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咲くやこの花2

社の過去がバレた。

逃げ出す社を何度も呼ぶのは田村の声だった。

「おはよう~」

そう、いつも通りの朝だと思った。

なのに。

こそこそこそこそ、ざわざわ…

「え…?」

なにこれ。なんなの、これ。

おかしい。何この突き刺さる視線。俺知ってる。この感覚、知ってる…。

「…ッ」

俺は教室から背を向けて走り出した。

「社くんッ!?」

田村の声が聞こえたような気がした。でも、俺はその声に応じなかった。

―赤。

目の前が真っ赤になってく。

“社って人殺したんだって”“あいつ俺たちのこと馬鹿にしてたくせにな”“やっぱり軍艦島のやつなんてろくなのがいない”

目の前が眩んでいく。

裏庭に仰向けになると空は青いのに俺は赤しか見えない。

耳にはチャイムの音が鳴り響いていた。



―…

「やーしろ、そのゴミ捨てておけよ」

「社~またテスト最下位じゃん、罰ゲーム、クラス全員分の昼ごはんな!」

「やめなよ男子ぃ、あいつ貧乏なんだから」

「はははッ」

「あははッ」

どうして、この島に生まれちゃったんだろう。そう、いつも思っていた。

どうして、両親はこの島に執着しているんだろう。そう、いつも両親を嫌っていた。

俺の父さんは日本本土と軍艦島を行き来する船の乗組員をしていた。だが、この島は日本のエネルギー原料が大量に取れることからそれが主な仕事なはずだった。もちろんエネルギー原料をとる仕事は誰でもできるわけではなく、まさに選ばれたものだけができる仕事。日本を根底から支えているこの島に住めるのも選ばれたものだけだ。当然、俺の通う学校にだって、両親はその仕事をしている奴ばっかりだった。

だからだろうか。

やけに日本本土を小馬鹿にする傾向にあった、と今になって思う。

俺たちは、日本を支えている。日本は俺たちなしじゃもうとっくになくなっている。そんな風に教師に昔から教えられてきた。だから、いつのまにか。この島に生きている俺はすごいんだ、って…思い込んでた。

それでも俺は、俺たち家族はそんな島の人間から蔑まれていた。

日本本土との行き来する船の乗組員。つまり、完全に封鎖されている軍艦島で唯一日本本土と通じている人間。日本本土に住む人間を馬鹿にする連中だから、当然のように俺の父さんは島の人間から馬鹿にされた。それでも父さんはめげなかった。

「父さんは、この島に物資を運ぶ大事な仕事をしているんだよ。父さんたちがいないとこの島で生活はできない。この島はエネルギーはとれても野菜も米も、何も作れないから」

そう、自分の仕事に誇りを持っていた。

でも、当時の俺には関係なかった。結局それのせいでクラスメートにはバカにされ、ろくに友達もできず、いつも一人だったしいつもいじめられてた。だから、いつしか両親と距離を置いた。

ある、梅雨の日。その日は土砂降りの雨が降っていた。

「社ォ、おはようさん」

バシャッ。

登校してきただけ。なのに窓から大量の水が落とされ俺はずぶぬれになった。

あははははは、と上からあびせられる笑い声。もう、何も感覚が沸かなかった。

気づいたら、野球部の部室に行ってた。気づいたら、バットを持ってた。


バリンッ!バリンッ!パリンッ!

壊れてしまえ。なくなってしまえ。こんな島。

ただ生まれただけ。ただこの島に生まれただけなのに。なんでこんな目に。

「きゃああ!先生!社がッ!」

「やめろ社なにやってんだ!」

バットを振り回してさ。窓ガラスを次々にわっていく。重たい感覚が、この島をぶっ壊しているような感覚に見えて。

「なあこの島っておかしいってお前ら思わねえの!?」

ずるずるとバットを引きずって、俺はクラスメートの前まで歩いてった。もう何も怖くなかった。

「なにいってんだよ、おかしいのはお前だろ」

「お前らさあ、日本本土いったことあんのかよ!ずっとこんなせっまい島にいてなんでもわかったような気になってんじゃねえぞ!」

「はあ?てめぇ社のくせにふざけたことほざいてんじゃねえぞ島の落ちこぼれが。そんないうなら島からでてけばいいだろ」

…!

