# bridge – 6
# bridge – 6
「みんな、すっっっごく良かったわ! もう最高に可愛くって、とっても輝いてて、本当に可愛かった! 見てる人達からラディアンスも生まれていたし、初めてにしては十分な成果よ!」
「……ど、どうも」
時刻は、夕方の四時過ぎ。イベントを終えて控え室に戻ってきた愛莉達トリニティトリガーズの面々は、精根尽き果て真っ白になっていた。
動く気力が全く起きず、聖衣アイドレスの変身も解かぬまま、その身を椅子に投げ出し脱力する五人の少女達。一人色めき立つ小暮の言葉にも愛莉がボソリと応えただけで、他の四人は視線を向けることすら出来ない。それでも興奮し喋り続ける小暮に、両隣にいる照臥コナと堀ユリアは呆れ返るばかりであった。
「本当に最高だったわ! コナちゃんもそう思うでしょ!?」
「あ、ああ……だが、間奏でのポジション移動が――」
「そう! あそこのコンビネーション、初めてうまくいったわよね! 練習ではいつも怒られてたのに、今日はとってもスムーズだったわ! 皆の努力があったからこその成功よね!」
「……」
「ユリアちゃんは!? どうだった!?」
「そうですね……一つ上げるとすれば、今日は少し声の出が――」
「うんうん! 今日は綺麗に声が揃ってたよね! 皆が一つになったって感じで、聞いててすごく感動したわ! ソロパートも、みんなの良い所がいっぱい詰まってた!」
「……わたくし達の話を聞く気はないようですね」
「変わってないな、イオも。自分のことになると謙遜するくせに、身内の活躍はべた褒めだからな」
「ああ、思い出しただけで泣けてくるわ! もう言葉がみつからない! とにかく最高よ! みんな、感動をありがとー!」
小暮の興奮が一向に治まる気配を見せない。本人ですら誰に向けて話しているのかわかっていないであろうそれは、もはや大声の独り言と化していた。
そんな小暮に、さすがの愛莉達も笑いを堪えきれなくなる。
「……なんか、小暮さんが一番楽しんでたっぽいね」
「ふふっ、そうかもしれませんね。あんなにはしゃいで、歌い終わった後の愛莉ちゃんみたいです」
「えっ……私、あんなだった……?」
「はい。愛莉ちゃん、すごく楽しそうにしてましたよ」
「そうそう。アイリンってば「みんな、ありがとー!!」って叫んで、ずっと手振ってたよね」
「……ホントに?」
「やってたじゃん! ユウコスも見たよね?」
「う、うん。本物のアイドルみたいだった」
「……」
「……愛莉ちゃん。もしかして、覚えていないんですか?」
「……うん」
本番中の記憶が、ほとんど朧げにしか残っていなかった。
記者会見で何を質問され、どんな答えを返したのかはもちろん、ミニライブの記憶も、まるで霞が掛かったかのようにはっきりと思い出せない。
「でも――」
一つだけ、確かに覚えていることがあった。
具体的な記憶がほぼなかったとしても、この気持ちだけは愛莉の心に焼きつき、今尚その残り香を漂わせている。
「――楽しかったよね」
自然と、その言葉が口を衝いて出ていた。
「そうですね。私も、みんなとイベントが出来て楽しかったです」
「あたしもあたしも! すっごい疲れたけど、すっごい楽しかった!」
「……みんな、すごいですね」
「なんで? ユウコスは楽しくなかったの?」
「わ、私は、とにかく必死で……」
「そうなの? ユウコスも笑ってたから、楽しかったんだと思ってた」
「よく、わかんない……」
「笑顔になってたんなら、楽しかったってことだよ。まあ、記憶にない私が言うのもあれだけどね……」
「そう、なのかな……」
「そうそう。だから、あんまり気にしなくていいと思うよ」
「……うん」
「葵ちゃんは? 今日のイベントどうだった?」
愛莉が葵に顔を向け、微笑みながら問いかける。
愛莉は、ずっと黙り込んでいる葵がこのイベントにどんな感想を持ったのか、それがずっと気になっていた。緊張で混乱する自分達に気合を入れ、立ち向かう勇気をくれた葵がどう思っているのか。彼女の口から、彼女の声を通して聞いてみたかったのだ。
しかし――
「……フィーネ」
葵は愛莉の問いに答えぬまま立ち上がると、アイドレスの変身を解除する言葉を口にする。
華やかなステージ衣装が一瞬で白い光に変わり、破裂して周囲に光の粒を解き放った。そうして、アイドレスはトーンリボンへと返り、葵も本番前に見た私服姿へと戻る。
だが、葵は相変わらず黙り込み、俯いたままであった。
「あ、葵ちゃん……?」
「……小暮さん。今日のイベント、誰か動画撮影してましたか?」
「もちろんよ! 私が皆の雄姿をしっかりと収めたわ! キレッキレのダンスを踊る佃さんの姿もばっちりよ!」
「……明日、それを見せて下さい。私、今日はもう帰ります」
「わかったわ! 明日はみんなで上映会ね! お茶とお菓子も用意して、今日の感動を振り返りましょう! 久しぶりにケーキでも焼こうかしら!」
「……失礼します」
「あ、葵ちゃん! 待って!」
愛莉がそう呼び止める声も虚しく、葵は足早に控え室を出て行ってしまう。
話す声に抑揚はなく、誰とも視線を合わそうとせず、無色透明の空気のように立ち去っていった。
明らかに、様子がおかしかった。
「あら? 佃さん、どうしたのかしら? 何か様子が変だったわね」
「そりゃあ、イベントで疲れてるのに隣でイオがギャーギャー騒いでたら帰りたくもなるだろ」
「そうですね。イオが興奮している時の声は、少々ノイズが目立ちますから」
「コナちゃんもユリアちゃんもヒドイなあ。佃さんはそんな子じゃないわ。ただ単に、初めてのイベントで疲れてるだけよ。明日になったら、いつもの佃さんに戻ってるわ」
「……だといいけどな」
小暮達がそんな話をしている中、愛莉はずっと控え室の扉を見つめていた。葵がどうしてああなってしまったのか、その理由を求めて物言わぬ葵の残像を追う。
こちらを振り向きもせず、音も立てずに遠のいていく葵の背中からは、何も読み取ることが出来ない。ただ心配で、漠然とした不安が愛莉の心を責め立てるだけであった。