間に店の扉が開いてたもんで気になって。」

「そういうことなら、心配はご無用だ。こいつは俺のダチだ。」松本は笑顔で言葉を返す。

「そうでしたか。なら良かった。」男も笑顔で返す。

 「じゃあ俺はこの辺で失敬させていただきます。」松本は、笑顔で手を振り男の背を見送った。

「ちょっと待て。」急に呼び止める村田の声に、男も、松本も肩をビクつかせた。そして男は、ドアの方を向いていた顔を恐る恐る村田の方へ向けた。

 すると、村田は少し口角を上げた。

「せっかくだ。君もここに座って付き合ってくれ。」







 「あぁ、俺だ。」松本は鍵を回し、ドアを開けた。

「今暇か?」真っ暗な店内の壁伝いに手を這わせ、照明のスイッチを探し当てた。

「そうか。じゃあ、授業が終わったら店に来てくれ。」店内が一挙に明るくなり、松本は手の平で目を覆った。

「ツケが残ってるんだから文句言いっこなしだ。」松本は、スマートフォンをポケットにしまった。

 ドアの上に付いているベル、その舌の固定具を外し奥のイスに座る。すると、ドアがベルを鳴らしながら開き、男が一人入ってきた。

「早かったな、慎之助。」







 「仲間は全部で六人か。それで、それぞれがどんな役割で、どんな行動をとった?」そんな安藤に対して、村田は溜息をついた。

「少しは自分で考えないと脳が鈍るぞ。」

「生憎だが、俺は倹約家なんでな。無駄に脳細胞を磨り減らさないようにしてるんだ。」安藤が鼻で笑うと、村田もまた鼻で笑い返した。

「じゃあ俺も言語野を大事にしないとな。」それっきり村田は口を閉ざした。

 十数分経ち、痺れを切らし口を開いたのは安藤の方だった。

「わかった、俺もそろそろ頭を使おう。」安藤がそう言うと、村田は顔を上げた。

 「村田慎之助、お前はチームリーダー兼作戦立案。事件当日は行内の客を制圧。石川智之は、作戦会議を偶然目撃したためチームに引き入れた。事件当日は窓口内の行員を制圧。高木和真は、松本の経営するバーの常連で、ツケの清算を条件にチームに引き入れた。事件当日は金庫の現金を回収。坂本誠司は、お前の口振りから古い知り合いだ。事件当日は・・・運転手か?宇佐見麗斗は、高木和真の人脈でチームに参入。清掃員のアルバイトをしているとなると、当日は警備員の足止めでもしていたか?そして松本崇幸・・・」安藤は一旦ここで言葉を切った。そして、村田の顔色を覗う。

 「俺が思うに、奴がこの件をお前に持ち掛けた。違うか?」






 「流石に今日は全員集まったな。」村田は周りの顔を見回す。

「みんなそれぞれ初めましての奴が居ると思うが、自己紹介は金が入ってからにしてくれ。」松本が各々の歓談を遮ると、イスに座るように促した。

 そして、四人全員が座って口を閉ざす。それを確認した村田は、筒状の図面ケースから銀行の見取図をテーブルに広げた。賺さず松本が、カトラリーケースを四隅に置く。

 「まず、ここまで付いてきてくれたことに感謝する。あともう少しで全て終わり、明後日からはみんなそれぞれ、今までと変わらない日常を送ることになるだろうと思う。だが、今日までの三ヶ月、明日の五分弱。全員にとって、忘れられない時間になる。金と思い出、後の財産を共に取りに行こう。」そう言うと村田は俯いた。反対に松本は天井を見上げる。二人の唇は、何かを我慢するようにプルプルと震えていた。

