〝役割と排除〟
―――これは。死の恐怖?
「そう怯えるなよ。もう飽きてきたところだ。
……そうだな、聞いてくれよ」
「誰を、殺したの?」
真紀には上手く言えているのかもわからなかった。それほど冷静ではなかったのだ。誠次は僅かに笑みを浮かべていたが、その瞬間真紀は気づく。
―――あれは、何?
誠次の背に、「何か」が刺さっていたのだ。それほど深くはないが、血が出ている。
「怖い顔をするなよ。演出したのはそっちだろ?
俺も人のこと言えた義理じゃないけど、……うっ。
そろそろ、このゲームを終わらせないとな」
須藤誠次は考えた。
ジョーカーの正体を。
誰もが人だと疑っていたのではないか?
そう言う恐怖があったからこそ、
彩夏は二人を殺し、それを優奈が裁いた。
そして殺人の連鎖がおこり、誠次はそれを鎮めるべく罪を犯した。
罪の心。
そう呼ぶことにしよう。
それがジョーカーの正体。
恐怖から生まれるその心理は、時に絆を断ち切り、人を化け物に変えてゆく。
〝ボトルネック〟という用語がある。
瓶の首は細くなっていて、水の流れを妨げる。
そこからシステム全体の妨げとなることを、ボトルネックという。
システム全体の効率を上げるには、まずボトルネックを排除しなければならない。
「……探偵まがいのことをしていて、考えがまとまっていくのを感じていた。いや、これが正しいのかはわからない。
トリックのないほどつまらない殺人事件だったが、そんな事件に探偵がいるはずがなかった……」
「な、なんで自殺をするの?」
真紀がそういうと、誠次はフッと笑った。
「自殺なんて、俺にはそんな度胸がないよ。
……翔太に刺されたのさ。理由はわからんが、どうも仕方がない」
そして、誠次は背中に浅く刺さるナイフに手を掛ける。
ギリギリと、自分の背中を突いていく。
言いようのない痛みが込み上げてくるが、もはや気にならなかった。細胞が避ける感覚が伝わってくることすら、どうでもいいと感じるのだ。
「やめて!」
真紀は止めようと誠次の手をつかんだ。しかし、彼の腕は止まらない。
「で、電話の時……言ったよな?
朝霧…を動かしてるのは私だって、いや……自分の考えを照らし合わせたんだ。そ、それがたまたまあいつの正義とやらと合致した。
そうゆうところだろう」
「とりあえず、ナイフを抜いて!」
誠次は力を込めて、真紀を振り払った。
彼女の手が払われたその隙に、誠次はナイフへの力を強めていく。
「……死ぬのは、怖い。どうしようもなく怖いんだ。
だが、システム……生徒会が救われるには、ネック……そう、殺意を広げていく存在を排除しなければならない。
……まずは、俺だ」
その後彼は何も言わなくなった。静かに、そして確実に、命の時の歯車にブレーキが掛けられていく。
彼は探偵だった。それはミステリーに登場する理想的な探偵の姿からほど遠い存在だったが、確実に影響を及ぼしただろう。しかし、これまたミステリー常識を覆す事態ではなかろうか。
探偵が死ぬのだ。
これが連作小説の結末ならどれほど傑作だろうか。
数々の事件を解き明かしてきた探偵も最後は死んでしまう。そういう王道の矛盾性を見事についた作品ならどれほど面白いのだろう。
ところが、彼は数々の難事件を解き明かしたわけでも、数多の人々を救ったわけでもない。見た目は悪を解き明かしていたが、自分の罪や弱さをさらけ出そうとしない。自身の論理を振りかざし、あくまで正義のふりをする。そう、言うならば『探偵役』。真の探偵は後ろめたいことはあってはならない。
役者が居なくなったのなら、別の役者を雇えばいい。
彼は主人公ではなかった。結末を最後に見届けることが出来る者ではなかったのだ。
使い捨てのような探偵は、すべての正体を知りつつも、自身の役割を把握して、その命を終わらせた。
そこが彼のもっとも称賛すべきところかもしれない。