6 誰が職人だって?
かやぶき屋根の一帯は民族資料館で、その先に広いレンガ敷きの坂道。両脇に土産物屋や飲食店が並ぶ。雰囲気を重視してのことなのか、落ち着いた色合いの木造建築ばかりで、蛍光ネオン管など一本もない。暖かい色合いの街灯がぽつぽつと並んでいるだけだ。
「私の住んでる場所、そこ」
ちょっと引っかかる言い方で彼女が指したのは、「木彫り・民芸の店 オキクルミ」という看板の建物だった。
「なんだ、屋号だったのか」
彼女は最初、レラ・オキクルミ・AikAと名乗ったのだ。
レラはアイヌ語で風、オキクルミは伝承に出てくる英雄の名だ。
「裏にスペースあるから、適当に車とめて」
当然のように指示を出す彼女に、私も自然に従っていた。表札には「相歌」の文字。ああ、これでAikAか。
苦笑しかけたが、その表札が木象嵌だと気づいて目を見張った。
文字の部分が異なるいくつもの材で作られていて、地のぶぶんと隙間なくぴったりと組み合わされている。意匠は単純だが、誰にでもできるという技術ではない。
「おじいちゃーん、職人さん連れてきたよー」
「おお、ちゃんと帰ってきたか」
は?
出てきたのは彫りの深い顔にヒゲをたくわえた六十歳ほどの老人。この表札はこの人の作か。いや、だがその前に。
「誰が職人だって」
私は自分が木彫をやっていることなど一言も言っていない。
「手が職人さんの手だもの」
さっき触ったときに確認したのか。だが、
「肉体労働者には違いないけど、どうして木彫やってるってわかるんだ」
「知りたい?」
ぱっと見、少しの邪気も感じられない笑顔で彼女は微笑む。
「むふふふー」
「いや、いい、ごめん、やっぱりいいです。ていうかもうやめて」
どんなネタを用意しているか知らないが、もう電波な話は聞きたくない。
「うちのがご面倒をかけました。もう日が暮れる。良ければ、今夜は泊まっていってください」
鋭い目をした老人だ。言葉も堅いが、声は柔らかい。
「どうせしばらくは動けないしねー」
何言ってるんだこいつ。
「むふふー」
彼女は私を振り返ってニヤリと笑い、廊下の奥に消えていった。
そして翌朝である。
寒さに目覚めた私は板張りの天井を見上げ、昨日の出来事をぼんやりと思いだす。記憶にあるどこからどこまでが本当のことだったのだろう。そういぶかりながら上体を起こし、いや起こそうとして、
「ん? ぐわ」
と悲鳴ともうめきともつかない声を上げてしまった。身体をねじ切られるような腰痛。そうだ、昨日のバイク。あれはやっぱり無茶だったのか。
「目が覚めたかね」
足音が廊下を渡ってきて、老人の声がふすま越しにとどく。
「あは、は、は」
私はまともに返事もできず、布団の上でのたうっている。
「もう少ししたら整体師を呼ぶ。他所の町にいるのでな、着くのは午ごろになるだろう」
「あの子は……」
声が続かない。
「くるみならオンネチセに行っているよ。ああ、オンネチセというのは、劇場みたいなものだ。観光客を相手に、伝統の踊りを見せてる」
そうか、プロのダンサーだもんな。
「まあ、気にせずゆっくり休んでいなさい。私はオキクルミのエカシと呼ばれている。下の仕事場にいるから、用があったら遠慮なく呼ぶといい」
足音が遠ざかっていった。
枕元には朝食とお茶のティバッグとお湯のポットが用意されていて、なんと腰痛の軟膏まで添えられていた。
「手回しがよすぎやしないか」
起き上がれないままそれをつまみ上げ、そんなことをつぶやいた。
そういえばアイヌの女性にはときどき、シャーマニックというか、霊感みたいなものを持った人がいるという。少なくとも昔はよくいたという話だ。あの少女もその類かもしれない。