 数刻の沈黙が漂った後、

「村田さん。さすがに今のはちょっとくさいですよ。」坂本が、村田と松本の堰を切った。

 村田は吹き出し、松本は笑い声を上げる。

「うるせえ。ちょっとくらい格好つけさせろ。」つられて他の四人も四者四様に笑った。

 「よっし!それじゃあ最終確認だ。」村田は恥ずかしさから逃れるように見取図に視線を移す。

「まず、十四時四十五分に俺と松本、石川と高木、各自バラバラで集合。ラフな格好で来いよ。」そこで高木は手を挙げて服装の意味を尋ねようとした。

「質問は最後だ。」村田はこれを手を挙げて制止。

「集合したら、そこで五分以内にスーツに着替える。高木、スーツは持ってるな?」高木は声を発さずに頷いた。

 「中に入ったら、行員が窓口に三人、奥に五人居る。警備員は詰め所に二人だ。」見取図の上に押しピンを刺していく。

「俺達が行内に入る前に、宇佐見君が詰め所のドアノブにモップを引っ掛けて、警備員を閉じ込める。次に、まずは俺と石川が先に入って、俺は客を、石川は窓口の裏まで行って行員を抑える。石川が合図したら、松本と高木が一気に金庫まで突っ走って金を鞄に詰める。そして、正面から出て坂本の運転する車に飛び込む。俺達の仕事はそれで終わりだ。坂本、時間とルートは渡した手順書通りだ。ちゃんと荷台を開けて待ってろよ。」坂本は、はいと如何にも体育会系と言った感じに返事した。

 「質問はあるか?」村田が尋ねると、まず石川が口を開いた。

「もし警報を鳴らされたら?」村田は、宇佐見に視線を送る。そして、宇佐見がその問いに答えた。

「警報装置の送信機を断線させてありますから、直接警察には連絡はいきません。少しは時間を稼げると思います。でも、缶詰になった警備員が通報するでしょうから過信は禁物です。」

 「他にあるか?」今度は高木が手を挙げた。

「金庫を開けるのに手こずったら?」今度は村田自ら返答する。

「明日は現金の回収がある。これ即ち金庫は簡単に開く状態にあるということだ。そんなに手間取らない筈だ。でも、もし

四分で開かないようなら金は諦めてトンズラしろ。」

 「他には?」最後は松本だ。

「客の目はどうする?いくら顔を隠してたって、じっくり観察されれば背格好から大体の歳はバレるぞ。」

「電話をとるフリをして出鱈目な独り言を漏らす。そうすれば大概の人間の思考は電話相手の方に飛ぶはずだ。」

 「もうないか?」村田は全員を見回し、周囲は沈黙で答える。







 「また古い車を調達したもんだな。」坂本は逃走車両を確認すると、瓶に入ったラムネをひとくち口に含み駐車料金を機械に投入した。学校のチャイムが十三時三〇分を告げる。坂本はシートベルトを締め、バンを発進させた。




 「お疲れ様です。」宇佐見は行員と挨拶を交わすと、モップを水に漬け床を拭き始めた。壁の時計の針はおおよそ十三時五〇分を指している。宇佐見はバケツとモップを持って窓口の裏へ移動した。







 「大丈夫ですよね?」高木は震えるような声で松本に話しかけた。スマートフォンの液晶は十四時〇八分を示している。高木は吊革を握りしめて目を瞑った。




 「鞄にレンガを放り込むだけだ。そんなに緊張するな。」松本は多種多様な話をして高木を落ち着かせた。運転台の懐中時計は十四時十八分三十二秒を指している。松本は高木を連れてホームへと降り立った。







 「さすがに短パンに革靴は変じゃないですか?」石川は変装道具が入ったボストンバッグをアスファルトの上に置いた。デジタル腕時計の数字は一四時二十八分と表示されている。石川は腕時計を外しジャケットのポケットに入れた。




 「履き替えるのも面倒だろ。荷物にもなるし。」村田は革靴に汚れがないか見回した。腕時計の針は十四時三〇分を過ぎている。村田はポロシャツのボタンを外した。







 時刻は十四時四〇分。集合場所の路地にはきっちり四人の男の姿があった。

 「全員揃ったな。五分前行動とはいい心がけだ。」それぞれ違った格好をした男たち四人が、唯一一致する革靴に相応しい格好に変装する。高木は、就活用に購入したハルヤマの一万五千円のリクルートスーツ。石川は、仕事の面接で着用するタケオキクチの五万円のビジネススーツ。松本は、バーで着用するギーブス&ホークスの五十万円のオーダーメイドスーツ。村田は、仕事で支給されたスーツ。をそれぞれ身に纏った。

 次に、石川が地面に置いたボストンバッグから、バットマンのジョーカーのマスク。猿の惑星のコーネリアスのマスク。テキサスチェーンソーのレザーフェイスのマスク。20世紀少年のともだちのマスク。を取り出し、適当に投げ渡した。

