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# verse - 8

 # verse - 8

 背中に大きな翼を生やした人間が目の前に立っているという事実。そして、自分達は人間ではないという一言。その衝撃的な状況に、足の力が抜けた葵がストンと椅子に落ちる。葵だけでなく、悠子や実夏、紫乃、もちろん愛莉も、目の前に映る光景が現実のモノと思えず、ただただ呆然としていた。


「私達は、天界からやって来た神の一族です。私の本当の名はクレイオー。ムーサ女神の一人、祝福のクレイオーです。そして、社長の名はムネーモシュネー。記憶の女神であり、私達ムーサ女神の母親になります」

「改めてよろしく頼む、人間の娘達よ」


 背中の翼が本物であることを証明するかのように、宗光が大きく羽ばたきながら愛莉達を見渡した。その翼から抜け落ちた羽が、淡く光りながら部屋の中をたゆたい、ゆっくりと落ちる。


「信じられないでしょ? でも、本当のことなの。私達は、あなた達人間が神と呼ぶ存在。佃さんが社長のことを変人と感じたのも、仕方がないことだと思うわ」

「すまんな。向こうとこちらでは時間の概念が異なる。まだそこに慣れていないのだ」

「……バ、バカじゃないの!?」


 呆けたように座っていた葵が、再び立ち上がり怒声を響かせた。目の前の机に両手を着き、小暮と宗光を鋭く睨みつける。


「いい加減にして! そんな子供騙し、私達が本当に信じると思ってるの!? ふざけるにしても限度ってものがッ――!?」


 声を張り上げてまくし立てる葵の目の前が、突然現れた宗光の顔面で塞がれる。不意に迫ってきた美しい顔に、葵が言葉を詰まらせ動きを止めた。宗光が、宙に浮いた状態で顔から葵へと接近したのだった。


「人間の娘よ。信じる信じないは貴様の勝手だ。しかしな、話と言うものは、最後まで聞いてこそ真の意味がある。問うも怒るも自由だが、全てはその後にしてはどうだ?」

「――ッ!!」


 キッ、と睨みを利かせた葵が、激しい音を立てながら椅子に体を預ける。顔いっぱいに不快感を現しながら、腕組みをしてそのまま黙り込んでしまった。その様子を見た宗光は満足気に笑みを浮かべ、ゆっくりと空中を移動し元いた場所へと戻って行った。


「……ごめんね、みんな。急にこんなことを言われて戸惑っているのだろうけど、今は話を聞いて欲しいの。私達が、何故こんなことをしているのか。そして、何故あなた達を選んだのか。その理由を、ちゃんと説明させて欲しいの」


 真剣な眼差しでそう語る小暮の姿に、ようやく愛莉達の頭が現実を受け止め始める。言葉や動きでの反応はないが、全員の目がしっかりと小暮の姿を捉えていた。

 小暮はそんな五人の様子を見て取ると、小さく頷いて続きを話し始める。


「まずは、私達と人間の関わりについて。私達神の一族が、この世界に存在する聖なる輝き“ラディアンス”を生み出すために働いている、ということをお話します」

「……ラディ、アンス?」


 愛莉が、無意識にその言葉を口にした。妙に聞き馴染みがある言葉に思えたが、何故そう思ったかまではわからなかった。


「そう、ラディアンス。これは、私達神の存在を保つために必要なモノで、あなた達人間が生み出すモノなの。人間が喜びや楽しさを感じて心を輝かせた時ラディアンスが生まれ、私達はそれを取り込むことで存在していられる。

 でも、光に対して闇があるように、ラディアンスにも対になるモノが存在するの。それが、マリス。人間が不安や邪まな気持ちを抱いた時に生まれる、邪悪な輝きのことよ。私達はこのマリスの発生を抑え、世界がラディアンスで満ちるように日々働いているの」

「……私達を不安にさせておいて、よく言うわ」


 葵が小さな声で悪態をついた。その言葉に、小暮が苦笑いを返す。


「……そうね。でもそれが、私達がこんなことを始めた理由でもあるの」

「……どう言うこと?」

「神の一族はラディアンスを生むため、古来から人間に対して色々なことをしてきたわ。雨を降らせたり、風を起こしたり、文学や芸術を与えて教えを説いたりもした。人間達の願いに耳を傾けて、可能なものは出来るだけ応えるよう努めてきたの。そうして人間達は神を信仰し、願いを天に向かって訴える。それが、神の一族が考えたラディアンスを生む好循環システムだったの。

 でも、年月が経つに連れて、神を信仰する人間は減っていった。科学の発展で人間には出来ることが増え、思想も多様化し神でないものを信仰する者まで現れた。そして、人間達はラディアンスを生み出すどころか、多くのマリスを生むようになったわ。

 複雑化する社会や人間関係。将来への不安、発達した情報伝達技術は、良いモノと悪いモノを分け隔てなく流し続ける。たちどころにマリスが人間界に溢れ、それが要因となって様々な不幸が蔓延した。でもそれは、人間同士の行いによるものだから、私達にはどうすることもできない。人間達はもう、私達の力が及ばない所まで行ってしまった。今の私達では、人間にラディアンスを生み出させることが出来ないの。

 だから、私達は考えた。それならいっそのこと、私達が人間社会に順ずる方法でラディアンスを生み出すことができないかって。その一つが、アイドルのプロデュースってことなの」

「……あの、ちょっと宜しいでしょうか?」


 話の区切りを感じ取った紫乃が、小暮に向かって控えめに手を上げた。それに気付いた小暮は、紫乃に目を向け小さくうなずく。


「どうぞ、伊集院さん」

「はい。あの、まだ全てを信じた訳ではないのですが……仮に全てが真実だったとして、どうしてアイドルなのでしょうか? アイドルでなくとも、他に方法があるように思えるのですが」

