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私のカタチ 2 彼女に関するすべてのことを  作者: tetsuya
第1章 彼女は確かに此処にいた
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1 ノースバウンド

 私の愛車はマツダ・ポーターキャブ。今は亡き、排気量550CCの軽トラだ。作品の搬入・搬出に便利だし、お歳暮・お中元の季節には宅急便の下請けバイトとして大活躍できる。私はこのマツダ・ポーターキャブ(昭和五八年式)に小型のクレーンを搭載し、”怒りと狂気の現代アート”と呼ぶべき塗装を施して乗りまわしていた。あえて言うならそれはギターウルフの電気的な叫びの視覚化であり、車という名の動くオブジェを目指した一つの作品であった。

 もちろん、ひどい悪ふざけである。今風に言うならある種の痛車だ。

 誰に見せても目を丸くし言葉を失い、途方にくれた表情をみせてくれる。私は、そんな姿を見て喜ぶ変人だった。

 さて、未明と非ロマンチックな別れをしたあと私は、砂澤ビッキゆかりの地をたずねて巡礼の旅に出ることになる。

 ビッキに憧れていた。とはいえ、それはたまたま未明が私をビッキの作品のところに連れて行ったが故だ。何でもよかったのかもしれない。今はそう思う。追いかけられる背中であれば、誰のものであろうとよかったのかもしれない。

 私はビッキではないし、ビッキのようにはなれないし、なるべきでもない。私は私自身のカタチを手に入れなければならない。私はあの頃そう考えていて、それは半分正しくて半分間違っている。今はそれがわかる。

 彫刻科の同期の一人は、フィギュアの造形師になった。別の一人は信州で工芸師として生きることを選んだ。何人かは大学院に進んだ。有名なアーティストのアシスタントになった者もいた。レジデントとして海外に旅だって行った者たちもいた。みんながそれぞれに、自分の進むべき道を持っていた。

 私だけがただ、「芸術家」という言葉に執着していた。何の実態もない、世間向けのイメージでしかないものに。

 芸術家を名乗るだけなら、簡単なことなのだ。コンペに選ばれなくても褒められたことがなくても、金さえ払えば貸画廊で個展を開くぐらい誰にだってできる。何かのはずみで作品が売れることだってあるだろう。いや、ことによると、売れない作品を作り続けるほうが、ロマンがあっていいかもしれない。アートシーンの動向など、ほとんどの人にとっては知らないし理解もできない世界だ。個展の会場に知り合いが挨拶にきていれば、通りすがりの人には立派な芸術家の先生に見えるだろう。

だが、それで自分を騙せるわけではない。

 そんなことが私の望みではなかった。そのはずだった。でも、じゃあいったい何だ?

 私にしかできない何か、私が私であることの証明……ああ、なんて薄っぺらい。

 個性的であること。知的であること。時代に立ち向かうこと。既成概念を覆すこと。違う、全部違う。そんなものはただの言葉だ、そんな言葉の中に私はいない。

 私は何をしたかったのだろう。何を彫りたくて彫刻家を目指したのだろう。

 忘れていた。藝大の四年間で、私は私の中にあった動機とイメージを見失った。

 いや、あるいは、ただ気づいただけなのかもしれない。

 そんなもの、最初からありはしなかったのだと。 

 ともあれ、私がどれだけ頭のなかで足踏みを繰り返そうと、時は流れを止めず、旅は続いていく。

 私は痛車を駆って春の北海道をさすらった。

 札幌、旭川、音威子府。ビッキの作品が残されている場所はすべて回った。そのことに意味などなくても、自分が前だと思う方向に進み続けるしかない。私は旅を続けた。

 荷台に補助燃料タンクを積んで。ダッシュボードにはヴァルター=ベンヤミン『複製技術時代の芸術』だの、ジャン=ボードリヤール『消費社会の神話と構造』だの、読めもしない哲学書をのせて。 


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