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# bridge – 5

 # bridge – 5

 デビューイベントに向け、本格的なレッスンを開始した愛莉達トリニティトリガーズ。

 その日常は、予想を遥かに上回る苛烈な日々となった。


 レッスン日は夜遅くまでスタジオにこもり、休みの日もそれぞれがそれぞれの方法で自主練習に励むこととなった。照臥のダンスレッスンは日を追うごとに熱が入り、厳しさを増す指導で悠子は毎日のように涙を浮かべていた。ゴスロリ女神の堀ユリアによる歌唱指導も辛辣な言葉によるダメ出しがぶつけられる非常に過酷な指導で、歌の得意な紫乃でさえ弱音を吐くほどである。

 歌もダンスも、短期間で形に出来るようソロパートは極力排除し、センターなどのポジションも決めない工夫が施されたが、やはり素人の愛莉達が覚えるには一ヶ月では足りない内容であった。


 しかし、それでも五人は諦めなかった。

 何とかイベントで披露できる形にするため、全員が一丸となって歌とダンスに取り組んだ。誰かが落ち込んだ時は、全員で励まし背中を押す。誰かがうまく行かない時は、全員で問題点を見直し練習する。そして、一つでも良いことがあれば、全員でその喜びを分かち合った。

 一つの明確な目標が出来たことで打ち解けあった五人の間に、仲間としての絆が育まれていったのだった。

 そうして月日が流れ、あっという間にその時がやってくる。

 トリニティトリガーズデビュー記念イベント、その当日が。




 イベントの開始時間が刻一刻と迫る中、愛莉達五人は用意された控え室でその時を待ち構えていた。

 会場の下見や一通りのリハーサルも終わり、後は本番に臨むだけとなった愛莉達は、次第に高まる緊張と興奮に戦々恐々としている。緊張で凝り固まる愛莉を筆頭に、紫乃は戦闘モードに入り、悠子は膝を抱えて塞ぎこみ、実夏は意味もなく雄たけびを上げていた。

 唯一、葵だけが緊張とうまく向き合い、落ち着きを保ち続けているという状況であった。


「ちょっと、皆しっかりしてよ! そんなんじゃ、始まる前に体力使い果たしちゃうわよ!?」


 四人に向かってそう叫ぶ葵だったが、状況は全く変わらない。愛莉が錆び付いた首を捻って葵に視線を向けたぐらいで、他の三人は葵の声に反応すら示さなかった。


「……緊張しすぎよ。愛莉だって、こうなるのはわかってたでしょ?」

「だ、だって……」


 愛莉達がここまで緊張しているのには、時間が迫っている以外にもう一つの理由がある。それは、控え室の窓から見える景色に原因があった。


 この控え室は施設の四階にあり、窓からは愛莉達がイベントを行うイベントスペース全体が一望できるようになっていた。始めはその絶景に喜び騒いでいた愛莉達五人であったが、次第に口数が減って行き、最後には歓喜が狼狽へと変わっていった。

 眼下に見えるイベント会場に、続々とマスコミ関係者が集まっている。記者会見をするのだから当たり前なのだが、その数が愛莉達の予想を上回っていたのだ。

 愛莉達はこのイベントでデビューを果たす、言わば無名の新人アイドルグループだ。歌やダンスはおろか、名前や姿さえも世間には一切登場していない。そんな自分達の記者会見に大勢のマスコミが大挙するなど微塵も考えていなかったし、来ても三組、多くても五組ぐらいであろう、と愛莉達は高を括っていたのだ。

 しかし、マスコミ関係者用に設置されたパイプ椅子二十四脚は全て埋まっており、その後ろに設けられたスペースには、既に三台のテレビカメラがそそり立っていた。予想の倍以上をいくマスコミが、トリニティトリガーズの記者会見を収めるべく会場に押し寄せていたのだった。


「あ、あんなに来るなんて聞いてないよ……葵ちゃんは知ってたの……?」

「知る訳ないでしょ。私だって驚いてるんだから」

「じ、じゃあ、なんでそんな落ち着いていられるの……?」

「今更騒いだってしょうがないでしょ? やることに変わりはないんだし、やるしかないんだから」

「……」


 そんなことは愛莉にもわかっている。わかってはいるが、それで落ち着けるほど愛莉の肝は据わっていなかった。何しろ、全てが初めての経験だ。あんな大勢のマスコミを相手にすることも、ちゃんとしたステージで歌と踊りを披露することも、愛莉にとっては未知の領域。そんなモノを目の前にして、落ち着けと言うほうが無理な話なのだ。