島から、出る。そうだ。そんな考え、一度も考えたことがなかった。でもどうやったら出られるのかわからなかった。完全封鎖されていたから。…あ。

「ああいいよ出てやるよこんなクソみたいな島!」

俺は思いっきり腕を振り上げた。そして目の前の男子生徒に向かって振り下ろす。

グチャッ。

はじめてみた“色”は、―赤だった。



―…くん、…しろくん、

「社くん!」

「ハッ…」

裏庭で仰向けになる俺を覗き込む人影。ふと、目をやると。

「…田村?」

「社くん…よかった…」

ゆっくりと身体を起こし、田村の方を見ると安堵の表情を浮かべていたので俺はよくわかんなかった。

「あんた、授業は?」

「社くんが心配で…」

なんだそれ。

「なんだそれ」

「ご、ごめんッ」

やべ、声にでてた。

それにしても、何が原因かわからないが俺があの島で犯した罪がばれた。誰も知らないとたかをくくっていたのに。こいつも、そう、知ってるんだろう。

「社くん」

「なんだよ」

「たんぽぽの花言葉って、知ってる?」

「はな、ことば…?」

田村はたんぽぽに目をやり、そして白い綿の球体を引き抜いた。

「花にはね、一輪一輪言葉を持っているの。それは日本の国土だから生まれたもの。そう思わない?」

ふぅ、と田村は息を吹きかける。と同時に白い綿の球体が壊れて崩れていく。毛のようなそれは空高く、舞っていく…。

「別離」

「え?」

「たんぽぽの花言葉。社くん、これなんだかわかる?」

…知らない。知らない。俺は何も知らないんだ。

「何も知らないよ、草の名前も、木の名前も、…花の名前も。この国のことなんか、きっと俺は何も知らない。こないだたんぽぽ知ってるなんて言ったけど、それも嘘」

何でも知ってるって思ってた。

「そっか」

俺は未島で生まれたから。選ばれた人間だから。

でもさ。

「俺さ。初めて知ったんだよ。…この地球が、こんなに綺麗だったんだって」

はは、地球、だって。なあ、あの球体の本当の姿って。

「地球儀でしか見たことないそれが、」

「社くん」

「…ん?」

「これはね、綿毛っていうの。こうやって綿毛が飛んでってばらばらになっていくさまを別離に例えてる」

飛んでいく綿毛に目をやる。

「悲しいな」

「そうでもないんだよ。これはそのうちどこか遠くの地面におちて、また新たなたんぽぽが咲くの。これは種だから」

「…!それって」

思わず田村の横顔を見る。田村は俺の視線に気が付いたのか、俺を見た。そして、笑う。

「社くんは、島と別離したけど新たに舞い降りたここ、長崎で新しい人生を歩んでいくんだよね」

「…」

「だから、社くんが昔なにがあったとか、私は気にしないよ」

「…ッ」

言葉に詰まった。

ただ、目の前で笑う彼女の前で俺は涙を流した。


また、チャイムが鳴る。2時間目がはじまってしまった。それでも俺たちはここから動こうとしなかった。

「…聞いたんだろ、俺が、あそこで何をしたのか」

「聞いたよ。でもね、社くんは優しい人間だって私わかるの」

「え?」

「…思い出した。あの夏休みの日、社くんと私は出会ってたんだ。君はやっぱりたんぽぽを手に取ろうとしてた」

え、じゃああの時の女の子って、田村だったのか…?

「草花を…、この日本を、綺麗だと思う心を持っている社くんはきっと優しい。そう思う」

田村はゆっくりと顔をあげ、空を仰いだ。

「私ね。ずっと軍艦島の人が怖かった。あの人たちは自然を知らないままずっとあそこに閉じこもって、自然を知らないまま死んでいくんだって。そう思ってたのに隣に社くんが転入してきて。私怖かったんだ。でも社くんは違った。美しいって、思ってくれたから」

「…俺は。島では落ちこぼれで、居場所なんてなくて」

「居場所なんて、いくつもないから。君の居場所は“こっち”だよ。その心を持っているのは、“こっち”の人間だからだよ、社くん」


深く追及してこない田村の優しさ。だから俺はこれ以上は語らなかったし、これからも語らないと決めた。島での思い出はもう、そっと蓋を閉じてしまおう。

俺の居場所は、“こっち”だから。


「…でもね、私たちはまだなにもしらないんだ。この"世界"のことなんて」

"世界"のことなんて、知るわけないじゃないよ、私たちは。

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