# intro ~ verse - 1
# intro
それは、夢のような時間だった。
溢れる光。
広がる音楽。
弾ける笑顔。
声を合わせて、気持ちを重ねて、一つになった。
それは、皆で起こした、輝跡のステージ。
# verse - 1
穏やかな風に舞う淡い花びらが、校舎を優しく染めていく。空からは麗らかな日差しが降り注ぎ、楽しげな声で沸く教室を一つ一つ愛しむように照らしていた。
始まりの季節。それは、生徒達の心に希望の光を灯す。
窓から見える校庭も、机から見渡す教室も、そこにいるクラスメイトも、何もかもが新しい。そして、そこにいる自分もまた、以前とは違う新しい自分。それは、今までにない何かを始める、絶好のタイミングであった。
高校二年となった金園愛莉も、そんな生徒の一人であった。学生鞄を小脇に抱え、くせ毛のショートヘアを揺らし、瞳を輝かせながら放課後の廊下を駆けて行く。向かう先は、幼馴染で親友の伊集院紫乃がいる教室だ。
「紫乃ちゃーん!」
開け放たれた教室の入口から紫乃の姿を確認した愛莉は、元気な声と共に彼女の席へと向かう。スタイル抜群のお嬢様で同性のファンまでいる自慢の親友は、ウェーブがかったロングヘアーを垂らして机の中を覗き込んでいた。帰る準備をしているようだったが、愛莉の声に気付くと顔を上げ、優しい笑顔で迎えてくれる。
「あら、愛莉ちゃん。今日は一段と早いんですね。迎えに行こうと思っていたのですが、先を越されてしまいました」
「えへへ! 昼休みに会えなかったから、ホームルームが終わってすぐに出てきちゃった!」
「ふふっ、愛莉ちゃんらしいですね。まるであの時みたいです」
「あの時? 何のこと?」
「ほら、小学校の時も、愛莉ちゃんは同じようなことしていたでしょう? 帰りのホームルームが終わってから誰が一番に下駄箱まで辿り着けるかって、男子とよく競争していたじゃないですか」
「なっ!? や、やめてよそんな話!」
「結局、先生に怒られてそれ以降は出来なくなっていましたけど、いつも愛莉ちゃんが一番で男子達が悔しがっていましたよね」
「もう! だからやめてったら! 紫乃ちゃんのイジワル!」
「ふふっ、ごめんなさい。そんなに怒らないで。でもどうしたんですか? そんなに急がなくても、帰りはいつも一緒ですのに」
「あっ、そうそう! 実はね、紫乃ちゃんにお願いしたいことがあるの!」
「お願いしたいこと?」
「えっとね……」
そう言って、愛莉は学生鞄の中をまさぐり始める。
そして、ガサガサと盛大な音を立てながら、一冊の女性ファッション誌を乱雑に取り出した。愛莉はそのファッション誌を流れるような手つきでめくっていくと、あるページで手を止め、紫乃の眼前に突き出して見せる。
紫乃はいまだ状況が飲み込めずに首を傾げていたが、とりあえず差し出された誌面に目を走らせた。
「……芸能プロダクション『ラーディアン』主催、第一回アイドルオーディション?」
「そう、アイドルのオーディション! 私ね、これに応募しようって思ってるんだ!」
夢と希望をいっぱいに詰め込んだような笑顔を浮かべ、瞳の輝きをより強めながら、愛莉は楽しそうにそう宣言した。
紫乃はその言葉に少し驚きつつも、安堵するかのような優しい表情で愛莉に微笑む。
「そうですか。遂に始めるんですね」
「うん! もうね、この記事を見た時にビビッと来たの! 遂に長年の夢を叶える時が来たって! だから、思い切ってオーディションを受けることにしたんだ!」
「幼稚園の頃からずっと言っていましたからね。でも、私にお願いしたいことって、これに何か関係あるんですか?」
「うん。実はね、このオーディション書類審査がなくて、履歴書を送るだけですぐ面接審査に進めるんだけど、もし紫乃ちゃんがよければ面接審査の時に一緒について来てくれないかなって思って。一人で行くのは、やっぱりちょっと心細くってさ」
「あら、そう言うことならお安い御用です」
「ほ、本当!? 本当に来てくれるの!?」
「もちろんです。愛莉ちゃんがアイドルになる瞬間をこの目で見届けられるのなら、そんな嬉しいことはありませんから」
「ま、まあ……別にその場でアイドルになれる訳じゃないんだけどね……」
「そうなんですか? でも、愛莉ちゃんなら大丈夫です。歌も踊りも上手ですし、笑顔がとっても素敵ですから」
「そ、そんなことないよ! 歌は紫乃ちゃんの方が上手いじゃん!」
「そうですか? でも、私は愛莉ちゃんの歌が大好きです。何だか、聞いてると心が温かくなって、楽しい気分になれますから」
「そ、そうかな?」
「ええ。だから、自信を持って下さい。愛莉ちゃんなら、きっとアイドルになれますから」
「……ありがと、紫乃ちゃん」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、愛莉は急にしおらしくなり、ほのかに染まる頬を隠すように俯いた。紫乃の性格を知っているとは言え、やはりこうもストレートに褒められると、胸の奥がむず痒くて照れくさくなってしまう。何だか反応に困り、小声でお礼を言うのが精一杯だった。
紫乃はそんな愛莉に優しく微笑むと、鞄を持って立ち上がる。
「では、これから履歴書を買いに行きましょうか」
「え? これから?」
「ええ。あ、もしかして、もう履歴書は用意してあるんですか?」
「ううん。まだ買ってすらいない」
「だったら丁度良いですね。街で履歴書を買って、その後私の家で一緒に書きましょう」
「い、いいよそこまでしてくれなくても! 履歴書ぐらいは自分で何とかするし!」
「いえいえ。私も、将来のために履歴書を書けるようになっておきたいですから、せっかくの機会ですし一緒にやりましょう」
「紫乃ちゃん……」
どこまでも優しい紫乃の言葉に、愛莉は思わず涙ぐみそうになった。
家族以外で、こんなにも自分のことを思ってくれる人がいる。こんなにも気遣ってくれる人がいる。世界に誇れる親友がいる自分は、何て幸せなんだろう。愛莉は改めて、紫乃と知り合えたこと、今でも友人として隣にいられることを、最高の喜びとして噛み締めずにはいられなかった。
「……何か、ごめんね紫乃ちゃん」
「どうして謝るんですか? 愛莉ちゃんは何も悪いことをしていないんですから、謝らなくていいんですよ?」
「……うん、そうじゃなかったね。ありがとう、紫乃ちゃん」
「どういたしまして。ほら、早く行かないと履歴書を書く時間がなくなってしまいますよ?」
「うん、そうだね! インパクトのある履歴書にして、プロダクションの人達を驚かせてやるんだから!」
「ええ! 頑張りましょう、愛莉ちゃん!」
決意は固く、想いは熱く。メラメラと闘志を燃やす愛莉のヤル気は、今まさに最高潮を迎えていた。その熱量は紫乃にも伝播し、二人は強く握り締めた拳を互いに打ちつけ、共に戦うことを誓い合ったのだった。