「……まったく。仕方ないわね」


 結局緊張から抜け出すことの出来ない愛莉を見て、葵がため息混じりにそう呟いた。そして何を思ったか、おもむろに立ち上がると愛莉の目の前を横切って行く。


 緊張しきりの自分達に呆れ、見るに堪えず控え室を出て行ってしまうのかと愛莉は思ったが、葵が向かった先は扉ではなく、雄叫びを上げて暴れまわる実夏の所であった。

 葵が退室しなかったことに少し安堵する愛莉だったが、それによって謎はさらに深まっていく。

 葵が何をしようとしているのか全くわからず、その行方を目で追いかける。すると突然、葵が実夏の二の腕を鷲掴みにした。

 唐突に自由を奪われた実夏が、その手を振り払おうと抵抗を見せる。だが、葵は実夏の足掻きを易々と押さえつけビクともしなかった。以前愛莉が実夏を取り押さえた時は、紫乃と二人掛りでやっとであったのに、葵はたった一人でそれをやってのけたのだ。


「うおぉー! はなせー!」

「いいから、大人しくこっちに来なさい!」


 抵抗を続ける実夏を、葵がズルズルと引きずり回す。そうして実夏を引き連れたまま、今度は悠子の前に立ちはだかった。


「悠子、あなたも来るのよ」

「……」

「悠子!」

「!?」


 実夏とは逆に無反応な悠子にも、葵は同じ行動をとった。空いている手で悠子の腕を掴み、一本釣りよろしく、体育座りで俯く悠子の体を一気に引き上げる。

 完全に虚を突かれた悠子は自分が何をされているのか理解できていないようで、目を丸くしたまま葵に体を預けていた。

 そんな二人を両手に抱えて葵が最後に向かったのは、戦闘モードに突入しっぱなしである紫乃のもとであった。実夏や悠子の時と同じことをするつもりなのだろうが、右も左も既に使用済みである。腕がもう一本なければ、紫乃を引き連れることはできない。


 そこで葵が取った行動は、愛莉の度肝を抜く行為だった。

 鋭い目線で宙を見据える紫乃の額に、葵が自分の額を押し当て始めた。愛莉ですら声を掛けられない戦闘モードの紫乃に恐れることなく近づき、その視界を自分の顔で塞いだのだった。

 さすがの紫乃もこれには気が付いたようで、いつの間にか現れた葵の顔に引きつった笑顔で返す。


「ど……どうしたんですか、葵ちゃん?」

「どうしたんですか、じゃない。自分の殻に閉じこもっている暇があるのなら、ちょっと顔を貸しなさい」

「そ、それはどう言う……?」

「愛莉の所に行って。ほら、早く!」

「わ、わかりました! わかりましたから、押さないでください!」


 葵が語尾を強めながら、額で紫乃の頭を押しやった。その迫力に気圧され、紫乃は逃げるように愛莉のもとへとやって来る。そして葵も、実夏と悠子を牽引しながら二人に合流した。


「全員、これから私の言う通りにしなさい。いい?」


 いつにも増して真剣な葵の言葉に、実夏以外の三人が黙ってうなずく。たちまちの内にこの場を支配した葵に、三人は歯向かうことなどできなかった。


「まずは愛莉と紫乃で手を繋いで。その後、空いているもう片方の手で、愛莉は悠子と、紫乃は実夏と手を繋ぐの」


 愛莉と紫乃は、葵の言う通りにして手を繋いだ。そして、互いに繋いでいない手を実夏と悠子に差し伸べる。

 実夏は葵に拘束されながらもまだ抵抗を続けていたが、紫乃の的を射るかのような手捌きで捕らえられ、ようやく観念したのか大人しくなる。悠子は葵の話を聞いていたので、素直に愛莉と手を繋いだ。

 こうして五人は手を繋ぎあい、愛莉、紫乃、実夏、葵、悠子の順で円陣を組む形となった。


「みんな、私の目を見て」


 四人の視線が、葵の澄んだ瞳に集中する。ひたむきで落ち着いたその眼は、愛莉達四人を誰一人として漏らさずその視界に収めていた。


「いい? よく聞いて。緊張しているのは皆一緒よ。私だって、本当はすごく緊張してる」

「うそだー! ダニー絶対緊張してないじゃん!」

「……実夏、あんた後で覚えときなさいよ」


 実夏のヤジに青筋を立てかけた葵だったが、何とか怒りを治めて話を続ける。


「まあ、皆ほど緊張はしていないのは確かよ。だって、このイベントは私一人が出るものじゃない。私達五人が、トリニティトリガーズとして出るものだからね」

「私達、五人……?」


 愛莉が、思わず葵の言葉を繰り返した。


「そうよ。私達は五人で一つのアイドルグループ。だから、この後の記者会見も、ミニライブも、私達は一人じゃない。トリニティトリガーズと言う運命共同体にいるのだから、怖がる必要もないし緊張する必要もないわ。私達には、この一ヶ月で作り上げてきた歌とダンスがある。家族や友達にも負けない深い絆がある。ただ自信を持って、本番を迎えればいいだけなのよ」

