キリストの生まれ代わり19
「でも決闘や敵討ちは、最大のエゴ、言葉を入れ替えれば、自我の発露ですよね?」と私は苛立たしく言った。
キリストが不敵な笑みを作り言った。
「愛の成就に必要な条件は陳腐かもしれませんが、そこに前向きな夢と希望の要素があればいいのですよ。そこに後ろ向きな絶望が有ってはならないと思います」
私は反論した。
「しかし決闘や敵討ちの時に生じる一抹の不安、負けるのではないかという迷いは往々にしてありますよね。それが絶望へと結び付く事は当然有り得る事柄ですよね?」
キリストが不敵な笑みを浮かべたまま言った。
「絶望と迷いは違いますよね?」
私は首を振り否定した。
「いえ、迷いは往々にして絶望へと結び付き、その後ろ向きな姿勢は具体化して死としての最悪の事態を生みますよね。逆に言えばそのシチュエーションで迷いを抱かず、夢と希望だけをひたすら抱ける人など皆無だと思いますが?」
「だからこそ広汎なる心の問題は愛の成就に向けて複雑怪奇であり、曖昧模糊としていて掴み所がないのですよ」
私は眉をひそめ言った。
「キリストの言う汝の敵を愛せよという教えは、決闘や敵討ちの場合通用しない教えですよね。非暴力主義こそが愛の成就ならば、そのシチュエーションでは命がいくつ有っても足りませんよね?」
「あらゆる状況で広汎なる心の問題は曖昧模糊として掴み所がないのですが、そこに夢と希望とエゴを排した人道主義の要素が少しでもあれば、例え負けたとしても救いはあるのです」
「でも決闘や敵討ちは、最大のエゴ、言葉を入れ替えれば自我の発露ですよね。それは邪心ではありませんよね?」
「ですから、その自我の高揚こそが愛の発露、愛の成就の条件なのですよ」
私は苛立たしく言い放った。
「それは詭弁だと自分は思いますが、どうでしょう?」