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私のカタチ 2 彼女に関するすべてのことを  作者: tetsuya
第1章 彼女は確かに此処にいた
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2 妖精さんかと思った

 音威子府から北に向かった。サロベツ原野、宗谷岬を回って、オホーツク海岸へ。ホテルどころかガソリンスタンドさえ見当たらない。町らしきものはあっても人影はない。原生林と海に挟まれた信号もない一本道を、ひたすら走り続けてうとうととして、はっと目覚めてもあたりの景色に何の変化も無い。そんな旅を二四〇キロ。まる一日走り続けたあとで、網走のホテルで風呂に浸かったときには、何のための旅だったかなんてすっかり忘れていた。

 海のように広がる原生林の、波打つような、泡立つような、緑色の樹冠。それを突き破って伸びる、ばかでかい鉄塔の隊列、送電線の幾何学的な曲線。青い空にフラクタルな図形を描く、水蒸気のプラズマ、岸壁にぶつかり砕け散る波濤。それらのものははじめ、私を圧倒し、いくつものことを語りかけた。この生きてうごめくものどもを、生命そのもの、存在そのものの本質を掴みとり、ひとつの形態へと結実させたい。強くそう願ったが、そのときの私には何もかもが足りなかった。私は経験も知識も足りないただの若者でしかないのだと薄々気づき、でも必死でその事実から眼をそらし、私が「現実」と呼ぶものについて考えようとした。

 そして、すべてがただの風景になった。

 私は、細部の中に、手のとどくものの中に、本当はクソでしかないと知っている生活という奴の中に隠れ場所を求めた。

 東京に帰ろう。不便でもいいから仕事ができる安い不動産を借りて、運送屋のバイトをして金を稼いで、とにかく創作を続けよう。 東京のほうがいい。公募展に搬入するにも、ギャラリーを借りるにも便利だ。北海道で個展をやってもグループに所属しても、誰の目にもとまりはしない。

 一歩でも前に進むために、東京に帰ろう。

 そうやって私は自分を騙した。 

 知床を巡る予定をとりやめ、私は西へ進む道を選んだ。美幌から津別、そして阿寒へと続く国道二四〇号線。当時は阿寒町、阿寒国立公園内番外地とされていたその運命の場所へと、私は何も知らないままに引き寄せられていった。


 妖精さんかと思った。

 いや、冗談ではなく。

 北海道の原生林を歩いたことがある人なら、分かってもらえるのではないだろうか。何かがいそうな気がするのだ。誰かではなく、何かが。

 路肩に倒れたバイクが寄せてあって、その上に十六、七の女の子がちょこんと腰掛けていたから、私は驚いて車を停めた。緑と黄色の洪水のような木漏れ日の中から彼女は私に微笑みかけていた。

 まるで私が誰だか知っているみたいに、最初からそこで私と会う約束をしていたみたいに、まるで懐かしい人に再会したような目をして、彼女は微笑んでいたのだ。


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