〝崩壊と悪役〟
久しぶりの更新となります。
第四幕 〝崩壊〟
あぁ、どうなっていくのだろう。もう何も読めなくなっていった。私はバカだったのだ。知ったようなふりをしていたのかもしれない。
もう誰も死なせないようにしたかったのに。
あんなところを見てしまうとは。
『数十分前 生徒会室』
優奈は生徒会室の前まで来たものの、誠次が一人でいることを知って警戒し、近くのトイレに隠れて様子をうかがっていた。
すると、遠野翔太がゆっくりと入っていった。彼はいつものように四十代後半の中間管理職一歩手前の哀愁漂う背中だった。疲れが人より出やすい体質なのだろうか。
しかし、いつもと少し様子が違った。背中はそうだが、どこかやつれていない。まるで決意を固めたかのようだった。
彼が教室へ入ったのを確認すると、中の様子を探るべく扉の前まで滑り込む。
「雨、止んだよな」
「あぁ」
誠次が話しかけ翔太が答える。中の様子は辛うじて窺えるようだ。優奈は音を発てないように慎重に耳を扉に当てる。
「もう、こんなこと辞めよう。
俺が言いだしたようなことだけど、お前、苦しそうだ。
それにさ、気が引けないのかよ。な、仲間を殺すことに」
「……ふっ。結論はお前も同じか。つまらない。
もう終わらせようか」
教室の中で、誠次はかすかに笑っているようだった。実際見たわけではないが、そう感じ取れるのだ。だが、その笑いは、どこか悲しそうで声を殺すような笑いだった。
「ごめん、でもどうやって終わらせるんだ?」
「何をいまさら。簡単じゃないか。
ジョーカーを、殺すんだよ」
「えっ?!」
――まさか、見つけた?
誠次の発言に驚きを受けつつも、優奈は聞き耳をたて続ける。
「俺がジョーカーだ」
優奈は戸惑ったが、彼女も結論にたどり着きかけていた。誠次が嘘をついているかなど、すぐに見抜いた。
ところが、翔太はそうは思わなかったらしい。彼には情報が少なすぎたのだ。誠次が彼への負担を最小限に考えた結果だろう。もっとも、翔太はそういうことに関してはあまり向いていないのだが。
「なんで……?」
「おかしいと思わなかったのか?
柴崎を殺した時に、ルールの盲点に気づいたよな?
あんなこと、普通わかるわけがないだろう?
俺がルールを作ったからだよ。香坂をけしかけたのも俺だ」
優奈は何がしたいのか理解できない。その時、教室の中で誠次は笑っていた。今度は高らかと。まるでどこかの悪役のように。
翔太は中で混乱しているようだ。ふらりふらりとよろめいて椅子にでもぶつかっているのだろう。床と物が擦れる音が聞こえる。
扉を少しだけ空けて、中を覗く。
なんと、翔太はナイフを手に取っていた!
「ほ、本当にお前がジョーカーなんだな!」
「あぁ、そうだと言ってるじゃないか。いいところにナイフが置いてあるもんだ。ほら、刺せよ。俺を殺せばゲームリセットだ。
……そうだな。背中を刺させてやるよ。戦士の恥だか何だかしらねぇが、そんなことがあったような気がする」
誠次は翔太の目の前まで歩いていく。そして後ろを向いた。彼が振り返るときに、目があったかもしれない。まるで世界のすべてにおびえているような眼をしていた。ただ悲しそうなだけではない、弱くも強い目。
「お、おまえがぁぁぁああ!!」
翔太はもう衝動的になってしまっている。これは、誠次の精神誘導。そして彼はナイフを誠次の背中に突き刺した。勢いよく刺しただけあって、思っていたよりも刺さっていた。
「っつ!!」
血が少し吹きだしてナイフを伝い指先に触れる。命の温かさが、彼の心を溶かしていくように翔太は固まっていた。
このデスゲームにおいて、誠次は一度たりとも、命が奪われる実感がなかった。血が出ないからだ。それが状況の深刻さを隠していると思ったのだった。
つまり、殺すことに抵抗がなくなっていくのだ。いったんエンジンさえかかってしまえば、永遠の下り坂だ。アクセルを踏まなくとも容易に進んで行ってしまう。
翔太は少しの間を置くと、どこかへ去っていく。慌てて隠れた優奈に気づいてすらいない。
「ごめんな、翔太。これしかないんだ」
誠次は、傷を防ごうともせず、ただ椅子に座っていた。まだ、致命傷にはなっていない。
そして、優奈の心の『何か』が、音を発てて壊れ始めた。