「それはね。私達ムーサ女神が、昔からその方法でラディアンスを生み出してきたからよ」

「え……?」

「つまり、簡単に言えば私も昔はアイドルだったってこと。人間達を楽しませてラディアンスを生むために、私達ムーサ女神もアイドルをやっていたのよ」

「……小暮さんも、アイドルだったのですか」

「そうよ。まあ、大昔のことだし、私はあまり人気がなかったんだけどね」

「はぁ……」


 気の抜けたような声を漏らす紫乃。その横で、愛莉が小暮をマジマジと見つめていた。




『小暮さんが、元アイドル……』




 そう知った瞬間、愛莉の頭の中では妄想が勝手に膨らんでいき、最終的にはアイドルとなった小暮が満面の笑顔を浮かべて歌い踊っていた。マイクを手に煌びやかな衣装でステージパフォーマンスを行い、純白の翼を羽ばたかせながら黄色い歓声を惜しげもなく浴びていた。

 神様アイドル。略してゴッドル。

 これは……キャラ付けとしては悪くないかもしれない。


「……金園さん? どうかしたかしら?」

「えっ!? あ、いえ! ナンでもないです!」

「そう。じゃあ、話を戻すわね。そんな訳で、私たちもアイドルをやっていたんだけど、それは本当に大昔の話。さっきも説明した通り、今の私達は神としてもアイドルとしても信仰されなくなってきているの。そして、そんな世の中だからこそ、無用な混乱を避けるために正体は明かせない。だから、私達は今までの知識と経験を活かしてプロデュースに専念し、人間のアイドルにその役目をやってもらおう、という訳なの。日本のアイドルブームは世界にも広まりつつあるから、基本の土壌は十分に出来上がっている。それに、私達が作る歌と踊りにはラディアンスを生みやすくする効果があるし、人気が出て有名になれば、一度に何百と言う人間を集めてラディアンスを生み出すことが出来る。アイドルは、最も現実的で効率の良い手段なのよ」

「……じゃあ、私達を選んだ理由は利用するのに騙しやすかったから、ってわけ?」


 腕組みをしたままふんぞり返る葵が、辛辣な物言いで小暮に言葉をぶつける。そのストレート過ぎる嫌味に、愛莉は冷や汗をかいて小暮の様子をうかがった。しかし、小暮は怒る気配など微塵も見せず、真剣な面持ちのまま話を続ける。


「いいえ。あなた達五人を選んだのは、皆それぞれがオーディションの時に強いラディアンスを見せてくれたからよ。例えば、佃さんは志望動機を答えてくれた時ね。あの時の輝きは、長年ラディアンスを見てきた私達でも驚くぐらい、強くて真直ぐなものだったわ。たぶん、あなたが抱いている本気の想いがあの輝きを生んでいるのでしょうね。とても素晴らしいことよ」

「……ふ、ふん!」


 それを聞いて、葵が小暮から顔を逸らす。大きな態度は相変わらずであったが、両耳の先端が微かに赤く染まっていた。


「はいはーい! あたしはあたしは!? 何のときに輝いてたの!?」

「仲居さんは、来た時からずっと輝いていたわ。いつまで経っても治まらないから、ちょっと心配になったけれどね」

「うはぁー! そうなんだ! あたしすげー!」

「ふふ。ちなみに、桜井さんは面接で趣味の話をしている時だって聞いているわ。ウチの演出家と、その話ですごく盛り上がったって」

「えっ!? あっ……はい……」

「何の話かまでは教えてくれなかったんだけどね。あれ? でも、社長はその話を聞いていたんですよね?」

「ああ。確か、音と声が出る動く絵の話についてだった気がするが……正直よくわからなかった」

「へえ、人間界の進んだ技術はそんなことも可能にするんですね」

「……」


 悠子は小暮と宗光の会話を聞いて、恥ずかしそうに俯いた。何か言いたげな様子でもあったが、結局は何も言わずにモジモジするだけで終わる。


「あと、伊集院さんは金園さんと一緒に受付に来た時、金園さんは受付で私と話をして笑顔になった時、それぞれ強いラディアンスを生んでいたのよ」

「……ってことは――紫乃ちゃんを面接審査に誘ったのは、それが理由だったんですか」

「そう。金園さんと伊集院さんは息もピッタリだったし、どうやらお互いに対して輝きの相乗効果をもたらしているようだったから、何としても二人一緒に、って思ったの」

「では、私のことは最初から数合わせではなかったんですね」

「ええ。その場では事情を説明できなかったから、咄嗟に嘘をつくことにしたの。騙すようなことをしてしまって、本当にごめんなさい」

「いえ、しっかりと理由を説明して頂けたので、それで大丈夫です。ありがとうございます」

「こちらこそ、そう言ってもらえると嬉しいわ。ということで、これが全ての事情になるんだけれど、皆にはこれを踏まえた上で改めて考えて欲しいの。

 アイドルとしての活動は、完璧なサポート体制を整えます。既にデビューに向けた準備も始まっているし、曲も振り付けも、日本全国を巡るプロモーション活動の予定もほぼ決まっています。もちろん、ちゃんとしたお仕事だから一定のお給料と成果に応じたプラスもあります。でも、説明した通りの事情があるので、強制はしません。アイドルをやりたくないと言う人は、申し訳ないけれど今までの記憶を消去させてもらいます。私達と一緒にアイドルをやってくれると言う人は、今ここでその意志を表明してください」

「私からも頼む、人間の娘達よ。我々には、君達の力が必要だ」

「……」


 真摯な眼差しで、訴えかけるように見つめてくる小暮と宗光。

 室内には静寂が落ち、五人の少女達は決断を迫られることとなった。

 この話を受けるか否か、その決断を。

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