 「ヒース・レジャーか。ジャック・ニコラウスの方が俺は好きだな。」村田は石川が被ったジョーカーのマスクを見て、マスクを用意した松本との好みの違いを改めて思い知る。

 「高木はコーネリアスがよく似合うな。」

「それどういう意味ですか?」高木は松本に侮蔑の眼差しを向ける。

 「この中で生き残るのは松本だけだな。」村田は、レザーフェイスのマスクを手に持つ松本の顔を見た。

「石川は転落死、高木と慎之助は射殺され、俺は右腕を切り落とされる。冗談じゃない。」四人はこの予言じみたセリフにそれぞれ思い馳せた。

 その時、村田のワイシャツの胸ポケットで、折りたたまれた携帯電話が振動する。携帯を開くと画面には兎と表示されていた。村田は直ぐさま電話に出る。

「もしもし・・・了解。」それだけのやりとりで、再び胸ポケットに携帯を戻した。

 「よしっ。はじめるぞ。」











 まずは、ジョーカーが先陣を切って窓口の中に侵入。8人の行員に拳銃を向ける。直後、ともだちが数人の客の前に登場する。

 「抵抗しなければ誰も傷付けない。」ともだちは天井に向けて拳銃を1発発砲し、客を伏せさせた。

 「オッケーだ!」窓口の裏のジョーカーが合図を送る。そこにコーネリアスとレザーフェイスが登場、一目散に金庫に向かった。

 ともだちが嘘の電話で客の気を逸らしてる間に、ほぼ開いた状態の金庫からレンガを10個、こんにゃくを3つ失敬した。そして、直ぐさま銀行から脱出。サングラスとスカーフで顔を隠した強盗みたいな格好をした運転手の、バンの荷台に乗り込んで逃走。橋の下で車を乗り換えて別荘地でバカンスを楽しんでいた。




 「筈なんだが・・・今はアンバコの中だ。」松本は肩を竦め首を傾げた。

「束の間でも大金に囲まれたんだからいいだろ?」安藤がそう言うと、松本は首を振った。

 「金が目の前にあったのは金庫に居た時だけだ。」

「どういうことだ?」松本は大きく息を吐き、背もたれに体を投げ出す。

 「全部慎之助が持って行った。車を処分するついでに半分は何処かに隠すって言ってな。今は何処にあるかわからない・・・」安藤はそれを聞いて少し顔を顰めたが、直ぐに元の顔に戻った。

 「まぁいい。ほかの連中も搾れば少しはわかるだろう。」そう言うと安藤は立ち上がり、松本を留置場に連行させた。

 「最後に1つだけいいか?」松本は背を向けて話しかけた。

「なんだ?」安藤も同じように背を向けて答える。

「どうやってあの別荘まで辿り着いたんだ?」

「簡単なことだ。村田の口座の振り込み履歴から、強盗直前に別荘を借りたことがわかった。それでその別荘まで行けばお前らがのんびりしていたというわけだ。」安藤は呆れ顔になった。

「一見すると完璧な計画に見えるが、裏から見ればボロがどんどん出てくる。所詮は奴も犯罪を実行することに対しては素人だ。」

 松本は激しい脱力感に襲われ肩を落とし、とぼとぼと歩みを進めた。

「慎之助に頼んだ時点で、俺の負けか・・・」







 「ご苦労だったな。」広い部屋に厳かに置かれた机と椅子。そこに鎮座する和田明信(ワダアキノブ)刑事部長は、スーツを着た男に労いの言葉をかけた。

 「予定通り反社会勢力の諸行に使われるビルもガサ入れできた。まぁ、大学生二名には気の毒だが、あのビルでは一週間に十億円もの薬物が取引されている。社会の浄化のため、人柱になってもらおう。ところで・・・」和田は身を乗り出すように男の顔を見た。

「あの松本とかいう男と、古くからの知り合いだそうだね?君には悪い仕事を押しつけてしまったね。申し訳ない。」

「いえ。いくら知り合いとはいえ、犯罪を見過ごすわけにはいきませんから。」男は首を振り、ただ淡々と答えた。

 「そうか。なら、次もしっかり頼むよ。」



       「村田慎之助警視。」

 

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