〝客観と交錯〟
第三幕 〝交錯〟
足音が響く。自分がどこを、何故歩いているのかもわからなかった。ふと我に返る。どうやら気づけば管理棟三階の廊下を歩いていたようだ。
雨が止んだとたん、雲の切れ目から夕日が顔を出していた。夕日に向かって歩いている俺の影が伸びていた。
何も考えずに、ふと立ち止まった。
……影が揺れている。
例えばここが真夏日の大都市の交差点ならば、陽炎だと納得ができただろう。ところがここは違う。ただの夕暮れの校舎の一角だ。太陽が揺れるという現象は聞いたことがない。
―――そうか、俺が震えているのか。
恐怖が込み上げてくる。
ジョーカーとは誰なのか。
なぜ俺は陸人を殺したのか。
あいつが小山を殺したから?
違うだろう。俺が俺であるためにだ。
テニスでダブルスを組んでいた。言わば盟友ともいえるやつだった。
そいつを、その盟友を、宮沢陸人を、俺はためらいもなく殺してしまった。
いや、〝殺してしまった〟というのはただの言い訳だ。明確な殺意があったわけでもないが、俺は死ぬとわかっていてスイッチを押したのだ。
もはや言い訳などできない。逃れる必要もないのだけれど。
管理棟の階段を上り、俺は生徒会室へとたどり着く。もう五日目か。〝もう〟と言ったのにもかかわらず、途方もなく長い時間だった。それはもう、精神が擦り切れるくらい。
部屋に入り、手身近な椅子に腰かけた。無意識にため息が出る。
時計の針が示すのは午後四時二十分。
……俺は、最後の考えをまとめることにした。
技術棟 四時五十分。
扉を開けると誰もいなかった。帰ったのかと思ったが、そうではないだろうなぁと、頭が考えてしまう。
私もすっかり雰囲気にのまれている。客観的にいようと思ってはいたけれど、どうしても入り込もうとしている自分がいる。
信じていたのだけど、もう手遅れというやつだろうか。よくわからない。私が動いていれば丸く収まっていたとは言わないけれど、どうしても自分を責めたくなる。
どうして何もしなかったんだろう。仕方がなかったんだろうか。
そんなことを考えても何も変わらない。と、強引に自分を納得させると私は駆けだした。
何故か、身体が動いていた。
―――嫌な予感がする。
ありがちなフレーズだけれど、妙にしっくりきていた。
管理棟に差し掛かったころに、俯いている少女を見つける。目的地とは違うところにいたのだけれど、予感の正体はこれだろうか?
「優ちゃん?」
声を掛けた優ちゃんの眼には、少しだけ涙が浮かんでいた。
「真紀……」
そう言うと優奈はどこかへ消え去った。真紀はなぜなのか拳を固く握っていた。そのままほんの数秒俯いていると、我に返ったように顔をあげ階段を駆け上っていく。
……二階の廊下に、宮沢海人のカバンが不自然に落ちていた。
真紀はそれに気づいたのか、はたまた気づかなかったのか。走る速さを緩めず階段を上っていく。
目的地であった四階に到着した。何の躊躇もなしに生徒会室の扉を開ける。
「結城か、お疲れ様」
「……はぁ……はぁ」
真紀の息は切れていた。無理もない。対する誠次は不気味なほどに落ち着いていて、どこか気怠そうだ。
「そちらこそおつかれ。今何してたの?」
「ん……考えをまとめていたのさ」
「考え?」
「誰が誰を殺したのか、ってところかな」
彼がそう言った時、真紀の背筋に寒気が走る。彼女自身が冷静を保とうとしても、本能がそれを許さない。
確かな焦りが彼女を襲った。