「……」


 葵の振るう熱弁に、愛莉達は呆気にとられてしばらく反応を返すことが出来なかった。

 怒り以外でここまで感情を露にする葵など、今までに一度たりとも見たことがない。今日までの一ヶ月、誰かを励ます時でさえ冷静な言葉と態度を崩さなかった葵が、こんなことを言うとは誰にも予想出来なかった。


「な、なに皆して黙ってるのよ! 何とか言いなさいよ!」

「あ、葵ちゃん……」


 愛莉は思う。

 その言葉は、情熱的であると同時に――


「……ちょっと、重いよ」

「なッ――!?」

「ねえねえ、ユウコス。うんめーきょーどーたいって何?」

「えっと……運命を共にする仲間って言う意味で……生きるも死ぬも一緒、みたいな……」

「おお、すげー! それじゃあ、あたし達ってヒーローだったんだ!」

「ヒ、ヒーロー……?」

「実夏ちゃん、それを言うならヒロインじゃないですか?」

「いや、紫乃ちゃん。ツッコむとこそこじゃないでしょ」

「ああ、もう! 黙りなさいあんたら!」


 思い思いに喋りだした四人に向かって、葵が顔を真っ赤にしながら叫び声を上げる。葵も散々言われたことで、ようやくらしくない発言をしたことに気が付いたようだった。


「……ぷっ! あはははは!」

「なに笑ってるのよ愛莉! なにが可笑しいってのよ!?」

「ご、ごめんね……葵ちゃんって、すっごく可愛いね」

「なッ!? 何よそれ!?」

「そうだよアイリン! ダニーは最初から可愛いよ!」

「あんたワザとやってるでしょ! 褒めてるからって許さないからね!」

「ええー? でも、本当に可愛いよ? シノッチもユウコスもそう思うでしょ?」

「はい。葵ちゃんはとっても素敵です。ね、悠子ちゃん」

「は、はい。スタイルもいいし、羨ましいです」

「――ッ!!」


 葵の顔がさらに赤くなる。耳の先まで真紅に染まったその顔は、まるで熟しに熟したトマトのようであった。


「と、とにかく! 私はそんなに緊張するなって言いたいの! 一人でやる訳じゃないんだからもう少し落ち着けってこと! わかった!?」

「……うん。ありがとう、葵ちゃん」


 大いに恥ずかしがる葵だったが、既にその目的は十分果たされていた。

 愛莉達四人から張り詰めた空気が消え、安心しきった笑顔を浮かべている。葵が意図した流れではなかったのかもしれないが、葵のおかげで、愛莉達の緊張はきれいさっぱりなくなっていたのだった。


「葵ちゃんの言う通りだね! 私達は五人で一つだ!」

「そうだそうだ! あたし達はヒーローだ!」

「う、運命共同体だったはずじゃ……」

「それ言うの禁止! 次言ったら悠子でも許さないわよ!」

「ウフフ。何だか、楽しくなってきましたね」


 いつもの自分を取り戻した五人の少女が、手を繋ぎ、心を繋いで視線を交す。ヤル気と笑顔を確認し合い、そして、小さく頷いた。

 五人ならば、きっと大丈夫。

 その気持ちを、しっかりと心に刻み付けたのだった。


 と、その時、控え室にノックの音が響き、開いた扉から小暮が顔を覗かせた。気が付けば、イベント開始の十五分前。舞台袖に移動する時間だ。


「みんな、そろそろ移動を――って、どうしたの? 緊張してるかと思ったら、随分楽しそうじゃない」

「はい! 葵ちゃんが、私達に勇気をくれました!」

「ちょ、何言ってんのよ愛莉! 私は別に!」

「へぇ~、佃さんが皆にねぇ~」

「何ですか小暮さんまで! 本番前にからかうのは止めて下さい!」

「ふふっ、ごめんなさい。でも、これなら安心ね。今のあなた達、最高に輝いているわ。その輝きがあればイベントもうまくいきそうね。皆の晴れ舞台、期待させてもらうわ」

「はい! 精一杯頑張ります!」


 愛莉が人一倍大きな声で返事をする。それに合わせて、四人も頷き小暮に決意の眼差しを向けた。


「では、舞台袖に移動します。みんな、準備して」


 五人は互いに取り合った手に力を込め、表情を引き締める。

 そして、髪に着けていたトーンリボンに向かって、あの言葉を口にした。



『スタッフノーテイション、スタンバイ!』



 トーンリボンから光が溢れ、金色と七色が円陣を描く愛莉達五人を飲み込んでいく。音符と、星と、ハートと、花びらが、竜巻のように渦を巻き、彼女達をアイドルへと変身させていく。

 瞬間、真っ白な光が室内を満たした。

 渦巻く金色と七色が一気にその速さを増し、混ざり合う激流となって全てを白く染め上げていった。


 そして、その輝きから現れたのは、聖衣アイドレスを身に纏った愛莉達「トリニティトリガーズ」であった。


「行こう、みんな! 私達のステージへ!」

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