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# verse - 9

 # verse - 9

  神を自称する羽を生やした芸能プロダクションの女性二人。謎の物質“ラディアンス”を人々から引き出す使命を帯びたアイドル活動。

 どこを切り取っても現実離れしたその話を受けて、五人の少女達は悩みに悩んでいた。それは、何が真実なのかも判然としないまま、このプロダクションのアイドルとしてデビューするかどうかを問われているからである。誰もが一様に口を閉ざし、状況を整理しながら判断を下そうと考え込んでいた。

 愛莉も皆と同様に、目の前に置かれた契約書をじっと見つめながら思考をフル回転させる。


 愛莉にとって、アイドルになるのは幼い頃からの夢だった。キラキラしたステージで、可愛い衣装を身にまとい、笑顔で歌い踊ることを何度も思い描いてきた。その夢が今、目の前までやって来ている。手を伸ばせば、すぐにでも掴むことができる距離に。こんなチャンスは、もしかしたら二度と巡ってこないかもしれない。

 しかし、その夢を叶えるためには不思議な条件を満たさなければならない。天使の羽を持つ神に代わり人間の心の輝きを引き出す、という摩訶不思議な条件を。愛莉は、その全く現実味が感じられない条件を、自分の中でどう処理していいのかわからないでいた。アイドルになりたいという強い想いと、本当に受けていいのかという漠然とした不安が心の中でせめぎ合い、考えれば考えるほどに訳がわからなくなっていった。


「……本当に、デビューは確約されているんでしょうね?」


 それぞれが思い悩み押し黙る中、葵がその沈黙を破った。


「ええ。今日、あなた達の承認が得られればすぐにでも動き出せるわ」

「デビュー時の具体的な展開は?」

「現状で確定している予定は、デビュー記念イベントの開催を皮切りに、インディーズレーベルからのCD発売、各所でのイベント開催とプロモーション活動。これらを順次進めて行きます。デビュー記念イベントは既に会場を仮押さえしてあるし、CDの発売もレコード会社を設立した知り合いがいるから、収録から生産まで一挙に引き受けてくれるわ」

「……間違いなく、デビュー出来るのね?」

「ええ。主神ゼウスに誓って」

「……いいわ。だったら、私はやる」

「えっ!?」


 愛莉が思わず驚きの声を上げる。あれだけ小暮達に敵意を向けていた葵が一番に名乗りを上げたということが、愛莉にとっては全くの予想外だった。


「あなた達のことを全面的に信用する訳じゃないけど、デビューが確約されているのならその話に乗ってあげる。私は、すぐにでもアイドルにならなきゃいけないの。他の子達がどうするかは知らないけど、例え私一人になってもデビューさせてもらうから」

「……ありがとう、佃さん。貴方の想いは、絶対に裏切らないわ」

「一人じゃないよ! あたしもやるから!」


 葵に続くようにして、今度は実夏が明るい声を上げる。


「さっきの話って、要はお客さんの前で歌って踊って人気者になればいいってことでしょ!?」

「まあ、簡単に言えばね……」

「じゃあ大丈夫だよ! あたしもやる! 何か面白そうだし!」

「あ、ありがとう、仲居さん……すごく、頼もしいわ……」


 本当に話を理解しているのかどうか判然としない実夏の口振りに、小暮も苦笑いで返すしかなかった。

 それでも、顔いっぱいにキラキラとした笑顔を広げる実夏は、小暮達にとって頼もしい存在であるのは間違いなかった。


「これで、二人は決定ね。桜井さん、金園さん、伊集院さん。あなた達はどうする?」

「え、えっと……」


 葵と実夏が決断したことで、愛莉の中で繰り広げられているせめぎ合いに拍車が掛かる。

 受けるべきか、断るべきか。慎重になるべきか、チャンスとして掴むべきか。

 アイドルになるか、ならないか。


 どうしたらいい? 一体、どうすれば――?



「……私も、やってみようかな」

「!?」


 その声があり得ない方角から聞こえたことで、愛莉は自分の耳を疑った。

 聞き慣れた大好きな声が、そんな言葉を口にするなどあり得ない。そんなことを言うはずがない。

 だって、その声の持ち主は、断りを告げるために自分とここへやってきたはずなのだから。


「し、紫乃ちゃん……? 断るんじゃ、なかったの……?」

「そうしようと思っていたんですけど、アイドルになるのも悪くないかと思えてきて……」

「ど、どうして急に!? あんなに嫌がってたのに!」

「でも、アイドルになれば旅行が出来るんですよね?」

「……り、旅行?」


 紫乃が何を言っているのかわからず、愛莉は思わずオウム返しをしてしまう。何故、アイドルと旅行がイコールで繋がるのか。その答えを瞬時に導き出すことが出来なかった。


「はい。先ほど、小暮さんが全国を巡ると言っていました。それって、アイドルになれば日本の色んな所に行けるということでしょう? 私、海外には何度か行ったことがありますけど、国内は中学校の修学旅行で京都に行っただけなので。日本の色んな場所を旅行してみたいと、ずっと思っていたんです。アイドルになるだけでそれが叶うのなら、それも悪くないかな、と」

