〝決着と使者〟
終幕 〝断罪〟
結城真紀は何も感じなくなった。正しくは、もうどうでもよくなっていた。これ以上何を味わえばいいのだ。
須堂は私に思い知らせてくれた。傍観者でいたことが、どれほどの罪だったのかと。その命を持って知らしめてくれたのかもしれない。
……そんなことはただの後付けか。
もう私は驚きはしない。怯えはしない。
たとえ、通りかかったところに飛び降りた遠野の姿が見えようとも。不自然な場所に海人のカバンが落ちていようとも。
驚くことは何もない。怯えることは何もない。
「真紀……」
ぼんやりと歩いていたら、優ちゃんに声を掛けられた。どこから来たのかさえわからなかった。それほど彼女の気配は消えていた。
表情はいつもの優ちゃんだが、目が違った。色を失っているみたいだ。
日本人の瞳は黒やブラウンなので色と言っていいのかわからないが、どうもぼんやりとした目の色だ。
「どうしたの?」
「真紀言ったよね。〝優ちゃんは間違ってないよ〟って。
けど、私は間違ってた。何でこうなったんやろ?」
須堂がどうしてあんなことをしたのかが分かったような気がした。あいつもバカだな。どうしようもないくらいにバカだ。
私は心の中でそっと笑いつつも、微かに起き始めた恐怖を抑え込もうとしていた。
――優ちゃんじゃない。
「真紀が言ったから、全部うまくいくって。すぐにみんな元に戻るって。すぐにソーラン節が練習できるようになるって。すぐにいつもみたいに戻るって。
けど、戻らへんやん。
優奈は何人も殺した。けど、なんで真紀は一人も殺してへんの?」
「それは……」
痛い質問だった。いつかは言われると思っていたけれど。
「優奈は、優奈は……」
あきらかに優ちゃんは壊れていた。連日の精神の消耗からきているのだろう。もともとタフに見えるけど弱い子なのだ。きっかけさえあれば簡単に壊れるとわかっていた……わかっていたの、に……。
私は、目の前の親友すら見れていなかったのかもしれない。
世界は上手くできている。全体を良くしようとすれば、個々での欠陥が見つかる。逆に個々を重視すれば、全体としてダメになっていく。まさにそうかもしれない。
優ちゃんが黒いライトを取り出すのが見えた。まさか、私が光をあてられる存在になるとは。だけど……。
「こんな優ちゃん、私の好きな優ちゃんじゃない」
そう言って、私は優ちゃんの首筋を切り裂いていた。
カッターを、ずっと左手に持っていたのだ。美術部で使うデザインカッター。恐ろしく、切れ……た。
私は、彼女を殺す気でいたのだろうか?
Day 6
『いやぁ、見事な剣さばき……いや、カッターさばきとも言いましょうか』
「ここは?」
『ゲームは終了しました。あなたが終わらせたのですよ、結城様』
「優ちゃんは?」
『おやおや、自分が殺した相手を。……これは傑作だ。
あなたは最初に言いましたよね?
〝私たち生徒会は容易く仲間を殺したりはしない〟と』
「……い、言った……けど……」
『ところがどうですか、ジョーカーなんて存在もしない危機に惑わされて、あなた以外全滅ですよ。それも、傍観者であったあなたも一人殺した』
「何も返す言葉がない」
『でも、あの探偵まがいの子は良い推理をしていましたね。けれど、どこまでも楽しんでいましたね。それが彼の敗因だ。探偵にはなれていない。
そう、まるであなたみたいに、この状況を楽しんでいたんだ』
「私は、楽しんでなんか、いない……」
『実に愉快だった。あなたが殺した子も、実にいい役割を果たしてくれていましたね。専用ルールがこうも効果を発揮するとは、今後の参考になりますよ』
「こ、今後?」
『一つ一つが面白い。
最後に、感想でもいただいていかないと』
真紀は呆れたような表情をする。明かりの乏しい空間で、彼女は目の前の男を睨みつけていた。タキシードに中世的なシルクハットを被ったその姿は、どうも〝使者〟というのを彷彿とさせる。その姿が余計に真紀を苛立てていた。
「お前たちは、どうしようもないくらいに最低で最悪だ。それでも、こうなったのは私が悪いのかもしれない。信じた、信じなかったとかじゃなく、崩壊していく様を見るのが怖かったのかもしれない。
あぁ……自信を持って言えない時点で私の弱さか」
『あなたは何もしなかった。それがいいと判断したから。ところが……ね。
人間の感情はどうも読めない。だからこそ人間は素晴らしい!』
嬉しそうな笑みを浮かべる使者に、真紀は最大の怒りを覚えた。しかし顔には出さない。出してしまえば、この男の思うつぼだと思ったからだ。
どことなく異質と思わせるこの男の雰囲気に、真紀は少しばかり飲まれていた。ここ数日の〝内容〟は色々と非現実的だった。それは使者の言動にも表れている。
『〝主〟に良い報告が出来そうだ。ありがとう生徒会の諸君。私のようなものからですまないが、最大の感謝を送らせていただこう。
あぁ、心配しなくていい。すべて元通りに戻すよ。
……もっとも、人の心は私たちの範囲外だがね』
「おまえたちは……! いや……なんでもない」
使者はどこかへと消えていく。まるで彼が光であったかのように、辺りは暗闇に包まれた。真紀はその場に横たわり、眠る。
眠ればすべて戻っているような気がした。
薄れゆく意識の中、真紀は暗闇に問いかける。
「私は、どうすれば良かったの?」
答えはない。