3 その名前はいったい何なんだ
私は混乱した。思い出して欲しい、私の軽トラは狂気のペインティングを施した痛車なのだ。そして私は、女どころか人間かどうか疑われるほどの巨人なのだ。
この女は普通ではない。そう感じて、逆に私のほうがびびった。だいたい、容姿が人間ばなれしているのである。
艶やかな黒髪、肌は磁器のようにきめ細かく白い。すっと伸びた鼻筋と、くっきりとした眉が印象的だ。一見華奢だが胸は豊かで、四肢はしなやかそうな筋肉に包まれていて、細いのにひ弱な感じがしない。何から何まで完璧だった。男だったら、いや男でなくても思わず「お持ちかえりぃ」したくなるに違いない、そんな美少女だった。
彼女は私の狼狽振りを面白がっているみたいに、親しげな笑みのまま私を見つめていた。
誰かと間違えられているのか。
ふとそう思いついて、少し落ち着きをとりもどした。
「バイク、どうかしたの」
「うん、転んじゃって」
バイクのことは何もわからなかったが、ハンドル周りの部品がいろいろかわいそうなことになっていた。
「近くの町まで送ってやるよ」
「うん、でも」
「バイクも一緒に運べる」
私は少し自慢げに、軽トラの荷台からにゅっと突き立つ代物を指した。
「うん、でも」
大学時代の器用な友人が取り付けてくれた簡易クレーンだ。ホイスト・ウィンチに稼動する支持架をつけだだけのものだが、彫刻やその材料を持ち運んだり、なにかと重宝なのだ。
荷物運搬用の道具はだいたい荷台に積んであった。クレーンのフックを下ろし、バイクにワイヤーをまわし、巻き上げのレバーを入れる。モーターが気持ちのいい音で回りだし、
めきょ、
とどこかで音がした。
「めきょ?」
「ああ……」
めきょきょきょ。と異音が続き、支持架が歪み始めた。モーターまでが異音を立て始める。いったん浮き上がったバイクは、トラックの横腹を擦りながら大地に帰った。
意地になった私は力づくでバイクを載せたが、どちらの車体にもけっこうな傷跡が残った。
そうして彼女を助手席に乗せて湖畔の町に向かった。私たちが自己紹介をしたのはその後のことだ。
「私は月島しずく。大学卒業して、今は無職。就職浪人ではなくて、無職」
「うん」
まるで知っていることのように彼女は頷き、何も尋ねなかった。
「私は、レラ・オキクルミ・AikA」
彼女はさらりとそう名乗った。私は思わずブレーキを踏んだ。