# verse - 6
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愛莉と紫乃に合格通知が届いた翌週の日曜日。二人は再び、あの奇想天外な外観を持つプロダクションビルを訪れていた。
目の前にある建物は相変わらずの奇抜さを誇っており、幾何学的配置のガラス窓が日差しを跳ね返し、屋上にある半裸の男性彫刻が二人の来訪を歓迎するかのようにその肉体を惜しげもなくさらしている。前回と唯一違う所があるとすれば、建物の周りに愛莉と紫乃しかいないことであった。
それもそのはず。今日はここで、オーディションの合格者のみを対象とした説明会が開かれるからだ。
ただし、二人の目的は全く別である。
「……愛莉ちゃん、本当にごめんなさい」
「もういいってば。紫乃ちゃんの気持ちは十分わかってるし、向こうのミスなんだから紫乃ちゃんが謝ることないよ」
「うん……」
あの日、プロダクションから合格通知が来たことで、紫乃はかなり動揺していた。
紫乃の震え声を電話越しに聞いた愛莉は、すぐに自宅を飛び出し紫乃の家で事情を聞いた。そして、紫乃から渡された封筒の中には、愛莉に届いたものと全く同じ合格通知が入っており、しっかりと紫乃の名前が記載され、説明会の日程も合わせて載せられていたのだった。
プロダクション側のミス。
そうとしか考えられなかった。
元々、面接審査の数合わせでしかなかった紫乃に、合格通知が来ることなどあり得ない。それは、ずっと一緒にいた愛莉も知っているし、何より紫乃はその前提があるからこそ面接審査に参加することを承諾したのだ。これがミスでないのなら、紫乃はあの受付の女性に騙されたことになる。
その真偽を確かめるためにも、愛莉は紫乃を連れて今日の説明会に臨むことにしたのだ。電話で確認しても良かったのだが、直接事情を聞かないことには愛莉の気が治まらなかった。
「行こう、紫乃ちゃん。それで、ちゃんと説明してもらおう」
「……うん」
♪ ♪ ♪
俯き気味の紫乃を連れた愛莉が、建物入口にある自動扉へと進んでいく。
自動扉は二人の姿を感知すると、空気のようなガラス扉をスライドさせ、その口を開けた。その先にあるのは、巨大生物の口内が如く薄暗いエントランス。まるでひと気のない広い空間は、昼間と言えども気持ちのいいものではない。だが、愛莉は恐れることなくそこへ踏み入った。その堂々とした姿は、勝負を挑みに来た道場破りのような豪傑さであった。
「あっ、来た来た! 待ってたよー!」
突然奥から弾んだ声が響き、人影が二人の前に歩み出た。その人影は、なんとあの女性であった。紫乃に面接審査の参加を頼んできた、あの受付の女性だ。
彼女は二人の到着を待っていたのか、あの時と同じ親しみやすい笑顔を浮かべて駆け寄って来たのだった。
「よかった、伊集院さんも来てくれたのね。合格通知が来てびっくりしたでしょ?」
「え、えっと……」
「びっくりしたでしょ、じゃないですよ! どう言うことなんですか!?」
戸惑う紫乃に代わって、愛莉が猛然と声を上げる。まるで嬉しいサプライズでも仕掛けたかのような女性の態度に、愛莉は全く納得がいかなかった。
「……騙すようなことをしたのは謝るわ。事前に連絡もせず合格通知を送ったのも、こちらが勝手にやったことです。本当にごめんなさい。でも、これには深い事情があるの」
「深い……事情?」
「ええ。私達には、どうしても二人の力が必要なのよ」
「私と紫乃ちゃんの力って……どう言うことですか?」
「今日は、それを含めた全てを説明するために皆を集めたの。だから、まずは話だけでも聞いていってくれないかしら?」
「……」
仰々しく話す女性を見て、愛莉と紫乃は顔を見合わせた。
正直なところ、何だか妙なことに巻き込まれそうな気がしてならない。だが、何故こんなことになったのか、その理由が知りたいという気持ちもある。それはお互い、目線があった時点で共通の認識だとはっきりわかった。
「紫乃ちゃん……」
「……うん。話を聞くだけ、でしたら……」
とりあえず話を聞いてみよう。それが、二人の出した結論だった。
「……説明、聞いていってくれるの?」
「はい。紫乃ちゃんの合格通知が間違いじゃなくて、そこに深い事情があるのなら、ちゃんとした説明を聞かせて下さい」
「ええ、もちろんよ。ありがとう、金園さん、伊集院さん」
受付の女性は、深々と頭を下げて感謝の言葉を口にした。丁寧過ぎるくらいに腰を折り、しばらくは顔を上げようとしなかった。
愛莉も紫乃も、彼女がどうしてここまでするのか疑問で仕方がなかった。だが、それはこの後の説明会で明らかにしてくれるのだろう。
深い事情。
それが、一体どういう事情なのか。愛莉の心の中では、大きな不安と少しの好奇心が、混ざり合いながら渦を巻き続けていた。
「じゃあ、説明会を行う部屋に案内するわ。他の子達はもう待機してもらってるから、すぐに始めます」
「はい。よろしくお願いします」