「え……」


 意外と、動機が不純だった。

 しかし、それを不純だと思わずに堂々と言ってのけるのは、紫乃らしいと言えば紫乃らしくもある。と言うか、何か勘違いをしているように思えなくもない。


「それに、愛莉ちゃんもアイドルをやるのでしょう? 旅行が出来て、誰かの役に立てて、そして、夢を叶えた愛莉ちゃんを隣で見ていられるのなら、アイドルになるのも怖くありません。むしろ、とっても素敵なことになるんじゃないか。そう思うんです」

「夢を叶えた、私……?」

「はい。愛莉ちゃんは、そのために今日まで頑張って来たのでしょう? そのために、ここへ来たのではありませんか?」

「……」


 紫乃の言葉が、愛莉の胸を強く打った。

 自然で、温かくて、優しく問いかけてくるその言葉が、愛莉の心に居ついていた正体不明の不安を一瞬で打ち消してくれた。



 そうだ。私は、一体何を迷っていたんだろう。

 難しく考えることじゃない。不安になることもない。

 私はただ、自分の夢を叶えるためにここへ来たんだから。



「……そうだね。私は、アイドルになりたい。ずっと夢見てた、ステージに立ちたい」

「はい。出来ます、愛莉ちゃんなら!」

「やろう、紫乃ちゃん! 私と一緒に、アイドルになろう!」


 二人は握り締めた拳を互いに合わせ、その誓いを強く心に刻みつける。瞳の奥には夢と希望の光が灯り、その目線は進むべき未来を確かに見据えていた。

 二人の決意は、熱く、固く、強い絆で結ばれたのだった。


「……決まったようね。では、最後は桜井さん」

「えっ!? えっと……その……」

「周りを気にする必要はないわ。これはあなた自身の問題だから、あなたの意思で決めて良いの。断ったって、誰もあなたを責めたりしないんだから」

「……」


 悠子が、恐る恐る全員の顔を見回した。葵は真直ぐに前だけを見つめ、実夏と紫乃、愛莉の三人は、悠子に微笑を向けている。

 そして、もう一度小暮に目を向けた悠子が、ポツリと呟いた。


「……や、やります」

「……本当に、いいのね?」

「……はい」


 歓声が上がった。実夏が雄叫びを響かせ、愛莉と紫乃の顔には満面の笑みが溢れる。小暮は安堵から深いため息を溢し、宗光は満足気に全員を見渡していた。


「ありがとう、みんな。これで、世界に輝きを取り戻すことができる。私達も、この世界で生きていける。本当にありがとう!」


 小暮が深々と頭を下げて、震える声でそう言った。精一杯の感謝を詰め込みながら、五人の心に直接送り届けるように言葉を紡いでいた。


「イオよ、勝手に締めるでない。今から始まるのだ。彼女達の伝説は、ここから語り継がれていくのだからな」

「……そうでしたね。よし! じゃあ、早速契約をしましょう!」

「うむ! そうするとしよう!」


 大きく頷いた宗光が、その背に広がる純白の翼を再び羽ばたかせた。

 巨大な風を巻き起こしたその翼から、羽が抜け落ち宙を舞う。淡い光を放つたくさんの羽が室内をふわりと揺らめき、その中でも一際大きな羽が五つ、少女達の前にゆっくりと舞い降りた。


「さあ、人間の娘達よ! その羽を手にし、契約の書に汝らの名を記すがいい! さすれば、契約により汝らには力が与えられん!」


 五人は目の前に落ちた羽を手に取り、その羽柄を使って契約書に自分の名前を書き記す。羽柄の先端から黄金のインクが溢れ、契約書に各々の名前が浮かび上がっていく。

 桜井 悠子。

 仲居 実夏。

 佃 葵。

 伊集院 紫乃。

 そして、金園 愛莉。

 五人全員の名前が、それぞれの契約書にしっかりと刻み付けられた。


「ここに契約は完了した! 汝らに神の加護を!」

「!?」


 すると、宗光の翼が起こした風にすらびくともしなかった契約書達が、光を放ちながら宙に浮かび上がった。風に煽られるのではなく、見えない手で持ち上げられているかのように、音もなくゆっくりと昇っていく。そして、愛莉達の頭上を越えたそれらは、目にも止まらぬ速さで回転し始めた。そのあまりの速さに契約書は原形を留めなくなり、あっと言う間に光の球体へと変化していく。

 だが次の瞬間、光の玉が弾け、そこから何かが生まれ落ちた。はっきりとした輪郭を象った光る何かが、五人の前にそっと降りて来る。

 それは、ト音記号のアクセサリーを中央にあしらった、金縁ブルーのリボンバレッタだった。


「これ、は……?」


 愛莉が、恐る恐るそのバレッタに手を伸ばす。感触はいたって普通のリボンバレッタ。手にとっても何が起きるわけでもなく、ただただ可愛らしい髪留めであった。


「それこそが汝らの力、トーンリボン。聖なる言霊によって神の力を解き放ち、聖衣アイドレスをその身に纏うがいい!」

「……ど、どういうことですか?」

「あはは……社長の説明だけじゃわからないわよね。とは言え、口で説明するより実際にやって見たほうが早いと思うわ。金園さん、そのリボンを持ったまま“スタッフノーテイション、スタンバイ”って言ってみてちょうだい」

「す、すたっふのーていしょん、すたんばい――ッ!?」


 その言葉を口にした瞬間、手に持ったリボンバレッタから金色の光が溢れ出し、五本の線を描きながら愛莉の周囲を囲いだした。さらに不思議なことに、リボンバレッタからは様々な色の音譜や星、ハートや花びらが目に見える形で飛び出し、その金色の線をなぞりながら光り輝く虹色の波となって愛莉の体を瞬く間に覆っていく。

 何が起きているのか訳がわからず、愛莉はその波を避けるように手足をバタつかせる。しかし、虹色の波はその動きさえも捉え、首から下までを完全に覆いつくした。

 そして次の瞬間、愛莉の体を覆っていた光が四散し、その下からフリル付きのステージドレスが姿を現した。その他にも可愛らしいシュシュやアクセサリーが現れ、持っていたリボンバレッタもいつの間にか同じデザインのミニハットとなって愛莉のステージドレスをきらびやかに彩っていたのだった。


「な……なにこれぇぇぇ!!」


 数秒の内に変貌を遂げた自分に、愛莉は驚きの声を上げる。ついさっきまで着ていた私服がどこかに消え、華やかでキラキラした可愛らしい衣装が、ぴったりのサイズで自分の体にはまっていた。それは、どこからどう見ても正真正銘アイドルの姿であった。


「わあ! 愛莉ちゃん、とっても素敵です!」

「うおぉー! すげー! 何コレ、CG!? VFX!? ハリウッド的何か!?」

「魔法、少女だ……」

「うそでしょ……」


 現実では到底あり得ない光景を目の当たりにした四人が、丸くなった目をさらに広げて愛莉の姿を凝視する。

 それぞれ違った反応を見せるも、全員が共通して、この輝く神秘に興奮を覚えていた。こんなトンデモナイ出来事を体験してしまっては、全員が小暮と宗光が神であるという事実を認めるしかなくなっていた。


「気に入ってもらえたかしら? その衣装は、観客のラディアンス発生を補助する聖なるアイテム、聖衣アイドレスよ。そして、そのアイドレスを解放するために必要なのが、トーンリボンってことなの。さあ、四人もやってみて」


 小暮の呼びかけで、悠子、実夏、葵、紫乃の四人もトーンリボンを手に取る。そして、一斉に解放の合言葉を口にした。



『スタッフノーテイション、スタンバイ!』



 四人のトーンリボンから光が溢れ、その体を虹が包みこんでいく。

 愛莉の時と同じ工程を経て、四人も聖衣アイドレスを身にまとった。そのドレスは基本のデザインこそ同じだが、それぞれが異なるワンポイントを持ち合わせている。一人ひとりの個性を引き立たせるピカピカの衣装が、彼女達をアイドルへと変身させていたのだった。


「みんな、とってもカワイイわ! すごく良い!」

「うむ! 良く似合っているぞ、人間の娘達よ」


 小暮と宗光も、アイドレスを着こなす五人に満足気だった。小暮に至っては、恍惚とした表情で瞳に涙すら浮かべている。


「すごい……私――本当に、アイドルになったんだ……」


 改めて見る自分の姿に、愛莉は心の奥から熱い気持ちがふつふつと湧き上がるのを感じていた。夢に向かって大きな一歩を踏み出したという実感が、様々な感情をごちゃ混ぜにして愛莉の体を駆け巡っていく。

 全身が震えた。しかし、それを凌駕するヤル気が力をみなぎらせてくれる。

 手の平を力いっぱい握り締める。それだけで、震えなどどこかへ行ってしまった。


「これで、全ての準備が整ったわ。では最後に、社長からグループ名の発表があります。社長、お願いします」

「うむ。人間の娘達よ、汝らの協力に改めて感謝する。これを機に、世界は輝きの溢れる平和な世界へと進んでいくであろう。それを記念し、汝ら五人に聖なる名を与える。今後は、その名を冠して活躍するが良い」

「……」


 静まり返る会議室。

 悠子と、実夏と、葵と、紫乃と、愛莉が、宗光の言葉を待った。

 五人の視線を一身に浴び、宗光は、声高に言った。



「汝らの名は――トリニティ・トリガーズである!」



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